バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

薄物から、秋色へ   呉服屋の店先で、季節が動き出す  

2022.09 05

キモノ雑誌の代表と言えば、ハースト婦人画報社の「美しいキモノ」。1953(昭和28)年の創刊以来70年近く、和の装いに関わる情報を多岐にわたって発信し続けてきた。戦後の復興が端緒に付き、ようやく人々の関心が「食から衣」へと移りつつあった頃に、この雑誌は生まれた。

その後、高度経済成長期を迎えると、呉服の需要も年を追うごとに、右肩上がりで増えて行く。生活に密着した日常着から、家族の大切な礼装用の品々まで、この時代、人々にとってキモノや帯は、「どうしても、無くてはならない品物」であった。そしてこの需要の高まりが、数多くの上質な品物を生み出すことになる。和装にこだわりを持つ目の肥えた顧客に向けて、贅を尽くし技を極めた作品が次々と作られ、しかもこれが飛ぶように売れて行った。このピークは、オイルショックが起きる直前の70年代初期。しかし呉服業界の特需も、経済成長の陰りと共に終焉を迎える。

そして昭和が終わり、平成初めのバブル経済崩壊の後は、生活様式の変化や儀礼の変容に伴い、坂道を転げ落ちるように、キモノや帯の需要は加速度的に落ち込んでいく。結果として、手を尽くした高品質な品物ほど、売れなくなっていき、それは質にこだわる老舗メーカーを苦境に追い込むことになる。実際に平成10年前後には、数多くのメーカーが破綻、廃業に追い込まれてしまった。時代は進み、令和の世の中となった今、呉服業界を取り巻く環境はなお厳しさを増す。そしてこの二年の疫病の蔓延が、決定的な鉄槌を下してしまったとも感じられる。

 

呉服業の栄枯盛衰と共に歩んできた「美しいキモノ」だが、今年になってから、時代を回想するコラムが掲載されている。それが、1973(昭和48)年から編集に関わってきた元副編集長・富澤輝実子さんの「キモノ回想録・あの頃の名商名匠」である。

今年の春号から始まったこのコラム、第一回で取り上げたのが江戸友禅の大彦。第二回の夏号では高級友禅のメーカー問屋・北秀、先ごろ発売された秋号は、3年前の春に幕を下ろした東京最後の高級専門問屋・菱一について。各々の店の軌跡を追いつつ、美しいキモノに掲載された品物も交えながら、その時代の彩を今に伝えている。

1998(平成10)年の正月明けに、突然破綻してしまった北秀。そして令和が始まる直前、役割を果たしたかのように、静かに終焉を迎えた菱一。どちらもバイク呉服屋にとっては、思い入れの深い、そして無くてはならない仕入れ先であった。このキモノ回想録を読むと、それは自分の呉服屋生活とも重なり、とても感慨深いものがある。

 

9月になったので、棚は薄物から冬モノへと入れ替わる。いわば店の「衣替え」なのだが、ここでは、夏の間仕舞っておいた冬物の状態を確認し、折れた値札・呉服札があれば新しく付け直す。一点ずつ品物を見直すと、改めて仕入れた時のことを思い出す。

この中には、菱一の品物もまだ少なからず残っていて、僅かではあるが北秀の品物もある。菱一が店を閉めたのは3年前なので、未だに残るのも判るが、北秀の廃業は24年も前である。つまり、今店にある北秀の品物は、四半世紀以上も売れなかったことになる。訪問着や黒・色留袖、さらに絽の黒留袖など、フォーマルモノばかり5、6点が残るが、果たして店を閉じるまでに、見初める方が現れるだろうか。

そんな気持ちを抱きながら、一昨日、薄物から秋モノへと品物を入れ替え終えた。ブログでは、これまで何回か衣替えの模様をご紹介しているが、今年も、新しく仕入れたニューフェイスと、少し棚の留守番が長くなったベテランを取り合わせながら、秋姿を作ってみたので、今日はこれから、季節を動かした店内の様子をご案内してみよう。

 

軒先をライトで照らした夕方の店先。店はアーケード内にあり、夜でも暗さを感じないので、このように、煌々とした光でウインドを明るくすることは、あまりない。

 

薄物から秋モノへと品物を入れ替えた時には、すっきりとした姿でウインドを飾ることを、心がける。夏の間は、浴衣や紅梅、縮など綿麻のカジュアルモノが商いの中心になるので、どうしても沢山の品物を店先に並べることになる。季節が変わり、品物の質が変わったことを印象付けるためにも、前に出す品物は少ないほうが良い。

バイク呉服屋の商いの中心は、季節を問わずにカジュアルモノ。秋モノに変われば、小紋や紬、そして染織両方の名古屋帯が中心。なので、ディスプレイに使う道具は撞木が中心になり、キモノの形になっている絵羽モノ(振袖や留袖類)を飾る道具・衣桁は、一本しか使わない。普段店内に飾るフォーマルモノは、この衣桁に掛ける一点だけで、振袖など年に数度しか出すことが無い。

うちに来られている常連さんでも、振袖が飾ってあるのを見たことが無いという方がほとんど。中には、在庫で振袖を持っていないか、扱っていないと思っている方もいるかも知れない。多くの呉服屋ではメイン商材となる振袖が、バイク呉服屋では、一番縁遠い品物なのだ。では、カジュアル中心の呉服屋は、どのように店内の季節を変えたのか、元の夏姿と変えた秋姿、双方の画像をご覧頂くことにしよう。

 

メインウインドは、撞木にかけた三点。左から、鴇色立涌文様・お召(今河織物)、白浅緑色モリスカーネーション模様・九寸織名古屋帯(紫紘)、深緑色唐花模様・小紋(千切屋)。小物は、ピンクドット模様・内記組帯〆(中村正)と桜桃グレー・波暈し帯揚げ(今河織物)。

秋と言えどもまだ暑さが残る季節なので、単衣にも向く淡いピンクのお召を飾ってみた。合わせた紫紘の名古屋帯は、浅い緑色とごく薄いピンクの可愛いカーネーション模様。欧風庭園を想起させるモダンな織姿は、ウイリアムモリスのデザインに題材を得たもの。一番右の深緑地色小紋は、モチーフが大きめの唐草だが、挿し色は淡く、優しい仕上がりになっている。キモノばかりでなく、羽織として使っても良さそうな意匠。小物の色は、お召に合わせることを考えて、帯〆帯揚げ共にピンクが基調。

今夏最後の、薄物ウインド。左から、ローズピンク色桔梗模様・絽付下げ(菱一)、ピンクベージュまだら暈し・絽綴れ八寸名古屋帯(川島織物)、水色青楓模様・絽小紋(千切屋)、白地市松幾何学模様・型絵染九寸名古屋帯(トキワ商事)、微塵鱗文様・絹麻紅梅(新粋染)、鉄紺と芥子色・琉球ミンサー綿半巾帯(祝嶺恭子)。小物は、橙色・レース組帯〆と橙色撫子・絽飛絞り帯揚げ(共に加藤萬)。

浴衣を奨める時期はとうに過ぎているので、絽の付下げや飛柄小紋など、少しフォーマルっぽい染モノをメインにして、ウインドを構成していた。夏モノに合わせた絽綴れや絽型絵染帯は、単衣にも使うことが出来るので、まだこれから少し出番がある。

店の入り口横の小ウインドは、希少品になったウールポーラ。薄ベージュ色十字小絣・混紡シルクウールポーラ(桃山民藝)。毛65%絹35%の混紡で、ざっくりとした生地感を持つポーラは、価格も安く手入れも簡単なことから、単衣時期のお稽古着として重宝する。桃山ポーラはすでに製造が終わっており、うちで持っているのも残り二反。

 

店内中央の飾り台には、単衣に向きそうな飛柄小紋とそれに見合う名古屋帯を置く。空色変わり縮緬糸瓜模様・飛柄加工小紋(千切屋治兵衛)、白地デイジー模様・九寸織名古屋帯(川島織物)、山吹色冠帯〆(翠嵐工房)。

店の入り口にある台の品物は目立つので、旬を感じさせる品物を置く。縦にスジが入る変わりちりめん生地の小紋。唐花に見えるモチーフは、珍しいヘチマの花。このように、模様の色を手で挿した小紋は、加工着尺と呼んで他の小紋とすみ分けられている。帯のモチーフ・デイジーは、和名ではヒナギクになるが、川島はこのヨーロッパ原産の花を、唐花っぽく織り出している。水色のキモノに白い帯の組み合わせは、やはり爽やか。山吹色の小田巻房帯〆を使って、若々しくまとめてみた。

夏の間、飾り台と壁際の撞木には、各種の浴衣と絹や麻・木綿の半巾帯を置く。また、ウインドの背中合わせにも台を置いて、浴衣を積み重ねる。シーズン始まりには、四段重ねに置いた浴衣も、一段減って三段になっている。今年は、浴衣に少し動きがあったものの、コロナ前とでは比較にならないほど少ない。売れたのは、紺に白抜き、あるいは白に紺抜きの色の入らない浴衣。好まれた模様も団扇とか萩、流水などをシンプルにあしらったものばかりで、お客様の意識の中に、伝統的な浴衣への回帰が伺えた。

浴衣を外した壁際の五本の撞木には、オーソドックスな小紋と名古屋帯を掛ける。左から、クリーム色七宝文・飛柄小紋(一文)、濃蜜柑色樹下双鳥文・刺繍九寸名古屋帯(貴久樹)、墨グレー色雪輪文・飛柄小紋(千切屋治兵衛)、白地正倉院花文・九寸織名古屋帯(みやこ織物)、薄桜色小花の丸文・刺繍飛柄小紋(一文)。

オーソドックスな七宝や雪輪、花の丸をモチーフにした小紋は、秋限定ではなく、袷のシーズンを通して使える意匠。鮮やかな蜜柑色の帯は、それだけでも目立つが、木の下に寄り添う二羽の鳥模様も可愛い。このように、大樹の下で対称に配置される鳥や動物(象や鹿・羊など)の文様は、ササン朝ペルシャに起源を持つ伝来の天平図案。正倉院宝物の中には、この文様をあしらった品物が何点か見られる。またみやこ織物の白地帯も、蓮の花をデザイン化した正倉院的な花文が織り込まれている。

 

壁の撞木の向かい側にある吊りケース。三つ並ぶ棚の中には、それぞれ雰囲気の違う紬と帯を組合わせて飾る。左のケースから、薄ピンクストライプ・横双大島(伊集院リキ商店)と白地唐花文・型捺染石下紬帯(奥順)、藍地横段縞・横双大島(伊集院リキ商店)と白地クローバー模様・型絵染紬染帯(岡田その子)、藍色格子・真綿紬(米沢・新田)とクリーム色格子模様・紙布八寸帯(米沢・粟野商事)

飾った横双大島はピンク縦縞と藍横縞で、縞でも異なる印象を持つが、そこに個性的な帯を合わせることで、より面白いカジュアル姿になる。特に型絵染作家・岡田その子のクローバー帯は、インパクトが強い。白い紬地に、黒とグレーのモノトーン配色が効果的。真紅や山吹色の帯〆を使うと、なお楽しくなりそう。右端は、キモノも帯も米沢の織物。米沢織の老舗・新田の紬色は、どれも優しい。合わせた帯は、緯糸に和紙を使う面白いもの。ペタル(フランス語で花弁)と名付けた格子模様が、なかなかモダン。

吊り棚に飾った最後の薄物は、小千谷縮。三点とも縞柄で、合わせた帯三点も同じ竺仙の型染麻帯。夏のカジュアル着として最もポピュラーな小千谷縮は、今年も何人かのお客様に、「はじめての夏キモノ」として誂えて頂いた。こうした気軽な薄モノを、毎年コンスタントに扱いたいと思う。

最後にご覧頂くのは、店内に飾った唯一のフォーマルモノ。キモノ・薄鼠色 光琳菊に秋草模様・京友禅訪問着(よねはら)、帯・黒地 桧垣取丸文秋草・袋帯(紫紘)

優しい薄鼠地色にあしらわれたのが光琳菊に秋草という、典型的な秋意匠の訪問着。単衣として装っても良さげな風情を醸し出している。キモノがおとなしいので、重厚な帯でフォーマル度を深めてみた。桧垣の模様取りに狂言の丸という、いかにも紫紘らしい古典図案。一緒にあしらわれている花が、菊や桔梗、女郎花など秋草ばかりなので、この訪問着と合わせれば、自然に秋の装いとなる。

 

こうして今年も衣替えが終わり、秋のキモノシーズンを迎える準備が整った。昨年も同じ時期に模様替えの様子をブログでご紹介したが、その時の稿の結びとして、コロナ収束の願いを書いている。そして、「マスクと消毒液が必要なうちは、需要は回復するまい」とも述べているが、その念は、一年経った今も全く変わらない。

ただこれまでと違うのは、自粛するのではなく、対策を立てながら共存することが、生活様式の基本と考えていることで、それだけでも少し気持ちが晴れるような気がする。心に余裕が無ければ、和の装いには関心が向くはずはない。コロナ前には戻らないまでも、キモノに楽しみを見つけて頂く方が僅かでも増えることを、心より願っている。

 

三年前に店を閉じた菱一の品物は、振袖や留袖のような晴れの場に装うフォーマル品から、気軽なカジュアル着として使う小紋や紬まで、まだ幅広く店の棚に残っています。その数は、20点以上あるでしょうか。「キモノを創る」を社是とし、しかもこの業界には珍しく、東京に足場を置いていたメーカー問屋でしたので、「江戸好み」と呼べるような小粋さや、都会的な洗練されたセンスを感じさせる品物を数多く作りました。

菱一や北秀のような、最後まで質にこだわりを持ち続けた問屋は、もう現れることはないでしょう。呉服業が隆盛を極めた時代だからこそ、存在出来たとも言えるでしょうが、こうした作り手の品物を扱えたことこそが、呉服屋冥利に尽きるとも言えましょう。縁あって店に残された品物は、最後の一反まで、丁寧に売っていこうと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

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