バイク呉服屋の忙しい日々

現代呉服屋事情

いかにして、個性的な呉服屋足り得るか(3) 職人と密接に結び付く

2019.10 05

バックパッカーだった頃は、何の計画も持たずに、いつもふらりと旅に出た。だいたい行く場所は決めてあるものの、それも途中で怪しくなる。その時の気分で行程は変わり、もちろん泊まる場所は決まっていない。常に寝袋を持っているので、雨風さえ凌げれば、どうにでもなる。もとより、布団の上で寝ることなど、念頭にはない。

帰る日がいつになるのか、自分でもわからない。金が無くなれば、旅先で仕事を見つけて稼げば良いので、出掛ける時は、必要最低限の旅費だけを準備すれば、それで十分。自由に時間を使い、全てを自分で決めて、行動する。途中で問題が発生すれば、自分で解決するしかなく、自己責任となる。自分勝手に動くことは、裏を返せば、やはりそれなりの覚悟を必要とする。

 

考えてみれば、呉服屋としての仕事のあり方も、バックパッカー時代とあまり変わらないように思える。品物は出来る限り、作り手の所(メーカー)へ足を運び、自分で仕入れる。もちろん自分で売り、代金も自分で受け取る。また直しの依頼には、自分で職人と交渉をし、より良い方策を探り、お客様に満足頂ける形に仕上げる。

全ての仕事に責任を負うこと。つまり「自己完結」することが、バイク呉服屋の特徴である。そしてそれこそが、呉服屋としての個性とも言えるだろう。だが、一人で仕事を全うするためには、いくつもの条件が必要となる。いくら自己完結でと考えていても、条件が揃わなければ、それは難しい。

では、こうしたバイク呉服屋のポリシーを貫くために、何が必要で重要なのか。今日は、そのことをお話して、皆様に、呉服屋の仕事はどのようにあるべきかを、お考え頂こうと思う。

 

秋バージョンの今日のウインド。菊模様の飛び柄小紋二点と吹寄せ模様のちりめん染帯。店内のディスプレイも、バイク呉服屋の重要な仕事。

先日、店の経営を見て頂いている税理士さんから、「今の松木さんの仕事は、『モノを売る』とか『モノを直す』以前に、まずお客様からの相談に答える、いわば『コンサルタント業』になっているのではないか」と言われた。

そう言われれば確かにその通りで、モノを売るにしても直すにしても、まず何をどのように望まれているか、お客様から話を伺わないことには、何も始まらない。趣味的なカジュアルモノならば、私の方から、新しく入荷した品物や、旬のモノを御紹介することはあるが、着用場面が決まっているフォーマルモノを求めて頂く時や、「直しの依頼」に対しては、お客様の話を聞くことが何よりも優先される。

そして、どのような希望を持っているか理解した上で、私の方から様々な品物を提案をしたり、直しの「処方箋」をお伝えする。特に直す仕事では、話を伺うのと同時に、品物の状態を確認しなければ、的確なアドバイスは難しくなる。

 

モノを求めて頂くにせよ、直すにせよ、どんな場面でもお客様に相対するのは私一人。どのような仕事を請け負うにせよ、そこでの自分の判断が重要であり、その如何によって成否が決まる。依頼された全てのことに、自分で責任を負わなければならないので、自ずと慎重になる。

けれども、こうして自己責任を貫いて商いが出来るのも、作り手、直し手双方の職人さん達と、密接に結び付いているからである。それぞれの職人の役割を知り、その技を知る。それこそが、私の仕事の源泉であり裏付けである。これ無くしては、一歩も前へは進めず、自分の望む呉服屋の姿にはならない。そこで現在、職人さんとバイク呉服屋がどのように関わっているのか、少しお話することにしよう。

 

手直しが終わった品物を、新しいタトウ紙に入れる。しみぬきや汚れ落しならば、きちんときれいになっているか、また寸法直しならば、依頼通りの寸法に出来ているか、常に確認しながらの作業となるので、どうしても時間が掛かる。

どんな仕事でも同じことだが、依頼ごとを伝達する時には、出来る限り介在する人間や会社を少なくすべきだろう。途中で回り道をすればするほど、的確な情報が伝わり難くなる。そして万が一問題が起これば、責任の所在さえわからなくなりかねない。

呉服屋の役割は、消費者と職人の間に立つ、いわば仲介者である。特に品物を直す時などは、職人に依頼されたことを的確に伝えて、それに応じた施しをしてもらわなければならない。何をどのように直し、もし難しければ、どんな対応を考えるのか。話を詰めておくのと同時に、いつでも連絡を取り合える関係になっておく。どんな場合でも相談しあえる信頼関係を、まず最初に構築しておくのは、当然のことである。

 

だが意外にも、この「職人と直接繋がる」ということが、呉服屋の現場ではあまり見られなくなっている。例えば、海外や国内一括縫製が良い例で、誂えという、それこそ仕事の成否に関わる大切なことが、モノを売った店からは見えない遠い所で施されている。通常ならば、寸法を測り、着用する方の体型を見極めた上で、和裁士に品物を渡す。品物によっては、模様の裁ち位置や柄合わせを相談しなければならず、また、縫い進めるうちに問題が生じれば、それも話をしなければならない。

とにかく、仕事を任せる職人とは、常に密接になっていなければ、安心出来るものではないし、それこそが、お客様から請け負った仕事に責任を持つということになるだろう。バイク呉服屋にしてみれば、見も知らぬ相手に、大切な仕事を委託することなど、普通に考えても恐ろしいことと言わざるを得ないが、近頃の呉服業界では、どういう了見か知らぬが、そんなことはお構いなしである。

これは「仕立」に限ったことではなく、呉服屋の仕事全てに、この手の「他人任せ」が蔓延している。地元の和裁士や職人に話を聞くと、展示会を開いて大量に品物を売り捌く呉服屋からは、仕事が廻って来ないと言う。これは、呉服屋が展示会の期間だけ問屋から品物を借りる委託商品は、もし売れれば、そのまま問屋が持っていってしまい、仕上がりまでの全ての仕事を請け負うからだ。これならば呉服屋は、職人と面倒な関わりを持つことなく、黙っていても品物は出来て来る。

これでは、職人の仕事を理解しろと言うほうが無理で、そもそも基本的な呉服屋としての仕事の知識は、何も身に付かない。そしてそれは結局、技術を持つ職人から仕事を奪うことにもなる。こうした傾向は、業界が自分で自分の首を絞めているのと同じだが、判っていて止めないのか、それとも職人などいなくても平気と高を括っているのか、どちらにせよ救いようが無い。

 

今日の店内。台の上に置いてあるのは、みじん縞の白鷹お召と大庭織物の織名古屋帯。撞木は、菱一のオリジナル十日町紬と捨松八寸帯、首里織九寸帯。

呉服屋の仕事として、直すことにおいて、職人との信頼関係が重要であるのと同時に、商品を扱う場合には、品物の作り手とも密接に繋がる必要があるが、これは、出来うる限り、モノ作りをするメーカーから直接仕入れをすることで、実現できる。

呉服屋の品物は、問屋から仕入れをするが、以前にもお話したように、問屋と言っても、モノ作りをするメーカー問屋と、メーカーからモノを仕入れて小売屋に卸す買継ぎ問屋に分かれている。やはり品物に対する責任と理解の深さは、作り手を兼ねているメーカー問屋にあることは、言を俟たないだろう。

染モノにせよ帯にせよ、品物には作り手の個性が表れる。色、デザイン、模様の構成など、それぞれにクセがあり、それを見極めた上で仕入れをする。もちろん、技術的なことやセンスも重要視し、一点一点吟味して選び出す。そして、以前ブログの稿でも御紹介したように、例えば紫紘の仕事場へ行けば、そこで為せる技はもちろん、モノ作りにかける熱意や苦労を聞くことが出来、品物に作り手の息遣いを感じることが出来る。

少し高い撞木に掛けた三点が、今は無き菱一の紬。

上の画像に見える菱一・オリジナル紬は、菱一が十日町のメーカーに発注した品物。こうした色や意匠を問屋で決めて、機屋に製織させるオリジナル品のことを、「留め機(とめばた)」と言う。作らせた品物は、全て問屋が買い取ることになるために、オリジナル品の製作には、リスクを伴う。留め機は、紬だけではなく帯にもあり、例えば龍村の品物の中には、扱いを高島屋に限定して織る帯がある。作り手の意思が反映された品物を、作り手から直接買うことは、店の個性にも繋がっている。

また、モノ作りをせずとも、作家の技量を見極めて品物を扱う、個性的な買継ぎ問屋との取引も、作り手のことを深く知るには、重要となる。このブログでも度々登場する松寿苑は、家族だけで営む小さな問屋ではあるが、ここで扱う品物は、個性的な作家モノがほとんど。北村武資や品川恭子といった、今ではよく知られるようになった作家の品物も、20年以上前から扱っていた。そして、技術もありセンスも良いと認めれば、若い作家の品物も積極的に扱う。つまりは、作り手を見極める力がある問屋から、仕入れをすることも大切なのだ。

うちの店で、かなり前に扱った北村武資の袋帯・天平立枠。(甲府市 I様所有)

 

今日は、「直接職人と繋がること」が、個性的な呉服屋として私が商いを続ける上では、絶対に不可欠な要素であることをお話してきた。人が作り、人が直すことで成り立っている和装の世界。その間に立つ小売の者が、自ら手を下すことなく、人任せにしていては、何も成り立たない。

相手と直接会い、話をする。これは私とお客様、さらに私と作り手、直し手である職人との関係を築く上では、何よりも大切なこと。これからの時代、IT化は急速に進み、効率が最優先される社会に変わっていくことは、間違いなかろう。だが、呉服屋が請け負う仕事は、どんな小さなことでも、手間を掛けなければ、きちんとしたものに仕上がらないと弁えるべきで、そのためには、人とリアルに向き合うことは決して欠かせない。

仕事の量や利潤ばかりに目を向けていれば、本質を見失う。時間に追われ、急かされるように過ぎていくばかりの毎日。せめて呉服の世界くらいは、ゆっくりとした時間の中で、じっくりと仕事に携りたいものである。

 

「ワンマンな経営者」とは、自分の意のままに、強引に経営を推し進めている社長という意味で、どちらかと言えば、ネガティブなイメージを持つことが多いですね。けれども、バイク呉服屋の場合だと、店の中に一人しか男がいない・文字通りの「one man」という意味にしかなりません。

けれども、全くの一人仕事ではなく、奥さんが一緒に働いています。私は、仕入れと営業全般を、奥さんは経理や雑務を一手に引き受けていて、お互い自分のやるべき仕事が決まっています。

ただ、実務的なお客様との仕事のやり取りや、引き受けている仕事の進捗状況、あるいは納品する期限など、彼女は全てを把握しきれていないので、時として困ることもあるようです。ですので、「あなたが突然死したら、私は途方に暮れてしまうので、絶対にそうならないように」と、いつも釘を刺されています。

もちろん私としても、急に倒れたくはないので、体に気遣いながら無理をせずに、ぼちぼちと呉服屋を続けていこうと思っています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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