バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

和装の脇役、長襦袢と半衿に注目してみる  カジュアル編

2017.12 09

毎年暮れになると、その年の流行語大賞が発表されるが、今年は「忖度」と「インスタ映え」だと言う。

忖度とは、相手の気持ちを推し量ることなので、別に悪い意味を持つ語彙ではないのだが、今年流行するきっかけとなった経緯を考えると、この言葉が持つ印象は、今はどうも芳しくない。国有地の売買や、学校の許認可などは、公のことであり、当然公平でなければならない。それを権力者の顔色を伺って、特定の者に非常識な配慮をするなど、あってはならないことだろう。

一連の事件のキーワードは、私には忖度よりも、「阿(おもね)る」とか、「へつらう」の方がふさわしいように思える。双方共に、相手に気に入られようと媚を売るとか、ゴマをすると言う意味で、それはいずれも卑屈な態度と見受けられる。

官僚であれば、時の権力者の意に沿う行動をとる方が、無難なのだろうが、今度の事案は、度が過ぎている。飛び抜けたエリート達なら、「公(おおやけ)」という言葉の持つ意味を、勝手に曲解しても構わないということか。国会における、彼らの無理に「辻褄を合わせた」ような詭弁を聞くと、怒りよりもむしろ、哀れな印象を持ってしまう。

 

面白いもので、慣用句の中には、キモノの部位を使っているものが、多く見受けられる。先ほどの、辻褄合わせもその一つ。一般に褄とは、キモノの衽の最下部で、裾と交わる角を指す。辻は、古来から、道の交わる所(今も京都には、帷子の辻とか、札の辻という地名が残る)という意味を持つ。しかるに、辻も褄も交わる角を示しており、そこは当然、双方がきちん重なっている。

合うべきところが合わないというのは、それこそが筋道が合わないことになり、だからこそ、「道理が通らない」という意味で使われてきたのだ。官僚のお偉方には、何とか「襟を正して」頂きたいものである。

ということで前回に引き続き、着姿を印象付ける一つのポイント・襟に使う半衿と長襦袢の話をしてみよう。今日は、自由に色や模様を楽しめるカジュアルな品物を、御紹介してみたい。

 

(男物長襦袢 竹林に虎模様 絵羽襦袢・組市松模様 小紋襦袢・犬模様 小紋襦袢)

今日は珍しく、男モノから話を始めてみよう。男モノの襦袢も、女性モノ同様に、着姿からその色や模様はほとんど見えない。けれども、長襦袢に限らず、羽織の裏など見えない場所にこだわり持つのは、断然男性であろう。

男モノは女モノと比べて、キモノの模様や色はかなり限定されている。柄行きは、無地モノや縞モノ、格子などの幾何学文が主流であり、使う地色の範囲も狭い。だから、襦袢や裏地などに自分らしさを見出し、見えないお洒落を楽しむのだ。

 

(銀鼠に鶯色ぼかし 連山と竹林に虎模様 型友禅・絵羽長襦袢)

男モノの襦袢には、上のような背中に模様があしらわれ、裁ち位置が決まっている絵羽襦袢と、総模様の小紋襦袢とがある。絵羽襦袢は、フォーマルモノで使うことが多いが、カジュアルモノにも使える。

絵羽襦袢には、白と黒だけの墨描きと、色を挿したものがあり、染め方は友禅同様に、手描きと型モノがある。模様は多岐に富んでいて、山水図や竹林、虎や龍、さらに七福神とか達磨などもある。また、特定の風景を描いたものもあり、中でも富士山はもっともよく用いられるモチーフ。他には、東海道五十三次の宿場風景とか、富嶽三十六景の一場面などが、良く使われている。

なかなかリアルに描いてある虎。この襦袢は、先頃あるお客様に「虎模様」と指定されて求めて頂いたもの。大概、強くて男らしい図案や、小粋な洒落た模様が好まれる。

ここだけの話だが、かなり以前、バイク呉服屋は「とんでもない模様」の襦袢を売ったことがある。それは「春画(しゅんが)」襦袢。春画とは、性を描写した絵のこと。江戸期の名だたる浮世絵師たち、菱川師宣や喜多川歌麿、鈴木春信、さらに富嶽三十六景の作者・葛飾北斎などは、多くの春画を残している。好色モノ専科の師宣や歌麿は判るが、風景画の巨匠として知られる北斎までが、イヤラシイ春画を描いていたとは、少し意外な感じがする。だがこの春画、どうも高く売れたらしい。つまり、生活の糧にするために、春画を描いていたとも言えるだろう。

いくら着姿から模様が見えないといっても、この手の襦袢を扱うことはためらわれる。この時には、無論、予め「仕入れて店に置いてあった」訳ではなく(いくらバイク呉服屋がエロ好きでも、春画襦袢は仕入れない)、お客様から注文を受けて、探したモノ。裏に凝るのは良いのだが、やはり春画襦袢はやり過ぎかと思う。

 

(薄茶色 組市松模様小紋・パレス長襦袢 加藤萬)

東京オリンピックのエンブレムに採用された組市松紋。話題性のある旬な文様だけに、今、様々の品物にあしらわれている。この加藤萬の襦袢も、その一つ。

一般的な市松は、同じ大きさの正方形を交互に組み込んでいく規則的な文様だが、組市松には、正方形と大きさの異なる二つの長方形、合わせて三つを使っている。しかも、生地に対して平行ではなく、斜めに組み込むために、立体的な模様となる。画像を眺めていると、生地が波打っているように見えてくる。

この襦袢に使われているパレスという生地は、平織でちりめんの一種だが、経糸の密度を大きくすることで、シボの少ない羽二重に似た生地感となる。滑るような手触りは、しなやかで心地良い。襦袢の他に、八掛生地でもよく使っている。

半衿は、薄い鶸色を合わせてみた。男モノのキモノ地色は、ある程度限られているために、合わせる半衿の色目は、着姿の印象を変える一つのポイントとなる。衿元を、キモノの色より濃くするか薄くするかで、雰囲気が違ってくるだろう。

このような薄地色は、衿元を優しくし、着姿を和らげる。男衿には、無地モノを使うことが多いが、柄モノでも構わない。うちのお客様の中に、水玉模様の日本手ぬぐいを、半衿として使っている方がおられるが、中々お洒落である。既成の品物に捉われない、こんな楽しみ方も良いではないだろうか。

 

(芥子色 子犬模様小紋・パレス長襦袢 加藤萬)

来年の干支・犬にちなんで染められたもの。均等に並んでいる子犬が可愛く、着ていて楽しくなるような襦袢だ。組市松も、この子犬模様も、反巾が1尺5分もある男モノだが、もちろん女性用としても使える。多種多様な襦袢を作る加藤萬ならではの、遊び心のある品物と言えよう。

先ほどの衿とは反対に、少し濃い目の色を合わせてみた。キモノが、焦茶系の紬やお召ならば、こんな襦袢と衿の組み合わせが良いように思うが。

 

男のキモノ姿には、「裏勝り(うらまさり)」という言葉がある。これは、表の生地よりも、見えない裏地(長襦袢や羽裏)の方が凝っている=勝っているという意味で、隠れた所でお洒落を楽しむことを、男の美意識の表れとして、評価しているのだ。皆様もぜひ、こんな裏にこだわった個性的な着姿を表現して頂きたいと思う。

 

(女モノ長襦袢 橙色 絞り菱模様・薄水色 月とウサギ・薄桜色 井桁に桜花)

女性のカジュアル襦袢も男性用と同じく、型を使って模様を染め出した、小紋柄のものが多い。色、模様ともバラエティに富んでいて、見ているだけでも楽しくなる。フォーマルモノは、無地を基調にしたものがほとんどで、色も無難な薄地色。せいぜい生地に表れている地紋の違いくらいしか、差異は無いが、カジュアルモノは、飛模様あり、総柄ありで、肩の凝らない面白い図案も多々ある。

カジュアルには制限されるものなど何も無く、どんな色、模様でも、自由自在に選んで、楽しんで着用すれば良い。今日は、その中から三点、御紹介しよう。

 

(橙色 波と小菱絞り模様・網代地紋長襦袢 加藤萬)

カジュアル襦袢は、染の小紋模様が多いが、中には絞りだけで模様を表現したものもある。上の品物は、柔らかいサーモンピンクの地色に、木目絞りの波と、鹿の子絞りの小菱をあしらったもの。柔らかく優しい雰囲気は、絞りならでは。

この襦袢は、カジュアル主体で使うものではあるが、無地や軽い付下げあたりにも向きそうである。そこで半衿には、小付けの刺縫衿を選んでみた。フォーマル用のボリュームのある縫衿とは違い、控えめで可愛い図案。若々しい飛び模様の小紋あたりが、この襦袢には一番向きそうなキモノになるだろうか。

 

(薄桜色 井桁に桜模様小紋・パレス長襦袢 加藤萬)

この襦袢も、先の男モノの組市松や子犬襦袢と同じく、滑るようなパレス生地を使っている。模様は、井桁と図案化した桜か梅の花弁を組み合わせた、面白いもの。色は優しいが、模様は大胆。

半衿は、ごく薄い桜色のちりめん無地。パレスの襦袢生地と重ねてみると、衿のちりめん地との違いがよく判る。半衿のほとんどは塩瀬生地だが、たまには、衿の生地目を変えてみるのも悪くない。ちりめん衿のふんわりとした感じで、ゆったりとした着姿が表現出来るように思える。

 

(薄水色 月にうさぎとつゆ芝模様小紋・パレス長襦袢 加藤萬)

ごく薄い水色に、月につゆ芝と小さなうさぎを散りばめた、可愛い小紋襦袢。襦袢ではなく、キモノとして作っても、こんな模様は面白い。深い色の紬の袖から、こんな可愛い襦袢が少しだけ覗けば、そこに着る人のセンスの良さが感じられるだろう。

半衿は、一見無地モノに見えるが、薄くぼやけた菱格子模様が付いている小紋半衿。白い衿と比較してみると、僅かな色の差ではあるが、これも着姿のアクセントになる。半衿だけが、あまりに目立ってしまうようだと困るが、この程度ならば、全体の雰囲気を壊さずに、洒落た感じを出せる。

 

(立枠小花刺縫半衿・菱格子小紋半衿・薄ピンク無地ちりめん半衿 全て加藤萬)

長襦袢と共に、加工の違う半衿を色々と組み合わせてみた。カジュアルなキモノは、着用する方のセンスで、色や模様を自在に楽しむべきであり、そこに合わせる襦袢や衿もまた、同様である。

今日御紹介したのは、ほんの一例だが、少しでも品物を選ぶ皆様の参考になれば、と思う。近いうちに、もう一つの和装の脇役である、帯〆や帯揚げのお話もさせて頂こうと考えている。

 

インスタグラムは、自分の写した画像や動画を、手軽に多くの人に送ることが出来る便利なツール。SNSの中でも、このところ飛躍的に利用者が増えており、若い女性を中心に2000万人を越えたとも聞いています。

けれども、画像に残すことが出来るものは、表から見えているものだけに過ぎません。見えない所に凝ること、それは日本人の奥ゆかしい美意識の象徴とも言えましょう。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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