バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

大島紬証紙、その裏側を探る(後編) 第三の証紙・都城大島の謎

2026.11 08

スカンジウム、イントリウム、ランタン、セリウム、プラセオジム・・・。これは全て元素の名前で、レアアースと称されるもの。この別名・希土類元素は、全部で17種類。稀な鉱物から産出されるこの元素は、発光ダイオードや電池、永久磁石の原料に使われ、それが電気自動車やスマホ、家電製品など、現代社会において必需な道具を製造するためには、欠かせない材料になっている。

もともとレアアースは、希少な非鉄金属・レアメタル31種類の中の一つ。電池に使うリチウムやニッケル、宝飾品に使用されるプラチナ、あるいは胃の中を検査する時に使うバリウムなどが、レアメタルとして知られている。いずれにせよ、日本で産出することが出来ず、ほとんど全てを輸入に頼る。レアアースもレアメタルも、中国が多くを産出し、世界の産出量の7~8割を占める。製造現場では無くてはならない重要な産物だが、昨年来、中国との関係が悪化している日本では、輸入規制がかけられて、厳しい立場に追い込まれている。

希少な元素・レアアースを「希土類」と名付けているように、レアとは稀という意味を持つ。なので一般的によく使う「レアモノ」とは、手に入り難くく珍しい品物となる。世間に殆ど流通していないレアなモノは、すでに製造が終わって何年も経過したものや、元々生産量が少ないもの。市場に出ると、希少であることに価値が付き、それが価格に跳ね返って高値が付く。

 

レアモノは元素や鉱物だけではなく、どんな品物にもあるが、呉服屋が扱う染織品の中にもいくつか存在する。これは他の品物と同様、すでに生産が終わってしまったり、作り手がいなくなった品物。判りやすい例で言えば、物故した重要無形文化財保持者(人間国宝)が製作した品物や織物である。これは、元々価値が高い上に、もう市場には出てこないという現実が重なって、「レアの比率」が上がっていく。

また廃業した帯メーカーや織屋が製作した品物も、上質であればあるほど、希少価値は上がる。昨今、呉服の場合はリユース品の売買が盛んで、レアモノでも中古市場に出回っていることがあるが、一度誂え加工を施し、他人が手を通した品物にはそれほど高値が付かない。けれどもそれが、全く鋏が入らない、小売りや問屋の店先で売れ残ってきた品物・デッドストックだとすれば、その価値は下がるどころか、ヴィンテージ品=究極のレアモノとして、高い価値を持つことになる。

今日は先月の稿に引き続き、再び大島紬証紙の裏側を探ってみる。取り上げるのは、ほとんど市場に出回って来ないレアモノ・都城大島紬について。品物にはどのような特徴があり、現在産地はどのようになっているのか、お話させて頂こう。

 

(都城の産地組合に所属する機屋の大島紬 左・桑原織物 右・東郷織物)

大島紬の証紙と言えば、鹿児島組合の旗印と奄美組合の地球印を思い浮かべる方がほとんどだろう。実際に現在市場に出ている品物のほとんどが、この二つの組合の検査を経て、伝統的工芸品である証・伝統マークが貼られている。

だが実は、各々で証紙を貼る大島紬の組合は、旗印と地球印以外に4つもある。この中で、経済産業省が伝統的工芸品として認可する証紙を、組合の検査を経て貼ることが出来るのは、都城絹織物事業協同組合の鶴印。これがいわゆる、大島紬第三の産地証紙と呼べるもので、今日テーマにするのが、この都城産大島紬である。

 

なおついでにはなるのだが、他の3組合について、ここで少し触れておこう。この中で、現在も活動し証紙を発行しているのが、藤絹商工協同組合の太陽印である。大島紬を良く知る方ならご存じかも知れないが、この太陽印証紙を貼っている品物は、「都喜ェ門(ときえもん)」というブランド名を持つ藤絹織物が製織した大島紬。

以前は鹿児島組合に所属し、旗印証紙と太陽印証紙とが並んで貼られ、伝統マークも付いていたが、独自に組合を設立し、自己検査をするようになったために、独自証紙の太陽印だけをつけるようになった。但し組合を通さないと言っても、この機屋が厳しい製品検査を行って品質を管理していることに変わりなく、また都喜ェ門ブランドは、良質な大島紬だということが市場に行き渡っている。そのため伝統マークの有無に関わることなく、品物を流通させ販売することが出来ている。

 

また鹿児島には、旗印の本場大島紬織物協同組合の他にもう一つ、鹿児島県絹織物工業組合がある。この組合は、機械機で生産される大島紬の品質向上と流通促進を目的に設立された組織だが、ここで検査発行していた証紙に朝日印と呼ばれるものがある。組合の性質からも判るように、製織される大島の多くは力織機による緯絣や縞格子なので、伝統マークが貼ってある品物は少ない。今もこの組合は存続しているが、朝日印証紙の発行は、1973(昭和48)年~1987(昭和62)年の間に限定されている。

さらに奄美にも、地球印証紙を発行する本場奄美大島紬協同組合の他に、組合があった。これが、奄美大島最北部に位置している笠利町(現在は名瀬市と合併して奄美市の一部)にあった笠利町大島紬協同組合で、ここで検査された品物には高い倉庫を描いた高倉印証紙が貼られていた。だが現在組合は解散しており、この証紙を貼った大島が出回っていた時期は、1963(昭和38)年~2003(平成15)年までである。

長々と組合証紙の由来について説明してしまったが、今日の本題である都城組合証紙・鶴印の付いた大島紬について、これから深堀していくことにしよう。

 

宮崎・都城絹織物事業協同組合による検査を経て、伝統的工芸品として認定された、都城・桑原織物の白大島。(菱一止め柄・製織年は不明)

現在、旗印・鹿児島組合に所属する組合員は50社、地球印・奄美組合は77人である。これに対して、鶴印・都城組合に所属しているのは、綿薩摩の製織で知られている東郷織物一社だけになっている。生産反数(2025年)は、鹿児島組合が8331反で奄美組合が2272反。

だが、都城組合の記録はどこを探しても見当たらない。そもそも組合独自のHPがなく、唯一の組合員・東郷織物のHPには、前の代表者が組合の理事長に就任していた記載はあるが、具体的な組合の活動や検査についての記述は全くない。なので、生産反数は不明である。けれども、過去の組合規模から考えても、生産は鹿児島や奄美と比較して極端に少なく、市場で見かけることの少ないレアモノであることに間違いない。

 

伝統マークが横に貼られた鶴印・都城大島の証紙と、反物の端に織り込まれた織口文字。菱一のオリジナル品:止め柄であることを示す「別誂」の文字も見える。

但し都城組合は、大島紬が伝統的工芸品の指定を受けた1975(昭和50)年12月の時点で、産地を構成する組合の一つと目されていることから、設立はそれ以前であり、当初から奄美組合や鹿児島組合と同様に、独自の組合検査を経て合格となれば、伝統マークを貼り付けることが出来たと考えられる。

組合そのものは解散しておらず、東郷織物内に事務局が置かれているが、現在どのように検査が行われているのかはわからない。東郷織物は、変わらずに生産を続けているが、木綿は縞や格子の「綿薩摩」が中心で、絣モノの「薩摩絣」は少ない。また絹の夏大島も同様に縞や緯絣はあるが、本格的な経緯絣は非常に少ない。また冬モノでも、手機・経緯絣大島紬を見かけることは稀である。東郷織物の品物については後述することにして、この鶴印証紙と伝統マークがついた桑原織物の品物について、少し掘り下げて考えてみよう。

 

西域のサンスクリット梵字を織り出した白大島。絣は7マルキのカタス絣。

桑原織物は、都城市の五十町(ごじっちょう)という地区に拠点を設け、白大島紬を中心に製織を続けていたが、2010(平成22)年頃には市場で品物を見かけなくなったことから、おそらくこの前後に機を止めたと推察出来る。ということは、この品物は製織されてから、少なくとも15年以上経過したものになる。

また、この梵字図案が菱一の止め柄であったことを考慮すれば、製織時期はかなり古い可能性がある。東京の代表的な高級問屋だった菱一は、大島や結城、塩沢、十日町など全国の織物産地の機屋にオリジナル図案の止め柄を発注していた。菱一の廃業は2019(平成31)年3月だったが、製織数が少ない都城大島・桑原織物に止め柄を発注出来たのは、菱一がかなり商売に余裕があった頃とみるべきで、それは桑原が事業を止めるかなり以前ではないかと類推される。

一見すると、くずした「いろは文字」のようにみえる文様だが、よくみるとこれは「梵字」になっている。梵字(ぼんじ)とは、インドのサンスクリット語を表記したものだが、古代よりこの文字そのものが神聖視されて、仏典などに使用されてきた。日本にも仏教伝来と共に伝わたが、別名悉曇(しったん)文字とも呼ばれる梵字は、この大島紬図案と同じく、縦書きで表記されていた。

経絣糸を576~580本使用した7マルキ。図案を拡大すると、経1本緯1本の糸を交差して絣を構成するT字絣・カタス式であることが判る。そして地の絣は密度を変えて製織されており、それがまるでグラデーションのようになって表れている。

桑原織物の創業者・初代桑原啓之介は、高倉印証紙を発行していた奄美・笠利町の出身で、戦後都城に新天地を求めて機場を開いた。初代は生地を構成する経糸と緯糸を全て絣糸にする「全総絣」の開発者として知られ、これによって、より立体感のある絣模様を表現することが出来るようになった。この梵字図案にも、その技術が如何なく発揮されている。

証紙の横に貼られている生産票。反物の長さ、絣の種類や単位が記載されている。また絣締めを行った職人には、二人の男性の名前が見えている。大島紬の特徴的な工程・締機による絣締めは、絹糸を綿糸で強く締め上げることから、強い力を持つ男性職人の仕事である。この締め方が弱いと、後の工程で模様が崩れてしまう。織り手は、橋口さんという女性の方。

初代の跡を継いだ二代目・桑原啓之介が得意としたのが、白泥染による白大島。薩摩焼の原料となる白土を用いて糸を染めるこの技法は、鹿児島恵織物の職人・益田勇吉によって開発された技術だが、桑原織物でもその技を駆使した白大島紬が製織され、7~9マルキの細密な絣を得意として数多く生産された。現在中古市場に見られる桑原織物の品物は、ほぼ白大島に限定されていると言っても良く、それくらいこの機屋で製織する品物は、白大島の比重が高かった。

証紙の一番右側に「西域」と柄名が記されている。桑原織物の作品には、他にも古代の風、旅路、運命などと色々なタイトルが付いた絣図案があった。

証紙や絣や色の内容、さらに斬新な梵字図案と様々な観点から、この都城大島紬を見てきた。製織からかなりの年数を経ており、それがすでに生産を止めている機屋の品物であることはもちろん、それ以上に、白泥染と総絣模様を駆使した上質な品物であることから、これが飛びぬけた「レアモノ」であると十分に理解出来る。それでは、現在ただ一軒残る東郷織物の品物は、どうだろうか。具体的に品物で見ていくことにしよう。

 

織口に「本場夏大島 東郷作」と文字を織り込んだ、東郷織物の経緯絣・手織夏大島。但し、組合証紙は貼られていない。

東郷織物は、1947(昭和22)年、創業者・東郷治秋が鹿児島から都城へ工場を移転させ、戦地から復員してきた娘婿・永江明夫と共に、製織を開始した。この機屋の代名詞ともなっている綿薩摩は、細い80番手綿糸を使い、大島紬の締め機技法をそのまま生かして精緻な絣模様を表現した、唯一無二の品物。このキモノをまとった文豪・武者小路実篤が、その着心地の良さに感動し「誠実無比」と言う言葉を贈ったという逸話も残っている。

そして綿薩摩と並んで、東郷織物が力を入れたのが夏大島である。撚りを強く掛けた強撚糸を使うことで、肌触りのよい独特のシャリ感を生み、通気性にも優れた心地良さをももたらす。そしてそこに、東郷の絣技術を駆使した多様な意匠を織りなす。キモノ愛好者からは、最上の夏織物と評価された逸品である。

 

けれども不思議なことに、都城の大島証紙・鶴印が貼られていない。組合そのものは東郷織物内にあり、1999(平成11)年には、永江明夫氏が協同組合の理事長にも就任しているのだが、この品物に限らず組合証紙が貼られているものは少ない。

貼られているのは、武者小路実篤の筆による「手織絣 実篤」の文字。画像では隠れてしまったが、左側に反物の長さと織手の氏名が記されている。

図案は格子を幾つも重ねて、独特の細工模様になっている。そしてよく見ると、組んで浮き上がる四角には十字蚊絣を使い、平地には亀甲絣が敷き詰めてある。絣はかなり細かく、十字絣の一部は濃淡が付けられて、絣による自然なグラデーションが模様の表情となって浮び上がっている。

拡大すると、十字蚊絣と亀甲絣が入り組んで模様を構成していることが見て取れる。こうした精緻な経緯絣を織り込んだ夏大島は、ほとんど製織されていない。東郷織物では、夏大島専門の織手を育成して仕事に当たらせているが、ここまでの絣を織りなすには、相当熟練した技術が求められるはずだ。

これは冬モノの緯大島に付いた都城組合の鶴印。当然ながら検査合格の判が押されており、製造者に東郷織物の名前が見えている。綿薩摩や薩摩絣は、大島紬では無いので検査の対象外となって、証紙が貼られていないのは判るのだが、上の品物のような夏大島に貼られていないのは不思議である。そしてこれは経緯絣なので、本来なら伝統マークを付けて差別化したいところ。

もちろん東郷織物が製織した品物の中では、夏大島にも冬大島にも、鶴印証紙と伝統マークを並べて貼ってあるものもある。ただそれは僅かであり、多くは東郷独自の簡単な記載が施してあるだけになっている。

 

ではなぜ証紙が無いのか。それはおそらく、東郷織物が持つブランド力が影響していると思われる。無論、東郷織物では綿密な製品検査を行った上で、品物を市場に出している。しかし組合が会社内部にあるのだから、会社での検査=組合での検査とすることも出来て、鶴印証紙を貼ることはそれほど難しいことではあるまい。けれども、それをほとんどしていない。

その理由は、東郷が織りなす品物が市場や消費者に熟知されており、何も「証紙の力」で品物をアピールする必要が無いということ。だから、武者小路実篤の「手織絣」の文字だけで十分なのである。それは裏返せば、それだけ東郷織物が製織する綿さつまや薩摩絣、夏大島や大島紬の評価が高いということに他ならない。

 

大島紬に限らず、他の織物産地でも、組合の検査を経ないで独自検査を行っていることも多々あるが、こういう品物は別にニセモノでは無く、優れた技術を持つ個人の工房や作家が、証紙の力を借りなくても良いと考えて、あえて組合を通す手間を省いていることが背景にある。

また伝統的工芸品には、認定する条件「告示」が決まっているが、組合を通さなければ、この条件から離れて、自由にモノ作りができるという利点もある。だから「あえて伝統マークはいらない」という織屋や作家がいることも、頭の隅に置いておかなければならない。国からのお墨付きは、品物を判別するときに判りやすい目安となるが、品物の質はそれだけでは測れないのである。この辺りが、品物を選ぶ消費者にとって難しい所であり、またモノづくりの奥深さを感じさせるところでもあろう。

 

今日は「大島証紙の裏側を覗く」をテーマにした後編として、あまり知られていない第三の組合・都城大島紬を実際に品物で見ながら深堀してきた。反物の端に小さく貼られている証紙は、単に品物の質を担保する証明だけではなく、その産地の歴史や、モノづくりにかけた職人の心意気を物語っているように思える。

皆様も「証紙」をご覧になったら、その品物に込められた産地の、そして携わった職人の思いをも、ぜひ感じ取って頂きたいと思う。それでは最後にもう一度、今日ご紹介したレアモノ、桑原織物の白大島と東郷織物の夏大島の画像をご覧頂いて、この稿を終えることにしたい。

 

スカンジウム・Scは元素番号21、イットリウム・Yは39。そして、ランタン・LaからルテチウムLuまで、元素番号57~71の15種類、合計で17種類がレアアース。なお、続き番号の15種類は、ランタノイドと言う名前で総称されているようです。この稀な元素類は、各々に特質があるようですが、説明を読んだところで、化学がまるで苦手な私には、何のことやらさっぱり分かりません。アースと名前が付くもので私が知っているのは、アース製薬が販売している殺虫剤・ハイアースくらいです。

レアアースは、少し混ぜるだけで、自動車やスマホなどの電子機器の性能を劇的に向上させる「魔法の金属」であり、今の社会を支える精密機器の製造には欠かせないシロモノ。つまりこれなくしては、利便性や効率を最優先にする世の中は形成できないということになりますね。

また戦闘機やレーダー、ミサイル誘導システムなどの防衛装備品の中にも欠かせないもので、この資源が枯渇すると、国の安全保障上に問題が生じることになりかねません。石油は日本の生命線ですが、レアアースも同様に、国民生活と防衛力を維持するための「生命線」になっていると言えましょう。

 

このレアアースと半導体が、未来社会を形成する先端技術を支える重要な要素と言われていますが、それが人々を本当に幸せにする道具となり得るか否かは、わからないでしょう。便利で豊かな社会が、人間にとって幸せなのかどうかは。幸いにして私には、それを見届けるだけの時間が残されていません。

今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

「松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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