バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

独創的に、無地紋付を誂える(後編) 紋の姿に、個性を凝らす

2017.07 01

世間の奥様達は、「亭主元気で留守が良い」などとよく言う。会社が休みの日など、家でごろごろしている旦那の世話をするのが億劫で、自分の時間が持てない。だから、なるべく外に出ていてもらう方が、気が楽なのだろう。

今は、共稼ぎの家庭が多く、夫婦同じ時間を過ごすことが、以前より少なくなっている。だから、ゆっくり会話を交わす時間は貴重かと思えるが、そうでもないらしい。

家事に協力的であったり、同じ趣味を持っている夫なら、それほど邪険にされるようなことはないだろうが、何もせずに寝てばかりいるようなら、妻のストレスも溜まっていく。それでも、お互いのやることに干渉しなければ問題は起きないのだが、依存されるようだと疎ましくなる。夫婦間の人間関係は、微妙なもので、近すぎても離れすぎても上手くいかない。このあたりの「さじ加減」が難しいのだ。

 

会社勤めとは違い、うちのような小さな店や、職人の家庭などは、仕事の時も休みの時も、いつも夫婦一緒で、共有する時間が長い。だから、相手がいるのが当たり前で、疎ましさを感じている暇がない。たとえば、夫婦喧嘩をしていても、働いている間は休戦しなければ、仕事に支障をきたす。

サラリーマンと自営業の家庭の違いは、夫婦が一緒に過ごすことに「慣れているか否か」なのであろう。我が家は、休みの時に二人で家にいても、特に相手を意識することはなく、お互い勝手な時間を過ごしている。

 

夫婦で仕事を切り回しているところは、自ずと、役割分担が決まっている。うちは、営業、仕入、対外的な交渉などが私の仕事であり、経理と雑務が家内の仕事だ。私には、あまり計画性がなく、いつも「どうにかなる」と思っている適当な性格だが、家内は冷静でシビアだ。そして、感情で話すことの多い私を、家内は理詰めで正す。性格が対極にあるから、仕事が何とか廻っているのだろう。

夫婦が異なる技術を持って仕事に当たる職人の家では、もっと濃密に繋がっている。一つの仕事をやり遂げるためには、互いの腕を尊重し、信頼しなければ上手くはいかない。

前回御紹介した紋職人の西さん夫婦などは、その典型である。ご主人がデザインした図案や紋型を、奥さんが丁寧に刺繍していく。妻の技術を信頼しているからこそ、細かく配色した難しい図案を描くことが出来るのだ。今日も、そんな二人三脚の仕事ぶりを御紹介することにしよう。

 

丸に梶の葉紋 ベージュピンク色糸使用  すが縫い詰め技法

無地のキモノは、ほとんどの場合、紋を入れてフォーマルに使う。入卒や七五三のような家族の節目の式服としてばかりでなく、結婚披露宴やパーティに招かれたときでも、一つ紋の付いた無地のキモノなら失礼にはならない。また、紋ばかりではなく、使う帯により雰囲気が変わり、格を上下させることが出来るため、大変便利なキモノである。

紋付にすることが当たり前なのだが、どんな紋を入れるのか、その紋姿によっても、少しずつ格が変わって行く。フォーマルに使うとは言うものの、式の内容や、場所により格式に違いがあり、あまり重い紋姿にしてしまうと、使える場所が限られてしまう。そしてもちろん、その逆もあり得る。

 

紋の格として、もっとも高いのが、染め抜き紋。黒留袖や喪服の紋場は、予め白く染め抜かれている石持(こくもち)になっており、上絵技法で描かれる。数は五つ。無地や訪問着、付下げなどに正式な紋を入れる場合は、紋柄を白く抜いた後、筆で模様を入れていく。数は一つから三つ。ここで表される紋のことを、日向(ひなた)紋と言う。

これとは異なり、あまり仰々しくならないよう、控えめな紋姿にすることがある。これは、紋の輪郭と中の模様の構造を線で描くもの。多くの場合、繍が使われる。この紋のことは、先述の日向紋に対して陰紋と呼ばれ、略式の紋姿となっている。

 

どのような紋姿にするのかは、それぞれのお客様が、どのように無地キモノを使い回すのかにより、変わってくる。格のある式服としての意識が強い場合は、染め抜き日向紋を入れるが、様々な場面で使える重宝なものにしたい場合は、略式陰紋を入れる。

稀に、紋を入れない場合もあるが、やはり無地というキモノが持つフォーマル性を考えれば、格好が付かない気がする。日向紋にしろ、陰紋にしろ、何らかの紋を入れておくべきか、と思う。

 

紋を入れる前には、反物に紋位置を記しておく。着用するお客様の身丈寸法で、身頃に使う生地の長さが変わり、それと共に、紋を入れる位置が変わってくる。従って、予め背の位置に印をつけて示しておかなければ、紋章師はどこに紋を入れて良いのかわからなくなる。画像の上で、三角形の黒い糸で印を付けたところが、背のツボに当たる。

この紋位置を決める仕事を、「紋積り(もんづもり)」とか、「紋裁ち(もんだち)」と呼んでいる。模様位置が決まっている訪問着や付下げでは、紋の位置に迷うことは無いが、無地や江戸小紋の反物では、寸法を勘案した積り作業は欠かせない。

 

このお客様の希望は、紋そのものを個性的に表現すること。あまり畏まらず、それでいてお洒落であり、紋としてのデザインをも生かす形にしたい、と話をされる。

こんな依頼を受けて考え付いたのが、刺繍による日向紋の作成である。先ほど述べたように、通常の縫紋の場合であれば、線で紋姿を表す陰紋になる。これを日向紋にするには、紋全体を繍で縫い詰めて、その姿を作り出さなくてはならない。

当然、縫い作業の手間は、陰紋よりもかなりかかる。その上、繍糸をどのような色にするのか、悩まなくてはならない。色により、紋の雰囲気が変わってしまうので、慎重に選ぶ必要がある。けれども、こんな繍日向紋を付ける方は、稀である。個性的な紋姿を考えるのであれば、色糸を自由に選んで駆使される、この技法を試してみても良い。

 

紋は、丸に梶の葉。お客様との相談で、最初は刺繍糸を白にしようと考えたのだが、職人の西さんにこの仕事を依頼した際に、色が少し入るほうが、「梶の葉」という紋のデザインから考えても、格好が良くなるのでは、とアドバイスを受けた。

白糸だと、紋がキモノの色の中に埋没してしまい、折角工夫した紋姿が生きてこない、西さんはそのように感じたのだと思う。これを聞いて私も、なるほどと同感したので、このキモノの爽やかな水色にふさわしい紋糸を、考えることにした。

そして決まったのが、この優しいベージュピンク色。パステル色が好きで、優しい着姿を好む、この若いお客様のことを考えて、選んだ色。色の変更は、後からお客様に伝えて、納得して頂いた。

 

この梶の葉という紋は、葉であることから、当然葉脈がある。もし、同じ太さの糸を使い、すが縫いで単純に縫い詰めていくと、葉脈を浮き上がらせることが出来ず、正しくきれいな紋にはならない。この紋の難しさは、ここにあった。

上の画像を見て頂くと、葉の中心の小丸から、上に向かって二本の葉脈があり、小丸と二本の糸は、他の糸より少し太くなっているのが判る。これは、糸そのものに強弱を付けて、模様を表現した工夫である。

西さんによると、この葉脈部に使った糸は、縫う前に、予め少し撚りを入れたものを使用したとのことだ。撚った糸と、そうでない糸とでは、縫姿に変化が出来る。画像を良く見ると、模様の中心から放射状に出ている葉脈が、すこしよれているのが判る。彼は、この糸質の違いを利用して、本来の梶の葉紋の姿を表現したのだった。

 

左右二つに形取られた縫い詰め紋は、仕立て職人の手により、慎重に背で合わせる。紋の中心となる葉の小丸部分を重ねれば、ピタリと一つの紋姿となる。生地が地紋織で表情があること、また地色が明度の高い水色であること、この二点の無地キモノの特徴を考えれば、白縫糸だけの紋だと、ほとんど目立つことはなかっただろう。

染め抜き紋のように、家紋が付いていることを、ことさら意識させる必要はなく、またこのお客様にも、「仰々しくならないように」との思いがある。けれども、これだけこだわった紋姿なのだから、ほん少しだけ着姿の中で印象付けたい。職人さんの的確なアドバイスがあったからこそ、控えめながらも、存在感のある紋姿に出来たように思う。

 

一枚の無地紋付として、仕上がったキモノ。一見して判らないところに、工夫を凝らしている。これも、贅沢な品物の一つと言えるだろう。依頼を受けてから一年。生地、染め色、八掛け返し模様、紋と、その都度お客様や職人と相談しながら、一緒に仕事を進めてきた。

たった一枚の無地紋付だが、お客様、私、職人とが三位一体で作り上げたものであり、こうして出来上がると感慨深い。そして何より、お客様にこの品物を満足頂けたことが、嬉しかった。

 

二回に分けて、個性的な無地紋付を作る過程をお話した。このような仕事で一番大切なことは、「意思の疎通」である。お客様と私、私と職人、この人と人との関係が密接であり、話が円滑に進まなければ、希望する品物には辿り着かない。

お客様からの要望を受け、その内容を吟味して、職人に伝える。中心にいるバイク呉服屋が果たす役割は重要だ。やはり大切なのは、気持ちを通い合わせること。それには、お客様とも職人とも、向き合って話をするより他にはない。

ネット上で簡単に品物を売買することとは、全く異なる商いの形がある。こんな仕事のありかたを、最後まで貫きたいと思う。なお、今日の稿の中で一緒に、黒羽織に付けた加賀紋の仕事を御紹介しようと考えていたが、いつものように長くなってしまったので、日を改めて、近いうちにお話することにしたい。

 

円滑な夫婦関係を築くためには、必要以上にお互いを理解しようとしないことでしょう。もともとは、生まれも育ちも考え方も違う人間同士が、縁あって一緒に生活しているだけなので、「根本的に解り合う」ことは、どうしても無理があると思うのです。

どこか醒めた関係でありながら、少しだけ相手を気遣う。この程度の気持ちの持ち方ならば、長続きしそうです。但しこれは、バイク呉服屋夫婦の歪んだ処世術なので、社会の常識からは、かなり外れているように思いますが。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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