バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

キモノと長襦袢。双方の袖丈と裄の間にある、寸法の違いとは

2018.03 28

バイク呉服屋は、小学生の頃から太っていた。いわゆる肥満児というヤツだ。この体型は、中学・高校と進むにつれても変わることはなく、高校3年の時には104キロを記録し、この時がこれまでの人生の中で、最重量であった。

しかし、東京で大学生活を始め、後に北海道を往復するようになると、みるみる体重は減り、一時は68キロまで落ちた。原因は、とにもかくにも食糧事情の悪さからである。早く言えば、餌を買う金が無かったということだ。学生時代を通して、75キロを越えることはなく、この頃の体型が一番バランスがとれていたように思う。

結婚して、餌に恵まれるようになると、再び体重は増加に転じ、現在は93キロ前後で固まってしまった。身長が176センチなので、これは十分太りすぎであり、当然メタボ確定。奥さんからは、「私はデブは嫌いです」と常に蔑まれてはいるが、水を飲んでも太る体質故に、どうにもならない。その上、運動不足ときているから、先日のような腰痛も引き起こす。太っていて良いことは一つも無いことは、当事者でも理解出来る。

 

小学生の頃には、太っている子どもが、口の悪い友達から「百貫デブ」と揶揄されることが多いが、百貫がどれくらいの重さなのか、知っている者はほとんどいない。

それもそのはずで、重さの単位に貫を用いた尺貫法は、1958(昭和33)年を限りとして廃止されているので、誰も知りようが無い。重さの単位・一貫は、3.75㎏。ということは、百貫は375キロにもなる。いくらデブでも、こんな体重はあり得ない。けれども、「100キロデブ」と罵るより、「百貫デブ」の方が、何となく口にしやすいために、この言葉が後々まで、慣用句のように残ったのであろう。

戦後になって、長さや重さ、面積や体積・距離など、いわゆる計量法の全てが変わってしまったが、呉服屋の世界では、未だに尺が生き続けている。

久しぶりに今日は、寸法のことをお話しようと思うが、その中で、キモノの長さ単位として、鯨尺の寸・尺を使うことをお許し頂きたい。そこで最初に、簡単にメートル法との比較を述べておくので、参考にされたい。

1尺=37.8cm、1寸=3.78cm。1分=0.378cm。鯨尺単位は10進法で、小さい単位から、厘・分・寸・尺・丈の順。

 

キモノと長襦袢は、それぞれの寸法を合わせて仕立をするが、お客様からは、手持ちの品物の中で、双方の寸法が合っていないという話をよく伺う。キモノと襦袢を同時に誂えている場合には、寸法が狂うことは無いのだが、それぞれを違う店で別々に誂えたり、どちらかが譲り受けたような品物だと、齟齬が生じる。

バイク呉服屋では、初めて品物を求められ、誂えを依頼されたお客様には、その方がすでに使っている長襦袢を、借り受けることがよくある。それは、確実にキモノと襦袢の寸法を合わせるためだ。

 

キモノと違い、長襦袢はおはしょりをせずに対丈(ついたけ、あるいはつったけ)で使う。なので、襦袢の着丈は採寸すれば、その人に合った寸法になる。身巾もキモノの寸法を知らせて置くと、和裁士が割り出して正しい巾に出来る。

問題は、袖丈と裄だ。この箇所は、使用する長襦袢に合わせないと、着姿に不具合が出ることがある。袖丈は、襦袢の方がキモノより長ければ、キモノ袖の中で生地が余る。逆に短すぎると、袖から外に飛び出す。裄も寸法が合っていなければ、袖口やみやつ口から襦袢が覗いてしまう。

つまり、キモノと長襦袢の袖丈・裄の間には、寸法において適正な差が存在することになる。今日は、この点に注目して話を進めてみる。細かいことだが、知っておくとキモノを誂える時、店側に正しい寸法を伝えることが出来ると同時に、手持ちの品物の寸法を揃えておくという意識が、自然に生まれてくる。では、各々の箇所を見ていこう。

 

上の画像は、キモノと襦袢の袖部分を重ね、尺メジャーで測ったところ。このキモノの袖丈寸法は、1尺2寸9分。これに対して襦袢は、1尺2寸7分になっていて、2分の差が付いている。

2分ということは、0.75cm。1cmにも満たない寸法差だが、これで、襦袢袖はキモノ袖の内側でピタリと納まる。キモノと襦袢を全く同じ寸法にせず、ほんの少しだけキモノ生地に余白を残すと、襦袢が自然に袖の中で落ち着く。

家内の着姿で、袖の状態を見てみた。藤色の襦袢が、キモノ袖の中でほぼピッタリ収まっている。これだと襦袢の袖下が動くことは無いだろう。もちろん、このキモノと襦袢の差は2分付いているが、もしこれが5分に広がると、襦袢は外へ飛び出す。そして、襦袢袖丈の方が長ければ、キモノ袖の中で襦袢生地が余り、丸まってしまう。

ほんの数ミリ程度の違いが、着姿に影響を及ぼしてくる。袖は目立つ箇所なので、ぜひこの寸法差には留意されたい。

 

さて次は、裄を見てみよう。初歩的なことだが、キモノの裄とは、衿のツボ(背縫の中心)から片袖口までの長さになる。また、背中心から袖付までが肩巾で、袖付から袖口までが袖巾となることから、肩幅と袖巾を足した長さが裄となる。上の画像でメジャーを置いたところが、裄にあたる箇所。

 

まず、このキモノの肩巾を測ってみると、8寸4分と判る。

次に、袖巾を測ってみると、9寸3分と判る。これで、このキモノの裄が1尺7寸7分であることが理解頂けたと思う。以前男性並寸法は、1尺7寸5分であったが、このキモノはそれよりも2分長い。女性の身長が大きくなるとともに、裄が長い人も多くなり、今では1尺8寸を越えるような寸法も、珍しくはなくなった。

さて、この1尺7寸7分のキモノ裄に対応する、襦袢の長さを見てみよう。

 

襦袢の肩幅を測ってみると、8寸4分で、キモノの肩幅と同寸になっている。

袖巾はというと、9寸1分。キモノの袖巾より2分短い。これで裄の寸法が、キモノ1尺7寸7分に対し、襦袢は1尺7寸5分となり、袖丈同様に2分の差が付いていることが判る。

この裄の差はやはり袖丈同様に、キモノ袖の中で襦袢をきちんと収めるために必要なものである。もし、襦袢の裄がキモノより長くなれば、袖口から飛び出してしまい、不恰好になってしまう。

家内の着姿から、袖口を確認してみた。黄色の袖口八掛の内側に、きちんと襦袢が収まっている。良く見れば、キモノとの寸法差は僅か。

 

また、キモノと襦袢の裄寸法の関わりの中で、注意するべき点がある。それは、肩巾と袖巾の寸法比についてだ。先ほど、双方それぞれの肩巾と袖巾を測ったところ、肩巾は同寸で、袖巾に2分の差が付いていた。このように、原則として、キモノと襦袢で寸法差を付ける箇所は、袖巾であり、肩巾では寸法を変えない。

キモノと襦袢の肩巾を同寸にするのは、理由がある。それは、みやつ口から襦袢を外に出さないための工夫である。もし、襦袢の肩巾がキモノより長くなっていると、キモノの中で襦袢は行き場をなくし、みやつ口から生地が覗いてしまう。これを防ぐためには、肩巾は同じにしなければならない。ということで必然的に、2分の寸法差を付けるのは袖巾で、となるのだ。

だから、裄寸法で注意しなければならないのは、キモノと襦袢の間に2分の差があって正しいものでも、そこにおける袖巾と肩巾の寸法割合が、きちんと保たれているか否かということになる。裄の寸法だけを測って、キモノと襦袢が合っていると判断せずに、袖巾と肩巾それぞれの寸法は、きちんと確認しなければならない。

 

最後に、袖付の寸法について。画像は、このキモノの袖付をメジャーで測ったところだが、5寸5分になっている。大概袖付は、5寸5分~6寸の範囲内である。

一方、襦袢の袖付だが、5寸4分。たった1分だが、キモノよりも短くなっている。この部分も、キモノより襦袢を少しだけ、短くしておく必要がある。だいたい1~2分程度差を付けることが多い。もし、襦袢の袖付の方が長くなっていると、みやつ口や振り八つ口から、襦袢生地が外に出る可能性があるからだ。

 

袖丈と裄は、最も寸法直しをする箇所である。譲り受けたキモノを、自分の寸法に合わせて直そうとすると、短い袖や裄丈を長くするケースが多い。

無論、寸法直しをする場合には、袖丈なら袖下の、裄ならば肩付・袖付の縫込みがどのくらい入っているかで、出せる長さが変わる。その際に、縫込みを使って、自分の寸法通りに直すことが肝要だが、同時に、使っている襦袢の寸法に合わせることにも、留意して頂きたい。

 

今日は、キモノと襦袢の袖丈や裄に関わる寸法差という、地味なテーマで話を進めてきた。寸法に関わることは、これまでも何回かブログの中で書いてはいるが、バイク呉服屋に説明力が無いために、判り難い点がいつも残る。

ただ皆様には、襦袢とキモノの間に存在する僅かな隙間が、着姿の中で大切な役割を果たしていることを、知っておいて頂ければ、それで十分かと思う。そして、自分のキモノや襦袢の寸法を、自分で理解し周知しておくことは、自分の体型に馴染む、より良い着姿を形作ることへの第一歩となる。

ぜひ皆様には、鯨尺ではなくセンチ単位でよいので、ご自分の寸法を覚えて頂ければ、と思う。

 

バイク呉服屋が小学生だった頃、友達と喧嘩をすると、「百貫デブ」と罵られることがよくありました。そんな時、言葉に対抗する手段として、デブ力を駆使した相撲の「張り手」や「のど輪」をかましたり、当時ジャイアント馬場が得意としていた、「脳天唐竹割り」というチョップをお見舞いしたりしていました。

悪ガキたちは、「力技をかまされては大変」とばかり、蜘蛛の子を散らすように、逃げていきます。こうなると、喧嘩と言っても、ある種の遊びですね。

子どものいさかいが、今あるような陰湿なイジメではなく、喧嘩だった昭和の時代。そこには明るさと濃密なコミニケーションが、あったように思えます。いま放課後、学校の校庭で遊ぶ子どもの声が聞こえないことに、私は一抹の寂しさを覚えます。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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