バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

独創的に、無地紋付を誂える(前編) 紋職人が描く、八掛返しの繍模様

2017.06 25

キモノや帯の中には、お客様自身がモノ作りに参加し、自分だけの誂え・オンリーワンの品物を作ることが出来るものがある。織帯や型紙が必要なもの、さらに手を尽くした友禅の絵羽モノなどは、製作の工程や費用の面から考えれば大変難しいが、無地モノや染帯ならば、可能になる。

染帯ならば、白生地を購入し、地色とデザインを自分で決め、職人に依頼する。模様は、旬の草花でも、自分がお気に入りのモチーフでも、何でも良い。模様を施す部分が前とお太鼓だけで、嵩が少ないために、糸目を置いて手挿しをしても、手の届かない価格にはならない。また、友禅だけではなく、刺繍を駆使することも出来る。

もちろん、模様の嵩や仕事の手間により価格は変わるが、オリジナルな自分だけの一点となる。ただこんな誂品は、依頼される方にとって、希望する図案はあっても、どのようにデザインするか、中の配色をどうするか、それに伴って地色をどのように考えるかと、向き合う課題が多く、品物のプランを立てることがかなり難しい。

そしてまた、自分が思い描いていたように仕上がるか否か、不安も付きまとう。事前に、よほど緻密に図案や色を決めていないと、理想の品物には近づかない。こんな依頼を受けた時は、我々小売屋もさまざまな助言はするが、それが本当にお客様が望むモノと成り得るのか、不安がある。

 

新たな模様を生み出すことは、左様に難しいが、無地モノであれば、まだ何とかなるような気がする。ただそれでも、希望する色を染めるということは、単純なように見えて、生地の質、染め技法により、同じ色見本で見ても出来上がりに違いがあり、柄モノとはまた別の難しさがある。

そしてお客様にとっては、そもそもどのような色に染めるのかを決めることも、結構大変なこと。たとえ予め、この系統の色と決まっている場合でも、見本帳には似寄りの色は幾つもあり、その見本帳自体が何冊もある。そんな中から、ひと色だけを選び出さなければならないのだ。

無地モノは、染め上がった色が全てで、それがそのまま着姿に直結し、ごまかしが効かない。しかも見本帳でみる色見本は、ほんの小さな生地の切れ端でしかなく、キモノとして仕上がった時の色姿を想像し難い。

 

けれども、そんなリスクを乗り越えて、思い通りの色に染め上がり、仕立て上がった姿となったものを見た時の満足感は、ひとしおである。それこそ、「自分だけの色」をまとう心地がするように思う。

今日と次回は、そんな誂えの色の上に、さらに独創的な加工をほどこした無地モノを見て頂こう。色ばかりではなく、裏地や紋で「自分らしさ」を演出した品物として、参考にして頂きたい。

 

水色・葡萄唐草紋織無地誂えキモノ 八掛の返し 刺繍薬玉模様

この誂えを依頼された方は、小学校に入ったばかりの娘さんがいる、まだ若いお母さん。バイク呉服屋がブログを書き始めてまもなく、稿を読んで店に訪ねてこられた方である。だから、もうお付き合いを頂いて、三年ほどになる。

この間、すっかり着付けが上達して、太鼓柄の名古屋帯や二重太鼓の袋帯も、苦も無く結べるようになり、子どもの入卒や、七五三の祝い、さらにお茶会などで、自由自在にキモノを着用されるようになった。

 

今回、新しい無地紋付を作るにあたり、「出来るだけオリジナルな品物になるようにしたい」とのお話を伺った。それは生地の質や色ばかりではなく、裏地や紋でも「自分らしさ」を表現することである。

では、どのような工程を踏んで品物が誂えられたか、順を追ってお話してみよう。

 

葡萄唐草 紋織白生地  伊と幸・松岡姫  千切屋治兵衛

無地を染める時、まずは、どんな生地を使うかを決めなくてはならない。白生地を大雑把に分けると、模様のある地紋織の生地と、フラットな一越系生地になる。どちらを使うかは、お客様がどのような着姿として見せたいかにより、変わってくる。

紋織系は、光の当たり方などで地紋が浮き上がり、変化のある姿を映し出すが、一越だと、いつでも変わらない落ち着いた表情となる。

今回は、最初からお客様の希望として、地紋織を使うことになっており、しかもその模様は、「葡萄唐草」と指定されていた。正倉院の代表的な文様であり、優美さという点ではまたとない模様である。もしかしたら、彼女がバイク呉服屋へ通っているうちに、私の「唐花好き」に洗脳されたのかも知れない。

 

使う白生地がはっきりと決まっているので、後はそれを、メーカーに依頼して取り寄せるだけである。白生地を探す場合には、モノ作りをしている染のメーカー問屋に依頼するのが手っ取り早い。小紋にしろ付下げや訪問着にしろ、自分で染め出しをしているメーカーでは、必ず白生地を仕入れておく。それも作る品物によって、生地の質や紋織の図案を変えていくので、多種多様の生地が用意されている。

ということで、染メーカー・千切屋治兵衛に連絡をして、葡萄唐花地紋のものがあるか聞いてみると、「フタカマモノですか、ミカマモノですか」と逆に聞いてきた。これは、図案の大きさを聞いているもので、フタカマの方が大きく、ミカマの方が小さい。

反物の生地巾の中に、葡萄唐草の模様が三つ入っている「ミカマモノ」。

同じ文様でも、大きさが違うと、染め上がったときの印象が変わってくる。大きくなると、当然地空きの部分が広くなり、小さくなれば、模様が密になり無地場が少なくなる。ミカマは、丁度中間くらいの「程よい」模様の大きさかと思う。

 

生地が決まったところで、次は最も重要な色の選択。この方の好みははっきりしていて、いつも優しくて明るいパステル系の色を求めている。暗い色や、濃い色を選ぶことは無く、自分でも似合わないと考えられている。私も、傍らでこの方の雰囲気を見ていると、同じように感じる。

これまで付下げや小紋で、薄いピンク地や、はんなりとした浅緑色の品物をお持ちなので、水色系を提案してみた。そこで考えたのが、空の色を連想させるような、爽やかで澄んだスカイブルー。

上の画像は、見本帳で選んだ色と、実際に染め上がった生地の色。ご覧になって判るように、100%同じではない。生地の方が、水の色が浅く、柔らかくなっている。だが、二つの色の持つイメージは、同じだ。以前色染職人の近藤さんの仕事場にお邪魔した時、どんな努力をしても、ピタリと完璧に見本帳の色と同じになることはない。大切なのは、「色の雰囲気」を合わせることと話していたのを思い出した。「雰囲気が重なる」というのは、このようなことを言うのだろう。

 

この生地は三丈モノなので、別生地を取って八掛を染めなければならない。無地モノなので、八掛の色は、キモノの地色と同じか、それに近い共色を使う。上の画像は、染め上がってきた紋織無地の反物と、別染した八掛。(品物の写し方が稚拙なため、御紹介する画像により、色の映り方が異なっていることを、お許し願いたい)

生地を決め、色を決めて無地モノを誂えるという、ここまでの仕事ならば、こだわりの品物ではあるが、独創的とまでは言えない。だが、このキモノには、染め上がった後、他ではなかなか見られない工夫がなされた。これが、この無地を個性的に仕上げている。では、どんな加工をしたのか。御紹介しよう。

 

八掛の返しにほどこされた、手刺繍による「薬玉(くすだま)模様」。

キモノ姿で歩くと、ごく自然に裾がひるがえり、裏地が覗く時がたまにある。見える位置は、上前おくみの裏で、だいたい裾から5寸ほど上がったあたりまでだ。この「裾裏地が見える」ことを想定して、予め八掛に模様が付いている品物がある。

加賀友禅の訪問着では、キモノのモチーフにした模様を、さりげなく八掛の裏にも描いていることが多い。また小紋には、わざわざ八掛用として、表地とは別の模様を染め出し、付けてあるものも見受けられる。いずれにしても、着姿から裏が覗くことを作り手が意識したほどこしと言えよう。

このお客様も、この隠れたさりげないお洒落を意識して、裏地の模様付けを依頼してきたのだ。最初は、染で模様を描こうと考えたのだが、これでは一般的であり、糸目を引いて色挿しをしなければならないという染仕事の性質上、手間と費用がかなり掛かる。また、図案や配色をどのようにするか、職人とのやり取りは煩雑となり、お客様の意図するほどこしを、そのまま実現することが出来るかどうかもわからない。

 

そこで、刺繍による模様付けを考えてみた。もちろん、メーカーを通して縫職人に仕事を依頼することが出来るが、これでは加工代が高くなってしまう。どうにかして、手軽な値段で縫いをほどこせないものかと、思案しているうちに、うちの紋章職人の西さんが、縫紋を入れていることに気付いた。ここは加賀紋を始めとする、多様な刺繍紋をほどこす技術を持っている。

刺繍で模様を作ることは、紋も裏地でも変わらない。しかも、同じ市内にあって、デザインや縫糸の色の相談も気軽に出来る。そして間にメーカーや問屋が入っていないので、口銭を取られることも無く、価格も安く抑えられる。仕事を受けてくれさえすれば、よい事ずくめである。

 

早速お客様が考える図案を持って、西さんを訪ねたところ、快く応じてくれた。西さんでは、加賀紋などの刺繍紋を依頼されると、ご主人の清春さんがデザインを描いて型を作り、実際の縫いは奥さんの弥生さんが担当する。これまで、今回のような八掛に刺繍を入れる仕事を請け負ったことは無いが、たぶん上手く行くだろうとのこと。

ここは、ご夫婦の気のあった連係プレーに、お任せする他ない。数日後に模様の雛形と、配色を提示するというので、しばらく待つことにした。刺繍のプランが決まれば、それをお客様にメールで送り、見て頂いた上で仕事に掛かれる。

 

お客様が希望する図案の見本。模様は、薬玉文様である。これは、子どもモノによく使われる文様の一つだが、邪気を祓う縁起モノとして平安期に伝えられている、由緒ある文様だ。見本そのままという訳にはいかないだろうが、何とか同じような雰囲気にしてあげたい。

なお模様をほどこす八掛は、予め裁ちを入れておき、刺繍を施す位置を確認して糸印を付けておく。左の八掛画像で、黒い糸で囲んだところが、デザインする場所。

数日後、西さんが提示した図案。生地を縫いつめることは、八掛生地が薄いため難しいが、技法を駆使し、なるべく模様に立体感が出せるようにする旨が記されている。明るい色糸を使い、房も工夫しながら、お洒落に仕上げたいとのことだ。すぐにお客様に提示すると、「お任せします」と快諾されたので、仕事に取り掛かってもらった。

 

出来上がった「刺繍薬玉」。薬玉は金糸と薄いグレー糸を重ねて周囲を囲み、中は赤・黄・緑・ピンク・紫の五色で模様分けしている。技法はすが縫い。生地質から、模様を縫いつめることは出来ないが、すが縫いを重ねることで、模様の筋が厚みを増し、玉を立体的に見せている。

薬玉の紐は、芥子色の糸で、技法はすが縫いと相良縫。特に目を引くのが、紐の先端にある粒状のほどこし。ここは、模様を点に見せる相良縫の特徴を生かしたもので、紐の姿がよりリアルに見える。

仕立て上がったキモノの裏を返してみた。裏地全体から見れば、模様は大きすぎず、さりげなく可愛く仕上がっている。染のあしらいとは違う、縫いの立体感も出せているように思う。

 

刺繍が仕上がった際に、西さんご夫婦からは、「とても楽しい仕事だった」と言ってもらえたことが、私にはとても嬉しかった。もちろんお客様も、この加工に満足され、喜んで頂けた。

このキモノには、紋にも独創的なあしらいをした。この、もう一つの西さんの仕事は、次回に御紹介することにしたい。

 

「八掛に縫で模様を付ける」という仕事は、私も初めて経験することでした。今回、お客様の希望に添える仕事が出来たのは、やはり前向きで優れた技術を持つ職人さんが傍にいたからこそ、だと思います。

小売屋の役割は、お客様と職人さんを繋ぐこと。それを改めて実感しました。「今までやったことがないから、無理だ」と、断ることは簡単です。けれども、何とかうまく形にしようとする意思を持たなければ、新たな発見や喜びには繋がりません。

職人さん自身も、自分の技術を生かせる新たな仕事を待っています。これからも、こんなモノ作りの喜びを、お客様や職人さん達と共有しながら、仕事を進めて行きたいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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