IT用語のリファラ(Referrer)とは、現在のページにアクセスしたユーザーが、どのサイトを通してやってきたのか、いわば「参照元」を示す情報のこと。これを解析することによって、訪問者の意図や目的を探ることが出来るので、サイト運営者にとってリファラは、非常に重要なデータとなっている。このブログのプラットフォームになっているWordPressも、リアルタイムで、リファラの内容を運営者の私へと伝えてくれる。
アクセス解析によれば、このバイク呉服屋ブログのユーザーは、直接トップページを訪ねてきた方が最も多く、次いで多いのが、検索エンジン・グーグルを経由して来られた方。一週間の内訳を見れば、直接が2000人で、グーグルからが1800人ほど。おそらく直接サイトに来られた方は、このブログをブックマークされている方、もしくはお気に入りに入れている方だろう。つまりはリピーター・常連さんということになる。一方グーグル検索を使った方は、ブログに初めて来られたご新規さんと考えられよう。
一日に約250人ほどの方が、グーグルを通じてこのブログにやって来る。検索した言葉や内容は様々であろうが、とにもかくにも、グーグルがこのバイク呉服屋サイトを上位に置いたことが契機になっていることに間違いはない。多くの会社や店では、グーグル検索において上位表示を得るために、様々な方策を考えているはずだが、何の対策も講じていない私のようなブログが上にあるのは、何となく申し訳ない気がする。
それでは、グーグルは私のこと、あるいは私の店のことをどのように見ているのだろうか。それを認識するには、またとない方法がある。それは、今流行の「AI検索」を使ってみること。そこで、「見せてもらおうか、グーグルAI検索の性能とやらを」となり、試しに「バイク呉服屋」と打ち込んで検索を掛けてみた。
出てきた結果は、ブログのトップページに掲げてある「プロフィール」を参考にして、店のあり方や商いについて説明がなされており、対面を重視したスローワークを大切にするとか、メンテナンスに注力し、一つの品物に長く関わることを信条とするなどと書いてある。またこのブログそのものについても記載があり、キモノの知識や日々の仕事のことを、専門的かつ親しみやすい視点で発信していて、全国に読者がいるとある。どうやらグーグルさんからは、ある程度好意的に見られているように思われる。
こうして評価されるのは、長い間淡々と自分の言葉で稿を書いてきた結果なのだろう。それはおそらく、書き手である私が、ブログを商売の道具としてではなく、ただ呉服に関わる情報発信をすることを念頭においた、いわば「けれんみの無さ」に大きな要因がありそうだ。毎日、一定数の常連さんとご新規さんに来て頂けることは、望外の喜び。その期待に添えるよう、肩肘を張らずに、ささやかな情報発信を続けていきたい。
ということで今日は4月最後の稿として、いつもの月と同じように、店で扱っているキモノと帯を一点ずつピックアップして、コーディネートを試みてみよう。今回は、手を尽くした友禅をさりげなく装えるようなフォーマル姿を考えてみた。
(鴇色 花籠模様・江戸友禅付下げ 白地 鏡裏鳥華文様・袋帯)
付下げと訪問着とでは、その着用場所が大きく変わることは無く、キモノの格も少し訪問着の方が高めと言えるくらいである。これまで何度もブログの中で説明してきたように、大きな違いは模様の嵩であり、それによって一般的に、訪問着は華やかで付下げは控えめというイメージを持たれる。無論、中には付下げでも訪問着に負けない華やかな意匠があり、逆に楚々とした柄行きの訪問着も存在する。
そもそも訪問着は絵羽(キモノの形)にした状態で意匠が考案され、付下げは反物のままで模様付けされる。以前の付下げは、キモノに誂えた時に模様が全部上を向くように配置した着尺で、通称「一方付け」と呼ばれ、絵羽モノの訪問着と反物の小紋の間にある品物、いわば略式の訪問着という位置づけになっていた。今では考えられないが、昔の付下げには、前模様が繋がらないものも存在していたのである。
こうした経緯を踏まえれば、訪問着と付下げとの相違が、自然に見えてくる。現在では模様中心の上前衽、身頃、さらには後身頃へと柄が繋がらない付下げなど無いが、意匠から訪問着との違いを見分けるとすれば、それは衿の模様あしらいの有無になるだろう。訪問着の場合、衿に模様があり、それが胸と袖の図案と連動して繋がって一体感のある意匠を演出する。それが付下げでは、衿に模様が付いていないことが多く、胸と袖の図案は孤立している。
なので着姿の華やかさとなれば、やはり付下げは訪問着に一歩譲ることになる。けれども、時と場所、そして立場によっては、控えめな姿が求められる。そしてさらに、装う方本人が、目立つことより、品の良さが際立つ姿を演出したいと望まれることもある。最近では、むしろ「そこはかとなく良いキモノ」であることを印象付けたい方が、多くなっているようにも感じる。
そんなこともあって、そしてまた、扱う私自身が「一歩引いた奥ゆかしき姿」を好むことから、訪問着より付下げを多く仕入れ、それをお客様にお勧めする場面もよくある。今日ご紹介する付下げも、そうしたコンセプトに従って選んだ品物であり、それは全て手描き・手挿しの本格的な友禅の仕事で施されたもの。すでに、この雰囲気を理解されたお客様にお求め頂いた品物だが、上質さと上品さを兼ね備えたコーディネートとはどんな姿なのか、ご覧頂いた方が感じ取って頂けたなら嬉しい。では、始めてみよう。
(鴇色 流水に花籠模様 江戸手描き友禅付下げ・大松 マルシバ扱い)
現代に続く江戸友禅の老舗と言えば、呉服に詳しい方ならすぐに、大羊居や大彦の名前が挙がるだろう。どちらも源流は、1772年に創業した江戸・蔵前の呉服商・大黒屋に行き当たる。創業者・野口幸吉の名前から、大幸と屋号を名乗ったこの店は、当時江戸有数の繁盛店であった。
この大幸の四代目・野口幸吉には息子・松三郎がおり、それが後に「大松」を名乗り、幸吉の娘・幸を娶った婿の彦三郎が分家して「大彦」を名乗るようになる。この彦三郎には二人の息子、真造と巧造がおり、真造が大彦を継ぎ、巧造が新たに「大羊居」を起こした。大黒屋に連なるこの三軒が、明治初年から今に至るまで、美術的価値の高い友禅作品を世に送り続けてきたのである。
今日ご紹介する品物は、大黒屋本家筋にあたる大松の作品。大松は、松三郎のあと弥一郎・彦一郎と続き、現在は5代目の雅史さんが社長で、次代の佳嗣さんもすでに仕事に携わっている。品物を仕入れたマルシバは、本来白生地扱いを主とする問屋であったが、雅史さんの次男の方が現在マルシバに勤めている関係から、今は数多く大松の品物を手掛けている。前回のブログでもお話したが、このマルシバに、菱一でうちを担当していたO君が入ったことで新たに取引が始まり、大松の品物を仕入れるようになった。奇しくも大松の品物は、以前菱一から仕入れていた。
小さな流水に花籠をあしらった意匠は、楚々とした姿が印象的。分家の大羊居は、どちらかと言えば大胆で華やかな印象を持たせる作品が多いが、大松は、おとなしく優しい雰囲気の品物が目立つ。つまりは、大羊居のあしらいが訪問着向きで、大松は付下げ向きとなるだろうか。
この付下げも、大松らしい上品さがよく表れている図案で、流水と花籠というスタンダードなモチーフを、さりげなく巧みに描いている。上の画像は、模様中心の上前衽と身頃を合わせたところを写したものだが、一見平凡に見えても、そこは手を尽くした手描き・手挿しの本格的な江戸友禅で、きちんと本格的な仕事がなされている。
生地はドット模様が織り込まれた、珍しい紋意匠。花籠図案を拡大してみると、中に入れた小さな花一つ一つが、丁寧に糸目を引いて描かれ、色挿しを施していることが判る。巧みな暈しと配色の妙により、小さくとも繊細で美しい花姿として描かれている。友禅の緻密さが伺われるあしらい。
鉄線と思しき小さな花弁を拡大すると、中央の二つの花の丁寧な加工が見て取れる。特に刺繍のあしらいは精緻で、輪郭、花弁、咢には駒縫い、縫い切りと技法を変えて表現し、並んだ二つの花が対比して鮮やかな花姿になるよう、縫糸の色も工夫されている。
模様の表情を近接すると、色の優しさがより感じられる。葉や花の輪郭や葉脈に見られる白い筋の自然な揺らぎは、手で糸目を引いた証。この柔らかな模様の雰囲気は、本格的な友禅でなければ、とても出せない。さりげない模様をさりげなく描くことは、簡単なようで、実は大変な技量が求められる。
誂え終わった姿を見れば、この付下げの特徴がもっとよく判るだろう。着姿の中心・上前には、大きさを変えた花籠が四つ。その間に水の流れがあるが、各々の模様に繋がりは無く独立している。図案そのものも決して大きくはないが、その分上品さが前に出ている。前述したように、柔らかい糸目と丁寧な挿し色が際立っており、「さりげなさ」が強調されている。
このキモノの上部を見て頂こう。ご覧の通り、袖と胸に丸みを帯びた小さな花があり、しかも繋がりはない。また衿に模様は付いていない。最初の方でお話したように、これが典型的な付下げの模様構成である。図案は分離し、着姿からは必要以上に目立つことがない。これで、反物の状態のまま模様あしらいをしたことが良く判る。
幻の鳥・朱鷺は「ニッポニア・ニッポン」という学名を持つ。その羽根の淡い紅色を鴇(とき)色と呼ぶが、このキモノの地色はそれに近い。ご覧の通り、落ち着きと品の良さを感じさせる色で、この江戸友禅のあしらいと自然に馴染んでいる。では、この付下げの、さりげなく上品な雰囲気をより際立たせるためには、どのような帯を合わせれば良いのだろうか。
(白地 糸地鏡裏鳥華文様 袋帯・紫紘)
清々しさと華やかさが共存する白地の鏡文帯。どちらかと言えば、国風的な意匠が得意な紫紘だが、この帯に関しては正倉院の図案を模して織られている。配色は紫と緑と水色だが、いずれも淡い色味で優しい雰囲気を醸し出す。帯地が白であることを意識し、あくまで上品な帯姿になるよう考えられた図案と色の配置なのだろう。
葡萄唐草を周囲に置き、中に四弁の唐花を置く。この図案はおそらく、正倉院南倉の収蔵品「几褥・葡萄唐草文白綾」がモチーフになっていると思われる。几褥(きじょく)とは、仏前の机の上に敷く布のことで、簡単に言えばテーブルセンターの類。収納品は、称徳天皇(聖武天皇と光明皇后の間に生まれた娘)が東大寺に行幸した際に、大仏への献納物を載せた机の敷物として使ったもの。表に葡萄唐草文の白い綾織生地を、裏には浅緑色の鹿の子絞り生地を張っている。この柄は、几褥の表図案を鏡文独特の円形で囲んだもの。
唐花の間を飛び回るのは、二羽の鳥。これも図案は、正倉院の収蔵品をヒントにしている。中倉の収蔵品「密陀彩絵箱(みつださいえのはこ)」には、ナツメヤシをモチーフにした唐草・パルメットの間を、二羽の鳳凰と二羽の怪鳥が旋回している姿が描かれている。「密陀彩絵」とは、顔料や金箔で加工した文様に油をかけて仕上げたもので、現代の油絵に似る。最初の葡萄唐草同様に、こちらも鏡文の形を採っている。
お太鼓を作ってみると、鏡文の配置が絶妙でバランスのとれた帯姿になる。使ってある金糸の色が柔らかいので、派手さは感じられず、上品さをきちんと保っている。図案からしても、格調高いフォーマル帯であるが、決して仰々しくはならない。付下げ同様、作り手の「さりげなく良いモノを」という意識が、帯姿からも感じられる。
同じ雰囲気を持つ、江戸友禅の付下げと正倉院文様の袋帯。これを組合わせるとどうなるのか、試すことにしよう。
キモノはオーソドックスな花籠文だが、入れ込んである花は鉄線や桔梗を模したようにも、デザイン化された唐花のようにも見える。それが正倉院図案の帯とリンクして、なお双方の雰囲気を近づけている。色の気配はどちらも淡く、鴇色のキモノに白い帯がよく映える。
似た要素持つ品物同士を組合わせれば、全体にバランスの取れた着姿となり、その印象は否応なく高まる。さりげなく、上品で、しかも上質。私個人としては、こんなフォーマルコーディネートが最も好きである。
着姿の中心となる上前衽・身頃に帯の前姿を合わせてみたところ、思った以上に華やかになる。モチーフは、キモノが花籠で帯は鏡。古典図案でありながら、モダンな印象も受ける。この組み合わせでお求めになったのは、若いミセスの方。飽きることなく長く装って頂ける、スタンダードなフォーマルになるように思う。
全体が柔らかい色姿なので、帯〆の色を少しだけ濃くして、着姿にポイントを作った。採用した色は、キモノの鴇色と帯模様の紫に近いワインレッド。帯揚げは柔らかく、帯〆はキリリと色を決めてみた。(蛍暈し帯揚げ・白金通し貝の口帯〆 共に渡敬)
優しく、美しく、上品な着姿。これは、フォーマル姿に最も求められることかと思う。「さりげなく目立つ」ためには、やはり品物にそれ相応の質が求められるように思う。それはたとえ控えめな柄行きでも、精緻な仕事が施してあれば、その格は自然に上がっていく。今日のキモノと帯は、まさにそれに適った品物になっている。
品物を選ぶ際には、装う方が、「自分をどのように見せたいか」ということが重要になる。それはつまり、和装に対して自分なりのコンセプトが持てれば、結果として、自分が満足する装いを演出できることになるのだろう。ぜひ皆様には、着姿の中で自分らしさを存分に発揮して頂きたい。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。
グーグルがそれなりに、店のあり方やブログの内容を認識していることが判り、それが少なからずユーザーをこのサイトへといざなっている要因になっていることも、理解しました。けれども、それは導入部分だけのことで、入ってきた方に満足して帰ってもらえなければ、何にもなりません。
結局は、ブログ稿の充実が全てなのです。読んだ方に「また訪ねたい」と思って頂くためには、記事に書き手の個性を出さなければなりません。通り一遍のことなら、誰にでも書けるのですから。AIの賢さはよーくわかりましたが、私は劣等生だったので、昔から頭のいい奴は嫌いです。なので意地でも、自分で調べて、自分の言葉で情報発信をしていきたいと思います。今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうござました。