バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

11月のコーディネート  飴色の装いで、遅い秋の一日を過ごす

2022.11 29

霜月も終わりに近づき、すっかり日暮れが早くなった。このところ、午後3時を過ぎれば日は傾き始め、4時半にはもう暗くなる。日の長い6月だと、7時を過ぎても明るさが残るので、今と昼の長さは2時間半も差がある。日暮れに追い立てられるように思うのは、この季節ならではのことだが、それは年の終わり・師走が近づいていることもあるのだろう。

日の短い今頃のことを表すことわざに、「秋の日は、釣瓶(つるべ)落とし」がある。釣瓶とは、あまり聞き慣れない言葉だが、これは、井戸の水をくみ上げる時に使う桶のこと。この桶は、縄の先端に付けて、滑車に掛けて使用するもの。水を汲む時に釣瓶は、あっと言う間に井戸の中に落ちていくので、この様子を日の落ちる速さに例えて、諺になった。だが今は、釣瓶のある井戸などまずどこにも無いので、目にするとすれば、時代劇のセットの中くらいだろうか。

 

こんな秋の日暮れの寂しさを、より感じさせてくれる場所は公園。それを演出しているのは、木から落ちた沢山の葉。風が吹くと、公園の片隅や道の路肩に集まって散り積り、雨でも降れば、葉は破れてぐしゃぐしゃになる。赤や黄色に染まり、木の上で鮮やかな葉姿を見せている時には、誰もが足を止めて眺めるが、落ち葉になると途端に冷たくされてしまう。これは、どこか桜の花に似ている。

だが落ち葉には、どことなく温もりを感じる。それが、ふんわりと沢山積もっているのなら、なおさらだ。鮮やかな紅葉色から、くすみを持った飴色へ。この茶褐色の枯れた姿が、静かな季節・冬の幕開けに相応しいように思える。何となく人生の「晩年」を思わせ、優しく穏やかな時間が似合うのが、晩秋という今の季節では無いだろうか。

そこで今月のコーディネートでは、飴色をテーマとしてキモノと帯を探し、冬を迎える前の落ち着いた着姿を考えてみたい。枯れ色の温もりが感じられるような、そんな装いになれば良いのだが。

 

(黒柿色 米沢琉球絣・置賜紬  晒柿色 微塵格子染帯・下井紬)

そもそも「飴色」とは、具体的にどのような色を指すのだろうか。名前由来の飴とは、水飴のことで、元々の色は透明感のある深い橙色で、柿の色に近い。そして、「玉ねぎを、飴色になるまで炒める」などと使われるように、柿よりも少しくすんだ、茶に近い色がイメージされる。時間を経て、赤や黄色にくすみが加わって褪せた飴色となり、それはやがて黒に近い褐色に変わりながら、枯れ落ちていく。どうやら飴色は、時間が経過するごとに、微妙に変化するようだ。

柿に似せた色として、古来から染められていた色に、「黄丹(おうに)色」がある。これは天皇を象徴する色・黄櫨色と同様に高貴な色(一般の者が着用を禁じられた・禁色)であり、757(天平宝字元)年に施行された養老律令・衣服令の中では、皇太子の袍の色と定められている。そして、この黄丹色染めに関わる植物染料の材料も、律令の施行細目を集成した延喜式に、下染に梔子一斗二升を使い、紅花十斤八両を用いると、正式に記述されている。

黄丹色は、赤みが強い橙・深い柿色であり、この色を基準とした周辺の色が飴色の系統に当たるだろう。それは、赤みの少ない「洗柿(あらいがき)色」であり、これより薄い「薄柿(うすがき)色」、そしてこの二色の中間色「晒柿(しゃれかき)色」など。さらには、熟した柿の色とされる「柿渋(かきしぶ)色」や、さらに深く沈みこんだ黒に近い「黒柿(くろがき)色」も、朽ちた葉を表現する晩秋の飴色となりそうである。

それでは、こうした落ち着いた飴色の気配を持つキモノと帯で、ほっこりとした「この季節ならではの着姿」を演出できるように、コーディネートを考えることにしよう。

 

(黒柿色地 米沢琉球絣・置賜紬  山形長井 渡源織物)

冬の保存食として、よく知られている干し柿。これに使う柿は、そのままでは食べられない渋柿だが、乾燥させることにより、渋みの原因・タンニンが変容して、甘い味となる。この甘さは、普通の柿の甘さとは異なり、独特の風味を持つ。この干した柿だが、軒下などに吊るして乾燥させるうちに、全体が黒ずんでくることがある。これは、渋みの成分でもあるタンニンによるもので、食べることには全く問題が無い。

この紬地も、まさに柿特有のタンニンの黒さを、そのまま表したような地の色。ほとんど黒に見えるのだが、僅かながら柿色の気配が残っている深い色である。渋柿の絞り汁を発酵させたものが柿渋で、含有しているタンニンによって防虫や防腐効果が高まるために、古くから染料や塗料として使用されてきた。本来の柿渋は渋い茶の色だが、これをもっと黒ずませた色が、この紬地のような黒柿色になる。

この紬は、井桁の中に十字を入れた絣模様と、琉球語でチミヌカータ・爪を意味する絣模様が交互に並ぶ米沢琉球絣(通称米流絣)。製織したのは、数少ない長井紬の織元の一軒・渡源織物。琉球の絣模様に類似した米沢(置賜)の絣紬は、明治初期すでに、主に長井地方で生産されており、以来「米琉」の名前で流通してきた。

米琉絣の主流はとなっていたのは、この紬のような茶系の地に小さい絣をあしらったもの。二枚の型板に絣模様を彫り、そこに糸を巻き付けて締める。この板面の凹凸によって、染まる糸と染まらない糸が生まれ、絣糸が出来上がる。これを板締(いたじめ)絣と呼ぶが、この方法が確立したことで絣糸作りが容易になり、ひいてはそれが量産化に繋がって、大きな需要をもたらした。だが現在、長井や白鷹地域で製織を続ける機屋は数軒で、それに伴って生産反数もかなり少なくなっている。

光の当たり方を変えて反物を写すと、地色には、何となく柿色が含まれているように、赤っぽく見える。絣模様はほぼ白だが、井戸枠絣の中にある小さな十字絣に、柿色を使っている。全体は暗いけれども、どことなく温かみのある冬紬のイメージが生まれているように思える。二種類の絣が繰り返されるだけの意匠だが、この単純さが米琉絣の特徴であり、良さ。では飴色に彩られた素朴な紬に、どのような同系色帯を使えば良いだろうか。この時期らしい着姿になるように、考えてみよう。

 

(晒柿色 茜染 微塵格子模様・九寸名古屋帯 下井飯田紬)

茜染の真綿糸を使った、手織りの名古屋帯。信州・飯田在住の作家・下井信彦氏が手掛けている草木染の作品。サーモンピンクに似た淡い柿色は、天日に当てて色を漂白する=晒したような色という意味で、晒柿色と名付けられる。

ご覧の通り、細かい縞があしらわれているが、ここには、地の晒柿色より僅かに濃い・洗柿(あらいかき)色が付いている。この柿色の名前は、何度も水にくぐらして洗って薄くなった色という意味なので、一般的な柿色よりは薄い色。画像では判り難いが、この帯の垂れは縞模様で、お太鼓と前が微塵格子になっている。ただ、遠目からは無地帯にしか見えない。

格子を拡大してみた。茜は飛鳥期より、赤い緋の色を染める時に使ってきた植物材料。染料として使う場所は、黄赤色をしている太目の根。この根を抽出した液に、椿の灰汁を媒染液に使うと少し濃い「茜色」になるが、アルミ媒染の明礬だと「柿色っぽく」なる。媒染剤の使い方によって、色の雰囲気が変わって来るので、作者は使う糸色を考慮に入れて、慎重に調合する。だが、あくまで自然の材料が相手なので、そう簡単には思うような発色にはならず、従ってこの仕事には、熟練した経験と知見が求められる。

真綿素材の紬生地と、自然な柿色がよくマッチして、シンプルで優しい雰囲気の帯になっている。模様が細かいので、ほぼ色だけで装う帯。ここまで単純な帯は、ありそうでなかなか無い。こちらも紬のキモノ同様に、落ち葉を思い起こす色。飴色のキモノと帯が上手く合うか、早速試してみよう。

 

渋い柿色のキモノを、明るい柿色の帯で和らげていて、合わせると渋さよりも温かみが前に出てくる。キモノの小さな絣色と帯色がリンクしているが、こうした僅かな色の重なりが、コーディネートのキーポイントになることもある。

二種類の絣が規則的に並ぶ意匠なので、仕立上げると全体に模様が散らばって、絣が目立つ姿になる。このような時は、シンプルな帯を合わせる方が、すっきりとした着姿になる。近くで写して見ると、帯に微塵格子が付いていると判るが、感覚としては無地に近い。

着姿に少しアクセントを付けるため、小物に柿色より明度の高い臙脂色系を使ってみた。実際の帯〆の色は、画像よりも僅かに落ち着いた紅色。帯揚げは、海老茶色濃淡の飛絞り。小物で紅葉の雰囲気を少し残しつつ、落ち着きのある晩秋の姿を作ってみた。(畝打組帯〆・龍工房 飛絞り帯揚げ・加藤萬)

 

今日は、枯葉の季節に相応しい装いということで、飴色をテーマにしたキモノと帯を選んでコーディネートを考えてみた。季節ごとに存在している、相応しい色の数々。これをどのように切り取って、着姿に生かすか。旬の表現には、装う人それぞれの個性が垣間見える。秋から冬へ、そして新しい年へと向かう季節。皆様には色に注目しつつ、旬のカジュアル姿を楽しんで頂けたらと思っている。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

枯れ色が残る今の季節は、落ち着いた静かな時間を過ごすことが、とても似つかわしく思います。飴色の葉は風が吹けば舞い上がり、地面に落ちてしまうのですが、木がすっかり素寒貧になるまでには、少しだけ間があります。この、最後まで枝に残る数枚の葉や、取り忘れたように残る柿の実こそが、晩秋の彩と言えましょう。

最近ではほとんど見かけなくなりましたが、私が子どもの頃、家の庭や公園などでは、落ち葉を集めてよく焚火をしていました。炎の色は赤というより濃い橙色の柿色で、手をかざすと、より暖かみが増したように感じられたものです。モノトーンな冬は、もうすぐそこまで来ています。今のうちにもう一度、飴色の葉に会いに行こうと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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