バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

バイク呉服屋、ブログ読者に会いに行く  愛知・岡崎編

2018.02 04

江戸の女性達は会話の中で、お金のことを「お足」と呼んでいた。この習慣が今でも残り、「今月はお足がなくてね」などと、話す人がいる。

足が付いているかの如く、自由に世間を行き交うお金。確かにこの喩は、言い得て妙である。商いをしていると、お客様から貰い受けたお金は、取引先への支払いや、職人の賃金に消え、あっと言う間に手元から消えてなくなる。バイク呉服屋など、金は「足」どころか「羽」のように、どこへでも飛び立ってしまうものに思える。

 

本来、お金には足が付いているはずなのに、影も形も見えない、まるで「幽霊」のような通貨が流通し始めている。いわゆる「仮想通貨」である。

この実態の乏しい貨幣は、私のようなアナログ人間には、どうなっているのかさっぱりわからない。電子マネーの一つとして、ネット環境において決済するシロモノらしいが、その購入方法さえ知る由はない。

先日何者かが、管理している取引所から、この幽霊通貨を「猫糞(ネコババ)」して、580億もの被害を出した。余談だが、ネコは、自分の糞を隠すために、足で砂を掛ける。ネコババとは、これが転じて、人のモノを隠して盗み取るという意味を持つ。なお、糞=ババとは、江戸時代の幼児が、糞のことをババと呼ぶ慣わしがあったから。おそらく、こんな実態のない通貨を盗む輩なので、その実像など判るべくもなく、猫の足跡を追う事は、ほぼ不可能に近いだろう。

 

インターネットという仮想空間は、自由に情報を提供、また享受できる場所だが、便利さが度を越すと複雑化し、様々な弊害も生まれてくる。そして、ネット特有の匿名性も大いに問題をはらみ、情報の真偽が、見極め難くもなっている。

バイク呉服屋も、この便利なツール上で情報発信をしているが、現実の仕事とは、明確に使い分けをしている。それは、顔の見えない相手とは、「商い」をしないということ。品物を売るにしても、直し仕事を請け負うにしても、一度はお会いしなければ、何も始めることは出来ない。

売り手と買い手が、お互いを知ることこそ納得した商いとなる。そのためには、面と向き合ってお話する以外には無い。そう信じているからだ。

 

このコラムブログを書き始めて、5年以上になるが、これまで様々な方からメールを頂いてきた。このメールでのやり取りが契機になって、遠方から来て頂いた方もおられるが、ほとんどの方とは、いまだに一度もお会い出来ていない。

メールの文面からは、それぞれの方が、和装をどのような視点で見て、どんなキモノライフを送っているのかを、窺い知ることが出来る。近くにお住まいならば、出向いて行って、もっとお話が出来るのにと、歯がゆく思うことも、しばしばだ。

私も、読者の方のお話から、気付くことが沢山ある。何に疑問があるのか、何を知りたいのか、どんなことで困っているのか。実際にお会いしてお話を伺うことで、読者(消費者)をより理解することが出来る。こちらから一方的に情報を発信するだけでは、足りない。やはり、寄り添うことこそが、大切だと思う。

 

昨年暮れ、ある読者の方から一通のメールを頂いた。丁寧な感想と、ご自分のキモノとの関わり方などを、お知らせ頂いた。そして、「ぜひ一度お会いしてお話を」とのことである。

この方が、甲府まで来たくても来られない事情があることも理解出来たので、思い切って私の方から、お訪ねすることにした。商い以外で、遠方の読者の方にお会いするのは、これが初めてである。今日は、この日のことをご紹介してみよう。

 

今回訪ねた読者の方の最寄駅 名古屋鉄道・東岡崎駅

この方が在住する岡崎市は、名古屋から名鉄特急に乗ると40分ほど。毎年正月開けには、京都の仕入先の初市に出掛けるので、その帰り道に寄らせて頂くことにした。

前日は、染メーカー、紬問屋、織屋など7軒を駆け足で回り、翌朝8時すぎの新幹線で京都を出る。名古屋駅で、ホームの立喰いきしめんを急いで吸い込み、名鉄に乗り換える。最寄駅の東岡崎には、10時少し前に到着。

 

岡崎は、徳川家康生誕の地・岡崎城を中心とする古い城下町。市の西側に位置する城の周囲は広大な公園が広がり、乙川、伊賀川と二本の川が流れている。「にほん桜の名所100選」にも選ばれた園内の桜は見事で、春には多くの花見客で賑わう。

現在の人口は、約38万人。豊田市に隣接しており、多くのトヨタ関連企業が立地するため、そのベッドタウンにもなっている。歴史の町であると同時に、トヨタの中核都市としての役割を果たしている街である。

 

市の東西を流れる乙川。この川べりにも桜の木が多い。さぞ春は美しいだろう。

バイク呉服屋はスマホを持っていないので、予め地図で道を調べ、コピーしておく。教えて頂いた住所は、東岡崎駅から3キロほどの距離なので、歩くことにする。バスやタクシーを使わずに道を辿ると、その街の雰囲気が少しわかるような気がする。若い頃から、知らない町を歩くことが好きだったので、苦にはならない。

岡崎は坂の多い町。この方の家も坂を登った先にある。風が強く寒い日だったが、歩いているうちに、暖かくなる。40分ほどで、無事に到着。ブログ読者・Kさんは、キモノ姿で私を迎えてくれた。

 

小さな男の子を抱きながら、グレー地の織ウールと朱の名古屋帯姿で出迎えてくれたKさん。この半年間は、ほとんど毎日キモノ姿で育児をしている。

Kさんは昨年の秋、故郷の松山で婚礼に出席する機会があったため、初めてご自分でキモノと帯一式を購入された。これがきっかけで、何とか自分で着装出来るようになりたいと一念発起し、ご主人のお母さまから、着付けを習われた。そして、和装上達への道は慣れることと考えて、毎日キモノで過ごすようになったのである。

ある企業の研究所に勤務している(どうもリケジョらしい)彼女は、一年間の産休があり、キモノをマスターするのに、この機を逃す手は無いと考えたのだろう。しかし、そうは思っていても、毎日着用するというのは、なかなか出来ないこと。そこに、この方の意思の強さと、キモノに対する思い入れが伺える。

 

普段着用しているのが、ウールや木綿で、ご主人が休みで一緒に外出する日は紬。やはり初心者だと、小紋など生地が垂れる品物より、織物の方が装いが楽である。また、まだ授乳中でもあり、キモノを汚すことも多いので、気軽に手入れが出来る素材を選んでいると言う。これも良く理解出来ることで、暮らしの中で毎日使うキモノは、どうしても自分で手を入れることになる。

現在使っている品物は、譲り受けたものが多いが、Kさんは小柄なので、寸法直しをせずに着用出来る。ひと世代前は、平均身長が150cm程度で、着丈は4尺ほどだった。だから今の方だと、もとの丈や裄が短いために、直しても思い通りの寸法にならないことが多いが、その点では幸運である。

「息子をベビーカーに乗せて散歩していると、よく声を掛けられます」と言う。普通キモノ姿で歩くだけでも注目されるのに、小さな子どもを連れてだと、なおそれは目立つ。年配の方からは、着姿を整えてもらったり、中には、自分のキモノを譲るからと、声を掛けられることもあるらしい。おばあちゃん達は、彼女の姿に自分の若い頃を重ね、懐かしさを感じるのだろう。

 

彼女の悩みは、手持ちのキモノと帯のコーディネートが、思うようにならないこと。地味な品物が多いこともあって、今の年齢にあった姿を作ることや、少しモダンな着姿を表現することが、難しい。

そこで提案したのは、まず帯を工夫すること。渋いキモノでも、帯を若々しい色に変えるだけで、雰囲気が変わる。また場合によっては、帯〆の色を工夫するだけで違ってくる。そして、羽織が、効果的であること。特に今のように寒い季節では、羽織は便利なアイテムで、部屋の中で脱がなくてもよく、そのまま外にも出られる。そして羽織を着ていれば、着姿から後が隠れてしまうので、帯は半巾帯でも良い。半巾なら、新しいモノでも価格は廉価なので、購入しやすい。

羽織を作るにしても、少し派手目な小紋を持っていれば、これを直して使うのが、手っ取り早い。帯も、既製のモノでなくとも、木綿生地を見つけてオリジナルな品物作ることが出来る。出来る限り、今持っている品物を生かし、工夫しながら、自分らしい着姿を作られると良いだろう。

 

「先頃、思い切って買い入れた帯があるのですが」と言うので、どんな品物を選ばれたのか、聞いてみた。「手織りで、二本と同じものがなく、米津茂さんという方が織った品物です」

米津さんと聞いて、それは藤田織物の帯と、すぐに判った。今になって、この時に見せて頂けばよかったと悔やまれるが、おそらくこんな品物なのだろう。

二本共に、藤田織物の手織紬八寸帯。紋図を作らず、真綿の色糸を組み合わせ、模様を表現させる現代感覚に溢れた品物。確かにこの織屋の帯は、二本と同じモノが無い。

実は偶然私は、この前の日に京都で藤田織物を訪ねていた。そこで、この帯の技法や、藤田さんの人となりなどもお話させて頂く。昨日藤田さんは、「私は、自分が作った帯が、どんな方にどのようなキモノの上で使ってもらっているのか、一番興味があるんや」と話していたが、ぜひ、Kさんのことを次に会った時に伝えてみよう。

それにしても、こういう帯に魅力を感じるというのは、やはり若い方ならではのことで、センスを感じる。それはおそらく、半年間毎日キモノで過ごしているうちに、自分の好む雰囲気を、しっかりと把握された証なのかも知れない。

 

様々なお話をしているうちに、時間はあっという間に過ぎて、午後3時近くになる。すでに4時間以上が経ってしまった。Kさんは子どもをあやしながら、一生懸命私の話を聞き続ける。そして私は、キモノに対する彼女の思いを、強く感じさせて頂く。

こういう読者がおられると知ることで、自分の仕事に、より強い責任を感じる。日常の中で着用する方こそが、和装を次の時代に繋ぐ役割を果たすことが出来る。それが若い方であれば、なおのことだ。私に出来ることは、このような方々に、より関心を持ち、知識を深めて頂けるように、情報を発信することだろう。今回思い切って訪ねて、本当に良かった。

 

最初に頂いたメールで、一ヶ月でブログ全ての稿を読破されたと書かれていた。400以上もあり、また一回一回が異常に長い代物を、これだけ短期間で読まれたのは、驚きであり、その熱心さに恐縮してしまう。

書き始めて5年半が経ったが、こんな読者の存在は、私の支えである。今日御紹介した内容は、この日交わした中の一部にしか過ぎないが、バイク呉服屋と読者Kさんとの交流を、皆様に少しだけ感じて頂けたのではないかと思う。

いつの日か甲府へ来られ、再会出来るその時を待ちたい。

 

駅に戻る途中に、岡崎天満宮がある。こじんまりとした良い社で、思わずお参りをする。Kさんは、産休を終えて今月から仕事に戻られたはずだ。息子さんと離れる時間が出来て、少し寂しい思いをされているかもしれない。また、キモノ姿で出勤したいと話されていたが、実現していれば、さぞ職場では注目を集めていることだろう。

 

確かにネットは、遠く離れた人と人とを繋げる、優れたツールだと思います。しかしそれはあくまでも端緒であり、実際にお会いし、話を交わさなければ、相手を理解することは出来ません。

人それぞれに、キモノへの思いがあります。これからも、より多くの方とリアルに向き合うことを基本にしながら、この仕事を続けたいと思います。またいつか、こんなブログ読者との出会いについて、お話してみたいですね。

なお、バイク呉服屋に会うのは良いけれど、悪顔を見るのは避けたいという方は、ご遠慮なくお申し出下さい。覆面を着装しますので。私に「仮想通貨」は不必要でも、「仮装」は必要でしょう。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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