バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

可愛さと、小粋さと  多彩な「市松文様小紋」の仕上がり姿

2017.09 03

大相撲の世界には、「三年先の稽古」という言葉がある。本当の実力とは、短期間で身に付くものではなく、成果が出るまでには、時間がかかる。目先の勝ち負けにはこだわらず、日々地道に精進すること。これが何よりも大切なのだ。稽古を怠らなければ、三年先には、必ず良い結果となって表れる。

もう一つ相撲の格言に、「押さば押せ、引かば押せ」というものもある。相手が押してきたら、自分も押す。相手が力をかわそうと引いてきても、自分は押す。これは相手の動きに関わらず、どんな場面でも、正々堂々と正面から攻めることが、力を付ける上では大切という意味である。

目先の結果を求めないこと。そして、姑息な手段を取ることなく、真正面から物事に向き合うこと。これはどちらも、相撲の世界だけではなく、どんな仕事にも求められる大切な心得であろう。

 

さて先頃、2020年に開催される、東京オリンピック・パラリンピックの三年前開催イベントが、東京を始め全国各地で行われた。競技場の建設やエンブレム策定に様々な問題が発覚し、準備が遅れているとも聞くが、否が応でも、あと千日ほどで全てを整えなければならない。

会場はもちろんだが、選手達に与えられている時間も、あと三年。今は、大きな目標に向かって、鍛錬を重ねる時期。それこそ、「三年先の稽古」である。目先の結果に捉われず、本大会で最高の結果が出るように、頑張って欲しいものだ。

 

オリンピックエンブレムに採用された市松文様。バイク呉服屋では、最近立て続けに、この市松小紋を誂える仕事を頂いた。以前このブログで、文様の由来などを詳しくお話したことがあったが、今日は、仕立てるとどのような姿になるか、それを画像で御紹介したい。皆さまに、改めて市松文様の美しさや、粋な姿、また愛らしさを感じて頂ければ、と思う。

 

(水色地ちりめん 染型疋田 市松文様小紋・千切屋治兵衛)

小紋ほど、反物で見た時と、仕立て上がった時とで、受ける印象が変わる品物はないように思う。無地モノはもちろんだが、模様の位置が決まっている絵羽モノなどは、仕立の前からその仕上がり姿が想像出来る。もっとも絵羽は、仮縫いとしてすでに完成形に近い姿でお客様に提示されているので、当たり前と言えば当たり前である。

小紋は、江戸小紋に代表されるような総模様のものと、飛模様のもの、さらに幾何学的な模様が配列されているものなど、様々に模様付けがされてある。中でも、飛柄や不規則に模様が付いているものは、仕立ての時の模様の取り方次第で、姿が大きく変わる。

反物の時の市松文様。

市松文様は、碁盤の枡目のように、二つの異なる正方形柄を羅列したもの。これを互い違いに配列することで、はじめて市松文となる。キモノは、身頃、衽(おくみ)、袖、衿と全部で八枚の直線裁ちの布で構成されているが、キモノ全体を市松模様で埋め尽くすためには、各部分の継ぎ目をピタリと合わる必要がある。

注意しなければならないのは、背縫の両側や、衽と身頃の合わせ、さらに肩付と袖付を継ぐところなどだ。ここできちんと模様を合わせないと、全体が市松にならない。和裁職人は、生地を裁つ時に、まずそのことを頭に入れておいて仕事に掛かる。

正面から見た上前模様の合わさり。

画像を見て頂くと判るように、上前の身頃と衽はもちろん、肩付と袖付、衿と剣先に至るまで、互違いの市松模様が重ねてある。これが少しでもズレてしまうと、着姿が決まらず、格好の悪い市松小紋になってしまう。

肩付と袖付け、衿の合わさりを拡大してみた。画像の下部に見える、袖の振り八つ口と下前衽の重なりも、きちんと模様を繋いでいる。また、着姿からは見えない下前部分だからと言って、模様を合わせなくてよい訳ではない。仕立て上がった姿として、全体が市松文様で覆われていなければ、駄目なのである。

このキモノを着用される方は、まだ高校生。茶道部に所属しているお孫さんのために、おばあちゃんが誂えた小紋。県外に住んでいる娘さんとお孫さんに、「可愛くて、あまり見かけないような品物を」と依頼されて、来店された。今月中旬に着用の機会があるということなので、このキモノは単衣である。将来は、疋田の朱色と共色の八掛けを付けて、袷に仕立替える予定。

先日おばあちゃんからは、娘さんにもお孫さんにも満足して頂けた旨の電話を頂戴した。やはりこの、鮮やかな水色と朱の疋田の市松は、若々しく愛らしく映ったのだろう。この品物を千切屋治兵衛から仕入れた時には、「七歳の祝着用にも使えそう」と考えてもいたが、高校生ならば、きっと瑞々しい着姿になるはずだ。

このキモノの仕上がりを見て、こんな小紋柄ならば、振袖にしても良いように思えた。何も、裾模様が中心の、ありきたりな形に捉われる必要はないのではないだろうか。

 

(亜麻色 縦横縞 市松文様お召小紋・今河織物)

先ほどの若々しい品物とは対照的な、落ち着きのある渋い市松小紋。しかも、これはお召である。このお召というアイテムが、どんなものなのかよくわからない方も、おそらく多いのではないだろうか。そこで、少し説明してみよう。

御召とは、「将軍の御召モノ」だったことで、この名前が付いたと知っておられる方も多いだろう。確かに、この品物は、江戸徳川の11代将軍・家斉が好んで着用したもので、当時は自分以外の者が身にまとうことを禁じていた。これが契機となり、後に裕福な江戸商人など上流階級の間で大流行する。「将軍様が着用を禁じたほどの着心地の良さとは、如何ばかりなものか」と、評判になったのだ。

 

さて、具体的に御召を簡単に表現するとすれば、それは「紬ではない、先染のちりめん織生地」ということになろう。このキモノは、染モノに使うちりめんの白生地と同様に、表面に独特のシボが立っている。これが、御召特有の風合いを生み出すのだが、その秘密は生地の原料・糸の加工にある。

御召に使う糸は、御召緯(おめしぬき)と名前が付いた、特別な加工を施したものだが、これを作る手順を、簡単にお話しよう。

まず糸を5本ほど合わせて、200回ほど撚りを掛ける。これが下撚りで、その後絹糸に付いているセリシンという物質を落とすために、精練(せいれん)という作業を行う。天然の生糸が持つ、このセリシンというタンパク質のおかげで、ゴワゴワとしているが、精練することによって、糸が柔軟になり光沢が出てくる。

通常の精練だと、セリシンは残らず落とすのだが、御召緯糸の場合は、半分ほど残す。これは後の糊付け工程のための、施しとなる。この半精練のことを「半練り(はんねり)」と呼ぶ。半練糸は、思う色に染めた後に糊付けされる。この時、セリシンが残った状態の方が、糊が付けやすい。だから、半練りなのである。

糊が付いた状態の糸は、撚糸機により撚りが掛けられる(後撚り)。それも、1mに3000回もの撚りを入れることから、かなりの強撚糸になる。また糸は、左向き(Z巻き)と右向き(S巻き)の二種類、すなわち左右違う方向に撚ったものを用意する。これを交互に緯糸として使うのだ。

こうして御召緯糸を使って織り上げたものは、湯のしで緯糸に付けた糊を落とすと、生地が縮まって表面にシボが生まれる。これが、御召という品物で感じられる独特な風合いになる。

縦・横二方向に縞模様を付けている。この双方向縞を互い違いに組んで、市松にする。

御召という品物は、作り方の工程からは、織モノとも染モノとも呼べるもの、そしてまたどちらの範疇にも入らないものと、考えることが出来よう。そして使い方も、フォーマルにもカジュアルにも見えるような、そんな中間的なアイテムになっているように思える。

この市松御召には、お洒落な工夫がある。画像の右下に見える「雷サマ(雷神)」。一ヶ所だけ、この模様を織り込んでいる。この品物を作ったのは、「木屋太」ブランドの帯で知られる、西陣の今河織物。昭和元年創業の老舗だが、元々は帯ではなく、御召の織屋だった。現在、若いご夫婦二人で、力を合わせて独創的なモノ作りに励んでいるが、こんなところにも新しい若い感覚が伺える。

この雷サマを上前衽に出すと、遊び心のあるカジュアルモノに近くなり、これを下前に隠して市松模様だけのキモノにすると、江戸小紋っぽくなり、フォーマルに近くなる。一つだけ付いている模様の位置の決め方で、雰囲気が変わるのは、いかにも晴れと褻の中間的な要素の強い御召小紋らしい。

上前身頃と袖の合わさり。袖付を挟んだところも、きちんと市松を繋いでいる。色が、おとなしい亜麻色だけに、遠目からは無地にしか見えない。近づいてキモノを見て、はじめて市松模様と理解出来る。あくまでも目立たない大人のキモノであり、いわば通好みの品物と言えよう。

着姿からは見えない下前に、雷サマが鎮座する。金具の付いた棒で、つゆ芝のような花を取ろうしている不思議なデザイン。何となく、ゲームセンターのUFOキャッチャーを思い起こす。この模様にどんな意味があるのか、今度今河織物さんを訪ねた時に、聞いてみたい。

 

(朽葉色ぼかし 横段紬小紋・松寿苑)

この品物は、前の二点のようなきっちりした市松小紋ではない。元々は、二色の横段ぼかしで模様付けされたものである。これを、仕立の時に配置を工夫することにより、市松風に仕上げたもの。

規則的な市松ならば、絶対に繋ぎ目を崩さないで仕立てなければならないが、これはもう少し大らかで、全体を市松のように見せかけた品物である。段ぼかしなので、当然きっちりとした市松になるはずもない。画像を見て判るように、互い違いの色の取り方にも、ブレが出来る。

反物では、最初から最後までこんな感じのぼかしがあしらわれている。配色の濃淡を生かし、それを一定の巾で切り取ることにより、互い違いの妙が生まれる。単純ではあるが、仕立て方一つで着姿が変わる典型的な品物と言えよう。カクカクした市松文様も良いが、こんな「市松に見せかける模様」にも、また違った味わいがある。

 

今日は、市松という江戸発祥の文様の仕立姿をテーマに、品物をご覧頂いた。配色や作り方の違いで、愛らしい姿になったり、時には小粋な表情も見せる。多彩な着姿が演出出来るこんな市松文様を、皆様もぜひ一度お試しあれ。

 

仕事をしていると、どうしても目先の結果ばかりに捉われてしまうことが多いように思います。実力もないのに、運よく成果が上がることはありますが、これは偶然の産物であり、長い目で見れば、こんな成功体験は良いことでは無いでしょう。

やはり、毎日コツコツ努力を積み上げてこそ、本当の実力が付くというもの。どんなに経験を積んでいても、常に「三年先の稽古」ということを念頭に置いて、仕事には臨みたいものですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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