バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

キモノが先か、帯が先か(前編) 雅楽器文・付下げに合う帯を探す

2019.03 10

宿題は、幾つになっても嫌なものだ。小中学生の時には遊ぶことに夢中で、ついぞ忘れてしまうことが多かったが、朝になって慌ててやっても、何とか間に合った。それが高校生になると、やろうと頑張っても出来なくなる。数学や物理、化学などの課題は、そもそも問題の意味がわからないので、解きたくとも解けない。終いには、「俺は国立を受けないので、やらなくても構わない」と、自分で開き直る始末である。

そして大学生になれば、レポート提出を義務付けられることが多い。しかし、今度はやる気が全く無い。やる気というよりも、そもそも学校へ行く気が無い。バイク呉服屋は西荻窪に下宿していたが、大学までは、中央線と山手線を乗り継がねばならなかった。地方出身者にとって、都会の朝のラッシュは恐ろしく、駅でスシ詰めの電車を見ただけで、乗る気が失せる。となると、結局「自主休講」となり、そこからレポート未提出、単位未認定と進み、留年への道を一直線に辿ることになった。そしてそのうち、旅に出ている時間の方が長くなって、東京からも姿を消した。

今考えても、こんな自堕落な学生生活を送っていて、よくぞ卒業出来たものと思う。今の学生さんは、きちんと学校に通い、様々な資格を取得した上で、早くから就職活動にいそしむ。その真面目な姿勢は、不良の私なんぞが、到底真似出来るものではない。

 

さて、紆余曲折を経て、何とか堅気の道に入り呉服屋の跡を継いだが、今も課題に苦しむことがある。これは、お客様から依頼された仕事なので、学生時代のように逃げる訳にはいかない。とにかく結果を出さなければ、それこそ信用に関わる。

様々な課題の中にあって一番難しいのは、先に単独で求めて頂いたキモノ、あるいは帯に対して、これと合う最も相応しい品物を探すことである。本来ならば、キモノと帯を同時に求めて頂ければ問題は無いのだが、その時に納得出来る品物が無かったり、また着用する場が決まっていなかったりすると、どちらかが先延ばしとなる。またお客様が、偶然キモノや帯を単品で見初められて、後から合わせる品物を探す場合もある。

いずれにせよ、帯とキモノどちらか一方がすでに存在し、それに見合うモノを選ぶことは、かなり厄介な仕事である。そしてその依頼は、すでに求めてある品物から、ある程度見つける品物のテーマが決まっていることがある。例えば、先に求めた品物が平安貴族的な文様のキモノならば、帯も同様の雰囲気でとか、帯に有職文を求めていたら、春秋に使える風景文を探して欲しいとか、である。

 

もちろんバイク呉服屋は、希望に添える品物を探し、お客様に提案しなければならないが、テーマは合っていても、色目とか着用する方の好みまで勘案しなければ、納得しては頂けない。もちろん、価格面も考える必要がある。だから、そう簡単にピタリと納まるモノが見つかることは、極めて少ない。

そこで今日から二回は、先に「求めて頂いた品物」に対して、後に「相応しい品物を探す」という課題に、私がどのように対処したのかを、ご覧頂くことにしよう。

 

桜色地 平安雅楽器文・付下げ 松寿苑  金引箔 几帳文・手織袋帯 紫紘

学校の宿題や課題は、提出する期限が決められているので、否応無く向き合わなければならないが、お客様からのこのような依頼には、着用する日時が決まっていない限り、特に「いつまで」という制約はない。人間は、時間制限があればこそ、一生懸命に課題に取り組むと思うが、その条件が無いというのは、とても困る。

すぐに必死になる必要はないが、さりとて、いつまでも待たせる訳にもいかない。そして、探すにしても、「これだ」という品物が見つかることは少なく、むしろ、思わぬときに偶然出会う場合が多い。だから、依頼された品物に見合う条件を、いつも頭の隅に置きながら、問屋やメーカーを巡らねばならない。

 

今回、合わせる帯を探す依頼を受けた、桜色地・雅楽器文様の付下げ

読者の方には、この品物に見覚えのある方もおられると思うが、この付下げは、一昨年2月のコーディネートで取り上げたもの。ブログで紹介した後、昨年の春になって千葉県在住のお客様に見初められ、お求めを頂いた。遠方ではあるが、この方とは以前から何回も商いをさせて頂いており、気心は知れている。

着用の予定は無いが、優しい桜色の地色と楽器文の雅やかさが醸し出す、「平安貴族的」な雰囲気に目が止まり、どうしても求めておきたくなったそうだ。また、学生時代にマンドリンを嗜んでいたので、琵琶を始めとする楽器文には、特に心を惹かれると話される。品物を仕入れた私としても、お客様の方からこんな申し出を頂けることは、商売冥利に尽きる。

そして折角なので、このキモノに見合う帯も、求めておきたいとのこと。「帯が見つかるまで、キモノは仕立をせずに預って頂けるでしょうか」との希望を快諾し、私は時間を頂くことになった。

 

普通、呉服屋がこんな依頼を受ければ、一刻も早く見合う帯を見つけて商いを確定させ、品物を仕立てに回して納品をし、代金を受け取りたいと思うだろう。けれども、「スローワーク」を掲げているバイク呉服屋では、まずどのような帯を使い、着姿全体をどのように作るのか、お客様の希望を理解しないうちは、一歩も動かない。

こう書くと格好良く聞こえるだろうが、実はもともと「ものぐさ」で、なかなか動こうとしない私の性格が、こんな仕事の進め方をする大きな要因でもある。

 

模様の中心・上前おくみと身頃にあしらわれた雅楽器は、琵琶と横笛、笙の三種。

では、この方はどのようなテーマを持って、合わせる帯を希望したのか。それは、貴族の舞楽を思い起こすこのキモノの意匠を生かし、帯でより王朝的な雰囲気を醸し出すことを求めたのだ。つまりは、着姿全体を「優美な平安コーディネート」でまとめたいということになろうか。

実はこのお客様からは、この付下げを求めて頂く以前に、空色地に正倉院唐花文様の付下げに見合う帯の依頼を受けていて、この時にはまだ、その希望に答える品物を提案できていなかった。前の依頼では、探すモデルとなる帯が決まっていたが、それが下の画像にある紫紘・銀引箔横笛文。やはりこの方が惹き付けられるモチーフは、楽器文なのである。

 

2014年2月のコーディネートで使った、紫紘の銀引箔・横笛文様袋帯。

この帯は、付下げと同様に楽器文・横笛をモチーフとしている。どちらかと言えば、地を空けて図案を配し、すっきりした帯姿。また銀引箔地にも、控えめな印象が残る。

こうして、前の課題を解決しないまま、新たな課題を頂戴してしまったが、今回の雅楽器文付下げに、以前希望されたモデルの横笛文では、合わないだろう。キモノと帯双方に、同じモチーフを重ねて使うことには、やはり違和感が残る。また、銀やプラチナ箔の地では、おとなしくなりすぎて、キモノに対して押さえが利かない。

諸々のことを考え合わせてみた時、具体的に探す帯は、シャンパンゴールドをイメージするはっきりとした金地色に、草花文でも楽器文でもない、平安貴族の御殿に設えてあるような調度品をモチーフにしたものと、バイク呉服屋とお客様の間で結論を出した。では、どのような帯を選んだのか、ご覧頂くことにしよう。

 

金引箔 几帳に文様尽くし 手織太鼓柄袋帯・紫紘

こうした依頼を受けた場合には、まず私が、紫紘の東京営業店か京都本社へ出向いて品物を探し、そこで見合うモノが見つかれば、一時借り受けることを願い出て、今度はそれをお客様にご覧頂くという手順を取るのが、普通である。

小売店がメーカーから一時的に品物を借りて商う「浮き貸し制度」は、こんな時には非常にありがたい商慣習だが、この手段はあくまでも便宜的な方法であり、商いの本筋はやはりきちんと品物を買い取ると、弁えていなければならない。いくら都合の良い制度であっても、この浮き貸しだけに頼り、自分で品物を買って店に置くリスクを背負わないのは、商いの原則に反する。

 

さてそこで、目指す帯が見つかったとしても、これを依頼された方にお目にかける場を、バイク呉服屋は作らなければならない。これは、私がお客様のお宅へ出向くか、それとも店に来て頂くかである。そして、商いの日時を詰める必要もある。品物を借り受ける時間は、あくまでお客様にご覧頂くその一日だけに限定しなければ、快く一時貸しを承諾してくれた取引先に、迷惑をかけることになる。

ということで私は、お客様と取引先の間に立ち、様々なことを勘案して、商いの場を作る。煩雑ではあるが、そんなことは言っていられない。期待して待っている方のことを考えれば、何でもないことだ。けれども、今回はあえてこうした方法は取らず、別の方法で品物を見て頂く場を作った。それは、依頼された方を、直接京都の紫紘本社へお連れするという、ある意味では究極の手段である。

 

無論消費者は、通常ではメーカーや問屋から直接品物を求めることはできない。そればかりか、その店の暖簾をくぐることすら難しい。けれども、双方の間に立つ小売屋が一緒にいるならば、それは可能となる。もちろんそこで、小売価格が問屋の仕入れ価格になるようなことはなく、品物を見て頂く場を提供するだけの目的、つまり「売り場」を提供するのである。

メーカーの本社であれば、品揃えがあり、お客様の希望する品物が見つかる可能性が高い。小売屋も自分で品物を探す時間や、その後のお客様やメーカーとのやり取りを省略することが出来、効率よく仕事を進めることが出来る。メーカーとしても、品物を貸すことなく、捌くことが出来るかもしれない。これは、消費者、小売、メーカーといずれにも利があり、いわば「三方良し」の方法と言えるだろう。

 

だが、こうしたやり方はあくまで例外的である。直接お客様をお連れするには、条件が幾つも必要となる。まず小売屋とメーカーの間に、長い直取引の信頼関係がなければ難しい。普段から品物を買い取り、商いの実績があることはもちろん、そのメーカーの仕事を理解し、評価していなければ、このような無理は聞いてもらえない。

また、お客様の依頼が、「このメーカーの品物」と限定されていなければならない。そして、具体的にどのような色、図案を望むのかが、はっきり決まっていること。つまりは、目的が絞られていることが必要なのである。そうでなければ、品物がいくら沢山並んでいようとも、駄目である。

今回の依頼は、この条件を全て満たしていた。お客様が希望するメーカーが紫紘だったこと、また求める帯の具体的なイメージが固まっていたことで、私はこうした商いの場を作ることが出来た。そこで昨年の秋、この方が京都へ旅行する日に合わせて、紫紘へお連れすることになった。もちろん、先に求めて頂いた雅楽器文の付下げを反物のまま携えて、ご一緒させて頂いた。

 

訪問する前、お客様が求めたい帯は、金引箔の平安的な器物文であること、そして希望する価格を、予め私から紫紘へ伝えておいた。先方に準備をしておいてもらえば、スムーズに目指す品物をご覧頂くことが出来るからである。

さすがに本社だけのことはあり、到着したときには、十数本の帯が用意されていた。それは全て、地色に金引き箔を使った、明度の高いシャンパンゴールドであり、モチーフは平安貴族の生活に密着した、几帳や鏡、手箱の調度品類、さらには貝桶や貝合わせのような、遊びにちなんだ道具文ばかり。

そこで上の画像のように、持参した付下げの上に一本一本帯を載せながら、キモノと帯の合わせを見ていく。十数本の帯を比較し終わったところで、私とお客様の意見が一致した。「やはり、この几帳が一番合う」。こうして選ばれたものが、几帳の帳(とばり)に流れる帷(かたびら)一本一本に細密な文様をほどこした、上の帯だった。

 

輝きを放つ金箔地の上に並ぶ、二基の几帳。風にそよぐ帷の姿を、自然な織姿で表現している。

几帳は、平安貴族が目隠し、あるいは部屋の間仕切りとして使った代表的な調度品。図案のように、二本の柱に横木を渡して帳を垂らしたもので、帳や付随した紐には、絹の綾織を使っていた。まさに、貴族の暮らしに密着した器物であり、優雅な王朝を連想させるに相応しい文様と言えよう。

拡大すると、帷ごとに細密な文様が織り出されていることが判る。上の画像だけを見ても、菱文、亀甲文、花の丸文、青海波文、七宝文と幾つもの文様があしらわれ、それと共に、菊、楓、牡丹唐草、桐、萩と四季の草花が咲き誇っている。このような、細かい文様を細密に織り出すことにかけては、紫紘の右に出る織屋はないと、私は考える。

帯の前姿と、キモノとの映り。几帳の帷だけを取り出し、自然に絡げさせている。太鼓と前の模様を変えていることは、紋図を別々に起こしていることとなり、それだけの手間が掛かっている。お太鼓の華やかさとは対照的に、前はすっきりと見せる。一本の帯で、前姿と後姿に違う印象を持たせるのも、この品物が際立つ特徴となろう。

 

こうして、今回の課題を無事完了することが出来た。私とお客様が同時に、「これだ」と見定めることの出来る帯に出会えたことは、幸運であった。

呉服屋がお客様の思いや希望を共有し、求める品物を探す。そのために、時間を掛け、手を尽くすことを厭わない。ただ一度の商いというなかれ、一点の品物に向き合うその時間こそが、大切なのである。だから、その願いが適った時の、喜びは大きい。

大切な品物に出会えた瞬間、それは、思いを寄せていた人に気持ちが伝わり、恋愛が成就した時の達成感に似ているのかも知れない。次回は、先に帯が決まっていて、後からキモノを探すケースをご紹介する。

最後に、仕立て上がった付下げに合わせた帯姿をご覧頂きながら、稿を終えることにしよう。皆様にはきっと、このコーディネートに、優美で貴族的な雰囲気を、感じ取って頂けるように思う。

 

世間的に見れば私は、かなり不真面目な学生生活を過ごし、呉服屋になるまでに回り道をしました。図らずも継いだ家業ですが、今の仕事のやり方には、若い頃の無駄に思えた経験が生きているように思います。

それは、結果を急がず、時間を掛けても、出来る限りの手を尽くすこと。目標に向かって一直線に進んで事を為すよりも、むしろ、悩んだり迷ったりしながら、螺旋階段を上がるように辿り着くことの方が、得られるものは大きいのではないでしょうか。

私は、若い人たちには、自由で無駄な時間を持って欲しいですね。レールから外れてみると、見えてくる景色も違ってきますから。

今日も、長い話にお付き合いを頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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