バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

キモノが先か、帯が先か(後編) 宝飾文・帯に合うキモノを探す

2019.03 17

先週の火曜日、先月限りで商いを終えた菱一で、最後の「売立」が行われた。これは、今回終業するに当たり、手持ちの品物を売り捌くためのもので、これまで取り引きのあった小売店が、菱一から品物を仕入れる最後の機会であった。

この日の売立開始時間は、朝9時と決まっていたが、バイク呉服屋が菱一へ着いた8時45分には、すでに15軒以上の呉服屋が店の中で待っていた。都内の有力な専門店を始めとして、北関東や北陸、東北から駆けつけた店もある。

社長の桟敷さんが、「今は、悲しく情けない気持ちで一杯ですが、この最後の機会に、一点でも多くお見立て頂ければ、有難いです。」と挨拶する。その言葉には、商いを終えてしまうことへの無念さが、滲み出ている。私も、自分が仕事をしている間に、こんな日が来ようとは思わなかった。社員はもちろん、いつも事務処理を担当していた女性達も、寂しさは隠せない。

 

菱一としては、商いを終えるにあたり、出来る限り在庫を処分し、現金化したい心積りがあるので、この日は破格の値段が付いている。小売屋も、それが判っているから、朝早くから来て、先に良品を手に入れようとするのだ。質に間違いの無い菱一の品物を、これほど安く仕入れられるのは、最初にして最後。人の不幸につけ込んだようで、後ろめたい気持ちはあるものの、魅力的な仕入れ機会であることに、間違いはない。

時計が9時を指すと同時に、売立開始。この頃には30軒以上の店が集まり、会場は大混雑となる。一つの店で数人を連れてきているところは、染モノ、織物、帯と分かれて、一斉に品物確保へと動く。私なんぞ、その勢いに気後れし、しばし呆然とその様子を見ていた。

目ぼしいものはすぐに無くなってしまったが、私は「落穂拾い」のように、残った品物の中から、自分の店に向くモノを選ぶ。黒留袖や色留袖、さらに夏薄物などが、少し多く残っている。これらの品物は、贅沢な加工を施した江戸友禅や加賀友禅であっても需要が少なく、持っていても売る機会がなかなか見つからない。実際の商いの場で、即戦力とならない品物は、どうしても敬遠されがちになる。

私は、そんな品物の中から数点を選び、最後の仕入れをさせて頂いた。必死になって商品を確保しようとする他店の姿を見るにつけ、改めて、私も含めて小売店が、もっと普段から仕入れが出来ていれば、こんな日は来なかったのにと思う。そしてもう、この店に来ることも無いと思うと、寂しさが募る。

最後に、社長とうちを担当してくれた社員の大原くんにお礼と別れを述べて、菱一を後にする。これでこれからは、東京へ仕入れに来る機会も少なくなるだろう。

 

最初に寂しい話をしてしまったが、私は、これからも商いを続けて行かなければならない。そのためには、菱一の穴を埋める品物を、何とか探し出す努力が求められる。だから仕入れには、これまで以上に、心して掛からねばなるまい。

さて今日は前回の続き、先に求めた品物に対し、後から向くモノを合わせる事例をご紹介しよう。今度は前回とは逆に、先に帯を決めて、後から相応しいキモノを考えることになったケースである。

 

銀引箔 ペイズリー模様・袋帯 滋賀喜  薄墨桜暈し 唐花文・付下げ 松寿苑

キモノあるいは帯のどちらかが先行し、後からそれに合わせる品物を見つける依頼としては、圧倒的に先にキモノがあり、後から帯を探す方が多い。つまり今日ご紹介するような、まず帯があり、そこから新たにキモノを見つけるケースは、稀である。

探す難しさを考えてみると、帯を探すより、やはりキモノを見つける方が厄介だ。キモノはアイテムにもよるが、その色目や模様構成から合わせる帯を類推しやすい。もちろん前回のように、どのような雰囲気の着姿とするのかテーマが決まっていると、ある程度品物を絞ることが出来る。

けれども、帯が決まっている場合には、これをどのような場面で使うのか、その目的がはっきりしないと、キモノの選びようが無い。例えば、第一礼装で着用すると決まっているならば、少し楽にはなる。黒や色留袖ならば、地色の範囲は狭く、帯の雰囲気に添う模様を基準に考えるだけで良くなる。

 

最も頭を悩ますのが、付下げや訪問着を探す場合。これは、着用の場が広がることで、様々な着姿を想定しなければならず、色目や図案を絞ることが難しくなる。そして、「一枚のキモノに三本の帯」と言われるように、帯は多面的な使い道を考えることが必要で、他のキモノに対しても、ある程度順応性を持つことが求められる。

とにかく、まずは依頼する方がすでに求めてある帯を生かし、どのような着姿を思い描いているのか、その希望を聞かなければ何も始まらない。ここは前回と同様である。

 

今回、合わせるキモノの依頼を受けた、銀引箔 ペイズリー唐花文様・手織袋帯

この帯を求めていた頂いたのは、都内在住のお客様で、もう2年ほど前になろうか。この時は、単衣に向く訪問着と帯の依頼を受けて、品物を持参したのだが、一通り求める品物が決まった後、ふとこの帯に目が止まった。

銀引箔の地に、中心の唐花を四辺で囲むペイズリー。糸の配色は、ほぼ優しいピンクの濃淡と銀だけ。そして、正倉院の宝飾品を思わせる模様。煌びやかな中にも、控えめで上品なこの帯の姿に惹かれたのである。

この時、お客様の手元には、このペイズリー帯に合わせるキモノは無い。しかし、どうしても持っていたいと話される。そこでとりあえず、この帯を使う予定が無いのならば、相応しいキモノが見つかるまで、バイク呉服屋で預ることを提案した。こうして先に帯が決まり、キモノが宿題となった。しかも、帯の品代は先に頂戴してしまったので、何としても、お客様が納得出来るキモノを見つけなければ、責任が果たせない。

その上、この帯を使う着姿のテーマを私に任せるという。これは私が、お客様の好みを忖度し、雰囲気に見合う品物を探すことを一任されたことになる。お客様の方から希望があれば、まだ探すヒントにはなるが、それを自分自身で見極めなければならないとすれば、なお大変である。「いつでもよいので」と、宿題提出の期限は定められていないものの、いつかは答えを出さなくてはならない。

 

中心の四枚花弁を二つ重ねの花菱が囲み、四隅には唐花を付随したペイズリー。ほのかなピンクを感じる地色と、銀主体の配色により、華やかな中にも、ふわりとした印象を残す。極めて上品な、宝飾的文様。

この図案のように、菱形花弁を真ん中に置き、四隅あるいは、左右上下対角、また円形に模様を配置する構図は、天平期特有の文様配置である。正倉院の収納品に見られる文様には、幾つかの特徴的な配置法則があり、それは対称式、旋回式、放射状式、散布式、絵画式などにすみ分けることが出来る。この帯を見ると、中心花弁を境に、左右上下が相対した文様で構成されており、対称式配置法になっていることが判る。

またこの帯で、あしらわれている文様の素材をみると、中心花弁は、天平幾何学構成文のうちで最もポピュラーな、四弁花菱。さらに周りには、唐花ペイズリーが彩りを添える。ペイズリーは、唐草と同じく、聖なる樹木・ナツメヤシを起源としており、この二つの文様の原型は、輻輳している。

唐花・唐草文は、ペルシャから中国、そしてインドへと伝わる。中国では装飾性の強い宝相華文へとアレンジされ、一方インドでは多彩な更紗文様へと発展する。ペイズリーには、生命の源が宿るとする宗教的な意味があり、それが胎児や勾玉を連想するその形に表れているのだろう。

では、この天平宝飾文には、何を合わせると良いのか。悩んだ末に私が出した結論は、キモノを帯と同化させ、着姿全体をまとめ上げるコーディネート。つまりは、キモノも帯同様に、正倉院的な雰囲気の意匠を用い、さらには配色も出来る限り近いものを選ぶということになる。そして、アイテムは付下げに絞った。全体に模様の繋がりを持つことが多い訪問着よりも、図案の嵩が少ない付下げの方が、よりすっきりと着姿が仕上がるように思えたからである。

さて、このテーマに添って、どのような品物を探したのか、ご覧頂こう。

 

薄桜鼠地色 裾薄紅藤ぼかし 正倉院蔓唐草花模様・付下げ 松寿苑

こうして探すキモノのアイテムとテーマは決まったものの、おいそれと相応しい品物は見つからない。そもそも、この宝飾文様の帯と雰囲気が類似するキモノは、これまであまりお目に掛かったことが無い。

唐花や唐草をモチーフにした正倉院的な品物は、ある程度見つかるだろうが、それとてどんな図案でも良いという訳にはいかない。そして問題になるのが、地色と模様の配色。帯の色目から考えれば、薄いピンクか藤色を基調としたものになろうか。図案と色目双方が共にマッチしなければ、この帯を合わせた時、着姿全体に優しくて上品な「宝飾文」の姿が表れて来ない。

 

このように、予め図案や色目のテーマを決めて品物を探す時には、まず、自分の取引先が扱う品物に、それぞれどのような特徴があるのかを思い浮かべることが大切になる。それは、今回探しているような正倉院的な図案を多用し、モノ作りを行っているメーカーはどこなのか、ということだ。

それを考えると、まず私が思い浮かぶのが「松寿苑」になる。ここは家族経営の小さな問屋だが、唐花や唐草、鏡、動物や鳥文など、正倉院的要素のあるモチーフを使った付下げや小紋、染帯を作っている。そしてうちでは、これまでにもこの手の図案の品物を、何点か仕入れてきた実績がある。規模が小さいので数に限りはあるが、探すのならここで間違いは無いだろう。

 

この依頼を受けてからというもの、松寿苑へ行くたびに、テーマに見合う付下げを探していたが、やはり簡単には見つからない。図案が良いと思えば、地色が合わず、地色が良くても今度は配色がそぐわない。図案と地色、模様配色の全てが見合うことなど無いのだろうか。いっそのこと、自分で模様と地色を決め、誂え品を作るほうが早いかも知れないと、考え始めた。

そうこうしているうちに二年が過ぎた昨年の秋、別件で松寿苑を訪ね、何気なく品物を見ているうちに出会ったのが、今回の品物である。このキモノを見た瞬間、「もうこれしか無い」と直感した。図案といい、地色や配色といい、帯と同様の雰囲気を備えている。これならば、キモノと帯を同化させる着姿を演出出来ると、確信した。

 

この付下げを携えて店に戻り、改めて帯と合わせてみた。思った通り地色は類似しているが、ほんの僅かに色の差がある。キモノの裾廻りが、柔らかい薄紅藤色で暈かされていることも、品の良いアクセントになる。そして、帯のペイズリー文様と、キモノの唐花文、どちらも正倉院的ではあるが、模様がぶつかり合ってはいないので、くどさは感じられない。さらに言えば、どちらも、どこか西欧的要素を備えていることが、マッチする要因となっているだろうか。

このお客様の好みは、従来求められた品物から考えると、キモノと帯双方に色の差をあまり付けない、共色合わせ。さらに、濃地より薄地を求める傾向が強いことを勘案すれば、このコーディネートに納得される可能性は高い。

 

模様の中心、上前おくみと身頃の図案。中心となる模様は、唐草を楽器のハープのように形作り、草冠で囲んでいる。それは正倉院的というより、欧風的な雰囲気がある。そして裾にかけて、唐草の蔓が繋がる。模様の配色はパステル調で。あくまでも淡い。帯同様に、ふわりとした印象を受けるキモノである。

キモノと帯を隣り合わせてみると、色や図案に共通項の多い品物同士と良く判る。こうして、ようやくのことでキモノを探し当て、お客様の家へ赴くこととなった。幸いなことに、バイク呉服屋のコンセプトを理解され、この品物を受け入れて頂けた。長いことお待たせしたが、こうして何とか無事に課題を解決することが出来た。これも、「いつでも構わない」と、私に時間の猶予を与えてくれた、お客様の気遣いのお陰である。

 

二回にわたり、キモノから帯を、そして帯からキモノを探す仕事についてお話してきた。前回帯を探すテーマは、平安貴族的な着姿を形作ることだったが、今回キモノを探すテーマは、正倉院的な宝飾文を生かすというコンセプトを持ちつつ、品物を選んだ。

今回と前回は、図らずも、対照的な文様を指向する品物の選択となったが、何れにせよコーディネートを考える時は、軸になるテーマが必要と思う。それは、何故このキモノにこの帯を、またこの帯にこのキモノを合わせたのか、という動機付けである。まずこの前提を決めた上で、そこから具体的に模様や色目を考えることになる。少し理屈っぽくなってしまうが、お客様一人一人の個性を考え、より確かで美しい装いを提案する上では、欠かせないことだと私は考えている。

今回も最後に、仕立て上がった付下げに、帯を合わせた姿をご覧頂こう。皆様にはきっと、このコーディネートに、上品さの中にあって、どこか欧風的でモダンな雰囲気を、感じ取って頂けるように思う。

 

本文にも書きましたが、目的を持って品物を探す時には、どこでどのような品物を作っているのか、また扱っているのかをきちんと把握しておかないと、何も始まりません。ただやみくもにメーカーや問屋を廻ったとしても、目指す品物に出会える可能性はほとんどなく、それは徒労に終わるでしょう。

モノ作りをするメーカーには、それぞれにクセがあり、それが各々の個性となって表れてきます。だからこそ小売屋は、多彩なコンセプトで品物を揃えることが出来、様々なお客様の要望にも答えることが出来るのです。

私にとって、今回の菱一の終業は、「品物を探す」ことをより困難にさせてしまうはずです。残念でなりませんが、仕方がありません。ただ、目指す品物を見つけることは、これから時間を追ってますます難しくなるでしょう。この先、途方に暮れるような事態にならないことを、私は願って止みません。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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