バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

8月のコーディネート  個性的な染帯で、晩夏の街歩きを楽しむ

2022.08 21

お中元は、個人はごく親しい人や親戚に、そして企業は大切な顧客や取引先に対して贈る・夏の贈り物。若い人の間では、かなりこの習慣が薄らいでいると言われるが、時期が来れば、多くのデパートに専門のコーナーが設けられるところを見ると、まだこの風習は、社会に根強く残っているように思える。

では何故、この夏の贈り物を「お中元」と呼ぶのだろうか。実はこの「中元」というのは、中国三大宗教の一つ・道教における暦日に端を発している。道教には、季節の節目に行う年中行事・三元(さんげん)がある。これが、上元・中元・下元に分かれていて、それぞれ旧暦の1月15日・7月15日・10月15日に執り行われていた。

雑節(季節の節目)に当たる三つの日にはそれぞれ意味があり、司る道教の神が異なる。上元を担当するのは賜福大帝で、幸福を与える神。日本の小正月に当たるこの日は、中国では元宵節(げんしょうせつ)として、夜は灯籠(提灯)を灯して祝事が行われる。七月の中元を司る赦罪大帝は、罪を赦す神。死者の罪を赦すことを願うこの日は、一日中火を焚いて神を祝う習慣がある。また下元は、厄払いの神・解厄大帝により、経典を読んで災いを逃れる日とされている。

 

道教の中元・旧暦7月15日は、仏教の盂蘭盆会(うらぼんえ)にも当たる。仏教ではこの日を、祖先の霊を供養する日とするが、これが道教における死者の贖罪の日と融合して、現在に至っている。つまり執り行われるお盆の行事は、道教と仏教が習合(しゅうごう・教義の融合)して、成立したものと見ることが出来るのだ。

お盆=中元には、先祖の霊を敬うために様々な供え物をするが、江戸時代には、この供物が世話になった人に贈る品物へと転じていく。だから、この時期の贈り物を「お中元」と呼ぶようになったのである。盆の供えは、五供(ごく)のお香・花・灯明・浄水・飲食(食べ物)であるが、実はこれが、夏の贈り物の基なのだ。たださすがに、「お供物」として贈る訳には行かなかったので、中元と名付けたのであろう。

 

さて盆休みが終わると、そろそろ夏の終わりを意識する。暦の上では、すでに秋になっている。なので、毎年8月のコーディネートでご紹介する品物は、何となく時期外れの感が強くなってしまう。だがここ数年の気候を考えれば、9月半ばまでなら、まだ薄物が優先されるように思える。そんなことを思いつつ、今日は個性的な染帯で楽しむ装いを試してみよう。皆様にはゆく夏を惜しみながら、薄物の涼やかさを感じて頂きたい。

 

(白地 市松幾何学模様・夏紬型絵染帯  黒地 向日葵模様・絽友禅染帯)

和装に関わるアイテムの中で、最も作り手の個性が発揮されやすいのが、染帯だろう。このアイテムの着用シーンは当然カジュアルの場であり、自由な発想で意匠を起こすことが出来る。旬の草花を使った図案で季節感を前面に出すことも、染帯ならば容易だ。これが同じ名古屋帯でも織帯になると、そうは行かなくなる。紋図を起こした上で糸を用意して織りなす帯は、採算上一本だけを織ることはない。織帯はメーカーが多くの工程を経て製織するが、染帯は個人主体でも作ることが出来る。この根本的な製作過程の違いが、帯の個性にも如実に現れる。

一口に染帯と言っても製作方法は異なり、作り手が意図する意匠によっても、あしらい方は変わってくる。糸目糊を置いて彩色する手描き友禅や、紅型に代表されるような型絵染、また刺繍や絞りの技法を多彩に駆使するものなど、その作り方は多種多様である。従って、たとえ同じモチーフであっても、描く技法を変えれば模様の表情は変わり、当然雰囲気も違ってくる。製作過程における自由度の高さが、染帯の魅力の源泉になっているとも言えるだろう。

 

そんな染帯の中で、夏モノは一段と個性的な意匠に走りやすい。何故ならば、着用の時期が限定されているだけに、モチーフにはおのずと旬が求められるからだ。地色や挿し色には、ごく自然に涼やかさや爽やかさが意識され、図案もまたごく自然に、夏を類推させるものが選ばれる。季節限定で使う帯だからこそ、思い切り季節にこだわることが出来るのである。

今回取り上げる二点の夏染帯も、そんなコンセプトの下で製作されたもの。手描き友禅、型絵染と製作方法が異なり、表現された図案も、写実的な植物文、デザイン化された幾何学文と対照的。だがどちらも、一目で夏を感じさせる個性的な帯である。では、各々の帯にどのようなキモノを合わせれば、その図案が生かされてくるのか。今日は、夏の気軽なカジュアルキモノの代表格・小千谷縮を使って試すことにしよう。

 

(黒地 向日葵模様 絽友禅染帯・一文)

夏の眩しい陽射しを受けて、立ち上がった茎の上に付ける太陽のような大輪の黄色い花。向日葵ほど、夏をイメージさせる花はないだろう。見る人を元気にさせる明るく大きな花弁が、夏空に向かって、どうだと言わんばかりに胸を張っているように見える。向日葵は「日廻り」とも呼ばれるが、これは花の成長期に、太陽の移動と共に花の向きが変わることから名づけられた。「向日=日に向かう」とは、まさに太陽に向かって成長する花という意味である。

夏の代表花・向日葵だが、キモノや帯のモチーフになることは案外少ない。最も多く使われるのは浴衣で、大きくインパクトのある花が、夏姿を印象付ける。だが、あまりにも花姿が特徴的なために、他のアイテムではかえって使い難い。実際のところ、浴衣以外では向日葵をほとんど見かけない。

帯巾一杯に描かれている大輪の向日葵。花弁一枚ごとに糸目を引き、暈しを駆使しながら丁寧に色を挿している。リアルな花姿を忠実に描く、写実的な友禅染帯。

この帯の面白いところは、向日葵をより印象付けるために、地色に黒を使っているところ。黒と黄色の組み合わせは、人の目を惹くことにかけては最強で、このお太鼓姿は遠目からも目立つ。帯でもキモノでも、「薄物に黒地を使うのはどうか」と思われるかもしれないが、実は「夏だからこそ黒」との考え方もある。例えば黒紋紗のキモノなどは、下の襦袢を透けさせることで、紗の紋織図案が着姿から浮き立ち、見る者に涼やかさを感じさせる。また、一般的に薄物の地色は、薄地を使うことが多いことから、帯に黒地を使うと、キリリと引き締まった夏の着姿になる。

前姿も、図案は向日葵の花だけ。染帯でも、特にこのような手描き友禅の場合は、ほぼお太鼓と前だけに模様を描く「太鼓柄」に限定される。描く手間を考えれば、通し柄は作り難い。そして描く箇所の少ない太鼓柄だからこそコストも下がり、価格も求めやすいものになるのだ。

では、夏姿として目立つことこの上ないこの向日葵帯には、どのようなキモノを合わせれば良いのか。小千谷縮の中から、探してみよう。

 

(ベージュ地 よろけ細縞 小千谷縮・小千谷 吉新織物)

遠目では無地に見えるような、細縞の小千谷縮。地色はクリームで、芥子色と緑の縞がランダムに入る。縞そのものも不規則で、自然によろけたスジで織り出されている。縞が細かいので地味に見えるが、緑の縞がアクセントになっている。向日葵の黄色には、やはりベージュや芥子を使った黄色系のキモノが合わせやすいように思われるが、どうだろうか。

配色を見ると、向日葵の中心にある蕾の黄土色と葉の緑色が、二色の縞色とリンクしている。帯の黒地から向日葵の花が浮き立つように見えるが、キモノに細い縞が付いていることで、帯の柄行きが少し抑えられているように思える。もしキモノが白地だったり、あるいは無地モノだったりすれば、向日葵だけが強調される着姿になってしまう。

ワンポイントの向日葵が、キモノの前姿を印象付ける。こうして拡大して見ると、僅かに付くキモノのベージュ地色や二色の細縞が、着姿のバランスを考える上で、重要な役割を果たしているように思える。

向日葵の色とリンクした、白と黄色、黄緑を交互に組み込んだ冠組の帯〆を使って、爽やかな姿を演出させる。黒地なので、ビビッドな黄無地の帯〆で、全体を引き締める手もあるだろうか。いずれにせよ、小物の色は黄か緑色系を使うとまとまりやすい。   (帯〆・井上工房 帯揚げ・加藤萬)

 

(白地 市松割付け幾何学模様 夏紬型絵染帯・トキワ商事)

色からキモノの夏姿を考えると、どうしても寒色系の淡い色が中心になってしまう。それは、涼やかさや爽やかさが、着姿のテーマとして据えられるからである。青系では水色、緑系では青磁色が定番で、澄んだミントカラーのイメージが、着る人にも姿を見る人にも、夏らしい姿を印象付ける。特に小紋や無地、付下げなどの染モノは、どうしても薄い地色に偏ってしまうが、これも致し方のないところであろう。

向日葵は手描きの染帯だったが、こちらは型を起こして染め付けた、いわゆる型絵染帯。模様付けも、前と太鼓だけに模様のある太鼓柄ではなく、模様が連続する通し柄になっている。型紙を使っているので、追加で同じものを染めることも出来る。

図案は、波や格子、あるいは菱文を基礎とする幾何学的なデザインで、その一つ一つを四角に切り取って模様にしている。またこの図案と、水色と青磁色に染めた無地部分を交互にあしらい、全体が市松模様になるように割り付けている。幾何学模様の配色も、淡いパステルカラーが中心で、全体の色のイメージがミント系で統一されている。

生地を拡大すると、所々に織りの表情が見える。絽や紗ではなく、夏の紬地を使っているので、透け感が少ない。クセの無い幾何学図案だけに、模様そのものにインパクトがない。だが、この帯のポイントは色のイメージ。帯から受ける色の印象が、着姿の全てと言っても良いだろう。模様に存在感を求めた向日葵とは、極めて対照的な意匠。

では、このミント帯の爽やかさを生かし、より涼やかさを感じさせる着姿となるキモノは何か。こちらも、小千谷縮から探すことにしよう。

 

(青磁色 無地 小千谷縮・小千谷 杉山織物)

地色を青磁色としたが、若草色にも近い明るい色。帯合わせが自在な小千谷の無地モノは、夏のカジュアルモノとして、最も扱いやすいアイテムの一つ。最近こそ、赤やピンクなど夏らしからぬ色の小千谷縮を見ることがあるが、基本はやはりミント系の淡い色になる。これは売れ筋商品の一つに数えられ、呉服屋の夏の店先には欠かすことの出来ない品物。

キモノと帯双方とも、受ける色のイメージは同じ。先述したように、色を着姿の主眼に置くとすれば、キモノも帯も同じ色の気配が必要になる。帯模様が密な市松割付けになっているので、キモノを無地にすると、爽やかな色でまとまるこの図案が、一段と爽やかになる。

淡々とした色の組み合わせが、着姿から優しさをイメージさせる。そしてそれは、涼やかさや爽やかさと同時に、楚々とした上品さをも感じさせる姿になる。こうして前姿を見ると、帯の幾何学市松が、単調な淡色に少しだけ変化を付けている。

帯揚げに蛍光的な浅葱色を使って、少しだけ前姿にアクセントを付ける。帯〆は水色と白のレース組で、夏らしく。(絽帯揚げ・レース組帯〆 共に加藤萬)

 

今日は、個性的な染帯と小千谷縮を使って、夏のカジュアルコーディネートを試してみたが、色にも模様にも、今の季節に限定されたものが幾つもある。これをどのように組み合わせて、目指す夏姿にするのか。様々に考えることも、着用する方の楽しみであろう。すでに薄物を装う時間は、残り少なくなってきたが、ぜひ皆様にも、夏らしい模様や色で、自分らしい着姿を楽しんで頂けたらと思う。

最後に、今日ご覧頂いた品物を、もう一度どうぞ。

 

お盆休みが終わると、すぐに秋の気配となり、そして知らず知らずのうちに、年の終わりが近づくような気がします。年齢を重ねるごとに、一年が本当に短く感じますね。「歳月人を待たず」とは良く言ったもので、それが実感出来るようになってきました。

不穏なことばかりの昨今ですが、私の仕事は世の中と関わりなく、お客様から求められる依頼に淡々と答えていくだけ。今年も残り三か月、時間を大切にしながら、自分の仕事が全うできるように頑張りたいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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