バイク呉服屋の忙しい日々

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バイク呉服屋女房の仕事着(12) 春色の大島とエーデルワイス染帯

2023.04 18

「亭主元気で、留守がいい」という言葉に、聞き覚えのある方も多いだろう。これは、1986(昭和61)年、殺虫剤メーカーの金鳥がテレビCMの中で使ったコピーである。この言葉は、あからさまな主婦の本音をそのまま使ったとして、当時大いに流行した。この時代はまだ、男は外で働き、女は家で家事をするという、古い日本の風習が残っており、それがこのコピーの背景にあったと思われる。

それから30年以上を経た現代、共働きの世帯は全体の70%近くなり、女性は家を守る存在という意識はかなり薄れてきた。しかしながら、家で夫と一緒に過ごすことを望まない、または苦痛と感じられる妻は、昔と比べてもあまり減っていないらしい。

 

この三年、思わぬコロナ禍に見舞われた中で、企業は在宅勤務を奨励した。多くの会社では、すでに業務のデジタル化が進み、テレビ会議など当たり前に出来る環境が整っていたので、離れた場所で働く「リモートワーク」への移行が割とスムーズに実施された。その結果生まれたのが、平日の日中にいるはずのない夫と妻の在宅。重ねて外出自粛も叫ばれていたために、夫婦揃って家で過ごす時間は、否応なく増えた。

こうした家庭状況を、妻の側はどのように見ていたのか。それを伺い知ることが出来る興味深い調査がある。それは岐阜・大垣共立銀行のシンクタンク・OKB総研が行った「在宅勤務に関する主婦の意識調査」というもの。それによると、全体で妻の4割ほどが、「夫に家で勤務して欲しくない」と考えていることが判った。そしてテレワークを望まない妻の率は、夫婦の年齢が50代・60代と上がるほどに上がっている。

この結果から見えることは、年代が下に行くほど、夫婦間の家事分担が平等になっていることだ。20代夫婦では、半数以上が夫の在宅を好意的に受け止め、また幼児や小学生の子どもがいる家庭でも、家で働く父親の存在は有難いと考えられている。これは若い世代の夫が、家事や育児に協力的である証と言えよう。この反面夫は、年齢が上がるにつれて、食事の用意や洗濯、掃除などを妻任せにする人が多く、そのために妻は、何も家事に協力しない夫が常に家にいることを、疎ましく思うのである。

 

さて、夫婦で過ごす時間が長くなっている世間とは反対に、バイク呉服屋は一人の時間が長い。いつぞやもお話したが、ここ数年は、家内が親の介護のために実家を行き来しており、特にこの2年は、月末と月初しか甲府に帰ってこない日々が続く。なので私の方もすっかりこの生活に慣れ、毎日当たり前に仕事と家事を並行してこなしている。

ということで、家内が店で仕事をする時間が以前よりかなり少なく、従ってキモノを着用する機会も減っている。来店されるお客様の中には、家内の装いを楽しみにされる方もおられるようで、不在を残念がられる。そのためブログでも、なかなか女房の仕事着を紹介することが出来なかったが、先日本当に久しぶりに、数日間キモノ姿で仕事をしていた。そこで今日は、その時の様子を皆様にご紹介してみたい。いかにも今の季節らしい、優しい春を感じさせる呉服屋女房のコーディネートを、ぜひご覧頂こう。

 

(レモンイエロー地・小格子大島紬  鳶色地 エーデルワイス模様・蒔糊友禅染帯)

これまでご紹介してきた家内のキモノは、あくまで仕事着なので、必然的に織物が多くなる。稿として取り上げた11回のうち、夏モノが3回(綿紬・アイスコットン・夏琉球絣)で、冬モノが8回。冬モノの内訳は、結城紬が2回、大島紬(村山含む)が2回、十日町・米沢系紬が3回、染モノ(型染小紋)は僅かに1回だけ。また合わせた帯は、夏冬合わせて11回ともに名古屋帯。袋帯が一点も無いところが、いかにも普段使いの仕事着らしいコーディネートである。

仕事着に使う織物として、真綿糸を使う結城紬は、ふんわりと暖かい着心地なので、どうしても冬を中心とした寒い時期に着用したくなる。一方で大島紬は、しなやかでさらりとした気持ちの良い触感が特徴で、軽くて体に添うような着心地になる。だから、春から初夏や秋口などの、ある程度気温が高い時に装いたくなる。

全国的に桜の開花が早かったように、今年はあっという間に暖かくなった。東京でも、4月初めには気温が20℃を越える日が続き、人々の装いも軽やかになった。もちろん和装も、この気候を受ければ、春の陽光に相応しい明るく軽やかな着姿が、早くから望まれるはず。今日ご紹介する家内の仕事着も、そんなコンセプトを念頭に置いている。

 

レモンイエロー地 格子緯絣・本場大島紬(奄美組合証紙) 伊集院リキ商店

レモンの皮のように、少し緑色を含ませた黄色地の大島紬。ごく薄いピンク縦横縞と二本の白い縦縞とで格子柄を形成している。そして等間隔に開いた白縞の四隅には、点のような緯絣が織り込まれている。全体から受ける印象は、やはり地色のレモンイエローの柔らかさが目立つ。そして大島特有の生地の光沢が、優しい黄地色と反応して、より輝きを増しているように見える。

きちんと伝産マークが貼られ、奄美組合の証紙がついた正規品。これは緯絣糸で絵絣を作る、いわゆる本格的な大島紬ではなく、緯絣だけの大島である。この紬は、色の変化を経糸と緯糸の色を組合わせて作り、所々の四隅にあしらわれた点のような模様に、僅かに絣糸が使われている。このような緯絣大島は、奄美で生産される紬の1割程度で、それほど反数は多くない。ただ奄美組合の大島は、緯絣でも全て手織りされている。

大島と言えば、渋い泥染と精密な絵絣が大きな特徴で、結城紬と並んで高級織物の代名詞。だが一方で、その色や図案が、あまり代わり映えのしない「ある種の古くささ」を感じさせることがある。このレモンイエローの大島は、そんなイメージから離れて、軽やかさと都会的な可愛さが感じられる。そして大島の仰々しさはなく、気軽なキモノとして受け止められる。キモノをよく知る方でも、一見して大島とは判り難いはずだ。

近接してキモノを写すと、しっかりと格子模様が見て取れるが、遠目からはほとんど判らず、レモンイエローの地色だけが印象に残る。それだけに、この色の持つ爽やかな明るさを使って、「春キモノ」を演出することが出来る。そして光の当たり方によっても、生地の色に変化が付くため、室内と室外とで少しだけ雰囲気が変わってくる。そんなところも、この大島の面白さである。

 

鳶色紬地 エーデルワイス(雪割草)模様・蒔糊友禅染帯  四ツ井健

深い茶褐色の紬地に、蒔糊で七宝図案を描いて割り付け、その中に四枚のエーデルワイスの花弁を、左右上下対称にあしらっている。渋い地色に、古典的な七宝文と可憐なエーデルワイス。これを蒔糊と糸目糊という、二つの特徴的な友禅技法を用いて描いている。全てにおいて独創的であり、染帯というアイテムの中に、作家の個性を目一杯詰め込んだ品物と言えよう。

地色の鳶色だけを見れば、かなり地味で落ち着きのある帯と思われる。しかし、蒔糊技法で表現された細かい粒子の七宝模様が、生地から立体的に浮き上がり、その紡錘形輪違文の中心に付いた十文字のエーデルワイス図案は、欧州のしゃれた紋章のようにも見える。これは、古典的な幾何学図案とデザイン化された植物文を融合した、モダンで個性的な意匠である。

雪か霰が降ったように、白い点で描かれた蒔糊。これはまず、糯米に塩と糠を足して作った糯糊を竹の皮に薄く伸ばして乾燥させる。乾いた後で剥がし取り、それを軽く揉み砕いた後に粒の大きさを整える。これを布の上にまき散らすと、細かな白い点となって生地表面に付着する。これが「蒔糊友禅」の技法である。

四ツ井さんの描く蒔糊は、糯糊の他に亜鉛粉末を併用し、糊の粒を大・中・小三種類の大きさに分ける。こうすると描かれる白い点の大きさに違いが現れ、より自然な姿の模様となる。蒔糊はやり直しのきかない仕事だが、四ツ井さんは撒いた糊のばらつきを、ピンセットを使って一粒ずつ調整している。帯姿から、ほとんど目立つことのな小さな点だが、その一つ一つにも心を配る。自分で納得できる意匠を創る姿勢が、こうしたところに伺える。

 

お太鼓を作ると、右上と左下に十字エーデルワイス模様が浮かび上がる。蒔糊による白い点描の七宝図案が、鳶地色の渋みを消し、帯姿は地味になっていない。そして雪割草の名前のごとく、星形にデザインされた白い花弁が可愛く、花芯に配された若草色は、この花の楚々とした姿を印象付けている。

斜め後ろから、着姿を写してみた。光の角度が変わり、レモンイエローのキモノ地が輝きを増して、一部は黄金色のようにも見える。このキモノの色を、茶褐色の帯地で抑えながら、立体感のある蒔糊と可憐なエーデルワイス模様が着姿を決める。幾つもの要素が重なる帯ならではの、個性的な帯姿になっている。

前姿のエーデルワイスは、十字ではなく正方形にお行儀よく並んでいる。同じモチーフでも、少し並び方を変えただけで図案の印象が変わる。お太鼓にはお太鼓、前姿には前姿に相応しい「模様のあしらい」がある。それをどのように工夫するか、作家のセンスが問われるところだ。

小物は、このコーディネートのポイントとなる色・淡い緑色を使う。帯〆は青磁色の冠組で、帯揚げは若草色とベージュの暈し。花芯の淡い緑、キモノのレモンイエロー、小物の若草色。全てを同じ色の気配で統一する。こうすることで、着姿全体を「色で匂わす」ことが出来る。店に来店されるお客様に、穏やかな春の訪れを感じて頂ける。今回は、そんなコーディネートになったように思う。(帯〆・龍工房 帯揚げ・加藤萬)

 

久しぶりに家内の仕事着姿をご覧頂いたが、如何だっただろうか。うちの奥さんは、性格的に商いの前に立つ人ではなく、いつも傍らから私の仕事を見つめている。だが控えめながらも、自分が装うキモノや帯で、来る方に和装の素晴らしさを伝えているように、私は感じる。自分なりのセンスでコーディネートし、その時々の季節感を表す。多少は私もアドバイスはするが、ほとんどは、彼女が自分で選んで自分で着ている。

キモノを好きな人が奥さんになってくれて、本当に良かった。今更ながら、そう思っている。感謝をしつつ、最後に今回の着姿を、もう一度ご覧頂こう。

 

本文中でもお話したように、私と家内は、月の三分の二ほどは離れて生活していますが、頻繁に連絡を取り合うことはありません。ラインで繋がっているので、用件は簡単に伝えられるのですが、どうしても連絡が必要な時にしか使ってきません。もちろん仲違いしている訳では無く、互いに自然な距離感を持ち、夫婦関係を維持しています。

普段は、仕事もプライベートも同じ空間で過ごし、一緒にいるのが当たり前ですが、それでも、互いのことを干渉することは少ないように思います。たとえ夫婦でも、それぞれは別人格なので、個の時間と共の時間をきちんとすみ分けることが大切。おそらくそれが、関係を長く維持することに繋がっていると思えるのです。

ですが、これは私が思っているだけで、彼女の本当の心の内は、判りません。もしかしたら、色々のことを考えるのはもう面倒くさいから、一緒にいるだけなのかも知れません。今度帰ってきたら、本音を聞いてみようと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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