年齢のせいか、最近よく忘れ物をする。中でも最も多いのが、スマホ。朝仕事場である店へ出勤する際に、自宅へ置き忘れてしまうのだ。持っていないことに気づかず、家内が店へ「また忘れてるよ」と電話をかけて来て、初めて気が付く。現代の社会で生活する上で、いや生きる上において、何をさておいても必要なスマートフォンを忘れるとは、バイク呉服屋も、相当認知機能が低下してきていると思われるに違いない。
けれども、そうではない。何故ならば、私の日常では、スマホはさほど重要な道具になっていないから。おそらく一日のうちで、スマホに触っている時間は、数分。動画を見ることも、音楽を聴くことも無く、しかもSNSには全く無関心なので、その手の情報に目を止めることも無い。もちろん、このブログ記事をスマホから書くことなど一切なく、そのやり方すら知らない。投稿は、常に店の仕事用パソコンからである。
なので私のスマホ利用は、ほぼ電話の機能に限定されていると言って良い。それも職人や取引先とのやりとりがほとんど。SNSの中でたった一つ使っているLINEも、家内や娘たちと本当に親しい友人だけだが、スマホを頻繁に見る習慣が無いために、読むのがいつも遅い。家内などは、LINEで頼みごとをしても全く既読にならないので、業を煮やして電話をかけてくる。しまいには、あなたはスマホじゃなくて「糸電話」で十分と、訳の分からぬことを言われてしまう始末。アナログ、ここに極まれりといった感がある。
そんな、ソーシャルネットワークサービスには無縁なはずのバイク呉服屋なのに、何故かインスタグラムに「#バイク呉服屋」が存在する。一体誰が設定したか知らないが、そこでは様々なキモノ姿や情報が投稿されている。おそらくキモノに関わりのある誰かが、自分の投稿を幅広く認知してもらうために使ったのだろうが、果たして私の通称などどれだけ役に立つのか。ネットの中で私が、呉服屋としてそれほど認知されているとは思えず、ハッシュタグ・目印になるほどの存在ではない。確かに長い時間ブログを書き続けていて、読者も多くいてくれるが、たかだか地方の小さな小売屋に過ぎない。
しかしながら、勝手にタグを付けられると言うのは、気持ちの良いことでは無い。何も知らない人が見れば、その画像は私と関りがあると思うだろう。これは、迷惑以外の何物でもない。「#バイク呉服屋」を目安にしてインスタに投稿している者は、小売業者や着付業者、そして自分のキモノ趣味を他人に知らしめたい、自己欲求が強い人など。
だが、普段からこのブログに触れている読者の方々ならば、このインスタ画像が私とは関りが無いことをすぐ見抜くはず。なので、それほど目くじらを立てることでも無い。念のためだが、バイク呉服屋はインスタグラムのような、無節操に無尽蔵に、そして拙速に画像を垂れ流すような装置は不要とだけ、ここでは言っておくことにする。
現代では、人や人、あるいは人と情報を簡単に繋ぐ装置は沢山あるが、そこに集う者の顔は見えず、実態は極めて掴み難い。その関係性は、繋がりやすいが切れやすい「細番手の糸」のようである。仕事や生活の上で、情報収集や情報発信は欠かせない。それは判るが、スマホの画面上だけで、何でも完結できる訳では無いはず。少なくとも私が請け負う呉服屋の仕事では、無理である。
依頼するお客様と依頼を受ける私が、品物を間に挟んで向き合う。そして相手が望むことを丁寧に聞き、最善を尽くす。一人のお客様、一点の品物に対して真摯に向き合うこと、これが仕事の全てと言っても良い。また前置きが長くなったが、今日は先月に前編を公開した、良質な加賀友禅を再生する話の続き。「良いモノを、世代を越えて使う」ことは、バイク呉服屋の基本。それには、まずお客様と向き合わなければ始まらない。
新たな寸法で誂え終わった、能川光陽・四君子模様 加賀友禅訪問着
ここ2、3年の間、私の仕事の生命線である加工に関わる職人の方々が、亡くなったり病気で仕事を続けられなくなったりしている。湯のし加工も紋入れも、そして洗張りやスジ消しやしみ抜き補正も、一日たりとも「頼む職人さんがいない」では済まされない。なので、仕事が出来なくなると判った時点で、新たな職人さんを探さなければ間に合わないのだが、これが難しい。
小売屋にとって、仕事を依頼する悉皆職人さん各々が、相互に連係を取れるような間でいてくれると非常に助かる。なぜならば、これまでも度々お話しているように、手直しの仕事と言うのは、ワンストップで完結することはほとんど無く、工程ごとに違う職人の手が必要になるからだ。
例えば、洗張りで落ちない汚れや変色、色ヤケなどは補正職人に回して、しみぬきや色ハキで出来るだけきれいにする。また紋を替える時や消す時には紋章上絵師の手が必要になり、無地染を施す時には色染職人へ送る必要がある。薄い色なら染屋が自分で色を抜いて白生地に戻せるが、濃い地色で色が上手く抜けきらない場合には、専門の色抜き職人・抜き屋の手が必要になる。品物は、最終工程の湯のし整理を経て戻ってくるが、もちろんこれも別の職人になる。
つまりは品物が、職人の間をぐるぐる巡ることになる。だから、品物が迷子にならないように、目印となる「渋札」を付ける必要があるのだ。洗張りから補正、補正から紋入れや色抜き・色染め、時には模様足しや胡粉直し、あるいは刺繍ほつれ直しや箔直しなど、分散化された友禅の職人に仕事を廻すこともある。その過程において、予め職人各々の間で信頼関係があれば、仕事がスムーズに進んでいくことは間違いない。分業ではあるが、一点の品物に関わることには変わりなく、そこにはチームプレーのような連係が必要、かつ重要になるのである。
もちろん、今回預かったこの加賀の上質な訪問着も、幾つもの工程・何人かの職人の手を経ている。まず最初にバイク呉服屋から洗張職人の太田屋さんへ品物を送り、そこで解いて洗張りを行い、反物と同じような状態・ハヌイを施す。洗張りをする中で、内側に隠れていた生地と表に出ていた生地の間に、「色の差=ヤケ」が見つかったため、地直し・色ハキを施す必要が生じた。以前この仕事は、補正職人のぬりやさんが担当していたが、おやじさんが仕事を止めてしまったので、紋章上絵師で補正仕事も兼ねる、浜町の福田紋章店のご主人に依頼する。地がきれいになったところで、再び太田屋さんに品物を戻し、同じ人形町にある増山織物整理所で湯のし整理を終え、ようやく店に品物が戻される。この間、およそひと月半ほどかかった。
それでは、様々な手直しを経た能川光陽・四君子模様訪問着を、どのように誂えたか。和裁士へ依頼する際の注意点などをお話しながら、完成したその姿までをご覧頂こう。
ハヌイを終えて品物が戻ってくると、まず最初に確認するのが各部分の寸法。前稿でお話したように、寸法を変えて誂え直しをする品物は、洗張りへ出す前には、どのくらい縫込みがあるのか、生地に触れて調べなければならない。この訪問着の場合では、身丈の中上げが3寸程度、また裄は袖側と肩側にそれぞれ1寸ずつ、また袖丈に2寸ほど生地が入っていると予想され、その結果、新たな寸法に十分対応できると判断された。
けれどもこれは、あくまで生地の上から触っただけの判断なので、解いてみないと、正しい縫込み寸法は判らない。だから、最初の予想が正しかったか否かをまずきちんと確認しなければ、仕事が始められない。ハヌイされている品物は、分離された身頃・袖・衽・衿の各パーツを縫い合わせ、一反の反物になって戻って来ているので、尺差しや尺メジャーで簡単に部分ごとの寸法を測ることが出来る。
身丈を測る場合は、背からと肩からの二通りがあり、その寸法の採り方は店ごとに違っている。うちで採用しているのは、背から測る寸法。付いている紋・三ツ割片喰紋は以前のものだが、今回は消さずに生かしたまま誂え直す。
また上の画像で横に縫い目が入っている部分は、衿肩開き。ここは首回りに対応して寸法を決めなければならない箇所で、首の細い方は狭く、ふくよかな方は広めに付ける。いずれにせよ2寸2分(約8.4cm)~2寸4分(約9.1cm)の間なので、その差はかなり微妙。ただこの僅かな違いが、衿と首の見え方に影響を与え、ひいては着姿にも響いてくる。なので、新しい誂えの場合では、お客様の首回りを見ながら、衿肩開き寸法を決めなければならない。なお衿肩開きは、一度切ってしまうと元には戻せないので、このキモノは以前の寸法のまま誂え直しをすることになる。測ると2寸3分なので、平均的な寸法。
解かれた身頃を測ってみると、4尺8寸以上ある。事前では3寸程度の縫込みがあると予想され、身頃は4尺5~6寸と想定されたが、それよりも2寸程度長い。短いのは困るが、長ければ切らずに中上げにしておけば良いだけの話。新たな誂え寸法・4尺4寸には十分な長さで、1寸ほど中上げを作ることが出来た。
さて次は、裄の寸法と大きく関わる反物の幅を測ってみた。長さは、9寸8分。昔の品物としては、まずまず長い方である。以前の寸法は1尺6寸5分と短く、縫込みは肩付・袖付双方に1寸ずつと見込まれていた。解いてみると想定通りで、新たな裄寸法1尺8寸に十分対応できる長さになっていた。
袖丈の長さは、めいっぱいに出せば1尺5寸になる。誂える寸法は標準寸法の1尺3寸。もちろん切り落とすことなく、中に縫い込んでおく。こうした時には、また次の世代が誂え直すことを想定する。世代から世代への受け渡しは、一度だけとは限らない。
身頃や袖に比べて幅の狭い衿と衽は、双方を縦に縫い合わせて、ハヌイがされている。柄のある方が衽、無地の方が衿。衽の長さは4尺程度で、衿の長さは5尺5寸。衿の方が長いので、短く切れた衽側には白い生地を縫い足して、同じ幅にしてある。
右の白い布が足し縫われているのが衽で、通常の幅は4寸。左の長い布が衿で、通常の幅は広衿で3寸、バチ衿で半分の1寸5分程度。バチ衿に誂えるのは一部のカジュアルモノにほぼ限られ、ほとんどは広衿で仕立られる。
ハヌイを施した状態で、着姿の中心となる上前の衽と上前身頃を並べてみた。衽と身頃、互いの模様が齟齬なく重なり合うように誂える。また前身頃と後身頃の模様が、脇で上手く繋がるように注意する。付下げや訪問着、あるいは留袖類など模様位置が決まっている絵羽モノでは、その多くが、前巾6寸5分・後巾8寸でピタリと納まるように模様付けされている。ただこれだと少し広すぎるので、そこは和裁士が寸法を勘案しながら、柄合わせを調節する。今回誂えた寸法は、前巾6寸5分・後巾7寸5分。
さてハヌイされた反物の寸法確認が終わり、新しい寸法に誂え直すに当たって、寸法的には問題が無いことが判った。また同時に汚れやヤケの確認をしたところ、こちらも洗張り後の補正によって、上手く直されている。もちろん、以前の縫い目の筋は完全に消えているので、これなら前より大きい寸法に誂え直しても美しく仕上がるはず。
ハヌイ部分を拡大したところ。こうしてハヌイミシンを使い、糸で布と布を繋ぎ合わせながら仕上げていく。そして最後に、表地と一緒に洗張りを施した八掛と胴裏の状態を確認する。どちらもきれいになって戻ってきたので、再び使うことに何の問題も無い。最近とみに、八掛や胴裏など裏地類の価格が上がっているので、以前の裏がそのまま使えれば、それに越したことは無い。それでは、誂え終えた姿をご覧頂こう。
上前身頃と後身頃。すっきりした細い梅枝が、裾から上に向かって何本も立ち上がっている。地色は裾が淡いクリーム色暈しで、他は落ち着きのある鴇(とき)色。この配色が、全体に優しい雰囲気を醸し出している。そして印象に残るのが、落ち着いた紅と清楚な白の小さな花弁。この二つの梅花の挿し色が、模様全体に明るさを与えている。そこには加賀友禅特有の、品の良さと華やかさを併せ持つ姿が見て取れる。
模様を良く見ると、梅の小枝の合間に菊の花があしらわれ、上前衽には竹、後身頃には蘭が描かれている。梅・菊・竹・蘭の四種を合わせ描かれたとなれば、これは四君子模様になる。画像を拡大して頂くと、一つ一つの花の形が違い、色の挿し方もまた違うことがよく判るだろう。
このブログで、能川光陽氏の作品を取り上げるのは三度目だが、最初の訪問着が花の丸、次の色留袖が御所解、そして今回が四君子。いずれも意匠は、オーソドックスな古典文様をモチーフにしているが、どれも古臭さを感じさせず、垢抜けた印象を与えている。今回のこの図案では、特に伸びやかさと清新さが感じられるように思う。
上前衽と身頃、模様合わせの部分。竹を添えた衽模様と梅枝が並ぶ身頃模様をきちんと繋いで、一つの図案にしている。
後身頃の肩と袖の模様繋ぎ。短めの梅枝が、下から上に向かい一定の間隔を空けて、リズムよく並んでいる。肩と袖の模様は僅かであるが、連動している。最後に、前姿と後姿を並べてご覧頂こう。
前模様を見ると、上前衽と前身頃にあしらわれた梅枝の先端が、剣先のすぐ下、あるいは一部は上にまで伸びている。以前は、身丈4尺程度の小柄な方が着用していたために、梅模様が上の方で隠れてしまい、装いに十分生かされていなかった。しかし、今回誂えた方は165cmと上背があり、この伸びやかな梅が全て着姿の前に出てくる。しかもスリムな方なので、前姿はかなりすっきり見えるはず。
後姿からも、梅枝の姿が印象に残る。袖と肩の枝は短く、裾身頃の枝は伸びやか。この模様の対比が、着姿にメリハリを与える。誂えられた方の体格と意匠とが上手く連動しており、それが楚々とした中にあっても、華やかで柔らかみのある姿となって表れてくるように思う。
二回にわたって、上質な加賀友禅キモノの再生・誂え直しについて話を進めてきた。質が担保されたフォーマルモノの多くは、きちんと縫込みが入っており、次に装う人を想定した準備がなされている。つまりこれは、誰かが受け継いで然るべき品物なのだ。
そうした「備え」は、扱う呉服屋と誂える職人の間で、互いに十分理解されており、そこでは、一枚の品物を長く大切に扱おうとする意識が流れている。そしてフォーマル・カジュアルを問わず、またその質に関わらず、どうしても受け継ぎたい品物があり、直したい品物もある。その心持は、依頼されるお客様にしか分からない。
依頼を受ける呉服屋は、出来る限りその気持ちに寄り添い、最も良い方法を模索しながら、誂えを完成させることが仕事の全て。その手段は、やはり直接お会いすることしかない。どんなに時代は変わろうとも、これだけは決して変えようが無く、これなくして仕事の成功は望めない。
依存しているスマホを手放し、日常の中で自分を見つめ直す。そんな「スマホデトックス」が様々な場所で行われているようです。例えばお寺では、坊に泊まり込み、座禅や写経をすることで、スマホから吐き出される過度なSNSの情報から離れて、新たな日常生活を構築しようとする取り組みがなされており、どこもかなり盛況と聞きます。
そんなお寺デトックスの費用は、1泊2日の2食付きで13000円~20000円くらいと、なかなかの値段です。「風が吹けば、桶屋が儲かる」とは江戸時代のこじつけですが、令和の世では「スマホに溺れれば、坊主が儲かる」となっているようです。
今、ヨーロッパのEC加盟国の間では、16歳未満の子どものSNS利用を制限しようとする法整備が進められていますが、ここまで蔓延してしまっては、もはや手遅れでしょう。そして日本では「野放し」になっており、規制の声はほとんど聞こえてきません。
SNSの弊害は、時間を掠め取られるだけでなく、過度な情報に振り回され、結果として他者と比較して、自己嫌悪に陥ったりします。また自ら情報を発信する場合、他者からの承認を異常に欲するような弊害も現れます。どちらにせよこれは、スマホと言う道具が介在しており、だからこそ「元を絶たねばダメ」となるのです。
フォロワーの数や「いいね」の数が欲しくなるという気持ちが、バイク呉服屋にはまるで理解できません。私なんぞ「へんね」と評価して頂く方が、よほど嬉しいですけど。ただそれはもちろん、「個性的」という意味でのことですが。今日もまた、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。