スタンダードとは、標準とか基準、あるいは一般的という意味を持ち、それが商品になれば「定番」という位置づけになる。つまりそれは、誰もが知っていて、生活の中で日常的に使われているモノということになる。
皆様の家庭では、しょうゆはどこのメーカーのものを使っているだろうか。おそらく多くの方が、キッコーマンと答えるだろう。このメーカーの国内シェアは約3割。続いてヤマサや正田、ヒゲタ、ヒガシマルといったメーカーが後を追う。国内でしょうゆを作っている会社は1200社にも及ぶが、この上位5社だけで半数のシェアを占め、製造量は全体の三分の二にも上っている。
定番が幅を利かせているケースは、他の食品にも広く見られ、化学調味料では味の素が60%のシェアを持ち、マヨネーズはキューピーが同様に60%と他を圧倒。カレーは粉がエスビー食品で、ルウはハウス食品。いずれも占有率は6割以上に上る。このように日本人の生活意識の中には、絶対王者とも言うべき商品が数多く取り込まれている。これを持っている企業は、とにかく強く、経営の基盤は極めて安定している。
さてそれでは、呉服屋が商うスタンダードな品物は何かと言えば、多くの方が「振袖」と考えるだろう。一番華やかで目立つ品物であり、人生で最も晴れやかな日に装われるキモノと、誰もが認識している。成人年齢が18歳に引き下げられても、依然としてほとんどの自治体で、成人式に代わる「二十歳の集い」が催されており、そこでは相も変わらず、振袖を装うことが意識されている。
この「成人式典の装いなら、振袖が定番」という世間の空気を踏まえて、多くの呉服屋が、商いの主力商品を振袖に置く。理由は、一般に和装への関心が薄れつつある今、「必要な品物ですよ」とアピールできる品物だから。おそらく、対象者に向けて唯一売り込みを図れるアイテムだと思っているのだろう。
商いの方法は、昨今の効率を重視する風潮を踏まえて、当日の着付けも写真の前撮りもセットにした料金を提示し、購入でもレンタルでもOKとする。痒いところに手が届くようなサービスで、なんとか振袖商いに繋げようとする懸命な姿勢が垣間見える。
そんな呉服屋が、最も需要が見込めるとして振袖を重視するのは、その対象者を世間一般に広く求めるからだが、ごく限られた和装を趣味とする方、あるいは、どうしてもキモノを着る必要がある方を商いの中心に置けば、振袖はほとんど眼中に入らなくなる。もちろん、扱わないと言うことでは無いが、あまり意味を持つとも思えない成人の式典、それもその場限りの品物に、力を注ぐ必要性をほとんど感じないのである。
では、何を商いの中心にするか。それは、和装に対して目の肥えた方々の目を惹くような、センスの良い色や洒落た意匠の品物、あるいは季節を強く感じさせる品物となる。ありきたりなモノではなく、装う方の個性が光る垢抜けた品物を、呉服屋が自分のセンスで探して仕入れ、お客様に提示する。これは、世間一般で考えられている、振袖中心の呉服屋の仕事とは全く違うが、これこそが専門店を自認する呉服屋の商いになる。
また前置きが長くなってしまったが、今月のコーディネートでは、珍しい植物をモチーフとして使い、それを作家自身の感性で彩色した、個性あふれる加賀友禅を取り上げて、今の季節に相応しい装いを考えてみる。専門店としては、こんな品物を扱うことが「スタンダードな日常の仕事」なのだ。それでは、始めることにしよう。
(クリーム色 ナナカマド模様 加賀友禅訪問着・白地 正倉院ペルシャ文 袋帯)
スタンダードに関して言えば、文様にも「定番」と位置付けられる図案が存在する。その文様は、特にフォーマル感が強調される黒・色留袖や訪問着、付下げなどで用いられることが多い。
フォーマルの席で装うに相応しいとなれば、それは即ち、お目出度い図案=吉祥文様ということになる。代表的なものが松竹梅文や四君子文、あるいは熨斗文や鳳凰文などで、古くから縁起の良いとされる植物や架空の鳥を組合わせたもの。そして、江戸・御殿女中の装束にあしらわれた独特の風景文様・御所解文や、雅やかな器物を使った御所車文や几帳文もよく使われる。
いずれにせよ、これらの文様はいずれも、多くの人に「スタンダードな吉祥文」と意識されていることから、あしらわれる頻度は高い。そしてこれは季節を通して使うことが出来るので、その点でも用いられやすくなっている。
加賀友禅は、モチーフを見る作者の感性が、そのまま模様の表情となって表れるため、極めて写実性の高い作品に仕上がる。何をモチーフにするか、そしてそれを、いつ、どこで、どんな心持の中で見るかによって、色も図案の形も変わってくる。
作家によっては、写実から離れて、モチーフをデザイン化して意匠を起こす方もいるが、いわゆる花鳥風月を、見たままに描く方のほうが多い。特定のモチーフによることなく、幾つかの花や器物を組合わせて、図案にする。これは、先述した御所解文や松竹梅文と同様に、季節の隔たりを越えて使うことが出来るので、汎用性が高くなる。
けれどもそんな中で、「あえて一つのモチーフに限定して、意匠に仕上げた作品」も存在する。特に植物の場合には、旬がある一定の時期に限定されるものもあり、これだけを描くと言うのは、装う時期が限られることにも繋がりかねない。そしてそれは、装う方が品物を選ぶ際に躊躇する大きな要因にもなる。
しかし、そうしたリスクを承知の上で、あえて難しいモチーフを選んで描く作家がいる。これからご覧頂く品物は、キモノの図案ではほとんどお目に掛からない、ある高山植物を描いた加賀友禅の訪問着。この植物が色づく頃、山は秋の到来を迎える。どのような個性的な品物なのか、早速見て行こう。
(一越 クリーム色裾暈し ナナカマド模様 加賀友禅訪問着・太田昌伸)
毎年今頃になると、北海道の大雪山から紅葉の便りが届く。日本の秋、真っ先に色づき始めるのが、大雪山系の旭岳や黒岳で、すでに七合目から頂上付近では見頃を迎えている。その彩の中心となっているのが、ナナカマドとダケカンバ。大雪のナナカマドは、ウラジロナナカマドと呼ばれる植物で、高山地帯の落葉低木。秋になると、鮮やかな赤に染まる。ダケカンバは白樺と同じカバノキ科の広葉樹で、こちらは葉が黄色く色づく。山では、この赤と黄色のコントラストがこの上無く美しく、短い北国の秋を彩る。
今回訪問着のモチーフとして選ばれたのが、この高山植物・ナナカマドである。限られた場所にしか無い植物で、話題になるのがほぼ紅葉のシーズンだけ。登山を嗜む人には馴染みのある植物だが、一般的にはあまり知られていない。そんな植物だけに、ナナカマドがキモノのモチーフとなることは、ほとんど無い。それだけに、作者がどんな視点でこの植物を描いたのか、注目されるところだ。
地色は、乳脂のような白っぽい黄色・いわゆるクリーム色で、全体に柔らかい雰囲気を醸し出している。また、模様中心の上前身頃から後身頃にかけて、所々に薄水色の暈しが入っている。これが何となく霧のようにも見えて、図案のナナカマドが、高山帯に自生する植物と意識されていることが伺える。
訪問着の模様姿を見ると、上前衽の剣先のすぐ下から柄が始まっており、それが道長取りのように、前身頃から後身頃の裾へと流れている。ナナカマドだけをモチーフにしているが、模様に嵩があり、地味な印象は受けない。
模様中心の上前衽と身頃には、群生したナナカマドの花をバランスよく置いて描いている。花の挿し色は柔らかみのある紫と、それより少し薄く、青を含ませたような淡色の二色だけ。余計な色を使っていないので、すっきりと爽やかな姿に仕上がっている。
ナナカマドの花は5枚花弁で、蕊は約20本。図案を見ると、作者が忠実にその花姿を描いていることが判る。加賀友禅は、描こうとするモチーフをデッサンするところから始まり、それを作者自身が、独自の図案やデザインへと落とし込んでいく。基本となるのは、その花とどんな向き合い方をするかで、それにより描く図案は違ってくる。
一枚のナナカマドの花弁に近接すると、そこに作者の丁寧な仕事を見ることが出来る。実際の花は、6~10ミリ程度の小さな花弁が密集するように咲いている。描かれた花弁や蕊の形は不揃いで、一つ一つを手で描き、糸目を引いていることが良く判る。
もう一枚の薄い青紫色。上の紫花弁より格段に淡い。このように同系統の色を濃淡であしらうと、統一のとれた模様姿が映し出される。花芯の色を優しい黄色にしたことで、色のバランスが上手く取れているように思える。
細長く、少し先が尖った楕円状の葉がナナカマドの葉の特徴。これも、実際の葉姿が良く観察され、そのまま図案としてあしらわれている。葉の色は、かなり落ち着いた苔に近い、渋みのある緑。これに加賀独特の暈しを多用して、多彩に描いている。
全体に色を抑えた、落ち着きのある模様姿。けれども、淡い二色のナナカマドの花姿が清楚で清々しく感じられ、高い山で静かに咲き誇る花の雰囲気を、よく表している。そして実際の花色との違いは、ほとんど気にならない。
実際のナナカマドの花は白で、ここに挿された色とは異なる。けれども、見たままの色を使わなかったことが、このキモノ意匠の核心であり、それこそがこの作家の秀でたセンスと言える。花や葉の特徴は残しながらも、キモノの意匠とする時には、自分の感性に落とし込んでアレンジし、新たな花姿にする。友禅では、実際の花姿をそのまま模様に落とすこともあるだろうが、やはりそれだけではつまらない。一人の作家が、工程のほとんどを担うからこそ生まれる個性。そこにこそ価値があり、面白さがある。
作者・太田昌伸氏の落款。ご自身の名前「昌伸」を、格好良く落款の形に作っている。1963(昭和38)年に能登に生まれ、師匠は白坂幸蔵氏。白坂氏は毎田仁郎の弟子で、どちらかと言えば写実性の高い、古典的な図案を得意とする作家。このブログでも以前、松皮菱の中に四季の花々を取り込んだ、この方の黒留袖をご紹介したことがあったが、それは、巧みな図案の区切りと写実的な花を融合させた、古典でありながらも作家のセンスを感じさせる良品であった。
このナナカマドの作品も、写実性に作家のモチーフを見る感覚がプラスされ、個性的な意匠になっている。太田氏は、現在自分の工房「文庵(もんあん」を開設しているが、そこは見学者を募って、製作工程の見学や友禅体験が出来るような場所にもなっている。加賀友禅の普及に対し、現在最も熱心に取り組んでいる作家の一人と言えよう。
それでは、この山の空気を取り込んだようなナナカマドの訪問着に、どのような帯を合わせてフォーマルな姿を整えたのが、ご覧頂こう。
(白地 正倉院ペルシャ唐花文様 袋帯・紫紘)
左右対称の菱形唐花の中に、8弁の唐花を入れ込んだ、大胆で華やかな宝相華文様。図案を見ると、中央の花から左右対称に葉や花を付けた蔓が伸び、それがまた一つの花を咲かせる。文様そのものに「いのちの繋がり」を連想させるのが、宝相華の大きな特徴。この構図は仏教的な要素を含むもので、飛鳥期や天平期に伝来したこの文様が、いかに仏教と深く結び付いているかが判る。
モチーフになっているのが、蓮やパルメット、柘榴や葡萄や牡丹など。この図案には、中央の花を中心にして一定の方則を伴って放射状に広がる、ペルシャ文様の姿を見ることが出来る。
花から花へと蔓を繋げて連鎖させ、最後は大きな鏡のような図案を形作る。模様全体が、一つの小さな宇宙を感じさせる。こうした宝相華文様は、華麗で優美な姿を印象付けることから、キモノにしても帯にしても、意匠として使えば、フォーマル感は否応なく高くなる。
模様は重厚だが、白地なので着姿には優しい表情が表れる。華やかさと上品さを兼ね備えた図案は、ありそうで少ない。紫紘の手によるこの帯は、色のバランスも良く、特に金糸の使い方が上手い。それではこの華麗な帯を、個性的な加賀友禅・ナナカマド模様の訪問着に合わせてみよう。
目立たないナナカマドを写実的に描いたキモノと、空想の花を思い切りデザイン化して織り出した帯。モチーフも表現の仕方も、対照的な品物の組み合わせ。けれども、ミスマッチな感じは受けず、きちんと上品な姿に収まっている。
その大きな理由は、双方の地色と挿し色が、柔らかく淡い色に限定されているからだろう。模様は離れているが、雰囲気は極めて近い。そして加賀友禅の特徴である控えめで上質な姿を、帯の宝相華がうまく引き出しているように思う。
宝相華文も、お太鼓と前姿ではかなり模様姿が変わって来る。小さく密集しているキモノのナナカマドの図案を、立体的な唐花がピタリと押さえて、優美な着姿を形作る。好対照な図案を、どのようにバランス良く装うか。このコーディネートは、その答えの一つになっているだろう。
小物は、キモノと帯双方に共用している色・紫を使ってみた。帯〆は金糸で亀甲を織り込んだ、少しインパクトのある貝ノ口。これくらい主張がないと、帯の模様の中に取り込まれてしまって、着姿を引き締める帯〆の役割が果たせなくなる。帯揚げは、薄紫の暈しで無難にまとめてみた。(貝の口帯〆・龍工房 暈し帯揚げ・加藤萬)
今日は、キモノ図案としては珍しい高山植物・ナナカマドをモチーフにした加賀友禅訪問着を使って、秋のフォーマルな装いを考えてみた。キモノと帯で全く雰囲気の違う品物でも、こうして組み合わせてみれば、納得できる姿を作ることが出来る。そこが和装の奥深いところで、難しくも楽しいところでもある。
個性的なモチーフも、巧みな作家の手に掛かれば、美しく仕上がる。下絵、糊置き、色挿しと一人の作家が一貫して作る加賀友禅は、作り手の感性がそのまま品物の中に表れる。その意をくみ取って、装い手が品物に袖を通すことが、作家の何よりの喜びになるだろう。フォーマル需要の低下とともに、製作される上質な友禅も少なくなっている。作家の技術と個性を次の時代へと残すためにも、ぜひ多くの方に、ホンモノの素晴らしさを知って頂きたいと思っている。
では最後にもう一度、今日ご紹介した品物をご覧頂くことにしよう。
人が一度決めたら、なかなか変えないこと、いわゆる「標準」と認識することには、何があるでしょう。私の場合、それはお医者さまでしょうか。いわゆる「かかりつけ医」にあたる方です。
私は30代で少し大きな病気をしたのですが、その後経過観察をする必要があって、今も年に二回ほど定期的な検査をしています。お医者さまは、その30代の時と同じ方で、もう30年以上のお付き合いになります。ですので、私の体のことは知り尽くしていて、何か気になることがあれば、すぐに話せる関係になっています。
一病息災とはよく言ったもので、体のどこかに不安があれば、過信はしなくなります。そして、それを支えてくれる方がいることは、何より心強いことです。これは「変えないこと」ではなく、「変えられないこと」あるいは「代わる方がいないこと」ですね。
これから、呉服屋として一日でも長く仕事をするためには、何より健康であることが大切。バイク呉服屋が「定番」になっているお客様のためにも、何とかこの先も、頑張っていきたいと考えています。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。