バイク呉服屋の忙しい日々

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直しの依頼は、信頼の証  コラムブログ開設、14年目を迎えて

2026.05 17

「個人で事業を営む者は、仕事が無くなることほど、恐ろしいことは無いんですよ。」とは、テレビ東京の人気番組・孤独のグルメの中で語られた井之頭五郎の言葉。主人公が一人で輸入雑貨を商うという設定は、そのまま一人仕事のバイク呉服屋にも当てはまる。確かに、お客様からの依頼が無くなることほど、怖いことは無い。特に私のように、お客様へのアプローチをせずに、ひたすらお声掛かりを待つ場合は、なおのこと。誰からのアプローチも無い状態が長く続くようであれば、店を閉めなければならない。

昨今呉服の需要は、最盛期の十分の一以下に落ち込み、一般家庭では和装が縁遠いものになった。装いを考える機会は、成人式か七五三、あるいは婚礼の時くらい。ただそれも求める方は少なく、多くはレンタルで済ます。多くの呉服屋が振袖をメインの商材にし、レンタル業を兼務するようになったのも、時代の流れと言えるが、それとともに専門性が失われたのも事実。そして、鋏や尺ざしを使い回して仕事をする呉服屋は、本当に少なくなった。

ネット以前から存在する報道機関は、「オールドメディア」と呼んで揶揄されることが多いが、さしずめ私なんぞは、「オールド」どころか「化石呉服屋」なのだろう。

 

ここ数年ゴールデンウィークは、まとめて五日ほど休みを取るのが常だったが、今年休んだのは1日だけ。都内や千葉など県外から来店された方が数組、そして飾り始めた夏モノを見に来られた県内の方もいて、忙しい毎日になった。混んでいる鉄道や高速道路を使い、貴重な休みの時間を割いて、遠くの店まで来て頂ける。仕事が無くなることが恐ろしい呉服屋にとって、これほど有難いことは無い。

今回請け負った依頼の多くは、悉皆。つまりは、手直しの仕事である。しみ抜きや汗汚れの直し、古い変色汚れの直し、カビ洗い、色ヤケの修復、古紋消しと紋入れ、解き洗い張り・スジ消しと仕立直し等々。また、反物のまま家の箪笥に保管されていた品物の誂え依頼も数点ある。いわばこれは、「鋏と尺差しを振り回して行う仕事」であり、それは全て、古い品物を次世代の人が装うための施しになる。

 

時代は進み、和装への意識が大きく変わる中にあっても、昔と同様に「キモノを慈しむ方々」がおられる。その人たちにとって何より必要なのは、「いかに直すか」ということ。これは、キモノが生まれて以来ずっと変わらない、装い手にとっての命題である。そこで今日は、このコラムブログが開設14年目に入ることもあり、改めて「変わらぬ呉服屋の役割・手直し」について、連休中に預かった品物を参考にしながら考えたい。

 

5月に入ると同時に、夏へと衣替えした店内。年々、浴衣や麻モノを出す時期が早まっている。連休中に来店された方に、少しは涼やかな夏姿を感じ取って頂けたのではないだろうか。これから始まる単衣から薄物の時期には、袷の品物の手入れや寸法直しの依頼が多くなる。夏の間にリニューアルを済ませて、気分良く新たなシーズンの装いに臨みたいというのは、お客様の自然な願望であろう。

 

直しの仕事は、品物の状態や誂え直す寸法によって、方法や考え方が変わる。当然のことながら、品物は一点一点全部異なるので、通り一遍の「悉皆マニュアル」など存在しない。いかに美しい状態に戻し、そしていかに新たな装い手の寸法に合わせられるか。この二つが、請け負う呉服屋の最大の目標となる。そして依頼するお客様のために、出来る限り工賃を抑える。そもそも、悉皆仕事は儲けの手段にはならないと考えていなければ、おかしな方向へ進んでしまう。

このブログ記事では、実際に請け負った仕事の内容を例に引きながら、様々な直しについて説明している。なのでそうした稿を読まれた方から、メールで相談を受けることもしばしばなのだが、依頼をお受けするに当たっては対面が条件と話すと、やはり皆さん二の足を踏まれる。中にはよほど仕事を受けようかと思うほど、丁寧に依頼を申し出る方もおられるので、身勝手な仕事の方針を盾にお断りをして、本当に申し訳なく思う。

けれども、やはりどう考えても、実際に会って話を聞かないことには、きちんとした仕事は出来ない。自分のこれまでの経験則から、これだけはどうしても譲れないのだ。ではなぜ、お客様とリアルに向き合うことが大切なのか。具体的に直し依頼の品物と内容を見ながら、少しお話してみよう。

 

預かった品物は、様々な場面で装われた品物が混ざり合う。第一礼装の振袖や黒留袖から、日常使いの羽織や紬類まで。中には箪笥の中で長く眠っていた母親の無地や付下げ、あるいはその昔よく着用していた黒の紋付羽織もある。様々なジャンルの品物が、千差万別な状態で持ち込まれてくる。遠方から来店される方は、予め品物だけ先に送ってくることも多い。

直しの依頼を受けた品物は、まず店に置いてある古いたとう紙に入れ直す。その際に紙の上に、お客様の名前と品物の名前を書き、簡単に直す内容と品物の現状をメモする。この作業は、対面が終わってすぐやらなければならない。特に、今回のように一度に沢山の仕事を受けると、混乱して手違いが起こりやすいので、なおのことだ。

預かり品をたとう紙に入れて、整頓した状態。左側の丸巻(反物)は、新しく求めて頂いた品物では無く、誂えだけを依頼されたもの。洗張りを終えて保管していた品物や、未仕立ての状態で箪笥に置いていた品物など。これらは仕立をする前にまず、湯のしや湯通し、水通しを施さねばならない。一方、たとう紙に入れた品物は、まず最初に一点ずつ丁寧に汚れの状態や現状の寸法を確認する。その上で、お客様が希望された直しをどのように進めていくか考え、判断することになる。では、具体的に見ていこう。

 

カーキ色の小花模様・小紋羽織。紬や小紋に使う気軽な羽織として、装う機会も多かったので、あちこちに汚れがあると言うのが、依頼されたお客様の話。しみや汚れは、依頼主がその箇所を全部把握出来ていないことがほとんどなので、丹念に品物全体を見ていく必要がある。

袖口付近、胸、衿に汚れがある。小さな点のようなしみや、何かを落とした跡のような汚れなど、各々に汚れの大きさや内容が違う。自分の目で確認しうる限りのシミを探し出し、その箇所に一つずつ白い糸で印を付けて、補正職人(シミ汚れを直す職人の呼び名)へ知らせる。こうして予めシミのある箇所を把握しておけば、戻ってきた時にそれが直っているか否かが確認しやすい。

汚れは完璧にきれいになることもあるが、僅かに痕跡が残ってしまうこともある。また場合によっては落とせないこともある。落ちない時には、職人からその旨が伝票に記されて来るが、時には、私から直しを再度試してもらうように依頼する。職人が一度「落とせないものは、落とせない」と諦めた汚れは、どうにも仕方が無いのだが、私が諦めきれないのだ。こんな時は頭を下げて、再度仕事を依頼する。こんな時にこそ、私と職人で築き上げた信頼関係がモノを言う。「松木さんがそこまで言うなら、もう一度試してみますか」と快く引き受けてくれるのである。

やれるだけのことをやって駄目なら、それも仕方が無い。お客様にそれをありのままに話せば、納得もされる。大切なのは、あいまいにしないこと。仕事の過程を全て話すことが、お客様の理解に繋がる。仕事を引き受ける時、また仕事を終えて品物を渡す時、いずれにせよ品物を間にして、向き合ってお話することが大事。それこそが、依頼を受けた呉服屋が果たすべき責任と思う。

 

今では着用機会が少なくなった、黒の紋付羽織。菱模様の紋綸子生地で、どっしりと重い。無論、使っていけないアイテムではなく、喪服や無地の上に着用すれば、その畏まった着姿は美しい。長い間仕舞いっぱなしだったので、変色やカビが心配と依頼された方が話す。

懸念した通り、小さなカビ状の白い点が表面から浮き上がっている。少し大きい擦れのような汚れも見える。このような場合は、丸洗いをしてカビをきれいに落とす必要がある。カビの菌は、生地内に残っているとそこからまた繁殖して発生するので、部分直しでは済まされない。一番良いのは洗張りだが、誂え直すとなれば費用も掛かる。こうした時に、解かずに出来る丸洗いは効果的な直し方法となる。

 

かなり古い紗の小紋。お稽古に使おうと箪笥の中から出してみたところ、随所に汚れがあった。稽古着なので、少しでもシミが目立たなくなればそれでOKということで、仕事を受けた。このように「出来る限りで良い直し」の場合には、なるべくお客様の負担を減らすように心がける。

着姿で一番目立つ上前衽の上部に、変色した古い汚れが幾つも見られる。一般的には、長く時間が経過するほど汚れは落とし難くなる。逆に早く手当てを施せば、落とせない汚れは少ないとも言える。シミを付けた瞬間は、どうしても慌ててしまい、つい水で拭いたりタオルで擦って落そうと試みたくなるが、これはいずれも逆効果で、かえってシミの範囲を広げて状態を悪くする。不安になるかもしれないが、何も手をつけずに、そのまま持って来て頂くことがベスト。そしてその時にシミの原因が判っていれば、教えて頂きたい。職人は仕事の経験上、しみの要因が判れば、対処しやすくなるからだ。

 

流水の中に羊歯を配した、上品で上質な手描き友禅の色留袖。特別なフォーマルの装いとなる黒留袖や色留袖は、やはり着用後には一度目を通しておく方が良いだろう。次にいつ出番があるかも判らず、箪笥に置く時間が長くなるかもしれないので、シミ汚れが無いことを確認した上で仕舞った方が安心できる。先述したように、汚れたままで時間が経過すると、直すことが難しくなるケースがある。

左前袖に数か所の汚れが見える。袖口汚れと衿の化粧汚れの有無を確認するのは、品物を預かった時のルーチン作業。当然ながら、着姿で前に出る箇所のほうが汚れが付きやすい。補正職人は、シミ汚れ落としをすると同時に、最後に皺を伸ばして仕上げ直しまでして、品物を返してくれる。お客様に、見栄えの良い状態で品物を渡すことも大切。

この刺繍衿は、上の色留袖を着用した時の白い長襦袢に付いていたもの。襦袢から外して洗いにかけ、再度襦袢に付け直す。よく見ると、僅かに化粧汚れが付いている。衿と言えども礼装用だけに、きちんとした状態で仕舞った方が良い。手間かも知れないが、外した方が全体の汚れの状態を把握しやすい。

 

薄茶地色・短冊模様付下げとブルーグレー色と躑躅色の紋付無地。この三点のキモノは、母から娘へと譲るために、今回手を入れることになった。お茶のお稽古を始めたばかりのお嬢さんは、どうしても無地や付下げが必要になる。そこで白羽の矢が立ったのが、箪笥の中に仕舞われていたお母さんのキモノ。いずれも数回しか着用されてなく、しかもきちんと保管されていたので、全く汚れも無く良い状態のまま。

そこで問題になるのが寸法だが、キモノ身丈は4尺から4尺5分になっていて、娘さんの寸法より1寸5分ほど短い。ただどのキモノにも中上げが2寸程度入っていたので、十分寸法通りに直せる。問題は裄と身巾。裄は1寸ほど、また身巾は前巾と後巾で5分ずつ短い。特に茶道で使う場合では、身巾(特に前巾)の寸法を普段より3~5分広めに設定する必要がある。裄は、袖付と肩付の縫込み具合を確認し、何とか長くなりそう。身巾に関しては、広げることに全く問題は無い。

ただこれだけ広範囲に寸法を変える場合、やはり一度解いて仕立直しをする方が、仕事的にはやりやすくなる。裄と袖丈とか身巾だけの直しのような「部分的な寸法直し」の場合には、全体を解く必要が無く、それだけ費用も少なく済ませることが出来るが、今回のような大幅なリニューアルが必要なケースだとそれは難しい。ただ品物がきれいなまま保管されていたので、洗張りの必要は無く、スジ消しだけをすれば良い。また胴裏や八掛もそのまま使えるので、これも縫いスジだけを消すことにする。洗張りとスジ消しでは、代金に違いがあるので、スジ消しで間に合えばそれだけ費用を抑えられる。

これは上の三点と同じ方が持参した、疋田絞りの小紋道行コート。この品物は、おばあちゃんが愛用したもので、孫に当たる娘さんが直して使いたいと希望されていた。ただ寸法を測ってみると、裄は縫込みを出しても、到底彼女の寸法通りにはならない。昔の品物は反物巾が今よりかなり狭かったので、裄の長さには限界がある。またコート丈もこれ以上長くならず、使い難い。

コートにすることは難しいが、気に入っているこの柄を何とか生かしてあげたいと考え、名古屋帯に誂え直すことを提案する。特徴ある小紋なので、カジュアル用の帯として使っても面白いはず。総柄だけに誂えがしやすく、締める時にも太鼓柄の様に模様位置を気にしなくても済む。初心者の気軽な帯として利用価値は高いと説明したところ、受け入れて頂き、直すことに決めた。こちらは少し時間が経過した品物であり、また違うアイテムへと変更することもあって、スジ消しではなく、洗張りを選択した。

 

この連休に預かった品物の中で、数点だけをピックアップして、その悉皆内容を説明してきた。各々直す内容が違い、品物の状態も異なっていることが判って頂けたと思う。つまりそれは、依頼される方ごとに、仕事が全て異なることを意味している。

汚れている品物は、どこでどのようなシミを付けたのか。古い品物であれば、どのような状態で保管されていたのか。譲る品物であれば、誰がどのように着用するのか、また寸法の差異はどれくらいあるのか。こうしたことを、お客様に直接確認せずして、仕事を進めることは出来ない。そしてどのように直せばどのくらい費用が掛かるのか、その目安を私からお客様へ伝える必要がある。それを理解して頂いた上で、初めて「では、お預かりします」と言える。だからどうしても、対面しなければならないのである。

この過程を何回か繰り返すことで、個々のお客様から信頼を得られるようになる。そして直すこと、あるいは受け継ぐことが、和装の基本と判って頂ける。顔を合わせず、メールや電話だけで仕事を請け負うことは、これからもあるまい。リモートという手段もあると言われるだろうが、それは緊急事態に限定されるだろう。私は、画面越しにお話することなど、後免被る。

 

ブログを書き始めて13年。有難いことにこの間、読者の方から沢山の仕事を頂戴しました。しかもそれは、バイク呉服屋の「対面しなければ」という難題をクリアした上での依頼だったのです。この先も、こうした方々の信頼に答え続けていくためには、これまで通り、一点ずつ丁寧に品物に向き合うほかはありません。

仕事の量や、お客様の数を増やすことを念頭に置かない。むしろ忙し過ぎるとロクなことが無いと思います。孤独のグルメの中で、井之頭五郎は語っています。「過ぎると言うのは、良くない。何事もボチボチ、というのがいいんですよ」と。

今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

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