バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

お客様から、お任せを頂く仕事(前編) 「八掛」のお任せ

2017.03 04

「ご想像にお任せします」という言葉は、事実や、自分の本意を知られたくない時に使う、都合の良いフレーズだ。こう言い放ってしまえば、ほとんどの相手は、聞きだす術がなくなる。このような場合は、表情や口調などから、真意を測るしか無い。自分が信頼出来ない相手には、こんな物の言い方で、お茶を濁しておく方が賢明だろう。

だが一般的に、「任せる」という言葉は、託すとか、委ねるという意味で使われる。これは、信頼出来る相手でなければ、生まれてこない。自分の考えた通りに、上手く事を運んでくれると思うからこそ、任せることが出来る。

 

呉服屋の仕事には、お客様から「お任せ頂く」ことが多い。例えば、着用の場にふさわしい品物を提示すること。これは呉服屋にとって経営に関わる、最も大きな「お任せ」である。

我々はお客様からの付託を受けて、キモノと帯の組み合わせはもちろん、帯〆・帯揚・半衿などの小物から、草履やバックに至るまで、コーディネートを考える。提案したもので、お客様の判断を仰ぎ、それが納得のいくものでなければ、商いは成立しない。

店に信頼があるからこそ、品物を任されるのであり、ここで呉服屋としての力量が試される。せっかく声を掛けて頂いても、満足される品物やコーディネートを提案できなければ、信頼を失い、次から任せてもらえなくなってしまう。

 

このような、商いの根幹に当たるような「お任せ」とは別に、仕事としてお客様から任されることは、大変多い。例えば、お客様からは何も言われなくとも、質の良い裏地を付けることや、丁寧な仕立をすることは、我々の義務である。

我々はお客様に対して、表面から見えるキモノや帯、小物類の質は丹念に説明するが、胴裏や八掛などの裏地類にまで言及することは、あまりない。だが、だからと言って、裏地に手を抜いてよいはずはない。

当然裏地にも、質の良し悪しがあり、付けるものにより着心地が変わる。上質な品物だからこそ、きちんとした裏を付ける必要があり、その上で信頼出来る職人の手で仕立をすることも、当然である。

 

さらに我々には、仕事の本質に関わる「お任せ」の他に、委ねられることもある。それは、お客様自身が自信を持って選ぶことが出来ない、いわば「決められない」ことであり、だからこそ、任せられる。

お客様としては、ご自分よりも、バイク呉服屋のセンスを信じるからこそ、仕事を任せてくれると思うが、これはこれで責任重大で、難しい。それは、私の一存で、品物を決めなければならず、後戻りが出来ないからだ。

そこで、今日から二回に分け、最近任せて頂いた普段の仕事の中で、バイク呉服屋が思い悩む姿を見て頂きたい。まず、今回のテーマは、「八掛」。

黒に近い、泥染めの十日町紬に合わせる紬八掛。

着姿を見る時、八掛はそう目立つ存在ではない。風で裾がひるがえった時にチラリと色が覗いたり、袖口から僅かに見える程度である。けれども、付いている色により、品物の印象が変わる。

八掛の色を決める時、無地モノや付下げなどは、キモノの地色からほとんど離れない色を選ぶ。無地紋付の場合は、出来る限り共色(同色)にし、付下げでも、せいぜい同系色の濃淡で考えた方が無難だ。

誂えで、白生地から色無地を染める時になどは、八掛が同じ生地で取れる、長い丈(4丈モノ)の生地を使う方が効率的。これだと、表地と八掛を同じ生地で、同時に同じ色に染めることが出来るため、表地と裏地の間に、色や生地の質の齟齬が無くなる。これが3丈モノだと、八掛の分だけ生地を別に用意し、同色に染め上げなければならず、手間も掛かる上に、色出しも微妙になる。

 

八掛の色で悩む時は、カジュアルモノの小紋や紬。もちろん、無地や付下げのように、表生地の地色と同系色を付ける時もあるが、キモノの地色や配色、また着用する方の年合いや雰囲気により、色を考える必要がある。

今回、お客様が求めた品物は、上の画像の通り、ほとんど黒に近い泥染めの紬。このキモノに付ける八掛を「お任せ」頂いたのだ。本来ならば、お客様と相談の上で八掛の色を決めるのだが、そこを「バイク呉服屋のセンスに任せるので」と、お願いされてしまった。

 

菱一から取り寄せた、八色の紬無地八掛。白無地の八掛は、どうしても色が合わない時、別染して使う。

以前、ブログの稿で、やはり八掛の色合わせをご紹介したことがあったが、その時に使った品物は、薄いベージュ系地色の秦荘紬。合わせた八掛も、あまり主張の無い薄い色だった。

今日の紬のように、濃い地色で、中の絣にもほとんど色気の無いものでは、八掛の色はアクセントとして重要になる。付ける色により、キモノの印象が変わり、着用時に僅かに覗いただけでも、目立つからだ。

 

このような品物の八掛の色を、「お任せ」で考える時には、着用される方の年合いや、雰囲気、好み、さらに一緒に使う帯の色や模様も考慮に入れた上で、選ぶ必要がある。

無彩色のキモノであるが故に、八掛の色だけが目立ちすぎても駄目、そうかといって、あまりに主張がなさすぎてもつまらない。それは、着用される方の個性を感じるようなセンスが求められる、ということになるだろう。

裏地の色を任されることなど、簡単なことと思われるかもしれないが、結構難しく、悩む。「お任せ」なので、仕立に回してしまったら、もう後戻りは出来ない。お客様にお目にかけるのは、全て仕上がった時になり、そこではどうしても、「なるほど」と納得して頂かなければならない。

 

用意した八掛の色の系統は、茶系が中心。お客様とのお話の中で、「茶系の色が良いのではないか」と、私からお伝えしていたためである。予め、色に当てを付けてあったものの、ただ単純に「茶」と言っても、範囲は広く、濃淡も様々。

集めた八掛の色を見ると、紫やグレーを意識させる茶があり、見ようによればピンクを感じさせるものもある。これでは、付ける色により、かなり雰囲気が変わるだろう。そこで、一つ一つ、キモノに合わせながら、色を確認していくことにする。

 

 

画像を写す位置がまちまちで、光の当たり方によって、実際の八掛の色とは、少し違っている。そこをお許し頂きたいが、色の雰囲気として見て頂きたい。最初に合わせた色は、藤ピンクと呼ぶような、柔らかい色。印象が明るくなる、若い方向きの合わせになろうか。

茶系でも、赤みが感じられる色。すこしローズ色も感じさせる。色の濃さは、薄くも濃くもなく、中間的。無難な合わせかと思える。

上の色より、一回り濃い赤茶。少し赤みが強いので、色が強調されるように映る。

こげ茶と紫、どちらにも感じられる色。かなり抑えた色合いだが、引き締まった感じがする。着姿に落ち着きが出て、渋みがある。黒に近いキモノ地色だけに、このくらい沈んだ色の方が、表地から浮いて見えない。

 

4色を抜き出して合わせてみたが、残りの3色のうち、極端に赤みが強い2色は、お客様の年合いや、雰囲気から考えて却下。一番地味なグレーに近い色も、薄すぎてインパクトが出ないために、最初から除外した。

結論として、このキモノに使った八掛は、最後に合わせた濃茶紫色。赤みを感じる茶では、どうしても八掛の色だけが目立つ。やはり深く沈む色の方が、キモノ地色とのバランスが取れるように映った。あまり色の気配が無いキモノだからこそ、八掛の色を抑えることで、うまく収まるように思う。

このようなキモノの場合、着姿を印象付ける役割は、合わせて使う帯の色や模様に任せるべきであり、八掛をことさら目立たせる必要は、無い気がする。また、渋みのあるキモノ地色には、薄色ではなく、濃い目の八掛が合いそうだ。

 

こうして、「お任せ」頂いた八掛の色が決まった。だが、もしこの同じキモノを、若い方や、雰囲気の異なる方が着用するとなれば、今回とは違う色を考えるだろう。若い人などには、最初から却下してしまった明るいレンガ色を付けるかもしれない。

本来、紬や小紋に付ける八掛の色に正解などなく、あくまで着用する方の好みで考えて良いもの。今回は、委ねて頂いたために、一番ふさわしいと思われる色を、私の主観で選ばせて頂いた。

一番無難で一般的なのは、地色や模様の配色とリンクさせることだが、今日のキモノのように、深く沈んだ地色で、中に彩りがほとんど感じられない品物には、どんな色を使っても良いように思う。例えば、芥子色とか、鶯色など、黄系や緑系の色を使っても良く、これだと茶系とはまた違った見え方になるだろう。渋く色の気配の無いキモノほど、選ぶ八掛の色の自由度が高くなる気がする。

 

最後に、一枚だけ取り寄せておいた白無地八掛を、別染して付けた品物があるので、ご覧頂こう。

藍と五倍子(ごばいし)を使った、米沢・野々花工房の手による横段縞の紬。八掛見本帳の中に、この露草のような藍紫色が無かったために、紬白生地八掛を別染して付けた。

別染の場合、色見本帳の中から望ましい色を選び、白生地を色染職人の近藤染工さんへ送る。上の画像は、見本帳と、仕上がったものの色を比較したところ。微妙に違いはあるが、色の雰囲気は同じ。

近藤さんによれば、見本帳と全く同じ色を出すことは不可能に近いと言う。ただ、大切なのは、染め上がった品物を見た瞬間に、「色の齟齬」を感覚的に感じさせないこと。この画像を見ても、僅かなブレは誤差の範囲で、頼んだ色との間に違和感はない。

 

八掛は、着用する方それぞれが、ご自分でふさわしい色を考えても良いし、信頼出来る呉服屋の意見を聞きながら、選んでも良い。僅かに覗くだけの八掛の色だが、そんな見えない所にもこだわりを持ちながら、色を考えるのは楽しい。

皆様も、今日バイク呉服屋が任された色選びを見て、「私なら違う色を選ぶ」と思われた方も多いだろう。人それぞれに色の感覚は異なり、違うことが個性に繋がる。それで良いと思う。

皆様が今日の稿で、八掛という裏地に関心を持って頂き、色選びの際の参考となれば、嬉しい。なお、以前にも八掛について書いた稿・薄地のキモノの色合わせ(2014.12.2)があるので、よろしければ、そちらもお読み頂きたい。

次回は、八掛選びの他に、最近もう一つお任せ頂いた仕事のことを、お話したい。

 

我々がお客様に対して、一番ふさわしいキモノや帯を提案し、小物類を含めてコーディネートすることは、言うまでも無く仕事の基本です。

しかし同時に、表からはほんの僅かしか見えない八掛の色や、少し振りから覗くだけの長襦袢の色や模様、さらに襟元を印象付ける半衿の種類など、いわばコーディネートの脇役のことにも、考えを及ばせる必要があります。

たとえキモノや帯といった主役は完璧でも、脇を固める品物が合わなければ、バランスが崩れます。やはり、どんな些細なことにも手を抜かず、気を配ることが、何より大切になりますね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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