バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

初めての男モノ(前編) スタンダードな大島を、スマートに着こなす

2020.10 01

今どきの若い男性の中には、女性と話すのが苦手という人が結構いるらしい。昨今では、結婚年齢が上がると同時に、生涯未婚率も上がっている。経済的に格差が付いて、将来への不安定要素が高まっていることが、結婚をためらう大きな要因とも言われているが、「話が出来ない」というのは、こうした社会的要因とは全く関りの無い、個々の「心持の問題」である。

昨年、リクルート・ブライダル総研が行った「恋愛・結婚調査2019」によれば、20代の男性未婚者のうち、交際経験が全くない人が4割(女性は2割ほど)にも上る。まずもって話が出来ない、あるいは続かないのであれば、この数字は無理もない。

 

だが、こうした人たちでも半数は交際を望んでいる、という調査結果が出ている。ただ、望んでも出来ない理由はある。それは主に3つの要因があり、まずは異性との出会いが無いこと、そして出会う場所がどこなのか判らないこと、そして自分が異性に対して魅力がないと感じていること。つまりは、自分に自信が持てないということである。

今はネットの婚活サービス全盛の時代。いくらでも自分の条件に合う相手を、効率的に探すことが出来るが、この調査では、交際できない人の多くは、自分の理想を追求するあまり、相手に条件を求めすぎる、と結論付けている。

つまり裏を返せば、交際相手のいる人は、相手に寛容なのだ。ストライクゾーンを常に広く持つと、出会いの機会は増える。自分のツボを狭めていては、絶好球さえ見逃す。とにかく、広い視野で相手を見つめ、自分で積極的に動くこと。そして苦手と思わず、何はともあれ、まず会話をしてみることが、交際への道に続いている。

 

さて、異性が苦手な若者とは対照的に、バイク呉服屋は同性が苦手である。そもそも、呉服屋と縁を持つお客様のほとんどは女性。中には、「男モノ専門店」を名乗る呉服屋もあるが、それは稀である。仕事の上では、どうしても女性との会話が欠かせない。そのため、知らず知らずのうちに「女性に慣れて」しまうのだ。

その上に私は、プライベートの時間も、長いこと女性に囲まれてきた。今はみんな家を出てしまったが、数年前までは、娘三人と妻の合わせて4人の女性が家にいて、男は自分だけ。もちろん家族なので、娘たちに異性を意識することなど無いが、いつしか私は、家の中の女性を、女性とは思わなくなっていった。

ということで、同性と関わることが少ない私にとって、たまに男性の品物を依頼されると、緊張する。何となくいつもと勝手が違うので、スムーズに商売が進まない気がする。ただそうは言っても、年に数回は「男モノ」を誂える。そこで今日は、初めてキモノを誂えることになった男性に、どのように品物をおすすめしているのか。その様子を、皆様にご紹介してみよう。このブログ読者の多くは女性の方と思われるが、今日は「男の話」にお付き合い願おう。

 

今回用意した、疋モノの男モノ大島。茶系と紺系三点ずつ。

うちで依頼を受ける男モノの仕事は、本人からではなく、奥さんから間接的に受けることがほとんどである。奥さんには、元々うちの店を贔屓にして頂いており、私とは気心が知れている。もちろん、扱っている品物もよく理解しており、商売の場に彼女が同席してくれると、話は早く進む。

今回の男モノも、奥さんから承った仕事。初めてキモノを誂えるご主人に、一番向くものを、という依頼。着心地が良くて、見映えのする一式を希望されている。

 

そこで、キモノを初めて選ぶご主人が、スムーズに品物を判断できるように、予めアイテムを絞って準備し、選択の範囲を狭めることにした。商いの経験上、こうした時に、やみくもに沢山の品物を並べても、選ぶ方を困惑させてしまうことが多いからだ。

まず私は、依頼者である奥さんと相談し、「ご主人には何が良いのか」を事前に考えることにした。幸い、この方はキモノに対する知識も豊富で、紬それぞれの特徴や着心地が判っている。結論としては、滑るような手触り、軽さ、着心地の良さをご自分の経験から考えると、初めてのキモノには、本場大島のアンサンブル(キモノと羽織を同じ生地・疋モノで作る)が良いだろうと言うことになった。

こうして私は、奥さんの了解を得て、男モノ亀甲絣大島の代表的な色「藍と茶」に絞り、ご主人に品物を見て頂くことに決めた。その六点が、最初の画像である。

 

画像は、100亀甲の藍地大島。用意した藍系3点は、いずれも亀甲絣。80亀甲1点と100亀甲2点だが、使っている染料は化学藍・天然藍と、それぞれに違う。

こちらは、茶系の100亀甲泥大島。茶の方はいずれも泥染だが、亀甲絣はこの1点だけ。後の2点は、変わり絣と横絣の微塵格子。

男性がキモノと羽織を一緒に誂える場合、長さ3丈の反物が2反必要になる。そして、キモノも羽織も同じ生地を使えるようにと、同じ反物2反分を一つにまとめてある。これが「疋(ひき)モノ」で、疋とは、反物2反分の長さを示す単位。

画像を見ると、品物は疋の長さでまとまっているように見えるが、実は6丈続けて織ってあるわけではなく、内訳は3丈ずつ2反。ということは、どの藍地亀甲を選んでも、キモノと羽織を別々に、違う反物を使って誂えることが出来る。もちろん同じ生地でも良いが、お洒落な方向きには、こうした融通は必要になる。

男物大島の反物巾は、尺五と呼ばれる1尺5分(約40cm)が基本。100亀甲とは、この巾の中に、100個の亀甲絣があしらわれているという意味である。基準は1尺で100個なので、尺五(1尺5分)だと約105個、1尺1寸巾だと約110個になる。この割合で考えると、亀甲絣一つの大きさは、凡そ1分になる。

そして、反物の長さが3丈とすれば(実際には3丈3、4尺と長くなっているが)、計算上では、一反の中に見える亀甲絣の数は、35万個程度。これが疋モノになると、70万個以上という気の遠くなる絣の数。亀の甲羅の六角形を絣で表した「亀甲」だが、こうして反物に整然と並ぶまでには、計り知れないほどの手間が掛けられている。

 

お客様が初めて選んだキモノは、藍の亀甲絣。この中でどれにするか、迷うところ。

さて、品物の準備が整ったところで、依頼された方に連絡をし、ご来店頂いた。もちろん、奥さんが同伴してご主人がやってきた。まず最初に、誂える初めてのキモノとして、いかに大島が優れているか説明をする。話の中心は、大島の糸質や糸の染め方、絣作りや製織のことなど。

ご主人には、とても熱心に耳を傾けて頂いたが、やはり和装には不慣れなので、全てを任せたいと仰られる。そこで私と奥さんとで、予め選んで用意した6点の疋モノをご主人に見てもらうことにした。

こういう時の品物選びは、売り手が品物の詳しい説明をすることより、着る人の感覚が大切。それは何かと言えば、これまで一度もキモノに手を通したことが無くとも、誰もが持っている「色の好み」である。何故ならば男モノは、色と図案で構成される女モノとは違い、ほぼ色が品物の決め手になるから。おそらくこの亀甲絣も、遠くから見れば模様は全く見えず、色だけが前に出るだろう。

 

そこでまずは藍と茶の二択だが、ご主人は藍を選んだ。実はこの方、とてもお洒落な方で、着用されているスーツのほとんどがオーダー。生地にこだわり、色を吟味しながら、ご自分が納得する洋服をその都度誂えられている。だから「生地の色を見る感覚」は、これまでの経験から、かなり鋭敏になっている。

スーツの色は、ご自身が大好きな青や紺系が中心。ご本人は、「スーツとキモノでは、着用した時の色の映り方は違うように思うので、キモノでこの色を上手く着る自信はないですが」と話す。だが、自分の好きな色を装うことは一番大切で、特に「初めてのキモノ」では、これが全てでも良いと思う。キモノ映りを気にされているが、好きな色は、安心して着用できる色でもある。

藍系に決まったものの、三点の色は同系でも微妙に異なる。雑駁に言えば、キリっとしたビビットな色、少しくすみのある落ち着いた色、そしてこの二色の中間的な色合い。三点の疋モノを、鏡の前で交互に掛けながら、顔映りを見る。

そうして最終的に選ばれた大島が、上の画像の品物。3点の中で一番落ち着いた、渋みのある藍のキモノ。100亀甲で化学藍。キモノと羽織は共生地(同じ生地を使う)にするので、この亀甲絣を疋モノで使う。

鏡に映った色の気配を見ながら、選んだ色。ご主人はほとんど迷わず、この色に辿り着いた。これまで、ご自分でスーツを誂えてきた経験が、十分に生かされた結果と思う。私も奥さんも、ご主人が納得された様子を見て、嬉しくなる。さあ、キモノと羽織が決まったので、帯や襦袢に移ることにしよう。ここまでくれば、もう一息である。

 

今回用意した角帯は10点ほど。色目は茶、濃茶、臙脂、芥子など様々。

先に選んだキモノの上で帯を合せつつ、色のバランスを見ながら、考えてみる。ご主人は、どちらかと言えば「シックな着姿」を望んでいることが判ったので、帯色は目立たない深い色を勧めてみる。そこで決めて頂いたのが、画像の左上に見える、濃茶色地にごく細い芥子色の縞の米沢織。柔らかみのある織風合は、初めての方でも締め心地が良さそう。

さらに長襦袢。用意したキモノの藍・茶の地色に合わせて、同系の色を準備する。

藍系のキモノを選ばれたので、襦袢も同系になる。少しお洒落に、絞りで瓢箪を模様付けしたものを使うことにする。半衿の色は、襦袢地色よりも少し濃い同系。そして、羽織紐に渋い黄土色の市松柄を、また羽織裏には青みのあるグレーに小格子を染め分けたものを選ぶ。小物や裏地も、一点ずつご主人に意見を聞きつつ、選んでいく。こうして、徐々に全体像が判り始めると、誂える気分も高まっていく。大切なことは、着用される方ご本人が、「自分で品物を選んだ」という感覚だと思う。

 

仕立て上がった大島のキモノと羽織に、角帯と羽織紐を添えて、写してみた。

こうして、改めて出来上がった全体像を見てみると、バランスの取れた組み合わせになっているように思える。キモノと羽織は、とても落ち着きのある藍地亀甲の対。そこに深い茶の角帯が違和感なく馴染む。しかも帯の芥子色の縞が、絶妙のアクセントになっている。また羽織紐の市松模様が、なかなかお洒落で、着姿に存在感を覗かせる。

初めての和装姿として、大島の高級感が十分感じられ、帯や小物との色の取り合わせも上手く出来ている。きっとこれなら、野暮ではない「スマートな着こなし」が出来るはずだ。男モノとして最もスタンダードな亀甲絣を、さらりと着こなす。奥さんと揃って和装でお出かけするには、またとない一組になったように思えた。

 

今日は「初めての男モノ」と題して、男性がキモノを初めて装うために、どのように品物を選んでいるかをご覧頂いたが、如何だっただろうか。

和装にほとんど縁の無い男性にとって、キモノ選びは、とても難しいことのように感じられるだろう。けれども、品物の準備の仕方や、見せ方の工夫によって、本人が選びやすくすることが出来る。そして、こうして揃えた品物には、自分がこだわって誂えたという思いが残る。それこそが、キモノを着用する動機付けに繋がり、結果として、和装への関心が高まっていく。

人が、キモノに縁を持つきっかけは様々だが、呉服屋としては、多くの人に「誂えの楽しさ」を感じて頂きたいと思う。お客様がモノ選びに、どれだけ満足出来るか。それは兎にも角にも、呉服屋の手腕に掛かっている。今回は前編として「スタンダードな一組」をご紹介したが、凝った品物を選んだ例を、近いうちに後編としてお話してみたい。最後に、今回準備した品物と、選ばれた一組の画像をご覧頂くことにしよう。

 

「結婚は、人生最大のバクチ」と言う人がいますが、ある意味では当たっているでしょう。結婚前の交際時には、相手が何たるかなどは、全て判るはずもなく、一緒に生活するうちに徐々に見えてくるものです。この「見えてきた本質」が自分の許容範囲であれば、バクチは成功であり、外れれば失敗です。

我々世代では、今の若者のように熟慮せず、勢いで結婚してしまうことが、よくありました。バイク呉服屋夫婦も、まさにこれです。私がここぞとばかり家内に「がぶり寄り」を決めて、押し切ってしまいました。おそらく、相手に考える暇を与えないことが、ゴールに繋がったと思われます。今となって考えれば、家内は大迷惑だったと思いますが、結局、相手の勢いを止めることが出来なかったということになるのでしょう。

攻撃は、最大の防御。若い方も「自分に自信が無い」などと言わず、勇気ある突撃を。男なら、ここ一番で勝負して下さい。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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