バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

9月のコーディネート  夏冬双方の帯で、カジュアル単衣を楽しむ

2019.09 29

「How dare you(よくも、そんなことが言える)」 これは、今月23日、ニューヨークで開催された国連の気候行動サミットにおいて、出席した世界各国の首脳に向けて発せられた言葉である。この演説を行ったのは、16歳になるスウェーデンの女子高校生、グレタ・トゥーンベリさん。

年々気候変動が激しく、温暖化が進み続けているというのに、世界の政治家達は何も動こうとしない。このまま蝕まれていくと、何時の日かこの地球という星は、滅びることになる。そんな環境への危機感から、彼女はたった一人で、スウェーデンの国会議事堂の前で座り込みをはじめた。

科学者は30年も前から、温暖化に対して警鐘を鳴らしてきた。しかし大人たちは、対策を講じようとしない。大人が科学を軽んじているというのに、学校で科学を学ぶ意味はあるのか。彼女はこう考えて、「気候のためのストライキ」を決行したのである。

 

このストライキは、やがて世界中に広がり、160か国・400万人が参加する大きなうねりとなった。そんな中で開かれた、今回の気候サミット。国連から招待を受けたグレタさんは、世界の首脳達の前で、涙ながらに世界の温暖化対策の遅れを訴え、危機感を露にした。

「あなたたちが話しているのは、お金のことと経済発展がいつまでも続くという、おとぎ話しかない。よくもそんなことが言えたものだ。(中略)30年にわたって、科学が発している言葉に耳を背け、必要とされている問題に対して、解決策はどこにも見えない。もし裏切るなら、絶対に許さない。」

最近報道されるニュースの内容には、さして重要と思われるものは本当に少ないが、この鬼気迫る16歳の少女の訴えは、ものすごく心に響いた。それぞれの国の経済発展がどうのとか、世界各地で起こる国や民族間の紛争も、地球という屋台骨が壊れてしまえば、何の意味も持たない。まさに地球環境を守ることが、この星最大の課題であり、大人が未来を生きる子ども達のために、果たさなければならない責務である。

 

温暖化を防ぐためには、温室効果ガス・CO2の排出量を減らすこと。そのためには、化石燃料の使用を制限しなければならない。無論、今の生活では電気が無ければ生きていけない。そして、車や飛行機が無ければ、社会が動かない。

これはエネルギー源を、どのように変えていくかという課題だが、人間の生き方そのものが問われているとも言えよう。石炭・石油・天然ガスに頼るエネルギーを減らし、風力や地熱、太陽光などの自然再生エネルギーへシフトする。また原子力は、人間が制御することが難しく、事故のリスクを考えれば、これも減らす方向が正しいのだろう。

地球環境に優しいエネルギーだけを使い、それに見合う社会を構築する。人々は限りある資源を大切にし、時には我慢することも受け入れる。生活の豊かさや利便性を追求し続けてきた人間が、立ち止まって考えなければいけない時がきた。そして、方向修正をするには、もう時間があまり残されてはいない。

もしかすれば、たった一人の少女が、世界を動かすことになるかもしれない。世界の為政者達が、「見て見ぬふりをしてきたこと」に対して、強い警告が発せられた。

 

さて、いつにも増して、少し興奮気味に長い前置きを書いてしまったが、今月のコーディネートのテーマは、単衣のキモノに夏冬双方の帯を使い、それぞれの着姿を考えること。その日によって気候が違う9月の装いは、着る人を悩ます。昨年この月の稿では、夏冬それぞれの帯で、フォーマルな単衣の付下げを二刀流に装うコーディネートを試してみたが、今回はカジュアルモノで考えてみよう。

 

9月の平均気温は、世界的に見てもゆるやかに上昇し続けており、この100年間で考えても、現在最も高い水準に達している。日本も例外ではなく、東京の9月は平均で2℃ほど上がっている。特に、お彼岸前の20日あたりまでは、30℃を越える日も珍しくはなく、季節は夏の延長線上にある。

9月も終わりに近づき、ようやく朝晩涼風が立ち、少し凌ぎやすくなった。とはいえ、昼間街を行き交う人達は、まだ半袖姿が目立ち、晴れ間が覗くと汗ばむ陽気となる。

こう考えると、9月中旬まではまだ夏の域にあり、単衣よりも絽や紗の薄モノの方が相応しくなる。下旬になってからがようやく単衣で、その後10月半ばを過ぎてから袷に移行するというのが、現在の気候に沿う着姿なのだろう。それでも、9月になれば単衣というのが、和装における長年の習慣なので、ここはそれに従い、帯で季節を調節することを考えてみたい。

もとよりカジュアルな場面では、着用する方それぞれが、薄モノを使おうが単衣を考えようが自由であり、「こうしなければならない」という決りはない。もしかすると、9月は、着る方の選択肢が増える「良い季節」かも知れない。では、カジュアルな単衣を、夏冬双方の帯を使って楽しむコーディネートを、始めることにしよう。

 

(薄青磁色 菱撫子模様 単衣用型染紬小紋・トキワ商事)

まず、夏帯を使う単衣モノからご覧頂こう。この小紋は、紬生地を使っているが、単衣仕様として薄く、軽く織られている。地色は、青磁色に少し水色を含ませたような微妙な色だが、単衣使いに相応しい、爽やかさと涼やかさを感じさせる色合い。

菱文の縁取りの中に、撫子を思わせる花弁が入っている。図案は大きく、模様も生地巾いっぱいに広がっていて、大胆な印象を受ける。ただ、配色が白と若草色だけなので、見た目にも爽やかであり、モダンさも窺える。生地の地合からも色取からも、単衣らしい小紋と言えよう。では、どんな夏帯を使えばよいのか、考えてみよう。

 

(萌黄色地 蔓唐草模様 手描き友禅 絽染名古屋帯・四ッ井健)

このブログでも何度か御紹介した、金沢の友禅作家・四ッ井健さんの手による絽の染帯。地色は、萌える緑の木々を思わせるビビッドな萌黄。モチーフは蔓を広げた唐草。

蔓が密ではなく、白く抜いた地の空きが広いので、すっきりとした模様に見える。図案化された三枚の12弁唐花も大きくはなく、それほど主張していない。以前お会いした時、四ツ井さんは、モチーフとなる花の図案を、山歩きした時にみつけた野の花に求めることが多いと話されていたが、おそらくこの唐花もそうなのであろう。

花を拡大してみた。加賀友禅では一般的に、模様に箔を置くことは無いが、四ツ井さんの作品では、度々箔を使う。彼は、加賀友禅作家として落款登録もある作家だが、技法に捉われることなく、独創的に模様を表現する。この辺りに、狭いところに止まることなく作品を制作したいという、意思が表れている。下絵、糸目糊置き、彩色、そして箔置きまで、仕事を一人で完結させている、いわば手仕事の友禅。

では、先ほどの小紋と合わせるとどうなるか、試してみよう。

 

キモノ・帯ともに明るい緑の草色がポイントとなっているだけに、その色をリンクさせた合わせとも言えよう。どちらも模様に白く空いた地が目立つので、見た目にも涼しさが感じられる。どちらかと言えば、夏薄モノの気配が残り、単衣の夏バージョンらしい組み合わせかと思う。

前の合わせ。帯模様はシンプルで、地の萌黄色が前に出ている。小紋の中で模様を繋ぐ菱の色とうまく重なる。キモノと帯双方に共通した色を基準とすると、やはりすんなりとまとまる。

帯揚げは、緑を含ませたレモン色。帯〆は鮮やかなパロットグリーンで、引き締めてみた。帯の唐花に箔を使っているので、金糸使いの帯〆でも違和感があまり無いように思える。なお、帯揚げは絽で夏モノ、帯〆は冬モノである。こうした季節を跨いだ小物使いも、9月ならでは。(帯揚げ・加藤萬 帯〆・龍工房)

 

(横段ぼかし 十字絣本塩沢・塩沢 酒井織物)

今度は冬帯を使って、秋を意識した単衣姿を考えてみよう。ここで使うキモノは、本塩沢。織表面には凹凸のついたシボがあり、触るとシャリシャリする。この独特のシボ感とシャリ感が肌離れの良い着心地となり、だからこそ、単衣としして着用されることが最も多い織物の一つとなる。

本塩沢は、紺や黒地に白い絣の付いた、いわゆる「渋いもの」が多いのだが、これは絣が赤で、地にグレーとピンクの段ぼかしが入っている。本塩沢には珍しい、若々しい雰囲気を持つ品物。バイク呉服屋も、この赤い絣に惹かれて、つい仕入れてしまった。

精密に織り出された小さな十字絣。経糸と絣の経緯糸ごとに撚り合わせ、地の緯糸にも撚りをかける。撚りの回数は、経糸は1mに350回、緯糸は1800回。さらに地の緯糸には糊付けの後、もう一度撚りをかける。こうした強撚糸で織った品物は、織りあがったところで湯の中で揉まれる。そこで、地の緯糸にかけられた撚りが戻ることにより、生地面にシボが生まれる。本塩沢の質感は、この強い撚りをかけた糸使いによる。

では、このさらりとした単衣に相応しい本塩沢を、秋らしい帯で演出してみよう。

 

(臙脂色 野菊模様 モール織名古屋帯・川島織物)

深く落ち着いた赤・臙脂の地色に、小さい菊を散りばめた帯姿。いかにも秋を感じさせる色と意匠になっている。菊の配色が多彩で、可愛さもある帯。

菊の花びらが、地から浮き上がって織り出されている。芯糸に絹糸をからめたモール糸を使うと、ご覧のように模様が浮き、立体的な表情となる。橙、水色、青、茶と配色された小さい野菊は、秋らしさと可愛さを併せ持つ。

拡大すると、ぽこっと浮いた花の姿がよく判る。単純な意匠だが、個性的な織りにより、特徴のある帯姿となる。図案化した小さな野菊だからこそ、浮織が映える。

では、赤絣の本塩沢と合わせると秋らしくなるか。試してみよう。

 

細かく赤い十字絣の柄付けで、全体がほのかなピンク色に染まる本塩沢と、赤でも決して派手派手しくならない臙脂色の帯。最初の小紋の合わせと同様に、キモノと帯に共通する色(紬の絣色と帯地色の赤)に注目し、その色を重ねることで着姿を形作る。

前の合わせ。可愛い花だが、帯地の色が深いので、子どもっぽくはならない。本塩沢の十字絣は極めて小さく、遠目からは無地のように見えるので、帯から浮き上がる野菊の花が、なお印象に残る。秋らしさは、色と模様から十分に感じられるように思う。

小物は、二通りの方法を考えてみた。最初は、このコーディネートの基本となっている色・赤に近いピンク系で、帯〆と帯揚げを合わせた。次は、帯の図案・野菊に配された色の中から、橙とクリームを選び、小物の色としてみた。この他にも、青や緑系を考えても良く、小物にどのような色を使うか、選択に迷う。カジュアルの楽しみの一つは、こうして自分で自在に小物を工夫して、合わせを考えられることであろう。この秋色合わせの小物は、4点とも冬モノ。(最初の小物・帯揚、帯〆共に加藤萬 次の小物・帯揚げは加藤萬、帯〆は龍工房)

 

今日は単衣のカジュアルモノを使い、夏・秋二つの季節バージョンのコーディネートを考えてみたが、如何だっただろうか。

9月は、夏にも秋にもなる「あいまいな」季節。このどっちつかずの気候を逆手にとり、和装を楽しむ。微妙な季節だからこそ、選択の幅が広がり、多様に着姿を考えることが出来る。どうか皆様も、着用するその日の天候に合わせ、存分に9月の和装を楽しんで頂きたいと思う。

最後にもう一度、今日御紹介した二点のコーディネートをご覧頂こう。

 

気候変動の問題は、世界のどの地域、どんな民族にも降りかかる大きな問題です。それぞれの国が、自国の経済成長や他国との利害だけに捉われていることは、まさに「木を見て、森を見ず」でありましょう。

日本でもこのところ、毎年のようにどこかで、激しい気象により大きな被害がもたらされています。つい先日、千葉県を襲った15号台風もそうでした。環境問題は、見てみぬふりをして解決出来る問題ではなく、何もしなければ、事態は悪化するばかりです。

温暖化の問題ほど地球規模ではありませんが、日本が抱える膨大な財政赤字や少子高齢化問題も、未来を生きる子ども達が安心出来る解決策は、まだ見つかってはいません。目先のことに捉われて、未来に目を瞑れば、かならずしっぺ返しが来るでしょう。この現状を見れば、日本の若者たちも、「How dare you」と怒るべきです。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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