バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

夏の小物を、どのように使い回すか  帯揚げ編

2026.06 08

呉服屋は、様々な問屋やメーカーから品物を仕入れるが、各々に扱うアイテムが異なり、その営業形態や取引先との向き合い方にも違いがある。なので当然、呉服屋の規模や商いの方法、あるいは重きを置く商材によっても、取引をする問屋が変わる。よく「付き合っている友人を見れば、その人となりが判る」と言うように、呉服屋もまた、「取引する問屋を見れば、どんな店なのか判る」のである。

専門店を自負する呉服屋では、アイテムごとに専門の取引先を持つが、それは製造と販売を兼ねる「メーカー問屋」であることが多い。例えば、うちで扱うフォーマル帯の中心は紫紘や龍村、川島織物などだが、いずれも製造メーカーである。千切屋は総合問屋ながらも、染物はオリジナルブランド・羽衣染があり、産地で止め柄紬を製織させたりする。また竺仙は、ご存じのように浴衣や江戸小紋を自社で染め、千切屋治兵衛やトキワ商事、松寿苑などは重い絵羽モノから小紋、染帯までを、作家や染匠に依頼して制作している。

そして、織物の多くは廣田紬と太田和から仕入れているが、この二社はいわゆる「紬専門問屋」である。紬類は産地も多岐にわたり、その上昨今は製織数も少なくなっていることから、こうした織物専業の問屋でなければ、なかなか品物は集まらない。職人が減り、同時に上質で個性的な品物が減り続けている今、専門店が頼りにする染問屋や織問屋は、かなり限られてきている。

 

呉服屋が商う品物の中心は、言うまでも無くキモノと帯だが、もう一つ無くてはならないアイテムがある。それは、キモノを装う時にどうしても必要な小物類・和装小物だ。特に帯締めと帯揚げは、コーディネートの中心的な役割を果たす品物で、装いに不可欠なアイテム。また襟元を彩る半衿や伊達衿も、時として着姿を演出するカギになる。

こうした小物類でも、キモノや帯と同様に明らかな質の違いがあり、製造するメーカーや扱う問屋の優劣がはっきりしている。キモノや帯に質を求める専門店ならば、小物だって質を落とす訳には行かない。小物は一見同じように見えても、これほど素材や製造方法に違いがあるものは無い。そして当然、価格も大きく違う。私は、その店が扱う小物を見れば、レベルが判ると思う。キモノを頻繁に装う方ほど、小物の質に敏感であり、だからこそ専門店にとって、決して手を抜くことが出来ないアイテムなのである。

 

6月に入り、呉服屋の店先も本格的な夏を迎えた。そしてキモノや帯だけでなく、小物にも夏用の品物が揃った。そこで今日から二回に分けて、夏のコーディネートの主役・帯揚げと帯締めにスポットを当ててみたい。素材や図案、そして製造方法などを説明しつつ、どんな帯にどんな小物を合わせ、どんな場面で装うかを考えていくことにする。「夏小物」をご覧頂く機会はあまり無いので、この際まとめて紹介することにしよう。

 

単に夏用の帯揚げと言っても、絽・絽ちりめん・紗と生地に違いがあり、加工も暈し・模様染・絞り・刺繍など様々なものがある。夏素材の帯揚げに合わせる帯は、盛夏に使う紗や絽、あるいは麻や木綿があり、その中でもフォーマル向きとカジュアル向きに分かれる。また単衣の装いにも使うこともあり、その時には冬帯を合わせることもある。最近は、暑い時期が長くなっているので、夏用の小物類の出番も長くなっている。

 

帯締めと帯揚げが、キモノの装いには欠かせない小物になったのは、とにもかくにも「お太鼓結び」が普及したことに他ならない。江戸初期までの帯は、幅が狭く簡単に結ぶことが出来たので、帯締めや帯揚げを用いる必要が無かったが、帯丈が長くなって帯幅も広がり、結び方も多様に複雑になったことで、帯を支えて固定するものが必要となった。そこで生まれたのが、帯締めや帯留め、帯揚げである。これらは何れも、結んだ帯が解けたり崩れたりするのを防ぐ付属品であり、帯締めは布地や組紐で作られ、帯留めは宝石や彫刻、彫金などで装飾されていた。

太鼓結びは、1817(文化14)年に江戸・亀戸天神の太鼓橋落成の際、橋の渡り初めに来ていた深川芸者が結んでいた帯の形が、太鼓橋を模っているように見えたので、その結び方に「太鼓結び」という名前がついたとされる。この結び方では帯の一部が余ってしまうので、それを紐で押さえるようにしたのだが、この紐の役割を担ったのが、帯締めや帯留めである。

文化文政年間に活躍した浮世絵師・歌川国貞の作品には、文化年間の「北国他所行」の女性は、白のしごきを帯締めにして前に結んでいる姿が描かれ、文政年間の「江戸芸」や「当時高名会席」では、平打ちの組紐に金具を付けた帯留めや丸ぐけ(真綿を芯にした羽二重や綸子生地の丸い絎紐)を締めた女性の姿が見られる。浮世絵の上でも、この時代、装いに帯締めが登場していることが確認されている。

 

帯締めは、太鼓結びの流行と共に普及したが、一方の帯揚げは、江戸の浮世絵上には見当たらず、いつ頃どのように生まれたのか判然としない。だが太鼓結びの際には、どうしても垂れをたくし上げて形を整える必要があるので、当初はおそらく、帯揚げの代用として小さな裂などを用いていたと考えられる。

それが明治に入って、太鼓結びがポピュラーな帯結びとして定着するにつれ、帯揚げとして生産されるようになる。明治末年までは、帯形を整える機能的な役割を担った帯揚げだが、以後は次第に装飾性を帯びてくる。結果として現在のように、帯枕を包むように被せて前で結び、帯の上に覗かせるように使うことが定着し、帯締めと共に、装いの飾り・アクセントの役割を果たすことになったのである。

 

歴史の上に立って考えれば、現在帯締めや帯揚げを扱う小物メーカーは、太鼓結びを考案した深川芸者には、足を向けて眠れないだろう。この帯結びが定着したからこそ、装いに欠かせない道具となり得たのだ。そして時代は進み、様々な帯締めや帯揚げが作られ、それは装いの彩となった。もちろんそこに、季節感あふれる素材や加工が加味されたのは言うまでも無かろう。また前置きが長くなってしまったが、夏らしき小物を具体的にご覧頂くことにしよう。今日は前編として、帯揚げを取り上げることにする。

 

(絽紋織暈し帯揚げ  左・三色切り込み暈し 右・一色丸暈し)

冬用の帯揚げでも、柔らかい色の暈し柄は上品で優しい雰囲気になるので、フォーマルな装いで用いることが多い。夏用の絽素材のものも同様で、上のようなパステル色を使った帯揚げは、やはりフォーマル使用が中心になる。

(絽紋綸子 正倉院唐花地紋 三色暈し帯揚げ・龍工房)

絽目の入った綸子生地に、少し大きめの正倉院唐花を菱に区切り、切れ込みを大きく入れて三色の暈しにしている。分け方がシャープなので、一見大胆に見える色使いだが、使っている色がどれも優しい。合わせる帯やキモノの雰囲気によって、前に出す場所を変えて、柔軟に使い回したい。

(絽紋綸子 秋草の丸地紋 一色丸暈し帯揚げ・加藤萬)

こちらは地紋に花の丸文を織り出し、所々丸く地色を暈して染め上げている。使ってある色がひと色なので、単調だがおとなしく無難で使い勝手が良い。加藤萬の綸子生地は、滑らかで柔らかく、いかにも上質な風合い。一目で上品さが伺える帯揚げなので、夏フォーマルの定番的な品物になっている。

(合わせた帯 白地 流水に菱唐花文様 紗袋帯・川島織物)

フォーマル用の定番・白地の紗袋帯とのコーディネートを考えてみた。こんな帯の場合には、帯の模様色の中の一色を選んで、それを小物の基本色にすることが多い。このコーデも帯模様の淡いピンク色が、帯締めや帯揚げの色になっている。クセの無い図案の白地の夏袋帯は、無地や付下げ、訪問着など多くのフォーマルな装いで使う。ほとんどのキモノ地色で、ある程度のコントラストが付くので、どうしても出番が多くなる。

帯締めは、帯の模様色よりやや濃いピンクの高麗組。白と躑躅色の二色使いだが、区切りに金糸を組み込んでいる。画像では判り難いが、紐の表面に細かい隙間があり、これが夏用の帯締めということが見て取れる。前姿から少しだけ覗く帯揚げは、全体の雰囲気を壊すことなく、さりげなく寄り添うような感じにする。やはりそれが、一番似つかわしいのではないか。フォーマルモノのコーデでは、なおさらそう思える。

 

(紗メッシュ暈し帯揚げ 左・二色暈し 右上・無地市松地紋 右下・洋蘭暈し)

網目状に隙間の空いた紗織のメッシュは、軽やかさと通気性を兼ね備えた、いかにも夏向きの生地。帯の中に入れ込んで使う帯揚げは、暑い最中長く着用している間では、どうしても汗っぽくなる。少しでも風通しが良くなるようにと考案されたのが、上のメッシュ生地の品物。

(メッシュ生地 市松二色 横段暈し帯揚げ・渡敬)

二つの異なる織り目のメッシュ生地を、市松文様のように交互に織り込んでいる。そこに二色の横段暈しを付け、優しい雰囲気にまとめている。メッシュの中には、僅かに銀糸が入っているので、それが時折キラリと柔らかく光って、より爽やかな印象を持たせている。

(紗メッシュ二分割 無地市松帯揚げ・渡敬)

生地をよく見ると、紗の部分とメッシュになっている部分が折半になっている。触れてみると、確かに少し風合いが違う。一色の無地はシンプルで使い道が広い上、素材としても、風が通る心地よさを十分に感じることが出来る良品と言えよう。

(洋蘭形メッシュ 二色よろけ暈し帯揚げ・渡敬)

生地の表面を見ると、所々に洋蘭の葉のような紡錘形をしたメッシュが入っている。その織目にそってよろけ模様が入っており、その色は地色から暈されたように見える。特に左側の青と白の二色使いの帯揚げは、夏の涼感を強く感じさせてくれる。

 

(合わせた帯 オフホワイト 菱文様 羅八寸名古屋帯・泰生織物)

隙間を前に出す夏の織物の中でも、特に羅織は、地の経糸と左右によじれながら絡み合う緯糸と経糸が織りなす、最も複雑で美しい隙間を持つ。そしてこの特殊な織による菱文が、帯姿の全てである。羅の帯色は、白やグレーなど涼やかさを感じさせるものが中心。色の気配を持たない帯だけに、小物の色そのものが装いの印象を左右する。

夏の爽快さをイメージして、小物を選んでみた。帯揚げは、上でご紹介した洋蘭形にメッシュが入った深紺と白の二色暈し。帯締めも、真ん中にネイビーブルーを組み込んだシンプルな内記組。意識して小物の色に紺を使い、羅織帯の涼やかさを強調する。もしこれと違う色を小物の主体にすれば、装いの雰囲気は全く違うものになるだろう。

 

(左・絽ちりめん段暈し 右上・絽二色暈し模様染 右下・紋紗二色暈し)

二色三色と色が入っている帯揚げは、前に結びだす色を装い手が決めることになる。そして帯揚げにあしらわれる色の位置取りが、表情を変える。上の品物はいずれも二色暈しだが、各々に暈しの入り方が違う。多色使いの場合には、色と色の組み合わせも大きなポイントとなり、それが合わせやすさの有無に繋がることもある。

(縦絽 縦二色暈し・絽ちりめん 横段二色暈し 共に加藤萬)

淡いピンクとクリームの縦二色暈しは、生地の絽目も縦。渋い緑系濃淡の横段二色暈しは、ちりめん生地の絽目も横。色の配置と生地目を揃えてあるのが、面白い。優しい色目のたて絽帯揚げは、装いを明るく彩り、渋い色目のよこ絽帯揚げは、個性的な着姿を演出する小道具になりそう。

(絽同系二色暈し 刺繍と模様染 左・加藤萬 右・渡敬)

帯揚げの模様あしらいとして、様々な技法が使われる。左のエメラルドグリーン濃淡暈しは、生地の真ん中で波型に色を分けている。刺繍で付けたヨットの模様が、いかにも夏らしい。右のサーモンピンク濃淡暈しは、大胆に斜めに色を分けている。トンボの色は赤で、夏から秋へと季節の先取り。

(紋紗 変わり色暈し 左 桔梗模様・加藤萬  右 向日葵模様・渡敬)

織り出された紗の文様そのものに、夏らしさを求めることがある。左の薄茶と黄土の二色暈しは、真ん中の筋から左右対称に色が分かれていて、樹木のようにも見える。織り出されているのは、桔梗。使っている色も暖色なので、どことなく秋っぽい。一方の向日葵は、深い赤紫と黄色が使われていて、それだけで暑い夏の気配を感じる。大きく開いた黄色い花と銀色に輝く花粒が、立体的なヒマワリの姿を映し出す。帯揚げと言えども、かなり贅沢な加工が施されている。

 

(絽絞り帯揚げ 左・雪花絞り 右・縫い絞り)

帯揚げには、様々な技法の絞りを使って模様を表現しているものが数多くある。良く知られているのが、主に振袖の装いに使われる四つ巻の総絞り。また模様を所々に散らす輪出しや小帽子があり、時には鹿の子絞りでも図案が表現される。そして、折り畳んだ生地を挟み込んで模様染をする、いわゆる夾纈技法を使った絞り帯揚げも作られる。

(絽板締め雪花絞り 雪華文・藤井絞)

京都の藤井絞は、様々な絞り技法を駆使しながら、浴衣から振袖にに至るまで多岐にわたって品物を制作している。板締めによる雪花文浴衣は、このメーカーの名前を広めた代表的な作品だが、同様の雪花絞りを使って、こんな帯揚げも作っている。面白いのは、この生地の半分だけに絽目が通り、残りの半分は透けない綸子になっていること。つまり、夏冬兼用という訳である。どの雪花も挿し色のセンスが良いので、つい何色も揃えたくなる帯揚げだ。

(絽縫い絞り 二色横段・加藤萬)

こちらは、絞りで線を表現する技法・縫い絞りを使った品物。模様の線に従って針を縫い進め、その糸を引き締めて染めると、このような絞り姿になる。絞り技法により、模様は様々にその姿を変えるが、それが小さな小物布・帯揚げの中でも表現されている。「微に入り、細を穿つ(うがつ)」和の装いの繊細さが、こうした模様あしらいからも垣間見える。

 

(合わせた帯 薄グレー地 牡丹唐草文様 唐織九寸名古屋帯・織楽浅野)

唐織帯は、三枚綾の薄い土台生地の上に織り込まれるので、模様が表面から刺繍のように浮き上がる。この名古屋帯は、オーソドックスな牡丹唐草文をあしらったものだが、地色や模様色に優しいパステル色を使っていることもあって、単衣モノに向く雰囲気がある。そこで今日のコーデの最後として、帯締めには冬モノ、帯揚げには夏モノと季節を違えた小物合わせを考えてみた。

単衣を意識して、軽やかな色使いの小物を選んでみた。基本色は、牡丹唐草のひと色・淡いレモン色。帯揚げは、龍工房の絽紋綸子・三色暈しで、地の模様が唐花になっていて帯文様とリンクしている。帯締めも、龍工房の優しいレモン色冠組。単衣の装いでは、小物も夏モノと冬モノを組合わせながら、最適なコーデを探ると良いだろう。

今日は夏小物の使い道・前編として、帯揚げを取り上げてみた。生地質も色も模様も加工方法も千差万別なため、思うよりよほど稿が長くなってしまった。次回の後編では、帯締めについて話を進める。また帯とのコーディネートも、今回のような紗袋帯や羅織、織名古屋帯といったフォーマル系ではなく、カジュアル帯に絞って考えてみたい。

 

江戸を代表する浮世絵師・葛飾北斎と歌川広重は、二人とも亀戸天神社(天満宮)の太鼓橋を題材にし、作品に残しています。北斎の絵は、橋の存在を強調するかのように、かなり高く大きく描かれており、広重の絵には、天神社の見どころの一つでもある、咲き誇る藤の花が一緒に描かれています。江戸百景の一つとされた亀戸社の庭は、今も訪れる人が絶えません。

そして、お太鼓結びで太鼓橋を渡った深川芸者ですが、江戸の当時は「辰巳(たつみ)芸者」と呼ばれていました。辰巳とは、江戸城からみて東南=辰巳の方角。遊郭は富岡八幡宮(現在の門前仲町)の前にあり、下町の風情そのままに、粋で男っぽい性格の姐さんが多かったようです。

 

当時の遊郭は、幕府公認の吉原以外は、「岡場所(おかばしょ)」と言う名前で区別されていましたが、辰巳芸者は、幕府の縛りがある吉原芸者とは異なり、自由闊達な気質を持ち、装いにも個性を求めました。つまりそれが、帯の太鼓結びへと繋がったのです。けれどもその結び方が、明治以来現代まで、延々と結び繋がれるなどとは思いもしなかったことでしょう。

形式というモノは、本当に小さなきっかけで生まれる。キモノのおはしょりも、最初は単純なたくし上げですから、似たようなものです。この江戸由来の和装形式、一体いつまで続くのでしょうか。今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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