バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

5月のコーディネート  若葉の季節に、クローバー柄小紋を試す

2026.05 26

5月になると、途端に雑草の勢いが増す。一雨降って一週間ほど目を離すと、もう伸びている。我が家の庭は、玄関に入るまでのエントランスにレンガが敷き詰めてあるが、これは家を建てた時に私が自分で造ったシロモノ。少しでも、建設費用を安く済ませようとしたセコイ試みだったのだが、元々不器用な者の設えなので、その出来は全く駄目である。そして20年以上が経過した今、レンガの間には酷い隙間が生じて、そこから雑草が伸び放題になっている。

そんな雑な草の中で、一番手ごわいのがカタバミ。ほんの僅かな隙間さえあれば、どこでも根を生やし、茎を伸ばして葉を付ける。時には、可憐な黄色い花を咲かせるので、駆除するのに少し気が引けるが、それも限度問題。放置すれば、調子に乗ってどんどん勢力を増す。

片喰は家紋のモチーフとしても知られ、5大紋の中に入るほどポピュラーな紋。生命力が強く繁殖力も半端では無いことから、家が繫栄する植物として、古来から武家を中心に紋図案として採用されてきた。葉の間に剣を置いた剣片喰や蔓を添えた蔓片喰など、アレンジされたカタバミ紋は、紋帳で見ただけでざっと百種類近く。中世の強者の紋に使われた植物だけに、その強靭さは筋金入りである。

 

カタバミの葉を観察すると、三枚葉で先端がハート形になっているが、これとよく似ているのが、シロツメクサ・クローバーの葉。葉の付き方は同じ三枚だが、クローバーの葉の方は先端が丸く、切れ込みが無い。また、葉の真ん中あたりに白い筋が見られるのが特徴。ただどちらも小さい葉なので、パッと見たところ間違いやすく、紛らわしい。

カタバミほど雑な感じではないが、クローバーも普通に草っぱらに生える野花で、人が花壇で育てるイメージは無い。そしてこの二つの植物は、どちらも春の終わりから初夏にかけて、勢力を増す。初夏の花の主役と言えば、杜若や沢潟、あるいは薔薇や百合などが挙げられるが、カタバミとクローバーは、若葉の季節を彩る隠れた名脇役のように思える。

そこで今月のコーディネートでは、クローバーやカタバミの葉を連想させるような、面白い唐草のデザインをモチーフにした小紋を使って、初夏らしい装いを考えてみよう。若葉の季節に相応しい緑色を効果的に使い、爽やかな風に映える着姿にしてみたい。

 

(青磁色 更紗唐花模様・小紋  白地 パルメット唐草模様・九寸織名古屋帯)

多くの染織品の意匠やモチーフとして使われる唐花・唐草。この空想的な花文様が伝来した経緯については、これまでもブログの中で数多くの話をしてきた。洋の東西を問わず、世界中の人々から親しまれ、最も古くから存在している図案。そしてそれは、今に至るまで、文様の中で主流をなす。唐花唐草文を端的に説明すれば、そうなる。

唐草のモチーフは場所ごと、時代ごとに変わり、しかも文様が伝播する経路の中で、様々にアレンジされる。古代エジプトで発生した唐草は、紀元前2~3世紀のヘレニズム時代において、当時の文明国であるローマやギリシャ、エジプトなどで、ロータスやパルメット(ナツメヤシ)、アカンサスやスイカズラなど、各々に違う植物をモチーフに採った文様が生まれ、建築物や彫刻などに盛んに用いられた。

 

ヘレニズム文化は、マケドニアのアレキサンダー大王が東征によって、ギリシャからインド北西部まで支配を広げ、それによって、ギリシャと東方のオリエントの文化が融合して生まれたものである。大王はまず、支配したインド・ガンダーラ地方に部下のギリシャ人を残留させ、仏教彫刻を始める。その際に取り入れたのが、それまでのインド彫刻とは異なるギリシャやペルシャの様式であった。

そこでギリシャとペルシャの唐草は、インド仏教で尊ばれていた蓮と出会う。それが結果として、東西文化を融合した特有の唐草文様が根付くことに繋がったのだ。そして、仏教が中国へ伝わると共に融合した唐草文も伝来し、そこでも新たに、牡丹や菊、雲など中国特有のモチーフが加わる。こうして、伝来した地域ごとにアレンジされて発展した唐草文様が、6世紀の欽明天皇期に、仏教と一緒に日本へやってきたのである。

 

これが飛鳥から天平期に、仏教の広がりと共に様々な建築物や仏具・調度品などにあしらわれるようになる。その集大成が、正倉院に収蔵されている様々な御物である。天平期の中心をなした唐草は、伝来してきた地域各々の図案を踏襲したものが多かったが、時代が進んでいくとモチーフにも微妙な変化が起こる。例えば、天平期にあれほどもてはやされた宝相華(ほっそうげ)文が、中世の鎌倉期には全く姿を消し、代わって牡丹が唐草文の主役を務めることになる。

そして室町から桃山期になると、勘合貿易や南蛮貿易によって、明やポルトガル船から夥しい染織品が運ばれてくる。それが金襴や緞子、繻子、ビロード、モールなど、いわゆる名物裂と呼ぶもの。そこで代表されるのが、笹蔓文や牡丹唐草文などであった。さらに当時、南蛮渡来の舶来品として貴重品扱いされた更紗では、インドやジャワ、タイなどアジアだけでなく、遠くペルシャやオランダ製の模様染まで入り、武将や茶人、あるいは豪商など、その時代の特別な人たちに愛用された。そして江戸期に入って、渡来品を模した更紗が国内でも染められるようになり、和更紗として新たな日本的な図案を生みだすことにも、繋がっていった。

かように唐草は、時代を追うごとに変容を遂げて、今に至る。現代の染織品にあしらわれている図案は、長い歴史を持つこの文様の「どこかの時代のもの」が、切り取られているのである。唐草のことになると、俄然語りたがるバイク呉服屋の悪い癖が出て、前置きが長くなってしまって申し訳ない。それでは、今日取り上げる小紋と帯に使われている唐花・唐草は、いつ頃のどんな図案なのか。その辺りのことに注目しながら、これから説明していくことにしよう。

 

(青磁色 更紗唐花模様 飛び柄手挿し小紋・松寿苑)

薄い青磁色に、かなりデザイン化した唐花が散りばめられた小紋。模様の種類は大小合わせて5種類。模様の間隔と模様を置く位置に規則性が無く、ランダムに柄付けされている。無地場の広がる小紋だが、何となく付下げ的にも見える意匠。

モチーフの唐花は、あまり見かけない形式の図案であり、洋っぽさが感じられる。模様は手で色挿しと胡粉がなされており、小紋の中でも、特に「加工着尺」と呼ばれているグレードの高い品物。小紋なので、当然模様位置が決まっている訳では無いのだが、上手く裁ち回すことにより、付下げのような柄の見せ方が出来そうだ。実はこの品物、すでに誂え終わっているので、どのような模様配置を試みたのか、後でお目に掛けよう。

全体から醸し出す模様と色の雰囲気は、かなりモダンであかぬけた感じ。ありきたりではない小紋の姿が、画像からも伺える。唐花フリークのバイク呉服屋が一目で気に入った品物で、その意匠からは、都会的な上品さが垣間見える。自在な姿で表現できる唐花という図案を、存分に生かして使っている。それでは、この小紋に表れる特徴的な唐花の姿を、具体的に見てみよう。

 

中心になる上前衽と身頃には、大小3つの唐花を置いてみた。通常の付下げのように柄位置が決まっている訳では無いので、あくまで模様の間隔や大きさを勘案して考えたもの。メインの二つの唐花の距離が少し近いように思えるが、それでも模様バランスは取れているように思う。模様の配置次第で全く別の着姿になるので、任された呉服屋の責任は重大。正解が無いだけに、こうした誂えが最も難しい。

 

上前身頃に並んだ二つの唐花は、同じ図案の色違い。花姿は、ハート形に切り込みが入りクローバーやカタバミの葉によく似ている。四弁花の蕊には八弁の小菊が入り、花の中心からは四方に線が伸びて、先端に七宝を模った小唐花を付けている。唐花の大きな特徴は、偶数の花弁で構成されていること。それが幾つもの花弁を重ねた、いわば複合的なものであっても、各々の花弁数は四・六・八のどれかに当たる。

この唐花図は、1885(明治18)年に刊行された「古代唐花模様集」の中に掲載されたもの。「蔓蜀江」と名前が付いているこの図案、真ん中にあしらわれている四弁花の形式が、上の唐花模様と酷似している。この模様集は、当時図案師として活躍していた広田伊兵衛が、自分で蒐集していた唐花文様を、木版画の図録として制作したもの。

染織品の図案を作り手が考える時には、江戸や明治期に発刊された図録やデザイン集にまで遡って、参照することが多い。広田は唐花文の出自を、銅器・陶器・漆器・縫繍の四つに分類しているが、この唐花文は縫繍と記されているので、何らかの染織品の中であしらわれた図案ということになる。こうして明治以前に使われていた唐花文様が、現代のクリエイターのセンスによってアレンジされ、時を越えて品物の中で蘇るのだ。

 

もう一つ、文様の出処を探ってみよう。この唐花は単純な十字柄で、中心の八弁小花から、四方に小枝が伸びている。何ということも無い平凡で可愛い花文だが、調べてみれば、ちゃんと昔の図案に行き着く。

これは、正倉院南倉に収蔵されている絹織物・双鳥唐花文紫綾の図案の一部。主文様は渦状の花を組合わせた四稜文形式で、中に花喰鳥が向き合って乗っている。この十字唐花は、その主文様の隙間に合わせるように、菱形で構成されている。十字花のモチーフは、忍冬(スイカズラ)。ギリシャで生まれた、最も古いパルメット唐草の形。小紋の花姿とは雰囲気が違うが、図案構成はよく似ている。

先に紹介した広田伊兵衛・古代唐花模様集の中でも、似たような図案を見つけた。蔓や花姿は単純だが、形式はほぼ同じ。伊兵衛の分類によれば、この文様は陶器にあしらわれたものとされる。また図案に「遠州(えんしゅう)」と名前が付く。これは想像だが、この遠州とは地名(遠州・遠江国)ではなく、江戸前期に活躍した茶人・小堀遠州のことではないだろうか。

2015(平成27)年に、福岡市美術館の学芸課長・岩永悦子氏が書いた研究報告書「インド更紗の日本における受容の諸相と展開」によれば、遠州の周辺で特定の更紗が製作されていることが判っており、遠州は茶道へインド更紗を導入しただけでなく、和更紗の製作にも関与していたのではと記されている。遠州が調整して誂えた、インド更紗製の包み裂が十数種類に及んでいることを考えれば、上の図録の唐草は遠州好みの更紗図案だったと考えられる。なお、出処が陶器に分類されているのは腑に落ちないが、おそらくは、茶道具(陶器)を包む仕覆裂のあしらいだったからと思われる。

図案の説明が、かなりマニアックな方向へ逸れてしまって申し訳ないが、文様の出自を調べ出せば、それこそキリがない。特に、無限とも言えるほど広がりを持つ唐花唐草文では、その資料は3000年も前にまで遡らなければならない。奥が深く、底が知れない。だからこそ、そこにはとてつもなく、そして不思議な魅力に包まれる世界が広がっているのだ。

 

話が長くなっているついでに、さらにもう一つ図案を見てみよう。唐花文様の形として、最も良く使われているのが、丸と菱形。特にこうした四枚花弁のあしらいは、自然に菱文になる。花のモチーフはその形から菊を想像させるが、出自はそればかりでは無いだろう。先述したように、唐花文の場合には、正倉院や法隆寺に伝わる、いわゆる「上代裂(じょうだいきれ)」に端を発する図案、中世平安期において、和風にアレンジされた有職文的図案、そして室町期以降に輸入された、名物裂や更紗にあしらわれた図案など、時代ごとに違いがある。但し、互いに融合しているので、それをいつと見分けることはなかなか難しい。

これは、正倉院中倉に収蔵されている天平期の物差し・紅牙撥鏤(ばちる)尺にあしらわれた唐花デザイン。紅牙(こうげ)とは、象牙を紅色に染めたもので、撥鏤とは、花鳥や動物などの文様を彫刻刀の刃先で撥ねるように彫る技法を指す。物差しには、この菱形四弁花とハート形六弁花が交互に描かれている。小紋の菱唐花とは少し形は違うが、図案の持つ雰囲気はよく似ている。

 

誂え終えた小紋の姿。着姿の中心になる上前と後身頃の帯の下辺に、出来るだけバランスよく唐花を施してみたが如何だろうか。付下げのように、予め模様位置が決まっている訳では無いので、完璧な模様配置は難しい。着姿からは見えない下前の剣先に模様があるのは、他の模様位置との兼ね合いで、ここに出すより仕方が無かった。

八掛の色には、唐花図案の中に挿されている一番深い緑色を選んでみた。全体が淡く優しい雰囲気のキモノなので、どこかでインパクトを出したいと考えて、こんなビビッドな色になった。それでは、様々な唐花図案を使った付下げ的なこの小紋に、同じ唐花モチーフの帯を合わせて、この花特有の雰囲気を醸し出す装いを作ってみよう。

 

(白地 パルメット唐草 ロータス模様 九寸織名古屋帯・みやこ織物)

エジプトの国花でもあり、唐花の起源ともされるロータス(水蓮)。伝播したインドではすでに、この花を仏教教義上特別な花として認識していた。つまり蓮の花は、東西の文化を融合させたヘレニズム時代には、それをより強く結びつける、大きな起爆剤になったのである。

この帯の図案は、扇状に開いたロータス・蓮の花の周囲を、蔓を伸ばした唐草で囲んでいる。扇状=ロゼットがロータスの起源とも言われるが、古代メソポタミアやエジプトでは、放射状に開いた花を太陽神に見立てて、円形に文様化して装飾に用いていた。

ロータスの色は、開いた扇部分が緑系で基部が橙系。また蔓を繋ぐ小さな唐花は、優しいパステル色。蔓に色が無いので、花の図案が地から浮かび上がって、より強調されるように思える。極めて単調な模様配置であるが、唐花文のモダンさは十分に感じる。

お太鼓姿を作ってみた。規則的に横に並ぶロータスは、思うより着姿で目立つだろう。すっきりとした白地なので、清潔感のある装いを演出出来るはず。では唐花小紋と合わせて、文様の「コスモポリタニズム(世界主義)」を和の装いで完成させてみよう。

 

青磁色のキモノと白い帯を合わせれば、否応なく、明るく爽やかな着姿になる。規則的な帯のロータス模様と、ランダムに置かれたキモノの唐花図案。対照的な模様配置のキモノと帯なので、その着姿からは、同質の唐花文を重ねるくどさを感じることはない。

唐花文そのものには季節性が無いので、旬を意識せずに一年中使える。しかし、この組み合わせのように、清々しい緑の色を基調としていれば、何とはなしにも初夏を連想させる。工夫次第で、唐花でも装う季節は演出出来るのだ。

前模様でロータスが横を向くと、唐花の連続した蔓が瓢箪形になって、有職文の立涌図案に見える。キモノも帯もデザイン性が豊かな意匠で、都会的な印象を残す。古くささなど全く感じさせないコーディネートだが、あしらわれている唐花図案には、すべて歴史の裏付けがある。モダンなようでも、実は古典。文様は、奥が深く実に面白い。

八掛に選んだビビッドな緑色を、帯〆にも使ってみた。全体が淡いので、どこかで色のポイントを作る必要がある。着姿の中心にこの緑色が見えれば、ぐっと装いが引き締まる。このキモノと帯では、緑系以外の小物合わせは考え難いかも知れない。帯揚げは、キモノ地色に近い青磁色で無難に。(冠帯〆・今河織物 暈し帯揚げ・加藤萬)

 

今日は唐花文を使って、若葉の季節に相応しい装いを考えてみた。唐花をテーマにすると、どうしても余計なことを書いてしまう。読んでおられる方は、いつになったらコーディネートが始まるかと思われたに違いない。長くなりすぎ、しかも本題から逸れてしまて、申し訳ない。バイク呉服屋の極端な唐花好きに免じて、どうかお許しを。

唐花には多くの地域の、そして多くの民族各々の感性が凝縮されており、しかもそれが、歴史の淵を辿る度に、変化していく。これほど国際性豊かで、世界の人々に愛されている図案は無いだろう。日本でもそんな図案を、民族衣装であるキモノや帯の意匠に使い、纏う。それは服飾の歴史から考えても、素晴らしいことではないだろうか。ぜひ皆様にも装いの中で、唐花という不思議な文様が持つ美しさに触れて頂きたい。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

本来なら三枚葉のはずのクローバーの中に、稀に四枚葉が存在する。そしてこの葉を見つけると、幸運が訪れる。こうした伝説を信じて、四つ葉のクローバー探しをされた方も多いことでしょう。私も子どもの頃、土手に咲くシロツメクサの花をひっくり返しながら、躍起になって探したものです。ただ残念ながら、四つ葉の幸運に恵まれたことは一度もありませんでしたが。

四つ葉に出会う確率は、0.01%(1万分の1)と言われています。ですので、簡単に見つからないのが当たり前。では葉っぱではなく、人と巡り合う確率は、どれくらいなのでしょうか。これは様々に説がありますが、0.24%程度とも言われています。人が日本で一生を送る中で、何らかの関りを持つ方は3万人。意外に多いと私は思いますが、皆さんはこの数字を如何思うでしょうか。ただ問題は3万人の中身で、各々にどのような関係性を持つかによって、自分の人生の中身が変わって来るのでしょう。

 

お会いすることはほとんど無いのですが、このブログを訪ねて来られた方とは、何らかのご縁がここで出来たと私は思ってます。そう考えると、これまでのブログ読者数の220万というのは、一生の出会いの数3万人と比べれば、相当なもの。もちろん訪問者カウントは重複者を含むので、この数を全部鵜呑みには出来ませんが。

それでもつたないブログ稿を通じ、これだけ多くの方に私を、そして私の店を知って頂けた。それだけでも、十分に幸運なことでした。四つ葉のクローバーならぬ、四つ葉のコーヒー牛乳を飲みながら、皆様への感謝の意を深くし、一人感慨に浸っております。今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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