バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

平成の加賀友禅(4) 宮野勇造・連山に御所解文様 訪問着

2018.01 22

「Key man・鍵を握る人」とは、文字の通り、物事の中心となる人物であり、この人の思考力や仕事の進め方などで、成否が決まる。

キモノや帯を社会へ提供するという意味において、鍵を握っているのは、やはり呉服屋である。消費者と直接向き合うことが出来るのは、小売に携る者だけであり、仕入で、モノ作りをする人々と関わり、加工で、仕立や直しを専門とする職人と関わる。

どのようにして作り、どのようにして直すのか。品物を目の前に置いて、作り手、そして縫い手や直し手の仕事を消費者に説明し、仕事を請け負う。いわば、交差点における信号機のような役割を持つのが、本来の小売屋の姿だと言えよう。

 

「呉服屋として、どのようにあるべきか」。つまり何を目途として店を運営するかにより、店の形態が変わる。そのすべては、キーマン・店主の考え方一つに拠る。

いわゆる「振袖ビジネス」を指向すれば、営業方法もそれに従うものとなり、品物や消費者の捉え方も独特なものとなる。また、カジュアルモノを中心に商う店では、品揃えや消費者との接し方も、当然「振袖中心の商い」とは変わってくる。そして、本格的で上質なフォーマルモノにこだわる店ならば、これまた仕事の方法は先の二つとは、異なることだろう。

つまり、世間から見れば「呉服屋」とひと括りにされてはいるが、そこには、全く異なる仕事の進め方、あるいは呉服という商品に対する向き合い方がある。それぞれの仕事の内実を探れば、とても同業とは思えず、お互いを理解することは、かなり難しい。

 

さて、小売の鍵を握っているのは店主であるが、モノ作りの現場では、どうだろうか。

キモノや帯の生産は、多くの工程に分かれている分業によるものであり、それぞれの現場には、熟練した技を持つ職人の姿がある。どの仕事も、疎かに出来るものなどは一つも無く、きちんとした品物を作る上で、全て欠かすことの出来ない過程である。

そんな中にあって、作り手個人の名前を品物に記載している品物がある。いわゆる「作家モノ」である。その中でも加賀友禅は、一枚ごとに作り手が存在する、いわば作家オリジナルのキモノになっている。

 

けれども作家は、モノ作りの全ての工程を、一人で完結している訳ではない。作者が担うのは、模様の創案と下絵描き、そして色挿し。下絵に糊を置く「糸目糊置き」の仕事は、糊置職人が担当し、地の色を染めるのは、また別の地染職人が請け負う。

つまり加賀友禅と言えども、作家自身が思い描く図案を製作するためには、それぞれの持ち場に存在する職人を、欠かすことは出来ない。

特に、作家が描いた模様の輪郭になぞらえて、糸のように細く糊を置く(模様外に染料が浸みだすことを防ぐ)糸目糊置きは、模様の完成度に大きく関わる工程であり、この仕事の出来が、品物の出来映えに大きな影響を与えると言っても良いだろう。

このため多くの作家達は、自分の作風に合う糊置職人を選び、仕事を請け負ってもらう。加賀友禅において、作家は無論大きな存在だが、この糊置きに関わる職人も、モノ作りの過程の中で「鍵を握るキーマン」と言えよう。

今日は久しぶりに、加賀友禅のキモノをご紹介するが、皆様には、決して目立たない重要な仕事・糸目糊置きにも注目して、品物をご覧頂ければと思う。

 

(水色地 連山に御所解文様訪問着・宮野勇造 2015年 茨城龍ヶ崎市 T様所有)

バイク呉服屋は、よく県外のお客様からの仕事を請け負う。ブログを公開してからは、わざわざ訪ねて来られる方も増えたが、こちらから出向くことも多い。

この品物は、山梨から茨城・龍ヶ崎に嫁がれたお客様に求めて頂いたもの。ご実家とは、今もご縁が繋がっているが、この方は嫁いだ後も、新しい品物を求めるばかりでなく、様々な直しの仕事も依頼されている。茨城にも呉服屋は何軒もあると思うのだが、遠方からわざわざお声をかけて頂けることは、有難いことだ。

 

今回のご要望は、優しい地色で、いかにも加賀友禅らしい柔らかい着姿になるような品物。そして図案は、長く着用しても飽きが来ないオーソドックスなもの。またそこに、ほんの少しだけ斬新さがあれば、なお良いとのことである。

箔も刺縫も使わず、染だけで表現する加賀友禅は、優しい着姿を演出出来ることにかけては、最もふさわしい品物なので、この点は何の問題も無い。また地色そのものも、上品な薄地色の品物が多い。だが、「オーソドックスな模様を使っていながら、個性的な図案の構成」というのは、なかなか難しい。

この方の希望することは、抽象的ながらも、何となく理解はできる。おそらく、模様の位置取りがありきたりでは無い品物を、求めておられるのだろう。そこで、要望にお答え出来そうな品物を数点用意して、お宅へ伺った。そして選んで頂いたのが、この品物である。

 

裾上前おくみから、後身頃へ、また着姿で模様の中心となる前身頃から、背の中心へ、そして上前衿先から肩に掛けてと、連山を形どった図案が、三つ並ぶ。山は、道長取りのようにも見えるが、模様に動きがあり、かなり大胆な切り込み方。

キモノを、一枚のキャンバスに見立てて模様を描くと、全体に繋がりのある図案となり、その位置取りにも、斬新さが生まれる。訪問着は、絵羽付け(キモノの形にしておいて)したまま、模様の構成を考えるので、キモノ全体を一つの模様として考えやすくなる。これが付下げだと、反物の状態で模様付けするために、どうしても図案が分離しやすくなり、繋がりを持ち難い。訪問着には嵩のある品物が多くなり、付下げはあっさりとした雰囲気となるのは、この図案を考える段階での違いが、大きく関わっている。

 

地色は、優しさのある水色。空色も淡い色でほぼ同系統だが、水色より僅かに明度が高いように思える。三つの連山の間を繋ぐのは、流水模様。

この連山の中の模様を見ると、流水を使う理由が判ってくる。家屋や垣根、網干などが、四季の花々と共に描かれている風景文様と言えば、皆様にもお馴染みの御所解文様である。江戸中期から後期にかけて、大名の奥方や御殿女中の小袖の文様として、人気を博したこの模様は、この時代に友禅染という技術革新が確立したからこそ、流行し得たものと言えよう。

一般的な御所解文様では、花や家屋などの模様の間に、流水を引きこんでいる場合が多いが、この図案では、大きな図案と図案を繋ぐ役割として、大胆に表現している。

 

あしらわれている花は、松・梅・菊・葵(あおい)・沢潟(おもだか)。松や梅、菊は一般的だが、葵と沢潟は珍しい。

垣根にからむように描かれている葵。徳川一族の家紋・三つ葉葵として知られる花だが、この茎は這うように伸びて、二枚の葉を出す。この流れるような形状は、繋がりのある文様になりやすく、小紋のモチーフにもよく利用される。

青紫色の葵葉の先端を黄土色に変化させ、枯れかけた姿を挿し色で表現する。そしてそこには、加賀友禅独特の技法・虫喰いが見える。

こちらは沢潟。先の尖ったやじりのような三枚の葉が特徴的で、花そのものは小さく可憐。本来、湿地や水辺に自生する植物なので、水に関わる模様と一緒に付けられることが多い。この図案でも、すぐ横に流水が描かれている。

 

御所解文様を構成するものとして、欠かせない家屋模様。この建物は、模様の雰囲気により、豪華な宮殿や楼閣を描いたり、侘しい苫屋(粗末な小屋)のように描かれたりもする。

漁師の投網を干してある風景を描いた、網干文様。川や砂州を描いた「州浜(すはま)文様」や、波や千鳥を使って海岸風景を描く「海賦(かいふ)文様」でも、網干は登場するが、御所解文様でもたまに見ることがある。

先の家屋の屋根や、この網干の網の形状は、糸目をそのまま図案の一部として使っている。これは、糊を置いた職人の技が、そのまま模様として表れていることになり、この仕事が、作品の中の姿としても、重要な役割を果たしていることが判る。

 

作者・宮野勇造は、この作品を「みよし野」と名付けている。

では「みよし野」とは、どこの風景なのか。ヒントは、花札にある。花札の桜札の中に、「みよしの」と書かれた赤い短冊札の姿が見える。松や梅の札にも、同様の赤い札があるが、そこには「あかよろし」と書いてある。桜の札だけが「みよしの」なのだが、これは、桜を詠んだある和歌が関わっている。

み吉野の 高嶺の桜散りにけり 嵐も白き 春のあけぼの(後鳥羽上皇 新古今和歌集 巻2・133 春)

訳せば、「吉野の山の桜が散り、春の夜が明けかかる時には、吹き降ろす風も白く見える」。この和歌の、春の風景が念頭にあったからこそ、花札の桜赤短冊に「みよしの」と記したのである。

 

ということで、作者・宮野勇造がこの作品を作る上で想定したのは、桜の名所・吉野山ということになる。和歌のように、桜をモチーフにしたものではないが、全体的に挿し色が抑えてあり、どことなく霞が掛かったような雰囲気もある。

葵や沢潟は、春の花でも、どちらかと言えば初夏を感じさせるもの。そして、流水を上手く使いながら、御所解文様を構成している。おそらく、吉野の遅い春の訪れをイメージしながら、この作品を作り上げたのではないだろうか。

下前衽の葵の中に埋没して、目立たないように付けられた宮野氏の落款・「勇造」

 

御所解という文様は、大変スタンダードなもので、加賀だけではなく、京・江戸友禅でも良く使われる。大概が、黒留袖や色留袖、そして訪問着と、重厚なフォーマルモノの図案として選ばれている。

山水や花、家屋などを混在させたこの文様は、「御所」とは直接関係を持たないが、「御所の中にいる高貴な女性達に好まれた」ことに間違いはない。この優美さが後に庶民の間にも広がり、今なおスタンダードな古典文様として、多くの品物の中で表現されているのだ。

箔や刺縫を使う京・江戸友禅の御所解文様も、豪華で壮麗な姿になるが、このように楚々とした姿の御所解は、加賀友禅ならではであろう。「オーソドックスな古典模様を少し個性的に表現し、しかも優しく控えめな加賀の特徴を生かすような品物」というお客様からの命題は、この品物で何とかクリア出来たのではないだろうか。

最後にもう一度、帯(龍村・葡萄唐草文様)と共に品物をご覧頂こう。

 

お客様から品物(特にフォーマルモノ)の要望を受けた時には、希望に添える品物をどのように提示できるかが、商いの鍵になります。それは、着用する方の雰囲気を理解すると共に、どんな場所で、いつ使うのかということも、把握しておく必要があります。

多くの人にとって、フォーマルを求める機会は、そんなに何回も訪れるものではありません。だからこそ、自分の好むこだわりのある品物を選び、長く大切に使いたいと考えるのです。

間違いのない品物を、納得して求めたいというのは、どなたも思うこと。バイク呉服屋に声が掛かるのは、お客様が私を「品物探しのキーマン」として認めて下さるからこそ、と思います。

そんな気持ちに答えられるように、今年も何とか頑張りたいものです。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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