バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

10月のコーディネート  葡萄色と葡萄模様で、深まる秋を楽しむ

2026.10 26

考えてみれば、これほど毎年のように、人の気配が全くない北海道の野山や海岸べりを歩いているというのに、これまでヒグマと鉢合わせしていないというのは、奇跡に等しいだろう。林道に落とされたフンや、森の木の幹に付けられた爪の跡は何度となく見ているが、実際にその姿を目にしたのは、根室の春国岱の奥で一度だけ。それも、こちらの方がいち早くクマの存在に気付いたので、対峙することは避けられた。

10月は、一番クマと出くわす可能性がある月。何故かと言えば、今が一番冬眠のためにエサを腹にため込む時期だからだ。ここで森にエサが無いと、里に下りて来て、畑を荒らしたりゴミをあさったりする。そしてしまいには、人と遭遇して事故を起こす。ヒグマは雑食だが、日常的に食糧としているのが木の実類。なのでドングリが不作な年ほど、注意が必要になる。

 

そんな秋の森にあって、ドングリと共にヒグマが大好物なのが、ヤマブドウである。主に寒冷地の野山で自生しているこの葡萄は、日本の在来品種でもあるが、実の大きさは8ミリほどとかなり小さい。しかし、含まれているポリフェノールやカルシウム、鉄分、食物繊維などは、通常の葡萄の3~8倍とかなり栄養価の高い果実でもある。だからクマは、この実をたっぷり食べることが出来れば、安心して冬の眠りに入れる。

この自生しているヤマブドウの他に、日本の固有品種として栽培されてきたのが、甲州ブドウである。この葡萄は、奈良期にシルクロードを経て日本にもたらされた品種で、この時代の高僧・行基が、甲府盆地の東部・勝沼町に大善寺を創建した際に、薬草としてこの地にもたらしたという説、あるいは平安時代末、同じ勝沼の地に在住していた雨宮勘解由(あめみやかげゆ)なる人物が、山で見つけた植物の蔓・葡萄を持ち帰って栽培したのが始まりとする説がある。いずれにしても、山梨の秋を彩る多種多様の葡萄のルーツは、間違いなく甲州ブドウにある。

 

ヤマブドウにしろ甲州ブドウにしろ、古くから日本の秋を代表する植物として、認識されてきたもの。そしてこの形状や色は、同様に古来より染織品のモチーフ・文様となり、染め色にも選ばれてきた。そこで、秋も深くなりつつある今月のコーディネートでは、この葡萄の色と図案を使ったキモノと帯を組合わせて、旬の装いを試そうと思う。葡萄の故郷・山梨に居を構える、バイク呉服屋ならではの発想を楽しんで頂こう。

 

(葡萄色地 寄せ柄 江戸小紋・黒地 葡萄模様 唐織袋帯)

葡萄の紫色は、古くから様々な衣装・装束に染められている色で、その染色方法はすでに、平安中期に編纂された律令の細目表記・延喜式の中に記載が見られる。そして、染め色として登場するのはもっと古く、685(天武天皇14)年の冠位にまつわる色制度まで遡ることが出来る。ここでいう葡萄の色とは、ヒグマが好んで食べるヤマブドウの実のことで、この色は秋が深まるにつれて、熟して黒ずんだ紫に変わる。

そもそもヤマブドウの古い名前は、「エビカズラ」である。そのため、この深紫の色染を、しばしば「えび染め」と呼んだ。以前このブログで源氏物語の色を取り上げた時に、葡萄染が王朝貴族に好まれた色の一つであることを記したが、清少納言はこの色を「めでたきもの(心惹かれるもの)」と称え、紫式部はこの色を使った襲を「なまめきたる(優美な姿)」と感嘆している。

但し、この葡萄の色を抽出する原料は、ヤマブドウそのものではなく紫草。このムラサキの根に、椿の生木を燃やして生成される灰汁と酢を使って染め出される。少し赤みの掛かった美しく、深みのある紫。これこそ、古来から高貴な人々に愛された、ヤマブドウの秋色・エビ色の姿である。

 

一方、葡萄と言う植物を文様の観点から見ると、これもまた長い歴史を重ねてきたモチーフであることが判る。ヨーロッパで葡萄栽培が始まったのは、紀元前3000年頃。葡萄酒・ワインの歴史はもっと古く、その3000年も前に遡る。宗教儀式には欠かせない、神聖な飲み物として古くから位置づけられており、聖書の中においても、葡萄は信仰の中で、重要な役割を果たす植物として度々記載がある。

こうしたことから葡萄は、古代ギリシャやエジプトで「生命の木」と位置付けられ、神聖視されてきた。そして他のアカンサスやロータス、ナツメヤシといった植物と同様に、唐草・唐花文のモチーフとなりシンボル化された。それが飛鳥・天平期に日本へと伝わり、正倉院の工芸品装飾として具現化されたのである。そんな葡萄の代表的な文様が、「葡萄唐草文」である。

葡萄は、桃山期以降になると、外来的な唐草文様としてではなく、写実的にも描かれるようになる。能衣装や小袖の意匠としても使われるようになり、明治以降には、蔓や実を絵画的に描写した姿がキモノや帯の中でも見られるようになった。色、図案ともに、染織品の中で古い歴史を繋いできた葡萄。今日は、葡萄の色と模様にこだわった品物を選んで、秋らしい装いを演出してみよう。

 

(葡萄色 寄せ柄江戸小紋・型染職人 青木啓作)

武士の裃の染模様に端を発した「裃小紋」は、江戸中期以降、庶民の間にも普及し、男女問わずに着用されるようになる。これまで何度も、ブログの中で取り上げてきた江戸小紋。遠目から見れば無地のように見えるが、近づいてみれば、その精緻な図案の見事な表情に目を奪われる。

決して目立つ品物では無いが、一反の品物として仕上がるまでには、多岐にわたる職人の技が駆使されている。その証として、これまでもっとも多く人間国宝を輩出しているのが、江戸小紋に関わる仕事に携わっている職人である。型紙職人は、縞彫の児玉博、錐彫の六谷紀久男、突彫の南部芳松、道具彫の中島勇吉と中村勇二郎。型付職人は、中形小紋の松原定吉、清水幸太郎、そして小宮家の三代、康助・康孝・康正。さらに型紙製作には欠かせない「糸入れ」の名手として認定された、城之口みえ。友禅作家として認定を受けたのは10人だが、小紋関係はそれを上回る11人。友禅の著名な作家は知っていても、こうした縁の下の力持ちのような小紋職人のことは、よほどのキモノ通でもない限り、ほとんど知られていない。

通常の江戸小紋では、一つの柄だけを型付けして品物として仕上げるのだが、この品物は幾つもの図案を切り取ったように重ねて染められている。このような「パッチワーク的な江戸小紋」を「寄せ柄」あるいは「百柄」と呼ぶ。この図案は横段に区切られているが、中には縦に切り取ったり、市松や雲取りのように、四角や曲線的な区分けをする寄せ柄もある。

こうした寄せ柄小紋を制作する時、最も重要になるのは、言うまでも無く型紙である。幾つもの小紋柄を組合わせ、一つの品物として仕上げるためには、まずどのような模様配置にするかを設計した上で、型紙を起こさなければならない。それが決まらなければ、仕事が始められない。

まず決めなければならないのが、区切り方をどうするかだが、この小紋は横段に区切られ、一つの模様に当てられる幅は2寸(約7.5cm)で統一されている。問題は、この限られた範囲の中に、どのような図案をどのような順番で入れ込むかということだ。

江戸小紋の図案は、型紙を彫る段階で、異なる四つの技法に基づいて表現される。なので、このように柄を沢山重ねる寄せ柄の場合は、一つの模様ごとに技法を使い回す必要が出てくる。つまり、単一の模様を彫り抜くよりも、遥かに手間が掛かることになる。この江戸小紋の総尺(反物全体の長さ)を測ると、3丈4尺。2寸ごとに全部模様を変えてあるので、柄の総数は170柄にも及んでいる。それでは、どんな模様配置になっているのか。全部をご紹介することは無理なので、一部を抜き出してご覧頂こう。

 

左上から、蔓菊・角通し・百合花。何れも、錐彫で型紙に模様を刻んだ図案。見てお判りのように、三つの柄を構成している基は、丸い粒である。錐彫に使う彫刻刀は、半円形の刃先を持つもので、丸錐と半錐があり、その中に刃の浅いものと深いものがある。

この道具の刃先を型紙に垂直に立てて、模様を彫り抜いていく。錐彫で大切なことは、粒の目を揃えることで、刃先の加減一つで微妙な狂いが生じる。真ん中の角通しでは、錐彫が直角筋に通っているが、これが斜め筋になると行儀模様になる。この角通しを見ても、整然と丸い粒が等間隔で並んでいるが、よくよく見ると丸い粒の形が微妙に違っている。これこそ、手仕事、手彫の証である。

左から小桜・葵・紗綾型に小菊。小さな桜の花びらを散りばめた模様は、予め彫刻刀の刃先を一つの図案に模ったものを使い、彫り抜かれている。このように、小紋柄を一突きで彫り抜く技法が「道具彫り」である。別名・ゴットリ(押し彫)とも呼ばれるこの技法は、この小桜の他に、亀甲や鱗、菱などの幾何学的な小紋柄を表現する時に使う。なお、右二つの葵と紗綾型に小菊図案は錐彫。

左は胡麻柄、右は唐草柄。左の胡麻柄は、上の小桜図案と同様に道具彫によるもの。ちなみにこの模様は、佐賀・鍋島藩の裃に使用されていた留め柄としても知られている。均一な小紋柄を組合わせて、多様な図柄が表現出来る道具彫の技法は、小紋の進化に伴って開発された技術とも言われている。なお右の唐草柄は、錐彫で彫り抜いた丸い粒を、唐草の輪郭として使って、模様を形作っている。

模様全体を見ると、7~8割が錐彫による図案で、残りが道具彫。模様が密で動きのある小紋柄を表現する時に使う「突彫」や、縞を表わす「縞彫」は使われていない。おそらく、ひと柄の模様範囲が狭い・寄せ柄江戸小紋では、この二つの技法を用いた柄行きは、使い難いということなのだろう。

 

この小紋の型継ぎを請け負ったのが、青木啓作氏。東京都の伝統工芸士として認定された青木啓作さんは、寄せ柄の型継ぎや、両面染を得意とされていた方。八王子に工房・青木染色研究所を持ち、90歳を過ぎる頃まで、現役の職人として活躍し、毎年高島屋などで開催される「東京都伝統工芸品展」などに元気な姿を見せていた。ただ残念なことに、一昨年5月に92歳で亡くなられている。

ご覧の通り、伝産マークが貼られているが、江戸小紋を含む「東京染小紋」は、1976年12月に伝統的工芸品として、国から指定を受けている。それでは、この葡萄色・寄せ柄江戸小紋に相応しい、葡萄模様の帯を探してみよう。

 

(黒地 葡萄模様 唐織袋帯・錦工芸)

葡萄をモチーフにした帯は、案外多く織られているが、ここまで大胆に模様付けされているのは珍しい。しかも実と蔓と葉のバランスが良く、写実的で流れのある意匠になっている。地を黒にしたのも効果的で、紫の濃淡で表現した実、渋い橙や茶で表現した紅葉した葉、そして白を使った動きのある蔓、この三つを組合わせた色と模様の配置が上手く、インパクトのある帯姿が演出されている。

絵緯糸を使う唐織帯の特徴である、ふっくらとした仕上がりの模様姿が、画像からも伺える。製織したのは、唐織を得意とする帯メーカー・錦工芸。この帯は六通の機械織だが、華やかな帯模様の表情とは裏腹に、驚くほど軽い。袋帯ではあるが、こうした気取らない姿が使う場面を増やすように思える。

お太鼓にしてみると、帯幅いっぱいに織り出された葡萄模様が前に出て、結構迫力のある帯姿になる。写実的な葡萄図案なので、どうしても「秋」という季節が印象に残る。ただ葡萄の季節を考えれば、秋全般となって旬は割と長い。9~11月の装いとして、十分活躍できそうだ。それでは、葡萄色の寄せ柄江戸小紋と合わせるとどうなるか、試してみよう。

 

細かい図案を羅列した江戸小紋に対し、帯は動きのある大きな葡萄柄。対照的な組み合わせだけに、メリハリの付いた着姿になる。キモノは色で、帯は図案で季節感を前に出す。一目で秋を感じさせる装いと言っても良いだろう。江戸小紋は、遠目から見れば無地に見えるので、合わせる帯次第で着姿が変えられる。その点では、とても汎用性の高いアイテムと言える。

江戸小紋は、模様の細かさによって色に濃淡が付き、それが表情となって表れる。葡萄色のグラデーションと浮き上がった葡萄模様、この二つが相乗効果をもたらしている。帯が黒地であることも、落ち着きをもたらす一つの要因になるのだろう。

前模様にも、しっかりと葡萄図案が出てくる。模様に動きがあるだけに、堅苦しい着姿にはならない。葡萄の色が帯とキモノを繋げており、季節を連動させた装いと一目で理解出来る。

小物は、やはり葡萄色を基調として考えてみた。帯締めは、大きな葡萄図案の中に埋没しないよう、白いドットでアクセントを付けた内記組。帯揚げは無難に、紫濃淡の暈し。キモノ・帯・小物を一つの色で方向付けると、こうなる。(内記組帯締め・中村正 暈し帯揚げ・加藤萬)

 

今日は、秋の植物模様・葡萄を使って、この時期らしい装いを考えてみた。一つのモチーフの特徴を、キモノと帯に分けて、着姿全体で旬を表現する。例えば、キモノと帯両方に葡萄を描いたものを合わせれば、やはりくどさが出てしまい、野暮ったくなる。スマートに季節を演出するためには、やはり工夫が必要になる。色と模様を切り分けて考え、それをコーディネートに生かす。難しいことでは無いので、ぜひ皆様も装いの中でお試し頂きたいと思う。

最後に今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

林道や森の中を歩いている時、もちろん恐怖感はあるのですが、根拠も無く「自分は大丈夫」と思っているふしがあります。もちろん最終決戦に備えて、撃退スプレーやナタを用意していますが、それはあくまでも、不安を和らげるための道具に過ぎません。常にクマ鈴や爆竹を鳴らし、ホイッスルを吹いて存在を知らせ、鉢合わせすることを防いでいますが、本来山の中にいるクマは、人を除ける習性があると言われてきました。

ちょっとの間だけ、クマの生活圏に入らせて頂く。この謙虚な気持ちを常に抱いて山に入ることが重要で、それが正しく恐れることに繋がるように思います。里山の荒廃などで、かつて存在した人とクマの境界線が無くなったことが、出没の大きな要因とされていますが、互いの生活区域をきちんとすみ分けらるよう、環境を整えることが共生への道では無いかと思います。

 

農作物を荒らしたり、人に危害を加える。もちろん、これは避けなければならないこと、そして時として、駆除することも必要になります。しかしそれだけでは、根本的な解決にはならないでしょう。クマを含めた野生動物と、どのように向き合うか。AIでも解決できない難題を、今、人間が突き付けられています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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