バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

「生地を使い回す」ということ  正月用・子どもキモノ一式を誂える

2017.12 16

呉服屋も、和裁士も、生地を裁断することは、「布を切る」ではなく、「布を裁つ」と言う。和裁士が仕事の中で、もっとも神経を使うのが、この裁ちを入れる時である。

和裁士は、呉服屋が採ったお客様の寸法に合うように、間違いなく裁ちを入れる。裁ち位置が決まっている絵羽モノや付下げなどは良いが、小紋や紬などは、注意を払わなければならない。特に、飛柄や不規則に付いている縞、絣柄などは、予め仕上がり姿を想像して、図案の位置取りを決めておく必要がある。

難しい模様の時には、私と和裁士とが綿密に相談し、どの位置にどんな模様の出方をするのか、予めシュミレーションをし、最終形を確認してから、裁ちを入れることになる。一度裁ちを入れてしまえば、もう元に戻すことは出来ない。だから、慎重の上にも慎重を重ねて、ハサミを入れるのだ。

 

裁ち仕事は和裁士だけではなく、呉服屋にもある。今は胴裏など、ほとんどの呉服屋が、一枚分としてすでに裁ってあるものを、仕入れてそのまま使っているのだが、私は未だに、広幅の胴裏を仕入れて、誂える寸法に合わせて自分で裁っている。

キモノの身丈や袖丈は、使う人により長さに違いがあり、特に袖丈などは、1尺2寸の人もいれば、1尺7寸と長い場合もある。寸法に応じて、その都度裏を自分で裁てば、無駄が出ない。

 

私は、元来不器用で、最初の頃本当に苦労した。覚えているのは、駆け出しの頃、和裁のお師匠さんから言われた言葉だ。「裏を曲がって裁つような呉服屋は、それだけで技量が判ってしまう。真っ直ぐ裁てないことを、恥ずかしいと思いなさい」

当時、70歳を越えていたおばあちゃん先生だったが、仕事には厳しかった。だが、この方からは、本当に色々なことを教えて頂いた。寸法のこと、模様合わせのこと、裏生地のこと、そしてもちろん裁ちの方法まで。呉服屋として、何とか今、誂え仕事を受けられるようになったのも、この人のお陰である。

そして、口癖のように話していたことは、「生地を無駄にしない」こと。どんな布でも、上手く使い回せば、有用になる。そして、生地をまとめることで、新たな品物を作る。それが出来るか否かが、職人としての価値に繋がると。新しい反物を寸法通りに誂える仕事など、出来て当たり前で、基本でしかないのだ。

 

残っている生地を使って、お客様の希望する品物を作る。昔、和裁のお師匠さんが話してくれたことを思い出すような、そんな仕事の依頼を先月受けた。誂えたモノは、小学生の女の子がお正月に着用する、キモノ、羽織、帯、襦袢の一組。バイク呉服屋と和裁士が、どのような工夫をして誂えたのか、ご覧頂こう。

 

(織ウールキモノ・小紋羽織・小紋半巾帯・縫衿付半襦袢 9歳女の子用)

先月中旬の日曜日、小学生くらいの女の子を連れた若いお客様が、店にやって来られた。この方のおばあさまとは、古くから当店とお付き合いを頂いていたのだが、ここ20年ほどは、縁が途切れていた。けれども、昨年、お孫さんにあたるこの方が、突然訪ねて来られ、おばあさまから譲り受けた品物に合う帯などを求めて頂いた。以来、再びご縁が繋がり、今では様々な仕事を依頼されるようになっている。

「今日はこの子に、お正月用のキモノを誂えて欲しいのですが」。聞けば姪御さんだと言う。年は9歳で、小学校の3年生。昭和の頃は、年の暮れが近づくと、小学生くらいの女の子のいる家から、正月用に使う子どもキモノの誂えを多く請け負ったのだが、最近では全く依頼は無い。

 

「私は、祖母と母が選んだキモノをお正月に着せてもらったことが、子ども心にもとても嬉しくて、今でも、良い思い出として記憶に残っています。だから、この子にも、そんな思いをさせてあげたくて」と話す。

この方は、着付けを習い、普段からキモノを自由に楽しまれている。おばあさまの紬や小紋は、寸法を直して使っているが、同時に譲られた帯は少し地味なので、若々しい品物を自分で新たに選んで合わせている。

「大人になった私が、キモノを愛用するようになった理由の一つには、小さい頃の記憶があるからだと思います」。自分の姪にも、「大きくなったら、豊かなキモノの文化に馴染んで欲しい」、そんな気持ちが彼女の言葉からは伺える。

 

十分、お客様の気持ちは理解出来たので、何とか品物を誂えて、希望を叶えてあげたいと思うのだが、それに見合う品物は、店の棚にはほとんど無い。もとより、あまり負担の掛からない価格にしたいが、さてどうしたら良いものか。そこで、思い出したのが、あの和裁のお師匠さんの言葉、「布をまとめる」である。

どんな方法で、品物を完成させたのか、これから話を進めてみよう。

 

昔、子どもが使うお正月のキモノ、と言えばウールが定番。ウールは、裏を付けずに仕立をするが、暖かくて手入れも簡単。そして、何よりも廉価だった。このお客様が子どもだった当時ならば、1万円以下だったかも知れない。けれども、需要が減ると同時に、次々と織屋が無くなり、今では数えるほどしか織っていない。そして、価格も上がり、少し凝った絣ならば、5万円近くするものもある。安い紬よりも、よほど高い。

店の棚に、一反だけ残っていた「子ども向きのウール」が、画像の品物。長らく出番が無く、棚の隅に埋もれていたウールに、日の目が当たる時がやってきた。偶然売れ残っていた品物だが、今は、「残っていてくれてありがとう」と、思わず感謝したくなる。

今、子どもに向くウール地を探すことはかなり大変で、うちの取引先では、見つからないだろう。また、たとえどこかにウールの扱いがあっても、明るい地色の子ども用の品物を置いてあるかどうか、それもわからない。棚に残っていたことは、僥倖だった。

仕上がった子ども用・ウールキモノ。子ども用なので、当然肩と腰に上げを施す。体が大きくなれば、上げを降ろし、身丈と裄寸法を大きくして使う。お正月に着用する普段着なので、毎年暮れが近づいたら、子どもの寸法を測りなおして、寸法を出しながら長く使えば良い。

袖丈は、七五三の祝着ならばもう少し長く、1尺8寸ほどにするが、家で気軽に着てもらうため、あまり袖が邪魔にならないようにする。この袖丈は、1尺5寸。

 

さて、キモノは反物があったから良かったものの、問題はこれからだ。正月に着用する子どもモノでは、羽織が無いと格好が付かない。

昔は、一反でキモノと羽織が両方作れる、「子ども用のアンサンブルウール」があった。就学未満の子どもならば、このウールの長さ・三丈あれば、十分キモノと羽織を作ることが出来る。だが、この女の子は9歳で、しかも体格が良い。この反物だけでは、キモノしか作れず、羽織を作るのには、どうしても別の生地が必要になる。

店には、このキモノに合うような羽織のウール生地など無く、さりとて棚に並ぶ絹の羽尺地(羽織・コート用の反物)を使う訳にもいかない。子どもの羽織として使うには、生地が余ってしまい、何より新しい反物を使えば、高いモノについてしまう。

何とか妙案は無いものか。そこで思い付いたモノが、店に残してあった古い祝着用の小紋生地だった。

 

もう10年以上前のことだが、あるお客様から、古い祝着小紋の仕立直しを依頼された。この品物は、以前うちで扱ったもの(おそらく、千切屋治兵衛か菱一、あるいはトキワ商事あたりが作ったと思われる)で、質は確かであり、キモノそのものにはしみ汚れも見当たらず、再び使うことには、何の問題も無いように思われた。

だが、トキ・洗張りを依頼していた太田屋の加藤くんから、「全体がひどく色ヤケを起こしていますよ」、と連絡が入った。仕立上がっている状態からは、全くわからなかったので、大変驚き、とりあえず洗張りを終えた状態で、品物を確認することにした。

ハヌイをして、生地が繋った小紋を見ると、袖、身頃、衽など、ほぼ全ての箇所で変色が見られる。しみ汚れは無いのに、ヤケを起こす。稀に、このような状態の品物に出会うことがあるが、原因は、箪笥の中で発生するガスだ。このガスの起因するところは、品物に付いた汗や、箪笥に入れた防虫剤、また箪笥を置いた部屋そのものの環境など、様々なことが考えられるが、判然としない。

 

とにかく、依頼を受けたお客様に、この品物の状態を見せることが、先決である。そこで、どうするのか、判断して頂かなければならない。私の方では、先に、補正職人のぬりやのおやじさんにも相談しておいたが、これほど全体に広がってしまったヤケは、手の施しようが無いと言う。

お客様は結局、この小紋の仕立て直しを、諦めざるを得なかった。新しい祝着小紋を見分けて頂いたのだが、私は何だか申し訳ないように思えて、かなり価格を下げさせて頂いた。その時、このヤケを起こした品物を、手元に残すかどうか伺ったところ、「処分して下さい」とのお話だったので、そのまま貰い受けて、店に残しておいた。

地色は薄いピンクで、模様はいかにも子どもモノらしい手鞠模様。挿し色も鮮やかで、色がヤケていることを除けば、小紋としてはとても良い品物である。そして、キモノ一反分が、そのまま残っているので、この布が、どこかで何かに使うことがあるかも知れない、そんな気持ちでこれまで保管してきたのだった。

ヤケを起こした生地の画像。三つの鞠模様のうち、左の一つと右の二つでは、地の色が違う。画像では判り難いが、実際の変色は、かなり明らか。

 

羽織に使う別生地として、この小紋のことを思い出した私は、「こんなモノがあるのですが」とお客様の前に出してみた。そしてヤケたところを見せながら、「良ければ、差し上げるので、この生地を上手く使い回して、形にしてみませんか」と提案してみた。

するとこの方は、ウールキモノとこの手鞠小紋の組み合わせの可愛さに目が止まり、「ぜひお願いします」と快諾された。私は、出来る限り、ヤケが目立たぬように工夫することを約束し、引き受けた。

羽織の裏地には、これも、残り布として保管しておいた小紋生地を使う。派手な群青地色に、大ぶりな牡丹模様。子どもの羽織裏としてふさわしい模様。

 

仕上がった羽織。ヤケの箇所は、左右の袖に均等に出してあることが判る。隠し切れないヤケだが、うまく位置取りしてあるために、見た目には違和感が無くなっている。これも一つの工夫かと思う。

キモノと羽織の後姿。このキモノの身丈は2尺9寸で、羽織丈は1尺6寸。羽織は、袖より1寸長い寸法だが、バランスは取れているように思う。背縫を挟んだ左右に、やはりヤケが見えるが、この辺りには目を瞑って頂くしかない。

羽織紐は、キモノと帯の色合わせを考えた上で選んでみた。簡単に取り外しできるように、金具で取り付けるマグネット式の紐にしてみた。

 

キモノと羽織生地が決まったところで、次は帯をどのようにするかである。この子の年齢と体格を考えると、半巾帯を使う以外には無い。このお客様も、自分が若い頃使った帯があるので、それで良いと考えられていた。

だが私はふと、羽織に使う小紋生地が残ることに気が付いた。この小紋の長さは3丈以上あり、羽織で使う丈は、2丈もあれば間に合う。つまり1丈は十分に残るのだ。どうしてもハギは入れなければならないが、子ども丈の半巾帯を作ることは、十分可能だ。

羽織と帯が同じ生地というのも、なかなか見られない。そこで、帯もこの手鞠小紋で作ることを提案する。もとより、生地代は掛からず、仕立工賃だけで済む。こうして出来た帯が、下の画像。

画像で見ると、上の方にハギが入れてあり、ヤケた箇所も見える。帯の場合、着姿から見えるのは、限られたところなので、ハギは中に入るところに施す。そして、小紋で作ってあるために、前に出る模様の位置を、着用の都度少しずらして使っても面白い。

一対になった羽織と帯。この発想も、小紋の色と模様が愛らしいからこそ、生まれた。

襦袢は、着用しやすいように、半襦袢に作る。下には、スパッツをはく。襦袢の胴はシンモス、袖には朱無地の残り布を使う。衿の刺縫衿は化繊のもので十分。下に着用するものでも、布を工夫しながら、キモノの寸法に合わせて作ることが大切。

 

キモノ・羽織・帯・襦袢と4点の品物を誂えたが、新しい反物から作ったものは、ウール地のキモノだけ。あとは不要になった生地や、残り布、端布の類を使い回すことで、仕上げてある。

どこにどのような布を使えば、一番良いか。呉服屋と和裁士が頭を悩ませながら仕上げた一組である。出来上がった姿は、予想以上に可愛い。自己満足と言われればそれまでだが、この仕事を依頼して頂いたお客様があったからこそ、布も生き返った。本当に感謝したい。最後にもう一度、仕上がった姿を見て頂こう。

 

今回の仕立を請け負ったのは、八千代掛けや三歳・七歳の祝着など、いわゆる「子どもモノの仕立」を得意としている、和裁士の中村さん。彼女は、私に誂仕事の厳しさを教えてくれた、あのお師匠さんの最後の内弟子です。

今回、どのように布を使い回せば良いか、二人で相談している時には、自然と師匠の話になりました。布を無駄にせず、どこかで使う機会があると信じて、大切に保管しておく。「捨てて良い布など、ありはしない」という言葉が、否応無く思い出されます。

呉服屋としては、自分がこれと決めて仕入れた品物が売れた時や、上質な仕事が施してある品物を求めて頂いた時には、大きな喜びがあります。しかし、この子どもモノのように、布をまとめ合わせて、和裁士の技術を生かしながら誂えた仕事には、また別の充実感があるように思います。

けれども、師匠から見れば、出来て当たり前の仕事なのでしょう。きっと、「こんなことで喜んでいるなんて、まだまだ駄目だよ」と叱られますね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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