バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

昭和の加賀友禅(5) 成竹登茂男・桜色暈し 椿梅早春文様振袖

2018.04 02

「松木さん、うちの孫を説得して下さいな」。突然先月上旬、古いお客様から、こんな電話を頂いた。この方とは、このところ10年以上はご無沙汰になっていたが、以前は娘さんの振袖など、フォーマルモノを中心に、上質な品物を求めて頂いていた。

バイク呉服屋は、積極的な営業活動を仕掛ける訳ではないので、お客様から声が掛からなければ、ついぞご無沙汰になってしまう。また、振袖に関しては、他の呉服屋のように、パンフレットや案内状を送りつけることなど、何もしていないし、展示会も無い。だから、昔付き合いのあった方でも、現在の家族構成はわからず、この方のような馴染みのお客様でも、孫娘さんが存在することを、知り得ない。

 

けれども、ひと世代前に、上質な振袖を求められた方で、着用される娘さん・お孫さんがおられる場合には、必ずといって良いほど連絡が入る。もちろん、手持ちの品物を直し、改めて使う相談である。

私も、現在振袖に関わる仕事は、「ほぼ直すこと」と弁えているので、慣れている。とりあえず、着用されるお嬢さんと一緒に品物を持参して頂き、振袖・長襦袢・小物類の状態を見せてもらう。それと同時に、娘さんの寸法を測り、直しが必要か判断する。

保管状態が良ければ、手入れの手間も少なくて済み、娘さんと母親の寸法が似ていれば、全て品物を解くような、大仰な仕立直しをする必要も無くなる。最近は、身長は同じくらいでも、裄の長さが違うことが多いが、この場合は、袖付と肩付だけを解き、前の縫い跡を消して、寸法を直す。これだけなら、直し代は数千円で済む。

 

さて、「説得する」とは、どういうことか。よく話を聞いてみると、手元にある振袖一式を孫娘に見せたところ、「何だか昔っぽくて嫌だ」と、良い顔をしなかったそうだ。理由は、配色と模様が大人しく、単純に絵を描いたみたいとのこと。帯の色も、ほとんど見かけない鮮やかな緑色で、こんなの見たこと無いと、かなり不評だったらしい。

おそらくお孫さんは、毎日のように送り付けられてくる、振袖のパンフレットやカタログの類に掲載されている品物を見て、「今の品物との違い」を敏感に感じ、手元にある一式を、古くさいと思ったのだろう。そしてこれを、「現在の流行ではない」と、考えたのかも知れない。

 

そこでこの方に、「とにかく品物を持ちながら、お孫さんを店に連れてきて欲しい」と、お願いした。まず一度、本人に着せ付けてから、この振袖一式がどんな品物であるか、説明する。こんな時は、着た感じを自分で確認することが、何より大切だからだ。

その上で、品物を一つずつ説明する。どのように作られ、どのような質のモノなのか。今流行の振袖や帯と、どんな違いがあるか。また、何故このようなコーディネートがなされているか。

無論、二十歳のお孫さんには、私の話は難しく、簡単には理解されないだろう。しかし、質の良さを判って頂くという「熱意」は、心に届く。そして、話を聞きながら、改めて自分の着姿を見た時には、品物に対して、今までに無かった視点が生まれる。

 

そして、あれこれと話をさせて頂いているうちに、お孫さんの心が動き、この一組の振袖を使うことに納得された。

今日は、問題になったこの振袖を、皆様にご紹介しよう。品物をご覧頂けば、バイク呉服屋がムキになって、「この品物を使わない手は無い」と説得したことを、判って頂けるように思う。

 

(桜色暈し 椿梅早春文様 加賀友禅振袖・成竹登竹男  甲府市・M様所有)

これまでも、何回かブログの中で登場している、加賀友禅作家・成竹登茂男の手による振袖。成竹氏が得意とする椿と梅をモチーフに取り、あくまで優しく写実的に描いた逸品である。

この娘さんが話すように、確かにこれは「単純に絵を描いたような品物」であり、加賀友禅とは何たるものかを知らなければ、そんな印象を持ってしまうだろう。また、送りつけられてくるカタログの中の、インクジェット振袖だけを見ていれば、違和感を覚えることも、理解出来る。

成竹登茂男の作風は、加賀友禅の中でも特に写実性が高く、描く模様は、まるで一幅の日本画のように見える。その彩色も、加賀五彩を基本として、あくまで上品で繊細。花や枝葉の暈しも、一つ一つが異なり、丁寧な手仕事が伺える。

品物の価値が、どこに置かれているのかを知らなければ、質の判断は出来ない。だがそれは、作り手の仕事を説明していくことで、理解が生まれる。若い方は、それまで「ホンモノ」に出会ったことが無いのだから、質を弁えて品物を見ることは、出来なくて当たり前である。

 

地色は、はんなりとした優しい桜色。袖下や裾など、所々に僅かな濃淡を入れて、暈かしてある。成竹氏が描く振袖の一つのパターンでもある、紅白椿と梅花の組み合わせが、この作品にも見える。これまで同氏の振袖を、このブログで二点ご紹介したが、図案の雰囲気はいずれも似ている。後で比較してみよう。

 

模様の中心・上前身頃にあしらわれた、紅白の椿。成竹氏が振袖に挿す赤は、真紅と呼ぶのに相応しい強い色。それは、この花を模様の中心と決めて、存在を強く表現する工夫かと思える。そして、一方の白椿は、真紅の椿とは対照的に、楚々とした姿に描く。花弁の開き方も、赤はほぼ完全に開いた姿だが、白は僅かな蕾感を残している。

 

椿と共にあしらわれる梅花は、模様中心から少し上に伸びるように描かれている。図案のメインはあくまでも椿で、梅は脇役を務めている。そんな小さな梅花は、己の特徴を生かした役割を、模様の中で十分に果たしている気がする。

 

茜、白、青暈しに彩られた梅花。模様には、橙色の花も見える。一色で描く花、縁に暈かしを入れて濃淡に描く花、花芯の図案を変えている花など、一つ一つに工夫が見られる。そして、脇役の花と言えども、どこにどんな色の梅花を置けば模様が引き立つのか、作者は推し量って挿している。そのバランスは絶妙と言えよう。

地色とメインの椿の挿し色、そして周りを彩る梅花の色。全てが整っているからこそ、見る者に、この振袖の優美な印象が強く残る。

 

縫や箔を使わず、染の力だけで描く加賀友禅。図案や挿し色には、それぞれの作者の感性が表れ、独特の品の良さや優しい雰囲気を醸し出す。そしてこの作品は、すでに物故してしまった作者のものだけに、なお貴重である。

ではこの作品と、これまでご紹介した二点の振袖を比較して、ご覧頂こう。

 

(橙色暈し・紅白椿に梅文様 2013.6.23)

(桜色暈し・紅白牡丹に尾長鳥文様 2015・3・5)

(今日の品物)

三点を比較した時、最初の橙地暈しの振袖と、今日の振袖の構図がよく似ていることに気付かれると思う。地色と暈しの置き方は違うものの、椿と梅をモチーフとし、枝ぶりや花の位置、挿し色の付け方などは、ほぼ共通している。つまりは、この二点が同時期に作られた、いわば「姉妹作品」となっていることが判る。

加賀友禅には、このように、共通した図案で配色違いの品物が存在する場合がある。地色が変わることで、微妙に挿し色も変わる。それにより、同じパターンでも、少し印象が異なる。

 

(パロットグリーン地色 南蛮唐花文様 袋帯・龍村美術織物)

帯地としては、かなり珍しいビビッドな緑色。鸚鵡の羽を思わせる鮮烈な地色と、大胆な配色の唐花。思わず、ポルトガルとか南フランスをイメージしてしまいそうな帯。このような図案と配色は、龍村でしか生まれないだろう。

この娘さんが、「こんな緑色の帯、見たこともない」と言うのも、無理はない。今、どこを探しても、これほどインパクトのある帯は、そうそう見つかるまい。

 

上品を極める加賀友禅振袖と、目にも鮮やかなモダンな龍村帯の組み合わせは、実に対照的ではあるが、20歳という若さが、その特徴を存分に生かしきって、着こなしてしまう。もちろん、帯地色が白や黒に変わり、図案が七宝や菱文のような古典文様ならば、全く着姿の印象は変わるだろう。

けれども、可憐さと華々しさを融合した、個性的な着姿という点では、これに勝るコーディネートは、なかなか見当たらない。

「女性として、一番輝いている今だからこそ、装える姿がある」。そう伝えると、そこで初めて、娘さんは納得されたようだった。そしておばあちゃんも、ようやく安堵の表情を浮かべた。

 

今年はどういう訳か、振袖に関わる仕事の依頼が多い。いつもなら、年に5.6件なのだが、先月だけで5件を数えた。但しそれは、いつものように、母から娘へと受け継ぐための手直しの仕事であり、お客様が求め直す品物は、ほぼ小物類に限られている。

おそらく今は、ひと世代前に求めて頂いた振袖を、次世代が受け継ぐ時期に当たっているのかも知れない。そして二十数年ぶりに、店に里帰りしてきた品物と対面してみると、改めて質の良さが伺える。

こんな振袖や帯を目の前にすれば、「参りました」と頭を垂れる以外になく、新しい品物を奨めることなど、あり得ない。バイク呉服屋に求められる仕事は、出来る限り良い状態で、次世代の方々に受け継いで頂けるようにするだけである。

そしてこれからは、「若い方を説得する」場面も増えてくるように思う。実はつい先日にも、今回と同様に、お母さんから娘さんの説得を依頼されたケースがあった。この時は、総絞りの振袖で、これまた上質な仕事がしてある。いずれこの品物も、ノスタルジアの稿でご紹介したい。

 

今、カジュアルモノを楽しんでおられる40代前後の方々に、今日の話をしてみると、「私も、若い時には、何も判っていなかった」と口を揃えます。つまりは、このお孫さんと同じだったのです。

そして、質を知り、自分の好むモノを見極めるには、時間が掛かるとも話します。経験を積み、知識を増やすことが、何よりも大切と気付くには、やはり、それ相応の年季が必要なのかも知れません。

キモノや帯に関わることなど、判らなくて当たり前です。若い方に少しでも理解を深めて頂くためには、丹念な説明が呉服屋には求められます。これは、和装への関心を未来にまで繋げるか否かの、一つの分水嶺とも言えましょう。そう心して、仕事に臨まなければなりませんね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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