バイク呉服屋の忙しい日々

その他

2021年 丑年の年頭にあたり

2021.01 07

あけましておめでとうございます。今年も年明けはゆっくりと休ませて頂きましたので、七草の節句・人日の7日が、仕事始めとなりました。このブログも9年目を迎えますが、これまでと変わることなく、様々な情報を読者の皆様に提供出来るよう、頑張って書いていくつもりですので、本年もお付き合いのほど、よろしくお願い致します。

 

さて、新しい年が明けたものの、世の中はコロナウイルス感染の拡大が全く止まらず、ついに首都圏では、再び緊急事態を宣言せざるを得ない状況にまで、追い込まれてしまいました。欧州の一部の国やアメリカでは、徐々にワクチン投与が始まりましたが、日本ではまだまだ先のことで、しばらくはこれまでの感染対策をしっかりと継続していく以外に、方策は見つからないでしょう。

首都圏に出される今回の緊急事態宣言は、来週予定されていた各自治体主催の成人式典を直撃し、その多くが中止または延期になってしまいました。山梨のような、あまり感染者を出していない県でも、首都圏の大学に通う新成人が多く、ウイルスを持ち込むことが憂慮されるなどの理由から、甲府を始めとする自治体で式を中止にしました。

かなり前から準備をされ、和装で式典に臨むことを楽しみにされていた新成人や親御さんにとっては、何ともやりきれないことになってしまい、どのように慰めの言葉をかけて良いのかもわかりません。本当に不運としか言いようのない出来事です。けれども、未婚の第一礼装・振袖は、成人式だけに着用する品物ではなく、また式典が開催されなくても、成人を祝うことはいくらでも出来るように思います。また近いうちに、この成人式典の新しいあり方については、お話させて頂く予定です。

 

波乱の年明けとなり、全く先は見えない現状ですが、この状況下にあって、呉服屋として一年どのように仕事に臨んでいくのか、その心構えの一端を、今日はお話してみましょう。とりとめのない話になるかと思いますが、どうかお許しのほどを。

 

年初めのウインド。松模様の小紋・四君子文黒地名古屋帯・湯本エリ子の松葉染帯。

人間や動物には、外の世界を認識するための感覚機能が備わっている。すなわちそれが、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚の五感。人は、見ること、聴くこと、触れること、味わうこと、匂いを嗅ぐことで、様々なことを見分け、その上に立って物事を理解し、判断しながら生活をする。もしこの感覚が一つでも欠けてしまうと、途端に生き難くなることは、誰でも容易に想像出来よう。

しかし昨年、未知なるウイルス感染症が蔓延すると、最大の防御策として、密閉空間を避けると同時に、人と密集せず、出来る限り密接な交流を避けることを選んだ。いわゆる「三密の回避」である。これにより、これまで当たり前とされてきた日常が一変する。つまりは、生きる基礎にしてきた五感を、これまでのように自由に使うことが不可能になったのだ。

だが同時に人は、対応策として「新しい生活様式」を提案する。つまりそれは、誰とも会うことなく仕事をし、学び、生活する手段。現代の魔法の杖・インターネットを使ったリモートワークやオンライン授業が、生活の中心に躍り出たのである。すでにコミュニケーションの手段として、人間社会の要となっていたこのIT機能が、このコロナ禍において、人が生きるためには欠かせない道具として、強く再認識されることになった。

 

けれども、オンラインで代行が可能な「人間の認識機能」は、視覚と聴覚だけである。匂いや味は判らず、触れることが出来ないので、リアルな温もりなど判りようも無い。要するに、ネットの操作で得られることは、言語化出来た情報のみであり、人がその場にいなければ感じえない感覚機能は、何一つ満たすことが出来ないことになる。

もちろん、最近の仕事の多くが、リアルな現場を踏まず、パソコンの画面上で成立していることは承知している。それはこのコロナ禍にあって、多くの企業でリモートワークが推奨され、また会社に行かずとも十分仕事が成り立っていることからも、理解できる。けれども仕事の中には、いや人間が生きる上においては、どうしても触れたり同じ匂いを嗅いだりして、五感を共有しなければならないことが沢山ある。それは、生身の人間だからこそ感じる、オンラインの限界とでも言うべきだろうか。

 

相も変わらず、バイク呉服屋好みのパステル色で彩られた店内の品物。

こうした中で、呉服屋の仕事は、どのように位置付けられるだろうか。最近ではネット販売に力を入れる専門店も多くなり、リサイクル販売や個人売買のほとんどが、ネットを中心に仕事をしている。消費者も、店と余計な関りをせずとも品物を手に入れることが出来るので、確実に利用者が増えている。コロナ禍においては、呉服に限らずとも、オンラインで品物を購入する人が飛躍的に増えており、リアル店舗の存在感は薄くなる一方である。

だが、先にお話したように、視覚と聴覚に限定されるネットでは、限界も見えてくる。そして、たとえ視覚に訴えるツールだとしても、キモノや帯に見られる微妙な色合いや、繊細に描かれたり織り込まれたりする図案は、いくら画像を上手く写したところで、本当の姿は見えてこない。それこそ、リアルに見ることでしか得られない品物の情報が、そこにある。だから売り手が、消費者に品物の本当を伝えようとするならば、ネットに掲載する画像は端緒に過ぎず、実際に見て触れて頂くことより方策は無い。

 

そして大切なことは、リアルな品物の情報ばかりではない。それは、売る側にとって、求めようとされている方の情報も必要ということ。品物に関心を持たれている方が、どのような場面で着用するのか。またどのようなキモノや帯に合わせようと考えているのか。様々なことをお聞きし、それを情報としながら、品物を勧めていく。実際の品物を挟んで、お客様の目の前でお話ししなければ理解を得られないことが、沢山ある。他の店や人がどのようにお考えになるのかは自由だが、少なくともバイク呉服屋には、「リモート販売」はもとより、「リモート接客」も出来はしない。

そして、モノを売買する以上に、直しモノを預かるケースでは、なおリモートは難しい。直し依頼の品物はその内容が千差万別であり、それこそ依頼者のお客様と膝を詰めながら話をする必要が生じる。お互いに納得した上でどのように直すか、その再生の姿を描けなければ、決して手を付けることが出来ないのが、悉皆という仕事である。

 

入口脇の小ウインドには、米沢・野々花工房の草木紬を飾る。染料は、左のブルー地が藍、右のベージュ地が栗。森健持の辻が花と湯本エリ子の蘭リーフの染帯を合わせて。

私はこれまでも、自分の仕事の進め方として、「お客様と向き合うこと」を、何より大切にしてきた。このブログを通してでも、品物を求められた方、直しを依頼された方、そのいずれにおいても、必ずお会いしてお話を伺った上で、仕事をさせて頂いてきた。それはたとえ、その方が遠方にお住まいでも同様であった。

これは全く効率的ではなく、お客さまの立場からすれば大変面倒なことで、迷惑をかけているだろう。けれども、私は変えたくない。いや、変えられない。それは、人との接触を極力避ける、今のコロナ禍においてもだ。

 

では何故、リアルに会うことに固執するのか。それは呉服屋の商いには、何より人と人の間の信頼関係が大切で、それを築かないことには、どうにも仕事を前に進められないと、私自身が確信しているから。

人が相手から得られる情報において、画像や言葉はほんの一部に過ぎず、それだけでは不完全だろう。ニュアンスとか、雰囲気とか、会うことでしか得られない感触が、言語化された情報の上に加味されないことには、物事の本質は決して見極められまい。そう信じてやまないからこそ、何より「会うこと」に重きを置くのである。これは呉服屋としての仕事云々というより、私が自分で決めた「人と接するルール」に基づくことなのかも知れない。

今までも世間の流れには、背を向けた仕事のやり方だった。そしてこのコロナ禍のリモート社会により、逆行の度合いはいっそう酷くなった。それでもなお、「リアル」なことに最も価値を置くことは何ら変わらない。もちろん、感染が収束しない今は、人と会う限りにおいて、感染対策に万全を期す。その上で今年も、多くの方にお会いして、キモノや帯の話を楽しく語り合いたいと思う。たとえ、世間から不要不急と見なされようとも、和装が人々の潤いになると信じて、毎日の仕事を続けていきたい。

 

今、人とコンタクトを取ることは、簡単に出来るでしょう。それは、インターネットや携帯電話という「人を結びつける便利なツール」を持たない人が、ほとんどいないからです。しかし、リアルに人に会うとなると、本当に難しくなってしまいました。

けれどもよく考えてみれば、ネットや携帯が登場したのは、つい最近のこと。昭和の時代には、こんな社会のありようは、誰にも想像が付きませんでした。けれども不便だったにも関わらず、人と人の結びつきは、今よりずっと濃密だった気がします。

その原動力になっていたのは、「会えない時間の共有」かと思います。簡単に会うことは出来ず、連絡もとり難い。だからこそ、相手のことを想像したり慮ったりします。この「人を想う時間」こそが、気持ちを膨らませ、距離を縮めることに繋がっていたのではないでしょうか。今年は、便利さや効率性重視の陰で、置き忘れてきたことに、もう一度思いを寄せつつ、厳しい状況下にあっても、前向きに頑張っていきたいと思っています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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