バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

パステル色で装う振袖姿(後編) 枝垂れ桜に藤、扇面散らし模様

2022.04 23

4月は、季節が混在する月。コートを手放せないほど寒い日があると思えば、半袖でなければ歩けないほど暑い日もある。朝夕と昼の寒暖差が20℃近くになる日も珍しくなく、街行く人の服装にも、冬と春と夏が入り混じっている。毎日、何を着て出かければ良いのかと、迷ってしまう人も多いことだろう。

特に気温を変化させるのは、雨。この時期、雨が降ると極端に冷える。そして「桜散らしの雨」と言われるように、4月の雨の頻度は高く、周期的に天気が変わる。昼夜の時間が同じになる春分から、清明、穀雨と季節が進むごとに、雨の降り方が変わっていく。繊細な日本人は、こうした雨の降る様子を細かく感じ取り、情緒あふれる呼び名を付けている。

昔から、「清明(4月5日頃)になると、雪降らず。穀雨(4月20日頃)になると、霜降りず。」と言い伝えられてきたが、確かにこの節気を迎えるころには、北国では雪解けが進み、霜注意報も発令されなくなる。そして、一斉に咲かせた桜や桃の花を、無常に散らしてしまう雨が降る。この、しとしとと静かに降る花散らしの春雨のことは、「発火雨(はっかう)」とか「桃花雨(とうかう)・杏花雨(きょうかう)」と呼ばれる。鮮やかなピンクの桃花に降りかかる様子は、遠目からだと火を発したように見える。そんなことから発火雨の名前が付いたらしい。

 

発火雨の後で降る雨は、穀雨。百穀春雨と呼び、百の穀物を潤し、芽吹きを呼び起こす雨。農家では、この雨を目安に種まきを始める。憂鬱な雨も、降るべき時に降らなければ、作物の恵みをもたらすことが出来なくなる。そして穀雨から二週間が過ぎ、たっぷり水と栄養をため込んだ木々が緑に輝く頃、立夏を迎える。

季節が進むにつれて、春のイメージ色・パステルも、咲き誇る花のピンクや橙色から、鮮やかな植物の緑葉や澄んだ空の青をモチーフとした柔らかみのある色へと、旬色が変わっていく。今日の稿は、前回に続きパステル色がテーマの振袖姿。早速ご覧頂こう。

 

爛漫とは、明るい日差しの中で花が咲き誇る様子を形容する言葉で、春の代名詞にもなっている。パステル地色に描かれる意匠としては、やはりそんな爛漫たる花姿が中心になるだろう。若い女性の姿を美しく引き立て、フォーマルな装いを輝かせるためには、地色と図案の相乗効果を狙わなければならない。

語弊があるかも知れないが、私は、振袖には若い時でなければ装えない色や模様を使うべきと考える。飛び抜けて鮮烈な色や大胆な模様は、振袖だからこそあしらえるものがあり、振袖だからこそ美しく映るものがある。模様の嵩が少ない、訪問着的振袖のシンプルさも悪くは無いのだが、周りの空気を一変させるくらいのインパクトがあった方が振袖らしい。そう考えれば、パステル色を融合させた華やかな図案は、やはり未婚の第一礼装らしい優美さを象徴するものと言えるだろう。

 

(石竹色 枝垂れ桜に藤 扇面散し模様 型友禅・トキワ商事 2009年)

この振袖のサーモンピンク地色は、石竹(せきちく)色。石竹は、中国原産のナデシコ科多年草で、唐撫子の名前を持つ。花の色は、濃い紅色から淡いピンク、白もある。多くは観賞用に鉢植えや地植えされ、丁度今頃から花の時期を迎える。撫子は、遠く万葉の時代から愛された花で、和歌の題材にも多く見られる。外来種の石竹も、すでに平安時代には中国から伝来していた。

秋さらば 見つつ偲へと妹が植えし 屋前の石竹花 咲きにけるかも 万葉集巻三 464

万葉集の編纂者・大伴家持は、撫子をモチーフとした歌を最も多く残しているが、上の歌もその一つ。訳すと、「秋になったら、この花が咲くから、それを見て私を偲んでください」と亡き妻が植えた庭の撫子が、秋が来る前に庭の敷石のそばに咲いたよ、となる。この歌は、739(天平11)年の6月に作られているが、歌の中で撫子は、石竹花と記されている。そして咲いたのは秋ではなく、初夏の6月。詠まれた時代を考えれば、まだ唐撫子・石竹は日本に来ていなかったはずだが、この歌からは、古くは撫子と石竹が区別されていなかったと理解される。

少し話が逸れてしまったが、この柔らかな石竹色は日本の伝統色でもあり、「ヤマトナデシコ」という言葉の通りに、従来より女性らしさが表現される色でもあった。サーモンピンクと記すと、どうしても外来的な色を想像するが、こうして色の出自を調べて見れば、若い女性が着用する振袖の地色として、とても相応しい色と言えるだろう。

背から裾に向かって垂れさがる桜。枝垂れ桜は、花を付けた枝が下に垂れる姿の優美さが愛でられたことから、江戸以前から能衣装や小袖の意匠として用いられてきた。華やかな振袖の地を埋める春の花としては、最適かと思えるが、桜とともに着姿のポイント・上前衽と身頃に使われているのが、藤の花。この花も桜同様に、花の房が下へと自然に垂れる。

花の盛りは、桜が終わった丁度今頃から初夏にかけて。白や薄ピンク、薄紫の優しい色の花を付け、上品な美しさを醸し出す。平安期、摂関家・藤原氏が権勢をふるう頃、藤花は藤原氏の象徴として尊ばれ、格の高い花と位置付けられていた。この時代には公家社会の文様・有職文が形作られたが、八つ藤や藤の丸、藤立涌などの藤をモチーフにした文様が数多く見受けられており、藤原氏の影響力がいかに強かったのかが伺える。

爛漫な春を演出する桜と藤、その間に散りばめられているのが、扇。紫と朱の扇面に金箔を蒔き、袖や身頃など模様の中心となる箇所へ舞わせている。末広とも呼ばれる扇は、縁起の良い器物として平安期より意匠化されたが、今なお吉祥文様として、留袖や振袖などフォーマルモノの中にあしらわれる。それでは花と扇の舞う様子を、キモノ全体に表現した「春いっぱいの振袖」に、どんな帯、そして小物合わせをして、より優美な姿としたのか、続いて見て頂こう。

 

(白地 透花更紗文 袋帯・龍村美術織物)

白地に、小さい唐花で構成した七宝の中に花菱を入れ込み、そこに欧州の紋章を思わせる四枚花弁をあしらう。龍村が更紗文と名付けたように、全体に外来的な雰囲気が見えているが、その図案は天平的でもあり、どことなく南蛮ぽさも感じる。そして輪郭に七宝図案を使ったことから、和と洋を融合した不思議な模様となっている。

白地に銀糸を多用し、花の配色は橙、水、若草。いずれも優しいパステル色を使っている。そのため、全体がふわりと優しい帯姿となる。龍村の帯は、光に糸が反射して、強烈なシルエットを放つものも多いが、こうしたはんなりとした印象を持たせる帯もある。では、振袖に合わせてみよう。

 

白銀の龍村帯を使うことで、振袖地色の石竹色を少しだけ抑える。こうしたキモノにビビッドな金や黒地の帯を使えば、豪華さが増してフォーマル感がより高まると思うが、色を鎮めることでは、柔らかな印象が得られる。そして、キモノの古典的意匠に対して、帯には唐花系特有のモダンさがある。図案が対照的なコーディネートだと、バランスの良い着姿が生まれやすい。

パステル色の振袖に白地帯は、優しく上品な未婚女性の姿を表現するには、鉄板と思う。キモノ地の石竹ピンクと帯模様の唐花橙がリンクし、全体の雰囲気を高めている。帯配色がパステル一辺倒になっていることで、コーディネートの方向性がより判りやすくなる。

前回の振袖小物と同様、伊達衿には深い紅色を使い、衿元を強調させてみる。全体が柔らかい色で包まれるので、どこかに着姿を引き締める役割を果たす色を入れる。それが伊達衿や帯〆、帯揚げになる。襦袢の刺繍衿は、細かい桜花を散りばめたもの。この場合、刺繍衿の地は白を使う方がすっきりと見えて、伊達衿の赤がより映える。

帯〆は、はっきりした紅色に所々金糸を組み込んだ、しっかりとした貝ノ口組。帯揚げは絞りで、紅色と斜めパステル色を交互に付けたもの。小物を効果的に見せる工夫は、体操の着地のようなもので、これが決まるかによって、着姿の出来栄えが変わる。どんなコーディネートでも同じだが、振袖に関しては、特に小物の重要性を感じる。

そして、振りから僅かに覗く長襦袢も、可愛さにこだわる。色とりどりの菊花に埋め尽くされた、優しい色の襦袢。重めの生地を使っていて、一見小紋のキモノに見間違う。実際にこの襦袢生地を、子どもの三歳や七歳祝着に使うこともある。加藤萬の手による、こだわりの長襦袢。(帯〆・絞り帯揚げ・伊達衿・刺繍半衿 すべて加藤萬)

 

穏やかな春の陽気に誘われるように、二回にわたり、パステル振袖の明るく優しい姿をご紹介してきたが、如何だっただろうか。振袖に限らず和の装いでは、どのような印象を持たせるかにより、選ぶ品物が変わってくる。着用の場面はもちろん、着る方の色や模様の好み、つまり感覚として、人それぞれが持っている個性によるところが大きい。

そして振袖の場合は、装うお嬢さん本人だけでなく、お母さんや時にはおばあちゃんの意見も加味される。みんなで装いに関わるというのは、ほぼ振袖に限られるだろうが、それだけ特別なモノと意識されており、「大人になった証」を着る楽しみ、また着せる楽しみが、家族に満ち溢れている品物と言えよう。                最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

春3月、花が咲くことを促すような雨・催花雨(さいかう)が降ります。そして桜の頃には必ず花散らしの雨が降り、それを桜流(さくらながし)と呼びます。春の雨は、霧雨のようにしとしとと静かに降り、それは春霖(しゅんりん)とか小糠雨(こぬかあめ)などと表現されます。

古来、農耕民族だった日本人は、作物の発育や収穫に関りが大きい雨を、とても大切に扱ってきました。だからこそ、雨の呼び名が幾つもあり、一説には400もの名前があるそうです。その情緒あふれるネーミングには、日本人の心の繊細さが見て取れますが、こうした気象に関わることや色の名前などに考えを及ぼすと、物事を言葉で形容すること、そして修飾する力においては、他の民族の追随を許さないのではと思えます。

もうすぐ大型連休が始まりますが、様々に制約される中にあっても、日ごとに強くなる陽ざしとしとやかな雨に包まれる今の季節を、どこかで少しでも感じたいものです。 今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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