バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

上質な加賀友禅を再生する(前編) 能川光陽・四君子模様訪問着

2026.06 16

先日、山梨県から事業承継に関する案内が届いた。内容は、今の事業を将来へ繋げたいと考える経営者に対して、県が窓口になって、後継者や引き継いでくれる事業者探しを支援するというもの。また、承継候補として子どもがいる場合には、引き継ぐために何から始めれば良いか、共に考えてくれるなど、まさに至れり尽くせり。もちろん公的機関が行うことなので、個別の相談に費用は掛からない。

県が、中小企業や個人事業主の事業継承に熱心なのは、長年地元に根付いた企業や店が無くなることによって地域が衰退し、結局それが、人口流出に繋がっていくと想定されるからであろう。もちろん、働く場所や働く人が無くなれば、税収が減って自治体の財政も苦しくなる。山梨県の事業所(中小・零細・個人商店まで含め)での後継者不在率は、昨年度47.5%。およそ半数の事業主に、後継者がいないことになっている。

 

では、何故後継者がいないのか。そもそも候補となる子どもや親族がいない場合もあるが、「いたとしても継がせない、継がせたくない」と考える事業者の割合は、意外に多い。その理由としては、事業主として責任を負い続けることへのためらいや、経営に伴う借入金を引き継がせることへの躊躇、また事業そのものの未来に対して悲観的であることなどが挙げられる。そして最も大きい要因が、事業云々ではなく、子どもには子どもの未来があり、それを尊重させてやりたいという「親心」ではないだろうか。この場合には、いくら事業が順調であっても、未来は見通せなくなる。

翻って、バイク呉服屋の「後継者不在」の理由を考えてみると、やはり第一は「自分の将来に対する、子ども自らの意思の尊重」であった。結果として、三人の娘たちは各々自分の進むべき道を見つけ、家を離れた。そして私は、すでに20年以上も前に、呉服専門店の存続が様々な要因で難しくなると予測し、「店は、私で最後」と決めていた。ごく自然に継ぐべき者がいなくなり、事業主の覚悟も決まっている。もうこれは、揺るぐことはない。

もちろん、店の存続を望む方がおられることは重々承知しており、それを考えると本当に申し訳なく思う。だが無理に継承者を探して、その仕事がこれまでの信用を失うような事態になれば、もっと迷惑をかけることになる。やはり私の仕事は、私でけじめをつける方が良い。ただ、いつ店を閉めると決めている訳ではなく、出来る限りは続ける。だからこの先私に出来ることは、その時が来るまで、変わらずに頑張るだけだ。

 

前置きがまた長くなってしまったが、今日は同じ「継承」でも人ではなく、品物を受け継ぐ話をさせて頂こう。呉服屋として暖簾を下げている限り、何としても続けなければならない仕事。それは、新たな装い手へときちんと品物を繋ぐことである。様々な職人の力を借りて、出来る限り良い状態にし、装いやすい寸法で誂え直す。良質な品物こそ、長く大切に使って頂く。このコンセプトは、どうしても全うしなければならない。

 

表と裏地の洗張りを終え、身頃と袖、衿、衽を接ぎ合わせて戻ってきた品物。

品物探しに関しては、これだけネットの情報が発達しているのだから、趣旨に合う店を自分で見つけて納得できる買い物をすることは、これからもある程度可能かと思う。問題になるのは「直すこと」である。装う機会があれば、直すことは付いて回る。また良質な品物ならば、譲ることも付いて回る。品物の質を維持しながら、長く使うこと。これこそが和装の大命題であるが、安心してその仕事を任せられる店は、そう簡単には探せないだろう。これは「モノ探し」とは違って、「きちんと直す姿勢があるか、見極めること」だから。その呉服店が、悉皆に精通しているか否かは、外からでは判り難い。

そして由々しき問題は、そもそも悉皆仕事を請け負う職人が、果たして将来どれだけ残っているか、ということ。私が「呉服店の存続が困難になる」と危惧した理由は、まさにこれなのだ。和裁士、しみぬき補正士、紋章上絵師はもとより、洗張りやすじ消し、また湯のしや水通しなど加工職人の仕事は様々あり、兼務できる仕事もあれば、そうはいかない仕事もある。

 

キモノや帯の誂えは、今も海外縫製で十分事足りているので、国内の縫い手がいなくなっても別に心配はない。またしみ抜きや洗いなど、人の手を経なくても、機械による洗浄である程度はきれいになる。また紋などは入っていればそれで良く、あしらう方法は何でも良い。おそらく、こんな考えの呉服屋もあるはずだ。いやむしろこれから残るのは、このような「割り切り」が出来る店なのかも知れない。

しかし、誂え仕事を正面から捉えるならば、まず加工する職人の技術を理解し、品物の状態や誂える内容によって、職人を選んでいかなければならない。誰に依頼し、何を施せば、最も良い状態で装うことが出来るようになるか。この一点で、仕事を進めることになる。だから、自分の目の届かない場所で、しかも知らない人間に大切な品物を委ねることなど、到底出来はしないし、そんなことは「空恐ろしいこと」でもある。

 

今回の依頼は、お客様がそんな職人現場の現状を見越して、「今のうちに」と持ち込まれてきたもの。もちろんその「今のうち」には、バイク呉服屋には後継者がおらず、店の先行きが不透明なことも含まれている。

預かった品物は、上質な加賀友禅の訪問着。それではどのような手順で、新しい装い手へと品物を繋いだのか、その詳細をお話することにしよう。品物を継承するためには、どうしても人の手が必要になる。それは直接仕事を施す職人はもちろん、お客様と職人を繋ぐ呉服屋にも。読んで頂ければ、きっとそう感じて頂けると思う。

 

(薄鴇色裾暈し 四君子模様 加賀友禅訪問着・能川光陽作品)

今回依頼された品物は、昭和から平成に掛けて、長く第一線で活躍した加賀友禅の重鎮・能川光陽の手による訪問着。オーソドックスな古典図案を優美に描くことにかけては、傑出した作家である。これまでこのブログでも、花の丸文の訪問着と山水御所解文の色留袖を紹介したが、どちらも細やかで繊細な糸目を駆使した絵画的作品であった。

誂える方は、本格的なキモノを作るのは初めてとのこと。たまたま譲られる機会があり、この品物を手にしたのだが、当初は迷いもあったようだ。これまで和装にほとんど関わって来なかったのだから、それも無理はない。だからいきなり「飛び切りの良品ですね」と言われても、直すべきか否かを判断することは、とても難しい。幸いなことに、来店された際に、キモノに詳しい方お二人が付き添われたので、その方々の助言も得て、今回誂え直すことに決めたのだった。

そこで少し懸念されたのが、このお客様の身長が165cmと高いこと。今では、このくらいの身長は全然珍しくなく、時には170cm以上の方の誂えもお受けする。けれども、品物は40年以上前(おそらく昭和の時代)に描かれたと類推されるもの。その頃はまだ、今ほど女性の体格が大きくは無いので、果たして身丈と裄がきちんと出せるだろうかと。まずは、手を付ける以前にそこを確認しなければ、先へは進めない。

 

真っ先に行うことは、現状の寸法がどうなっているかだ。元の寸法と新しく誂え直す寸法との間に、どれくらい差があるのか。それを確認する。元の寸法が大きければ、たとえ新たな寸法が大きくても、対応しやすい。それは、たとえ縫込みが少なくとも、寸法通りに仕上がる可能性が高くなるからである。そして新たな寸法が元寸法より小さい場合は、当然ながら、全く問題なく誂えることが出来る。

では、このキモノはどうか。まず身丈を測ってみると、丁度4尺。これは、昭和の時代の並寸法(標準的な寸法)であり、このキモノの装い手は、150cm程度の身長と判った。こうなると、165cmの新しい装い手とは、身長にして15cmの差があり、身丈寸法は3寸~4寸程度長くする必要が出てきた。そして、これだけ身丈が長くなるか否かは、中上げがどの程度入っているかに掛かって来る。もし縫込みが極端に少なければ、誂え直しは難しくなる。

何とか長く中上げが入っていますようにと、縫い込まれた生地の膨らみを触りながら測ると、3寸程度の長さがある。模様の位置が決まっている絵羽モノや付下げでは、生地を裁ち切らずに、上げの中に入れておくことがほとんどだが、普通は2寸ほどなので、このキモノの中上げは、長く取られていると言えるだろう。

この中上げによって、150cm身長のキモノが、165cm身長のキモノに誂え直すことが出来るようになる。キモノを解いて、きちんと上げの長さを確認しなければならないが、まずは大丈夫なはずである。一番問題になる身丈が、寸法通りになる目途が付いたので、少し安心する。

 

次に寸法的に問題になるのが、裄。これもまず、現寸法を測ってみると、案の定1尺6寸5分と短い。身丈が昔の並寸法なら、裄も並寸法。背の高さと裄の長さはリンクしているので、当然の結果である。そこで重要になってくるのが、やはり縫込み。キモノの横の長さ=反物巾となるが、ここを切り落とすことは絶対になく、必ず残り布は中に縫い込まれている。裄=袖巾+肩巾なので、袖と肩両方にそれぞれ縫込みがあるはずだ。

袖付と肩付の境で、各々に縫い込まれている布巾を測ってみる。ここでも中上げ同様に、手で生地に触りながら、縫い込まれている箇所を特定し、そこに尺メジャーを当てる。結果は、画像で示したように、袖側・肩側に1寸ずつの計2寸の縫込みを確認する。新しい装い手の裄は、1尺8寸2分。現状の1尺6寸5分との差は、1寸7分なので、縫込みが2寸だと少し足りない気がする。何故なら、縫いしろに最低2分ほど必要であり、縫込み分2寸がそのまま長くできる寸法にはならないからだ。ただそれでも、1尺8寸程度には仕上がりそうなので、着用には問題は無いだろう。

 

身丈と裄が終わったので、次は袖丈。格の高い絵羽のフォーマルモノの場合は、その多くが袖丈の標準寸法・1尺3寸になっているので、それほど問題が発生しない。2寸や2寸5分のこともあるが、袖下に大抵1寸5分ほどの縫込みがあり、問題なく長く出来る。この訪問着の袖丈は、1尺3寸7分と長い。今回の設定は1尺3寸なので、逆に少し短くする。

身巾を確認する。上の画像が前巾で、6寸5分。下の画像が後巾で、7寸5分。前巾が標準より5分長く、後巾は標準。絵羽モノの柄合わせは、前巾6寸5分・後巾8寸に設定されて模様付けされていることが多いが、これだと広くなるケースが多いので、和裁士が上手く調節して模様合わせをする。フォーマルモノの場合には、上前身頃と衽、そして脇の模様がきちんと合っているか否かが、誂えのポイントとなる。着姿を前から見た時、模様がピタリと繋がっていなければ、やはり恰好が付かない。

品物の模様範囲は8寸5分程度はあるが、この寸法より装い手の身巾が広く求められると、途中で模様が切れてしまうことになる。稀なことだが、これまで40年誂えを依頼された経験の中で、実際に二度ほどそういう場面に遭遇した。この場合、寸法通りに誂えると前の模様が途中から無くなってしまうので、それを避けるためには、模様を足さなければならない。なお今回の誂え直しの身巾寸法は、前巾が6寸5分・後巾が7寸5分と、前の装い手と同じなので全く問題ない。

 

さて、誂え直す前段階として最も大切な、現寸法と縫込み寸法の確認作業が終わった。とりあえずはそれほど問題無く、ほぼ新しい装い手の寸法通りに仕立上がりそうだ。また寸法を測りながら、品物の汚れや色ヤケを確認したが、特に注意すべきシミや汚れは見つからなかった。これは前の装い手が手入れを怠らず、またきちんと保管していた証でもある。いくら寸法通りに直せたとしても、キモノそのものの状態が悪ければ、手を付けることには躊躇するだろう。

ただキモノの形になっているので、表に出ているところと縫い込まれた部分とに、色の差が付いていることがよくある。いわゆる、色ヤケである。これは、キモノを解いてみればすぐわかること。ヤケがある時には、洗張り後に補正職人のところに品物を廻して、色ハキをする必要がある。洗張りで落ちないシミがある場合も、同様だ。

また紋が付いている場合は、そのまま同じ紋として生かす場合は良いが、変える場合は、洗張り後に紋章上絵師に品物を渡して、紋消しや新たな紋入れを施さなければならない。そして表を解くと同時に裏も解き、同様に洗張りをしてそのまま使うことになるが、汚れがひどい時には、新調することもある。その場合は、依頼主と相談の上で決めることになる。

 

洗張りを終えた品物に、新たな装い手の寸法を記して、和裁士へと渡す。

次回は、洗張りをして「反物と同じ状態」に戻った品物が、きちんと新しい寸法で誂えた姿になったのか、その過程をお話する。また、この上質な能川光陽作品の内容も、少し解説させて頂こうと思っている。

 

かように、品物を継承するためには様々なことを行い、その状態によって方策を考える必要があります。無論、実際に仕事を請け負う職人も臨機応変に対処しますが、職人に手渡す前段階として、呉服屋がやっておかなければならないことが沢山あります。そして重要になるのが、品物の情報を正確に職人へと伝えること。私と職人の間で、きちんと意思疎通・情報共有が出来ていなければ、結局は納得の行く誂え直しにはならず、依頼された方にも満足して頂けなくなってしまいます。

おそらくここまで読まれた方ならば、和装の加工仕事を「得体の知れぬ人物に丸投げすること」が、いかに無責任なことなのかを、理解して頂けたのではないでしょうか。きっと「海外への仕事の持ち出しなど、とんでもない」と思われたことでしょう。直しの仕事は、品物の状態ごとに違い、何年呉服屋を営んでいても、悩むことがあります。そうした時に頼りになるのが、信頼できる職人。肩を寄せ合い、最良の策を模索します。

 

品物を正しく継承すると言うことは、依頼するお客様と依頼される呉服屋、またその仕事を依頼する呉服屋と依頼される加工職人の間に、きちんと信頼関係を持つことです。つまりそれは、人と人がどのように向き合うかということに、関ってくるのでしょう。今日も、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

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