バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

裁って、張って、繋ぐ(後編) 一本の帯地から、二本の帯を創る

2023.04 11

ファッション関係はもちろんのこと、日常の生活で欠かせない身の回り品の中で、レンタル出来ないものがどれだけあるだろうか。はたと考えて見ても、「買う以外に選択の余地がない」というモノが見当たらない。それほど現代では、モノを所有する意識が低下しており、代わって、必要な時に必要なモノだけを借りて済ますことが常態化していると言っても良いだろう。

高度経済成長時代から、バブル期にかけては、モノを持つ満足感には必ず幸福感が伴っていた。それだけ日本人に「欲しいモノ」があった訳だが、平成の後半あたりからは、人々の生活スタイルが多様化し、効率的にモノと向き合う姿勢が顕著になった。それにリンクするように、様々な業種でレンタルビジネスが立ち上がったことから、人々の意識は、所有から共有へと急速にシフトチェンジしてしまった。

 

呉服業界においても、この傾向は明らかであり、特に通過儀礼に装うフォーマルモノは、年々購入よりもレンタル率が高くなっている。七五三の祝着、成人式の振袖、卒業式の袴、結婚式の黒留袖、いずれの品を考えてもそうである。ひと世代前ならば、袴を除くこれらの品物に対しては、「購入すべき必需品」と考えられており、それは「儀礼は和装で」という意識が、多くの人に根付いていたことの証左でもある。

だが、そんな時代はとっくの昔に終わっており、この30年で呉服業界も大きく衰退した。ただ、和装に対する特別な意識は多くの人に残っており、それが七五三と成人式の装いに特化している。しかし当然のことながら、その場限りの効率性が重視されるため、自ずと呉服屋の仕事もそれに合わせる方法を採ることになる。貸して、着付けて、写真を写してと、ワンストップで消費者に満足してもらえるようなサービスを提供する。呉服屋が振袖屋化した要因は、ただただ時代のニーズに応じただけとも言える。

 

今や呉服屋商いの主流は、「消費者の痒いところに手が届く」ことが最優先される。それは、「着て頂ける(買って頂ける、借りて頂ける)なら、何でもします」的な、ある意味での「サービス合戦」である。だがそれは、和装に馴染みが無い消費者だけに通用することで、普段からキモノを嗜む方々を対象とする専門店には、品物の質や加工の方法、コーディネートの工夫や長く使うために必要なアドバイスなど、和装の本質的な知識や知恵が求められる。呉服屋と看板を掲げていても、各々の仕事の内容は、似て非なるどころか、全くかけ離れている。

多くの呉服屋が、共有することを助長するビジネスを展開する中、バイク呉服屋の仕事における「共有」とは、その名前の通り、ひとつの品物から複数の誂え品を創り出すこと。つまり、「生地のシェア」である。前稿では、残り布からオリジナル半巾帯を誂える過程をお話したが、今日は一本の帯から、男性用の角帯と女性の半巾帯を制作した、「一粒で、二度美味しい誂え」をご覧頂くことにしよう。

 

格子模様の八寸名古屋帯から、女性用の半巾帯(左)と男性用の角帯(右)を創る。

今でも、同じ色や模様の服を着たり、同じ小物を持つ「ペアルック・カップル」は存在するのだろうか。バイク呉服屋が学生の頃(80年代初め)は、結構街で見かけたような気がするし、大学のキャンパスの中にもいた。そんな姿を見つけると、「付き合っていることを、それほど見せつけなくてもいいのに」と思ったものだが、それは半分やっかみや羨ましさが入っていたのかも知れない。

洋服やアクセサリーに関しては、男女で全く同じものを使着用することは、それほど難しくはない。男性用・女性用と分れていても、同じデザイン・同じ色のアイテムが多数あり、大量生産のファストファッションを使えば、容易にペアルックが実現できる。

 

しかし、和装でペアルックというのは、かなり難しい。反物の長さや巾から考えれば、出来ないことはない。約12メートル半(3丈3尺)のキモノ用の反物・着尺で、男性も女性もキモノが作れる。「男性の方が背が高いのに、どうして」と思われるかも知れないが、女性にはおはしょりがあるので、その分の長さが必要になるから。結果として、キモノに必要な長さが男女同じになる。また反物の巾だが、男モノは尺五(しゃくご)と呼ばれる1尺5分巾が標準で、最近は女性モノでも9寸7分~1尺程度はある。これは、かなり長くなった女性の裄寸法に対応している。つまり寸法的に考えれば、現在の着尺反物は、男女どちらでも使うことが出来る。

けれども、そうは言っても「柄行き」というものがある。男女兼用になりそうなのは、無地モノや格子、縞モノなどに限られるだろう。例えば、女性向きの小紋柄を男性がキモノとして使うことなど、なかなか考え難い。無論、どうしても使いたいのであれば、構わないのだが。そして、ペアルックとなれば、実現できるアイテムはなお限られるだろう。最も可能性があるのは、複数反生産(ロット生産)される浴衣類かと思うが、それとて同じモノを二反探すとなると、かなり大変である。

 

そして帯でのペアルックとなれば、これはなお難しい。女性用の半巾帯・名古屋帯と男性用の角帯で、色と模様が全く同じという品物は、ほとんど見かけない。うちの店の在庫に、木綿の首里織で、同色同柄の女性半巾帯と男性角帯があるが、それは稀なケースである。しかし、今日ご紹介するペア帯は、一本の帯を二本に分割した「シェア帯」。これは、同じ帯で浴衣を楽しみたいというご夫婦の強い希望で、誂えられたもの。それでは、帯にどのような工夫がされているか、お話することにしよう。

 

今回ペア帯として誂えに使ったのが、竺仙の大きな格子八寸帯。素材は、麻。

この名古屋帯は麻100%で、もちろん女性モノ。浴衣を少しキモノっぽく着用する時や、小千谷縮や綿麻紅梅などを装う時に、合せて締める。八寸なので当然帯芯が入らず、仕立は耳をかがるだけ。竺仙の麻帯には、赤や黄色、紺、そしてピンクなど、大胆で色鮮やかな格子柄が幾つもある。ご夫婦のお客様が選んだ帯は、薄いクリーム地に赤い太縞と細縞が交互に入る大格子。これを半巾帯として、そして角帯として、二人で共有できるように誂えを依頼された。

これまでの商い経験では、一本の帯から、半巾帯と角帯を誂えたことは無いのだが、前回の稿でもご紹介したように、残り布やお客様が持ち込まれた様々な生地で、何度も名古屋帯や半巾帯を作っている。布を使い回すことには慣れているので、寸法的には問題が無いことは、簡単に理解出来た。だが、二本の帯を誂えるためには裏地が必要であり、その上模様の出し方を考えながら、生地を裁たなければならない。どのように仕事を進めるか、まずは和裁士と相談してから始めることになる。

 

男キモノの裏地・木綿の正花(しょうはな)を、二本の帯裏に使ってみた。

この名古屋帯の長さは、1丈3尺(約5m)。名古屋帯の標準的な帯丈は、9尺5寸(約3m65cm)。それを考えると、この麻帯はかなり長く作られている。帯巾は8寸2分(約31cm)で、これは標準的な寸法。

さて誂える男女各々の帯寸法だが、半巾帯は、帯丈を1丈(約3m75cm)・帯巾を4寸3分(約16.5cm)に設定し、角帯は、帯丈を1丈1尺程度(約4m)・帯巾を2寸6分(約10cm)と決める。どちらも、丈と巾は少し長めだが、ご夫婦ともに体格の良い方なので、むしろこのくらい大きくないと恰好が付かない。元になる帯の丈が普通より長いので、余裕を持って二本の帯に裁ち分けることが出来た。

裏地として使ったのが、男モノの裏地・正花。この素材は木綿だが、細番手の糸を使って織られているので、光沢のある生地で滑るような風合を持っている。無地で、色は紺や茶、そしてここで使ったような濃緑や芥子色もある。お揃いの帯なので、当然二本とも同じ裏を張る。

 

黄色の格子は通常の名古屋帯として仕立て、赤は二本の帯としてシェアされた。

このように表と裏に別々の布を使って仕立てた帯のことを、「昼夜(ちゅうや)帯」あるいは「鯨(くじら)帯」と呼ぶ。このリバーシブル仕立の帯は、江戸中期の明和・安永年間(1770年頃)に女性の間で大流行し、当時は表に多彩な布を用い、裏には光沢のある黒い繻子生地を使っていた。なお、昼夜という帯の名前は、違う表情を持つ表裏を、場所や時間によって使い分けることから、この名前が付いた。改めてこの半巾帯と角帯を見れば、表は大胆な格子柄で、裏は光沢のある正花無地。確かにこれは、既製の品物にはないオリジナルな昼夜帯である。

帯合わせとして、男性の角帯は大きな籠目柄を、女性の半巾帯には大きな桔梗柄の浴衣を考えてみた。どちらも濃紺褐色に白抜きのコーマ浴衣で、江戸浴衣の伝統を感じる、いかにも竺仙らしいシンプルな図案。すっきりとした浴衣姿に、赤い格子帯がよく映えている。こんな「和装ペアルック」ならば、間違いなく人目を惹く。そしてそれは、安易な洋装ペアルックとは異なり、装う人のセンスを感じられる洒落た姿になるはず。

 

ウイリアムモリスの木綿生地二枚を使って、名古屋帯と半巾帯を誂えた。左の柄は、モリスの図案の中で最もポピュラーな「イチゴ泥棒」。

当然帯地以外の生地からでも、名古屋帯や半巾帯を自由に創ることが出来る。以前のブログで、ウイリアムモリスの木綿生地を使って帯にした記事を書いたが、こうした綿反の巾は様々であり、それに応じて、誂えの時に裁ちや接ぎを入れる必要がある。そして、通常8~9寸(30~34cm)と決まっている帯生地よりも、綿生地の幅は広く(ちなみにモリスは140cm巾)、また長さは多くの場合、求めに応じて切り売りしてくれるので、裁ち回しの自由度が高い。

ほとんどの綿反は総模様の小紋柄なので、柄の位置をあまり気にすることなく、帯として着用できる。生地に余裕があるので、上の名古屋帯は表裏共に同じ布を使って作っている。また半巾帯は、この二枚の生地を表裏に使い、リバーシブル帯として誂えている。使う生地の幅や長さによって、裏に別生地が必要なものとそうでないものがある。

いずれにせよ、まずは生地の寸法や模様を見ながら、「どのような帯に仕上げるか」を決め、そこからどのように生地を裁ち、裏を張り、そして繋いでいくかを考える。オリジナル品を上手く仕上げるためには、依頼するお客様と仲介する呉服屋、そして誂えを請け負う職人と、三者が緊密に連携することが欠かせない。

 

二回にわたって、誂えの工夫で出来る帯についてお話してきた。「誂える」とは、「お客様の思いの通りに作ること」であり、この思いを確かに受け止めて工夫することが、呉服屋と職人には求められる。「求め」の中には、これまで仕事として経験したことがない「注文」もある。こうした相談を受けた時には、前例が無いと断ってしまったら、それで終わりだ。作れるか作れないかは、職人と膝を詰めながら考えてから、結論を出せば良いことである。

有難いことに、バイク呉服屋を支えてくれる職人たちは、これまで経験したことのない仕事でも、いつも前向きに考えてくれる。だからこそ、様々な依頼に応えられる訳であり、結果としてお客さまと密接に繋がることが出来る。「より良い誂えをする」という一点の目標で、呉服屋と職人が繋がることこそが、仕事の上で何より大切になるのだ。

 

コーディネートされた服が、月に数着レンタル出来たり、ブランドのバッグやジュエリーが、月に何度でもレンタル出来る。こうしたファッション系のレンタルサービスを提供する店は数多くあり、貸し出すアイテムもバリエーション豊富で、各々が内容を競って消費者に「共有すること」の利便性を打ちだしています。

また子ども用のベッドや玩具など、いわゆる使う時期が限定される「子育てグッズ」も、最近はレンタルが増えており、購入が躊躇される高級カメラや家電製品では、まずは「借りて試すこと」が出来る制度がかなり普及してきています。そして驚くことに、借りるのはモノだけでなく、人間もレンタルされているようです。

 

事情があって、親や妻や恋人になり変わってくれる人が必要な時だけでなく、もっと気軽に、愚痴を話したりやプライベートな相談に乗ってくれる人を探す時、人間レンタル屋に注文が入ります。悩み事を第三者に話す、しかもお金を払って、というのは少し不思議ですが、身近な人だと、打ち明けた後でその人との関係が変わるかも知れず、赤の他人だと後腐れが無いと言うことらしいのです。

SNSなどの普及により、人と人とが繋がりやすくなった現代。しかし反面、深い人間関係を構築することが、難しくなっているようです。人間が貸し借りされることは、こうしたことの裏返しなのでしょうか。これが果たして、幸せな世の中と呼べるのか否か。私には、わかりかねます。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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