バイク呉服屋の忙しい日々

むかしたび(昭和レトロトリップ)

一人、知られざる十勝を辿る 海岸編  昆布刈石・湧洞湖・生花苗沼

2017.11 27

近頃、ほとんどテレビを付けない。以前ならば、ニュース情報番組くらいは見ていたのだが、それもしない。日々報道される世間のことなど、聞いても面白くないことばかりで、いっそ何も知らない方が良い。

「知らぬが仏」を決め込めば、社会の出来事に腹を立てることも無くなり、自分の日常だけに集中できる。生きていれば、社会に広く関わりを持つことは、ある程度必要と思うが、湯水のように入ってくる毎日の情報の中で、大切と思えることは本当に少ない。だから、断ってしまう方が、自分の精神衛生上、まだ良いように思える。

 

地下鉄車内での乗客のスマホ率は、約8~9割だろうか。ほとんどの人が、画面をじっと見ている。サイトを見ているのか、メールを見ているのか、ゲームをしているのか、それぞれ違うだろう。けれども、何らかの情報に身を委ねていることに変わりはない。

バイク呉服屋のような、スマホも持たずに、車内でただ呆然としているような人はほとんどおらず、自分は、何だか異星人のような気がする。そして、普段でも、これだけ情報を避けているというのに、時折もっと静かなところへ行きたくなる。

今日は、日常の仕事・呉服屋であることを私に忘れさせてくれる、そんな場所を皆様にもご覧頂くことにしよう。気ままな旅の話なので、関心の無い方には、大変申し訳ないと思っている。

 

(十勝 浦幌町・昆布刈石断崖 道道1038号)

娘達がそれぞれ大学を卒業し、一応親としての責任を果たせたことで、少し心にゆとりが生まれた。夫婦二人の小さな店ながら、まとめて休みを取ることは難しいが、50歳も半ばを過ぎた今となっては、自分に費やす時間を惜しむ必要は無いように思える。ということで昨年から、晩秋のこの季節に、一週間ほど北海道を歩いている。

若い頃、あれほど時間をかけて道内を歩いたというのに、まだ知らない土地や、行きたい場所が沢山残っている。多くは、当時交通手段が何も無く、歩くにはあまりに遠いことで、訪ねることを断念したところだ。

もちろん今も、鉄道やバスの便は無い。そのためどうしても車を使わざるを得ないが、不便な分だけ、ありのままの姿を今に留めている。観光地として、人を呼び込む意識は全く無く、無論、見せるための「作りモノ」は何も無い。

 

昨年このブログで御紹介した幌加温泉へは、「毎年必ず一度は訪ねる」と決めている。86歳になる「鹿の谷」のおばあちゃんの様子は、いつも気になっている。そこで今回は、その幌加温泉に比較的近い、知られざる十勝の美しい場所を訪ねることにした。海岸沿いに隠れるように佇む、小さな湖沼を巡る旅の話を、始めてみよう。

 

(JR北海道 根室本線・厚内駅)

根室本線の厚内駅が、今回の旅の起点。ここは、帯広から釧路方面に向かって、東へ70キロほど。普通列車だと、帯広から1時間10分ほどかかる。行政区域は、浦幌町に属する。駅名版には、隣駅の浦幌の文字が修正された跡が見えるが、今年の春まで、厚内と浦幌の間には、上厚内という駅があった。だが、集落が無住化したために、駅も廃止となった。現在、停車する列車は普通列車のみで、上下合わせて一日14本。

厚内の駅前には、小さな商店が一軒あるだけで、レンタカーなど手配できる訳も無く、車は帯広空港で借りる。空港から帯広市内には入らず、幕別町・豊頃町を抜けて、十勝国道(38号)を通り、厚内に着く。空港からは、約1時間半。

厚内から、太平洋沿いの道・道道1038号にはすぐ出られる。今回の最初の目的地、昆布刈石海岸を海沿いに目指すには、最適な場所である。

 

厚内の駅から5分ほどで、海沿いの道に出る。左に太平洋、右は段丘が連なる。海と崖の間を道が貫く。帯広と釧路を繋ぐ道には、国道38号があるため、この道を走る車はほとんど無い。道路の真ん中に立ち、しばらく海を眺める。幸い風も無く、この季節にしては暖かい。

前方に連なる岩の断崖。これから、この先の断崖を登ると、絶景に辿り着く。

先ほどの道は、上の画像で見えている岩をくり抜いたトンネルに繋がり、抜けてから左折すると、砂利道に入る。道はカーブを繰り返しながら、上へ上へと続き、やがて断崖の上に出る。

断崖の頂上から東(釧路方向)を見た、昆布刈石(こんぶかりいし)の海。弧を描きながら続く海岸線。岩礁には、晩秋には珍しく、穏やかな波が打ち寄せている。

すぐ下は断崖絶壁。砂利道から足を踏み外したら、終わりだ。丁度昼時なので、太平洋を見ながら、豊頃のセイコーマートで買った筋子おにぎりとオレンジソーダで、昼飯にする。

セイコーマートは、北海道のローカルコンビ二だが、この店には「ホットシェフ」と名前が付いた、店の厨房で作ったおにぎりや弁当がある。おにぎりは、通常の1.5倍はある大きさで、一つ食べるだけで腹にズシンと来る。だが、うまいの何の、粘り気がある米の美味さは、他のコンビ二おにぎりなど足元にも及ぶまい。具は、サケや松前漬などで、地元の食材を惜しげもなく大量に入れている。バイク呉服屋は、筋子とおかかベーコンがお気に入りだ。オレンジソーダも、「セイコマオリジナル」で、チープだがクセになる味。価格は90円と格安。

久しぶりのセイコマ飯の美味さに、断崖にいることを思わず忘れてしまう。だが、油断は禁物で、こんなところから転がり落ちたら、しばらくは見つかるまい。それにしても、気持ちが洗われるような、清々しい海の風景。晴れて良かった。

 

今回訪ねた地域の地図(昭和57年10月・時刻表 北海道路線図)

厚内とか浦幌と言っても、ほとんどの方はどのあたりなのかさっぱり判らないと思うので、地図を用意してみた。今日御紹介する場所は、起点の厚内と、広尾線(廃線)の終着駅・広尾との間、太平洋に沿ったところにある。地図上では、何の記載も無く白く抜けている。これで当時からこの地域に、交通機関が何も無かったことが判ると思う。

今は人口も少なく、交通不便な場所だが、この浦幌町や豊頃町の十勝川河口流域は、もっとも古くから開拓が始まったところである。特に、豊頃町の大津は、19世紀始めにはすでに和人(本州人)が住んでおり、鉄道が出来る以前は、大津の港が内地からやってくる開拓者の玄関口であった。

開拓者は、ここから十勝川を遡り、さらに奥へと開拓の鍬を下ろしていった。そして広大な十勝平野は開墾され、やがて農業や酪農が始まった。現在、十勝地方の中心は帯広市であり、その賑わいに比べて、大津は往時を偲ぶべくも無い。だが、十勝発祥の地であり、全てはここから始まった。

現在の大津海岸。大津の町外れ、十勝川河口に近いトイトッキの砂浜は、コケモモやハマエンドウ、クロユリなど、高山植物の群生地。夏の初めには、競うように花が咲き誇る。交通不便な地だけに、一般観光客の姿はまず無い。そのため、手付かずの自然をそのまま残している。

昆布刈石から、この大津を通って、さらに海沿いの道を南へと進む。そこには、小さな湖沼がいくつも点在している。それはトイトッキ浜同様に、訪れる人も少なく、ひっそりと佇んでいる。これからご紹介するのは、そんな場所である。

 

太平洋を左に見ながら、どこまでも続く道(道道912号)。車と行き交うことはまず無い。そして人家は、全く無い。

やがて海の反対側には、長節(ちょうぶし)湖が現われる。この湖は、海の水と交わる汽水湖で、細長く先端は海と繋がっているようにも見えるが、ほんの僅かな砂丘が、海と湖を隔てている。この砂丘にも、ハマナス、ムシャリンドウ、エゾカンゾーなど、多くの高山植物が人知れず咲き乱れる。

湖の先端方向を写す。夏の僅かな間だけは、キャンプをする人で少し賑うものの、後は訪れる人もなく、静かな湖面に水鳥が跳ねる音だけが響く。今日は、晩秋の穏やかな光が、水面を映している。

 

長節湖からは、一端海沿いの道を離れ、内陸の国道336号・通称ナウマン国道を走る。この道は、浦幌町と広尾町を繋ぐ幹線道路。ナウマン国道という名前は、沿道の忠類(ちゅうるい)村で、ナウマン象の化石が発見されたから。

ナウマン国道を少し走り、左折して再び海沿いの道・道道1051号に入る。この道は、次に目指す湧洞(ゆうどう)沼へ一直線に続く行き止まりの道。

手前の高台から、湧洞沼へ続く道を写したみた。左が太平洋、右が沼。海と沼を隔てる僅かな砂州の間、なだらかに起伏の付いた道がどこまでも続く。本州では、なかなか見られない風景。道の両側に広がる湿原には、時折丹頂鶴も姿を見せる。残念ながら、この日出会うことは無かったが。

海と湿原と森に面して、静かに佇む。先ほどの長節湖は周囲5kと小さいが、湧洞沼は19k。十勝海岸の湖沼群の中では、もっとも大きい。やはりここも水鳥の飛来地で、環境省が指定した「日本の重要湿地500」の一つ。

 

十勝海岸・湖沼群の位置関係。北から、十勝川河口・長節湖・湧洞沼と巡ってきた。そして、この日最後の探索地・生花苗(おいかまない)沼へ向かう。再び336号・ナウマン国道へ戻って南進する。行政区域は、豊頃町から大樹町へと変わる。

生花(せいか)集落を左折して、国道から道道881号へ入る。この道は、晩成(ばんせい)という海沿いの集落へと続いている。ここに、この日宿泊する予定の晩成温泉がある。生花苗沼へは、881号の途中から林道に入る。

 

生花苗沼へと続く依田林道。この林道は、十勝開拓の祖・依田勉三(よだべんぞう)の名前にちなんだもの。林道沿いには、1886(明治19)年、この生花苗の地で営んだ牧場跡地があり、そこには当時の住居が復元されている。先ほどの「晩成」という地名も、勉三が率いた開拓集団・晩成社から取ったものである。

勉三が、北海道開拓使から開墾許可を得て、十勝へ入植したのが、1883(明治16)年。数年後、この地に当縁(とうぶい)牧場を開設し、バターやチーズ作りに着手する。それは、時代を先取りした酪農経営であり、現在の十勝農業の先鞭を付けたものであった。

やがて林道脇の林越しに、沼が見えてくる。周囲は12k、森と湿原と海に囲まれた小さな沼だ。ここも、先の湖沼群同様に、海の水が流れ込む汽水湖。もともとは海だったところだが、海面が後退して海と切り離され、沼が出来た。このような湖沼を、海跡(かいせき)湖と呼ぶ。

林道を抜けると、湖が広がる。恐ろしいほど静かで、何の物音もしない。夕暮れが迫っているので、寂寞感がいっそう強い。湖岸にあるのは、B&G財団のカヌー艇庫だけで、それも扉が固く閉まっている。夏の一時期に、ここでカヌー教室を開いているらしい。それ以外は建物が何も無く、人の気配は全く無い。

地元では、この沼で採れるシジミが、かなり大きくて良質なことで知られている。そのため、密漁者が後を絶たない。シジミは、ヤマトシジミで、大きさは5cmにもなる。底の泥に、沢山の養分を含むこの沼の環境の良さが、巨大なシジミを産み出す。大樹漁協が生花苗沼でシジミ漁を行うのは、毎年7月中旬の一日だけ。それほど、この沼のシジミを大切に守っているのだ。湖の入り口に大看板を立てているのは、そんな理由からである。

林道脇に車を置いて、沼の周囲を歩くことにする。周囲の森は野鳥の宝庫で、シジュウカラやエゾアカゲラを始めとして、160種もの鳥が生息している。森から沼までは250mほどだが、何となく恐ろしい雰囲気がする。ヒグマの出没だ。出発前には、大樹町のHPに掲載されている「クマ出没情報」で、この沼周辺にクマが現れていないことを確認してきたが、やはりこの静けさは不気味である。今日は、クマ除けの鈴も持っていない。

クマザサをかき分けながら、恐る恐る進むと、水面が見えてくる。途中には、野鳥の観察小屋がある。沼を取り巻く湿原では、ツガイの丹頂が羽を休める姿も、よく見られる。また、秋から冬にかけては、オオハクチョウの群れもやってくる。

ようやく沼岸に辿り着き、大木の下でしばし佇む。周囲に道は無く、巡るには枯れ草をかきわけて進むしかない。先に訪れた長節湖や湧洞沼では、海と湖面が近いために少し開放感があり、それほどの寂しさは感じないが、ここは格段に、ひとりであることを感じる。こんな静けさを求めて、私はいつも旅に出ている。

沼の先端は、海との間にほんの僅かな砂州があるだけ。画像の左が海で、右が沼。陽が落ち始めると、さすがに寒くなる。体が冷えて、湯が恋しくなってきた。暗くならないうちに、今夜の宿・晩成温泉に向かうことにしよう。

 

生花苗沼から10分ほどで、晩成温泉に到着。眼下に太平洋を見下ろす高台に建つ。ここは、大樹町営の日帰り温泉だが、宿泊施設・晩成の宿が目の前にある。この宿も町営で、別名は大樹町学童農業研修センター。画像には無いが、研修センターの別名の通り、宿というより研修所・寮のような佇まい。建物はそう新しくないが、中は清潔で、私のように簡素な宿を好む旅行者には、十分である。

1泊2食付で5600円。素泊まり4000円。自炊施設、洗濯機も完備。部屋の鍵は、温泉のフロントで受け取り、勝手に入る。寝具も、自分で整えるセルフサービス。宿に常駐する職員は無く、温泉職員が兼務しているようだ。もちろんバイク呉服屋は、素泊まり。今日は晩飯を作るのが面倒なので、温泉内の食堂で、十勝名物の豚丼を食べて済ませる。

晩成温泉の湯の色は、茶褐色。成分は、多量のヨウ素を含有する「ヨード泉」。色といい、成分といい、うがい薬の「イソジン」に浸っているような感じだが、体の芯から温まる湯である。浴室からは、茫洋と広がる太平洋が見える。温泉と宿以外は何も無く、建物がポツンと建っている。朝は早起きして、宿のすぐそばに広がる海跡湖・ホロカヤントーを歩いてみよう。

明日からは海を離れて、十勝らしい牧草地の広がる風景を訪ねることにする。そして、幌加温泉へ行く。今年も、鹿の谷・梅沢のおばあちゃんが、ネコのミーコと一緒に、私の到着を待っていてくれる。

 

今年も、長々と下手な旅行記を書いてしまいました。こんな旅に出ることは、私の「ライフワーク」であり、自分らしさを取り戻す貴重な時間でもあります。この時間が持てるからこそ、日常の仕事も頑張れるのだと思っています。この続きの「内陸編」を、そのうちに御紹介したいと考えています。

皆様には、自分勝手な私の趣味的記事にお付き合いさせてしまい、本当に申し訳ありません。それでも読まれた方が、「日本にも、まだこんな場所が残されているのか」と、感じて頂ければ嬉しいですね。次回からは、日常の呉服屋の話に戻りますので、またよろしくお付き合い下さい。

 

(昆布刈石・長節湖・湧洞沼・生花苗沼・晩成温泉の行き方)

公共交通は、ほとんどありません。帯広空港から、今日御紹介した順路を車で走ると、まる一日かかります。生花苗沼と晩成温泉だけなら、広尾国道(236号)経由で約1時間と、空港からは割と近い距離にあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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