バイク呉服屋の忙しい日々

にっぽんの色と文様

組紐、その奥深き世界(後編・2) 多彩な帯〆の技法・カジュアル編

2019.10 11

バイク呉服屋にとって、10月は憂鬱な月。というのも、今月は税金を納めなければならないからだ。店の決算月が8月なので、今月末までに消費税と共に、市と県へ各々法人税を納付しなければならない。一日でも遅れると督促され、延滞税が加算される。

税額は、売上高や決算内容によって決まるので、年によって変動する。また、消費税は税率がアップすれば、当然事業所が支払う税額も増える。今月から10%に上がったので、間違いなく、来年は今年以上に納付額が増えるだろう。

納税は国民としての義務なので、支払うことにやぶさかではないが、それが本当に正しく使われているか否かとなると、疑問が残る。ただこの先、少子高齢化に伴う社会保障費の増大や税収不足、さらに膨大な額の国の借金返済を考えれば、果たしてこのままの税額で納まるのか、とも思う。現在日本の債務残高は千兆円を越えている。国民一人当たりで換算すれば、800万円以上。常識的に考えれば、返済不能である。この状態では、借金棒引きを指示する「徳政令」でも出さなければ、とてもやっていられない。

 

債務が増え続ける大きな要因の一つは、地方交付税交付金の存在。これは国から、地方の自治体に対して交付される補助金で、税収による地域格差を無くすことが目的。

実際に地方では、人口流出や産業の衰退などで税収不足に陥っており、この補助金なしで財政運営できる自治体は少ない。財政力指数でみると、山梨県は0.39、甲府市は0.78。この指数は1を越えると、財源が、その地域の税収だけで賄えていることになるので健全と言えるが、そんな自治体は大都市周辺に限られている。

地方財政を補う、大切な補助金。自治体では、各々の状況に合わせて自由に使いたいのだが、国では、その使い道を指定している。だから、国のお墨付きの無い事業には使うことが出来ない。ということでこのカネを、「ヒモ付き補助金」と呼んでいる。

これでは、「カネは援助するが、言うことは聞け」と言っているのと同じこと。地方の意思を阻害する要因であり、これこそ地方分権を阻んでいる元凶だが、こんな「ヒモ」を外さない限り、地方自治の独自性は得られまい。

 

紐は、モノを束ねたり、崩さないための有効な道具だが、結ぶことで、使い勝手が悪くなるようでは本末転倒であり、本来の役割では無い。「ヒモ付き」は、補助金だけでなく、働かずに女性に寄生する男を表現する時に使うが、これも「紐」には大変失礼な比喩であろう。

さて、こんなつまらぬヒモのことはさておき、結ぶことで着姿を美しく引き締める「和装の紐・帯〆」について、また話を進めることにしよう。前回のフォーマル編に引き続き、今日はカジュアルな場面で使う多彩な帯〆について。

 

ワラビとツクシの帯揚げに合わせた、二点の帯〆(平唐組)。春らしい合わせ方。

カジュアルには、どのような帯〆を使えば良いのか。組み方から考えれば、前回御紹介した金銀糸を用いた貝の口組や高麗組のような、華麗で格調の高い姿の紐は使わないものの、その他には特別な決りはなく、着用する方が自由に考えて選べば良い。

組み方も、丸組・平組・角組とあり、その中でも技法が分かれ、組姿も変わっている。そして糸の配色は、一色だけの無地あり、ぼかしあり、まだら状に色を付けたものありと、様々である。

 

その中から、何をどのように選ぶべきか。キモノと帯をコーディネートした上で、最後に考えなければならないのが、帯〆と帯揚げ。特に帯〆は、帯の前姿の中心に位置し、選ぶもので着姿の印象が変わるために、特に重要な存在となっている。

バイク呉服屋の基本的な考え方は、帯模様の配色から際立つ色を選び、帯〆の色とするとか、キモノの地色を念頭に置いて、それと同色の濃淡で紐を考えるとかであり、このブログでご覧頂く月々のコーディネートでも、それが強く表れているように思う。

だが、これは私の好みであり、正解でも何でもない。あくまで「一つの例」として、皆様にお目にかけているだけである。選ぶ色は、使う品物だけでなく、季節によっても変わる。春ならば薄色、秋ならば濃色を使う傾向があり、これがまた悩ましい。要するに、答えは無いので、着用される方がご自分で考えた組み合わせが、正解となる。このような「難しい小物選び」は、和装の楽しみの一つでもあろう。

ではカジュアル使いの帯〆には、どのようなものがあるのか。御紹介していこう。

 

龍工房が製作した、色とりどりの単色無地・冠(ゆるぎ)組帯〆。

こうした単色の冠組は、その弾力のある締め心地の良さもあいまって、どうしても出番が多くなる。フォーマルでは無地や軽い付下げあたりまでに向き、カジュアルではどんなモノにも使い廻すことが出来る。色は微妙に異なり、製作する紐屋によっては、100色以上色を揃えているところも少なくない。同系色でも、僅かな濃淡の違いで雰囲気が変わるので、使う色目の見極めが難しい。

紐の表面を見ると、真ん中に筋が入り、半分に割れたように見えるが、これが冠組の特徴。この組み方は、鎌倉期以降に兜の紐など、武具に数多く用いられていた。

組紐は、水に濡れると組み目が堅くなり、紐が締まる。冠組=ゆるぎは、組姿を見ても判るように、真ん中に縦直線の切れ目が入っているが、これがあることで、紐の締りを加減してくれる。バイク呉服屋が想像するには、これは戦の時、武具の紐が締まりすぎるのを防ぐため=ゆるぐために考案された組み方であり、その結果「ゆるぎ」と名前が付いたのではないだろうか。

中世の組紐は、関東では武家組紐、関西が公家組紐と、その特徴が地域で分けられるが、この「ゆるぎ」は、武士の実戦の場から生まれた関東の武家紐を代表するものと言えよう。この時代、関東の紐は丈夫で色も質素なものが多かったのに対し、関西の紐は、色鮮やかで優しく柔らかな手触りのものが主流。これは、武家と公家双方における、組紐の用途の違いが如実に表れている。

 

さて、この冠組だが、一般的には「装束の冠の紐」に使われていたことで、その名前が付いたと理解されているが、それには少し疑問が残る。話は逸れるが、この名前の由来について考えてみよう。

朝廷役人の位は、603(推古天皇11)年に制定された冠位十二階制度に始まるが、この時初めて、冠と衣服の色でそれぞれの地位を区分した。最初の色は、上位から紫・青・赤・黄・白・黒の順で6色。一つの色が上下に分かれているので、12段階となる。この区分けは、時代が進むにつれて、13、19、26と細分化し、685(天武14)年には、48段階にもなっている。そして、皇族や官僚の衣服を具体的に法令化した、養老律令・衣服令が制定された元正年間(717~724)で、30段階に落ち着いた。

問題は、この衣服令に規定された冠である。当時の冠は、和紙を張った上に、羅を張り、そこに漆を塗って作った簡単なもので、使用するときには、髷をリボン状の紐で絞り結わえて留めていた。それが平安期になると、冠の髷を入れるところ(巾子・こんじ)の根元から簪(かんざし)のようなピンを差込み、髷を止めていた。このように考えると、奈良から平安期にかけて、冠には組紐を用いていないことになる。

ただ、天皇が礼服を着用する時に使う冠・天皇礼冠には、宝玉に糸を通した飾り紐があり、また官僚は、冠紐では無いが、礼服には位階を示す飾り組紐・印綬(いんじゅ)と玉佩(ぎょくはい)を付けていた。印綬は、白絹糸を平紐に組んだ細い帯状のもの、玉佩は、五色の玉を五本の細い組紐に綴って合わせ、金具で留めたものだが、この紐が、果たして現在の冠(ゆるぎ)のような組み方をしていたかは、判っていない。

冠を止める紐としては、鎌倉期になって蹴鞠の時に用いた「懸緒(かけお)」があり、これが後にあご紐として定着したが、素材は、組紐ではなく和紙を裂いて紐状にした紙縒(こより)を使っていた。これは現在も、神職が神事の時に被る冠の結び紐として、使われている。だからこの冠の紐・懸緒も、今の冠(ゆるぎ)紐には当たらない。

用途的にみれば、このゆるぎ紐は「冠紐」ではなく、「兜紐」あるいは「武具紐」と呼ぶのが相応しいと思えるが、やはりネーミングとして「冠紐」の方が恭しいので、そのように名前が付いたのではなかろうか。

ということで、今日の題材から外れる話を長々と書いてしまったが、冠組という名前の由来も、歴史的に見れば確かではなく、またこれを何故「ゆるぎ」と呼ぶようになったのかも、謎である。取るに足らない品物の名称ではあるが、調べてみると面白い。では、本題のカジュアル帯〆に話を戻そう。

 

ぼかしを入れた二色使い・御岳(みたけ)組の帯〆。

この組み方は、表と裏で内と外の二色の色が反転するので、帯〆として違う姿が楽しめる。冠組と比較すると、少しだけ幅が広い。

御岳組は、八つの玉を使って組む角紐・角八つ組と、スギの葉模様のような組目を持つ角紐・奈良組(別名洋角組)を、横に二本連結して組んでいる。角八つ・奈良組ともに、飛鳥から奈良期に伝来した古い組紐で、正倉院の遺品にも、数多くこの技法の紐が残っている。平安期に生まれた御岳組は、この二つの組み方を合わせたもので、それまで伝来した唐組とは違う、日本独自の技法を使った組紐。

御岳組は、色を様々に取り合わせることが出来、表裏違う表情にもなることから、カジュアルの場面では重宝する。画像の紐のような深い色は、着姿を引き締める役割を果たすだろう。また紬に使うと、秋の気配が出て来るかもしれない。

 

最初の画像で御紹介した、平唐組(ひらからくみ)の帯〆。

組目が交差した表情を持つ平唐組は、手にすると冠組よりやや厚く感じる。この紐には、所々に霰のような点が組み込まれている。三本ともパステル系の色なので、春をイメージさせる。優しい色と図案の染帯に使うと、良いのかもしれない。

この帯〆の可愛さは、房の先が丸い玉になっていること。こうした変わり房のことを「小田巻き(おだまき)」と呼ぶ。通常では、切ってそのまま束ねる「切り房」か、房糸によりをかける「撚り房」になっているものが多いが、このように糸を巻いたユニークな玉状は、それだけで面白みがある。カジュアルな帯〆として、隠れた個性になる。

こちらは、同じ唐組でも、丸唐組(まるからくみ)の帯〆。その姿から、組目の交差が外に出ていることが判る。平唐組と比較すると、ボリュームがあるので、締めた時に帯〆としての存在感が前に出てこよう。

 

まだまだ御紹介したい紐は沢山あるが、とても書ききれたものではないので、今回はこの辺りで、ひとまず終わることにしたい。具体的な組み方の技法や、使う組台のことなど、ほとんど触れることが出来なかったので、また改めてお話しする機会を持ちたい。

三回にわたって組紐・帯〆について御紹介してきたが、その歴史と奥深さに、少しでも関心を持って頂けたなら嬉しく思う。そして、和装には欠かすことの出来ない帯〆で、着装する方それぞれが、自分の個性を発揮して欲しいものだ。

 

糸を巻いて玉にした房のことを、「小田巻き」と呼びますが、正式には「苧環」と書きます。麻糸を作る時には、芋麻(ちょま)=からむしから取り出した繊維を撚り合せて績むのですが、紡ぐときにはその糸が絡まないように、玉状にしておきます。これが苧環ですが、玉状の帯〆の房がこの形とよく似ていることから、その名前が付いたのでしょう。

また、うどんが入った茶碗蒸しのことも、「小田巻き蒸し」と言いますが、これはうどんを、糸か紐に見立てたからかと思います。

モノや事象それぞれの名称には、その名前が付いた背景や謂れが隠れていて、調べていくとどんどん深みに嵌っていき、キリがありません。これが、ブログを必要以上に長くしている原因の一つですね。けれども、関心を持って頂くきっかけは、ほんの小さなところに転がっています。皆様の役にはあまり立たないと思いますが、これからも、隠れた謎を見つけながら、話を進めていこうと考えています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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