バイク呉服屋の忙しい日々

にっぽんの色と文様

本当の「楓」の色は、どんな色

2018.11 09

ここ数年、市街地に様々な動物が出没するようになった。猪や鹿、猿が道路を我が物顔で歩く姿も、よく報道される。人を恐れなくなったのか、それとも山に餌が減ったのか、原因は幾つも考えられる。長い間、人間と獣はそれぞれ生活のテリトリーがあり、それが暗黙のうちに守られてきたのだが、どうやら境界が無くなりつつあるようだ。

そんな獣の中で、最も恐ろしいのがクマである。本州に生息するツキノワグマ、北海道のヒグマともに、大きなものだと、体重は300㎏、身長2mにも及ぶ。もし、こんな獣とばったり遭遇し、襲い掛かってきたら、人間などひとたまりもない。

 

毎年、春先から秋にかけて、全国各地でクマの出没情報がもたらされている。春のタケノコ採りや、秋のキノコ狩りで山に入り、クマと遭遇し、怪我を負ったニュースもしばしば伝えられている。これまでは、「クマ除けの鈴」など、音の出るモノを着装していれば、臆病なクマは勝手に離れていくと考えられていたが、最近はその効果が疑問視されている。鈴を付けていても、襲われるケースが相次いでいるからだ。

クマは雑食動物で、普段は木の実や植物を食べるが、ヒグマは川を遡上した鮭も餌にする。山に食べ物が豊富な年は良いが、不作だと里に下りてきて農地を荒らす。クマは、一度食べた物の味を忘れることはないので、味をしめるとくりかえしやって来る。

 

今年も、先月末に一週間仕事を休み、北海道へ行ってきた。バイク呉服屋が向かう場所は、人知れぬ山村集落や林道ばかりなので、いつクマと遭遇してもおかしくない。

道の至る所に、「クマ出没注意」の看板が立ち、中には「○月○日○時頃、出没しました」とのリアルな情報もある。出掛ける前には、各町村のHPに記載されている出没情報をチェックするものの、さりとてそれを恐れていては、行きたいところへは辿り着かない。毎回、この恐ろしさと好奇心のせめぎあいである。

けれども、こうして苦労して行き着いた所には、いつも素晴らしい風景が待っている。特に絵の具を塗りたくったように染める、山の連なりは圧巻である。ナナカマドや楓の赤、ミズナラやシラカバの黄色、トドマツやエゾマツの金色。広葉樹と針葉樹が入り混じる美しさは例えようもなく、北国ならではのものであろう。

 

紅葉は、気温が8℃程度に下がると、色づき始めるので、本州ではこれからが本番。楓や銀杏も、日ごとに色を変えながら、街を彩っていく。

そんな季節の表情を写しとる楓の姿は、秋を代表するキモノのモチーフである。古くから日本人の心を捉えてきた春の花見と、秋の紅葉狩り。ブログの中では、かなり前に、桜の色について書いたことがあったので、今日は楓の色や図案に注目して稿を進めることにしよう。

 

北海道陸別町・カネラン峠の楓(道道143号 標高507m 10月25日撮影)

皆様は、楓とモミジの違いをご存知だろうか。モミジは紅葉とも書くが、紅葉とは、様々な樹木の葉の色づくことを総称するもので、それが楓だけのものとは限らない。

楓とモミジの植物分類は、同じカエデ属カエデ科だが、よくよく見ると葉の形が少し違う。楓は、葉の切れ込みがなだらかだが、モミジは鋭角に深く入っている。また、双方の語源を調べると、違いが判る。楓は、その形が「蛙の手」に似ていることから、「かへるて」と呼ばれ、それが「かえで」へと変化したもの。またモミジは、古来葉の色が赤く色づくことを「紅葉づ(もみづ)」、黄色くなることを「黄葉づ(もみづ)」とされ、この「もみづ」が「もみじ」となったのである。

いずれにせよ、緑から黄色、赤そして褐色へと変わり、秋の深まりを色で知らせてくれる美しい葉に変わりは無い。では、葉の色が変化するのは、どうしてだろうか。

 

木をよく見ると、赤葉、黄葉、そして薄緑の葉が混在している。

葉の色を緑にしているのは、クロロフィル=葉緑素という色素である。これは、光を吸収し、二酸化炭素と水を酸素と炭水化物に変えるエネルギーの供給源。この緑色素は、気温が下がり、日照時間が少なくなると分解され、それまで隠れていた、カロチノイドという黄色素が表面にあらわれる。これが黄葉の原因である。

そして、カロチノイドが分解される際に、葉を老化から守るのがアントシアニン。これは、光合成をして得た糖が枝に届かなくなったことで、タンパク質と反応して作られる。色素の色は赤で、これが赤葉の要因である。

葉の色づきは、寒暖の差が激しく、夜間に急な冷え込みが起こると、進み出す。また、乾燥による地中水分の減少や、日中の陽射しの強さにも大きく関わる。アントシアニンは、陽射しをたっぷり浴びた葉の養分が多いほど、量が増えていく。だから、寒暖の差が大きいほど、葉の色づきも鮮やかさを増すことになるのだ。

 

真紅一色。黄色一色。緑と黄色の混色。黄色と赤の混色。それぞれの葉ごとに、色合いが異なり、これが木全体のグラデーションとなって、美しさを際立たせる。

紅葉の美しさは、時と共に変化する葉の色があるからで、だからこそ、キモノや帯のモチーフにも、その変化を切り取って描くことが出来る。桜は、色の変化よりも、蕾から花へと開く、その形状の変化を図案に使うが、やはり色変わりする紅葉の方が、バリエーション豊かに描くことが出来るだろう。

では、どのように楓やモミジを描き、旬を表現しているのか。品物の図案や挿し色、加工のあり方などを通して、個別に見ていくことにしよう。

 

(袋帯 秋季紅葉図・龍村美術織物)

まさに錦秋と呼ぶに相応しい、鮮やかな楓葉のグラデーション。茜、朱、橙、黄と、一枚一枚の葉それぞれが違う表情を持つ。多彩な色糸を贅沢に駆使したこんな迫力のある帯姿は、龍村ならでは。

帯の前部分は、朱赤を基本とし、同系色の濃淡で表現している。帯地から楓葉が浮き上がるような、立体的な姿。写実性が強いために、秋を強く意識させるフォーマル姿になっている。

 

(引箔袋帯 重ね紅葉・紫紘)

様々な形の楓葉を重ねたデザイン性の強い模様。先ほどの龍村帯は、リアルな紅葉を表現したものだが、こちらは図案化されている。だから、配色も青や白、水色と、本来の葉の色づきとは無関係な色も使っている。

葉の形状は、切り込みの深いモミジと、浅い楓が混在し、ギザギザな葉形や丸みを帯びたものも見える。フォーマル帯ながら、模様に楽しさが見える。

 

(銀引箔袋帯 竜田川模様・滋賀喜織物)

奈良県斑鳩町を流れる竜田川は、平安期頃から紅葉の名所として知られる。この川の秋の美しさを詠んだ歌は数知れず、百人一首の中には、在原業平や能因法師の作品も見える。この流水にモミジ葉が浮かぶ景色は、竜田川文様として意匠化され、今も多くのキモノや帯の中に見られる。

金銀と白を主体として色を配された楓。薄いピンクで僅かに染まる葉もあるが、紅葉よりも、竜田川という文様を強く意識していることが伺える。

楓とモミジをモチーフにした三点の帯をご紹介したが、写実性、デザイン性、文様とそれぞれに視点が異なる。だから模様に多様性が生まれ、配色も変わる。ではキモノの図案はどのようになっているのか、見ていこう。

 

(牛首紬楓模様 加賀友禅訪問着・成竹登茂男)

写実的に表現することが多い加賀友禅は、色がうつろう楓は、ぼかしや虫喰いなど、その特徴ある技法を最も体現しやすいモチーフと言えよう。この牛首訪問着の楓は、色づく前の緑葉(青楓)が多く使われているが、品物の中には、青楓だけのものも見られる。こうなると、旬は秋ではなく、春から夏にかけてとなる。楓の色は、季節そのものの変化を表しているので、配色により旬が変わっていく。

加賀友禅の特徴、ぼかしを使って、葉姿をリアルに描いている。青葉が部分的に赤く変色したところは、朽ちていく様子を表現したもの。ここに黒い点を付けると、「虫喰い」となる。

青楓をモチーフにした薄物・絽の訪問着。川下りをする姿も一緒にあしらわれていることを考えると、作り手には竜田川模様への意識もあるのだろう。

 

(茄子紺色 楓模様 京友禅付下げ・菱一)

深紫の茄子紺地に、楓の黄葉だけをあしらった品物。シンプルな意匠だが、深まる秋を感じさせる地色と葉の黄色が印象的な、今が旬の品物。

葉を一枚ずつ見ていくと、ぼかしの技法はもちろん、疋田や糸目で細かい葉脈を描き、葉姿を変化させていることが判る。中には、一部を丸くくりぬき、胡粉で白く描いている葉もある。これは、加賀友禅の虫喰い的な表現に近いものであろう。特徴的な友禅の技法を使い廻すことで、楓の表情はより多彩になる。

 

(紫紺色 楓散し模様 小紋・千切屋治兵衛)

上の付下げより、僅かに浅い紫の地色。小さな楓の葉が散々になって舞う姿を、小紋で表現している。葉の色は同じように黄色が中心だが、所々に青楓や色褪せた褐色葉も見える。

朽葉と青楓を表した右上の二葉。全体から見ると、ほとんど目立つことのない挿し色の変化だが、季節とともにうつろう楓姿がこの僅かな色に感じられる。こんなところに、千切屋治兵衛のモノ作りに対する姿勢が垣間見える。

 

今日は、秋を代表するモチーフ・楓の姿をご覧頂いてきた。刻々と移りゆく葉色があるからこそ、多彩な模様が生まれる。楓ほど、季節のうつろいを意識させる植物も少ないだろう。

キモノや帯で表現される文様には、四季とりどりの美しい姿が、投影されている。その中でも桜と楓は特別であり、日本人はこの二つを「季節の標」として来た。各々の季節に相応しい品物を着用することは、とても贅沢なことだが、ぜひ多くの方に、自然の移り変わりを敏感に感じ取る「日本人の心」を、着姿の中で体現して頂きたいと思う。

 

北海道の山野を巡っていると、思わず立ち尽くすような美しい色に出会うことがあります。何時間も誰とも行き交わぬ道で、光を浴びて輝く樹木を見つけた時、短い秋を惜しむように放つその色の煌きは、いつまでも心に残ります。蛇足ですが、そんな黄金色の道を一つだけ、ご紹介しておきましょう。

北海道道468号 清水谷ー芽登線。芽登取水ダム付近(10月24日撮影)

皆様も、自分だけの秋色を探しに、ぜひどちらかへお出掛け下さい。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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