バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

裁って、張って、繋ぐ(前編)  残り布から、オリジナル品を創る

2023.04 03

積載量10tの大型トラックで、1430台分。これは農水省の調査による、日本で一日に廃棄される食品の量。驚くことに、一年間で522万tもの食べ物が、ゴミとして捨てられている。「食品ロス」の内訳は、飲食店やコンビニ、食料スーパーのような、事業として食品を扱うところから排出される「売れ残り」や「食べ残し」などが275万t、家庭における廃棄品が、247万t。凡そではあるが、事業上のロスと家庭におけるロスが、ほぼ折半している。

世帯における消費支出の25%が食料品だが、食べずに捨ててしまうことは、お金を無駄に使っていることと同じ。また日本の食料自給率は38%で、食品の半数以上は輸入に頼っているが、廃棄が減ってくれば、この割合も少しは好転するはず。しかし一旦ゴミになれば、その処理にコストが掛かり、燃やせば、CO2を排出して環境にも負荷が掛かってしまう。つまり食品ロスには、「悪いこと尽くめ」の結果しか待っていない。

そこで政府は、買い過ぎない・作り過ぎない・注文し過ぎないことを推奨し、各自治体では、各家庭で食べない食品は、消費期限が来る前に、フードバンクなどへ寄付する呼びかけを行っている。食品を無駄にする一方で、その日に食べる物にも事欠く貧困層が、日本には存在しており、子どもの7人に1人が、こうした状態にあるとされる。だから国は、食品を捨てずに有効利用する仕組みを、早急に構築する必要があるのだ。

 

かように食品を余らせることは、深刻な社会問題となるが、呉服屋が扱うキモノ生地を余らせることは、何の問題にもならない。けれども、誂えを終えて生地が残っていれば、何かに使いたくなる。特に、ことのほか長く余っていると、布を生かす方法はないかと、ついぞ考えてしまう。

そこで今回の稿から二回に分けて、「生地を生かす」という観点から、話をしてみたい。呉服屋が依頼される仕事は、その内容によって、誂えの工夫を要することが多々ある。まず今日の前編では、「残り布を利用したオリジナル品」について、ご紹介してみたい。どのような品物に、どれだけ余りがあって、それをどのように裁ち、張り、繋いで、ユニークなモノに仕上げたのか、話を進めて行こう。

 

(小紋長羽織の残り布を使った半巾帯)

日常で依頼を頂く誂え仕事(品物を新たに作る場合)において、どのような時に生地が余るのだろうか。キモノ用の反物の長さは、通常は3丈3尺(12m50cmほど)であり、装う方がよほど身長が大きいか、振袖のような長い袖を作ろうと考えない限り、この長さで十分に誂えることが出来る。

もちろん、身丈寸法や袖丈寸法の大小により、使う生地の長さが変わり、当然これにリンクして残り布の長さも変わる。そして将来、寸法の大きい人が使うことを想定して、生地の中に入れておく「縫込み」の長さ加減でも、生地の残り方は変わってくる。また、反物そのものの長さも一律ではなく、3丈2尺程度しかないものもあれば、3丈4尺を越えるような品物もある。なので残り布が出ると言えども、その長さ・余り方は千差万別なのである。

 

こうした生地の生かし方は、残った長さによって、考え方が変わってくる。そして大切なことは、「無駄な誂えをしない」ということ。折角考えを巡らせてオリジナルな品物を作っても、使わないままでは作る意味が無い。何を作るかは、何なら使うのかを前提にしなければ話は始まらず、ここでお客様との相談を欠かすことは出来ない。それでは、どのような施しを行ったのか、具体例を見て頂くことにしよう。

 

(一越鉄紺色地 梅鉢模様 飛柄小紋・トキワ商事)

この小紋の地色は、暗い紺色で、やや青緑の気配も感じる鉄紺色。深く沈む地色とは対照的に、ピンクや鶸のパステル色であしらわれた大小の梅鉢模様が、不規則に散らされている。深紺の中から可愛い梅鉢が顔を出し、いわば「大人可愛い」雰囲気を持つ品物。当然ながらこの反物は、キモノとして誂えられるように、3丈3尺を越える長さを持っている。

私は小紋を仕入れる時には、キモノとして提案する品物、羽織に向く品物、さらにキモノ・羽織どちらにも対応する品物という、三つの視点から考える。模様が全体にわたる総柄や、無地感覚で着用出来る小さな図案の飛柄などは、キモノ向きの小紋だが、圧倒されるような大胆な図案や、ある程度目立つ大きさの飛柄ならば、羽織で使ってみても面白い。中には、キモノでは難しいが、羽織なら着てみたくなる個性的な意匠もある。

この飛柄梅鉢小紋は、キモノでも羽織でも良さそうな色と柄行きであり、どちらに誂えるかは、目を止めたお客様の考え方次第。一昔前までは、羽織や道行コート類を作るに当たっては、キモノ用小紋より短い長さの「羽尺(はじゃく)」という反物か、模様位置が定まっている「絵羽織や絵羽コート」の中から品物を選んでいたが、現在ほとんど羽尺の生産は無く、また絵羽類も数が限られている。そこで、羽織を誂える場合のほとんどが、小紋を使うようになっている。

 

羽織に誂えた小紋。誂えて見ると、思いのほか梅鉢模様が目立ち、深い鉄紺の地色よりもパステル色の花弁が印象に残る姿になっている。地は地味だが、華やかな模様配色が着姿を彩る。

本来はキモノに誂える小紋だけに、この反物は、羽織を作るには十分な長さを持つ。そのために、羽織丈は自由に長く設定することが出来る。従来の羽織用反物・羽尺は、反物の長さが2丈6尺~8尺程度なので、自ずと羽織丈の長さには制限が掛かっていた。羽尺とはどのような品物か、御存じない方も多いと思われるので、うちに残る在庫の画像をご覧頂こう。

臙脂や朱系の地色で、抽象的な小紋柄や大きな地紋が付いた品物が多い。長さは3丈以下なので、キモノに誂えることは難しい。昭和の時代、羽織やコートが必需品だった頃は、多くがこうした反物を使って誂えを施した。しかし今となっては、棚の隅に残っているものの、ほとんど需要は無い。

 

羽織を誂えた後に、5尺(約1m90cm)ほど生地が残った。この羽織を求めたお客様の寸法は、身長が162cmで、袖丈1尺3寸・羽織丈2尺5寸。羽織の裾が、膝の後ろ辺りに来るので、身長に対して凡そ7分の羽織となっている。決して小さくはない寸法だが、余りが出る。キモノ用の通常小紋で羽織を誂えた場合、こうして長めの生地が残ることがよくある。残り布の有効利用を考えるのは、こんなケースだ。

仕上がった羽織と一緒に、残った生地はお客様に返す。そして、布が多く余っているほど、利用方法を問われることは多い。この小紋のような、図案や配色が可愛いと、「何かに作って使いたくなる」のは、普段からキモノを愛用する方なら、当然であろう。今回誂えた半巾帯も、そうした相談の中から生まれた。

それでは具体的に、どのくらい残り布があれば、半巾帯を作ることが出来るのかを、説明してみよう。半巾帯の長さは、ある程度バラツキがあるが、凡そ9尺5寸~1丈(3m60cm~4m)程度。つまり表の生地として、この長さが必要になる。半巾帯には、表裏同じ生地のリバーシブルタイプと、別生地のものがあるが、当然ながら沢山同じ生地が無ければ、表裏同じにはならない。

先に説明したように、この小紋の残り布は5尺程度。この長さでは、半巾帯丈の半分にしかならないので、一見誂えは難しいと思われるかもしれないが、半巾帯の幅が4寸~4寸3分(15~17cm)であることに注目して頂きたい。この残り布・5尺を縦に半分に裁つと、5尺×2=1丈となり、幅は、反物巾の半分となる。そして、この小紋の元々の反幅は1尺だったので、裁った幅は5寸となる。ということは、巾5寸の生地が1丈分(5尺が二枚)生まれることになり、帯丈、帯幅ともに半巾帯を作る寸法をクリアできると確認されるのだ。

とはいうものの、残り布で作れるのは表生地だけ。当然リバーシブルにはならない。そこで、裏用の生地を探して、縫い合わせなければならない。今回裏として選んだのは、光沢のある橙色の紬八掛。これは新しいものでは無く、外して洗張りされていた裏地。このような、「おまけ」とも言うべき誂えには、なるべくお客様の負担にならないよう、工夫をする。その結果、画像で判るように、この半巾帯は、表が鉄紺の飛梅小紋で、裏が橙色無地になっている。

最初に、表の小紋生地を半分に裁っているので、5尺ずつ二枚に切れているが、帯として誂える際には、この二枚を繋ぎ合わせて仕立をすることになる。けれども、着姿から繋いだ箇所が見えることは無いので、全く問題は無い。この半巾帯の帯幅は、通常より広い4寸4分(17cm弱)で仕上げているが、巾は5寸あったので、縫い代を含めても、十分に広く仕上げることが出来た。

こうして、羽織とおそろいの「小紋半巾帯」を誂えることが出来た。飛柄なので、締める方の工夫次第で、毎回違う場所の模様を前に出して装うことが出来る。表裏共に柔らかく薄い生地なので、中に木綿の帯芯を通して、帯をしっかりさせる。こんな染小紋の半巾帯など、売りモノで探してもほとんど見つからず、これこそが、残り布を使うことでしか生まれない品物と言えよう。

 

(小紋キモノの残り布を使ったパナマ草履の花緒)

半巾帯で話が長くなってしまったので、鼻緒への誂えについては、簡単に説明する。残り布を使って草履を作ることは、昔から考えられている最もポピュラーな生地利用の方法。長さも2尺程度あれば、台と鼻緒の両方に当てて誂えることが出来る。もちろんこのパナマ草履のように、鼻緒だけに限定して使うこともある。

画像で判るように、使った箇所は生地の中にある一つの柄だけ。その長さは、縦20cm×横15cm余りで、ほんの僅かでしかない。南米原産のパナマ草を使った草履台は、夏用の草履として涼やかに足元を彩る。この草履は、まず台を選んでから別に鼻緒を考えて、すげてもらったもの。お客様から、より爽やかな草履にしたいとの要望を受けて、この小紋の残り布で鼻緒を作ることを考えた。画像を見ると、この鼻緒がピタリとパナマ台に馴染んでおり、夏草履に相応しい姿になっているように思える。

 

今日は、「残り布の有効利用」という観点から、話を進めてきた。誂えを終えた後で残る生地は、それほど多くは無い。この限られた長さでは、当然、作ることの出来るものも限られてくる。何をどのように作るか、それは提案者のセンスが試されることになる。どんな小さなモノでも、既製品には無い「オリジナル性」を大切にした創意工夫が、何よりも必要であろう。皆様が誂えたキモノのタトウ紙の中には、きっと「残り布」が入っているはず。この稿が、布利用の新たなヒントになると良いのだが。

次回は、一本の帯地から二本の帯を作る依頼に対して、どのように生地を裁ち、張り、繋いで、誂えを完成させたのかお話する。この、一粒で二度美味しい的な誂え仕事の中から、「生地を生かす」とは何かを、改めて考えてみることにしたい。

 

呉服屋の仕事として、「残ること」とか「余ること」は日常茶飯事で、商売の成り行き上、この無駄を避けては通れません。では、残るモノ、余るモノは何かと言えば、それは仕入れた品物のことです。趣味性の高い品物、例えば、季節感を全面に出すモチーフとか、あまり使わない地色や配色を施した個性的な品物は、そう簡単には売れてくれません。

一年の仕入れの中で、その年のうちに捌ける品物は、3割あれば上々。つまり70%の品物は、棚の中に残る訳で、それが3年居座るか、5年になるか、それとも10年以上の長きにわたるのか、予想が付きません。けれども、全く動く気配が無い品物でも、売れる時は一瞬です。それは、気に入って求めてくれる方が、たった一人でも現れれば良いからであり、これも予想が付きません。

そして売れた後、長い間居続けた棚には、空白が生まれます。余りは余りでも、これは「余白」ですね。いつもあった場所に、その品物が無い。それはそれで、何となく寂しいものです。呉服屋の商売は効率が悪いですが、不思議な余韻に浸れる仕事とも言えましょう。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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