バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

和裁士へ仕事を出す前に、バイク呉服屋が為すべきこと

2019.03 23

残念なことに、私には跡継ぎがいない。けれども、もし誰か呉服屋を志す者がいるとすれば、何から教えるべきか。それはおそらく、品物の売り方や仕入れ方ではなく、直し方からかと思う。

駆け出しの者が最初に覚えることと言えば、まずは品物の扱い方である。反物を上手に巻けるようになること、呉服札をきちんと付けられるようになること、キモノや帯をきれいに畳めるようになること、さらにきれいに荷作りが出来ることなどが、基本となる。反物の巻き方は、始めは実際の品物には触れさせてもらえず、巻いてある芯を使って、反物を手で送る感覚を身につけていく。

 

これが一通り出来るようになると、次は、尺差しと鋏の使い方を覚えなければならない。寸法を測ることと裏地を裁つことは、呉服屋の仕事の基本。この動作がきちんと出来なければ、お客様の前には出られない。シンモスのハギレを利用し、尺差しと鋏を使って、生地を裁つ練習を繰り返す。寸法通りまっすぐに美しく裁てなければ、和裁士に技量を見透かされ、真っ当な呉服屋として認めてはもらえない。

もちろん、すぐに上手にはならないが、努力をすれば必ず上達する。私はひどく不器用でかなり苦労したが、ある時和裁士のおばあちゃん先生に、「たとえ襦袢の襟芯に使う木綿のシンモス裏地でも、曲がった裁ちは恥ずかしい」と、注意された。こうした職人の叱責は、本当に身に沁みる。今も、裏地を裁つ時には、この言葉を思い起こし、美しく裁つことに注意を払っている。

こうして日常の仕事の中で、呉服屋としての基礎を学んでいくのだが、やはりそれなりに時間はかかる。店の棚に置く品物はもちろん、お客様から預った直しの品物を扱う前には、覚えることが実に沢山あり、簡単では無い。

 

私は、「悉皆(しっかい)」・いわゆる手直しを早く学ぶのであれば、「解くこと」が一番有効な手段だと思う。キモノや襦袢を解いてみると、構造と寸法が理解出来る。着用している方の体格から、身丈や身巾、裄がどのような寸法になっているのか。また表地にそぐう裏地はどんなものを使っているのか。縫込みはどのくらい入っているのか。解いてみれば、一目瞭然である。

また、解いてみると、和裁士の技量も判る。丁寧に誂えた品物は、縫い目が細かく解き難い。そして柄合わせや模様配置について、学ぶことが出来る。職人の仕事をきちんと理解する上においても、自分で品物を解くことが大切なのだ。

 

呉服屋になって、今年で35年。お客様の前では、判ったような素振りをしているが、実は未だに足りない部分も、私にはかなりある。難しい依頼を受けると、頭を抱えてしまうこともしばしばだが、職人さんたちと膝を突き合わせ、相談しながら何とか形にしていく。信頼出来る職人の方々がそばにいるからこそ、こうして店に座っていられる。

そこで今日は、久しぶりに悉皆仕事のお話をしてみよう。品物を挟んで職人と職人を繋ぐ時に、私がどのような工夫をして、その役割を果たしているのか。そんなリアルな日常の姿を、皆様にご覧頂くことにしよう。

 

ただいま、悉皆作業中。カウンターの上がご覧の状態なので、なるべく来客者が来そうもない時間を見計らって、仕事をする。

請け負った直しモノは、一ヶ所の職人で仕事が終わる場合と、複数の職人の手を経なければ完了しない場合とに分かれるが、寸法直しや裏地替え、仕立直しなど、和裁士の仕事を伴う悉皆は、先に、スジ消しや洗張り、しみぬき、色ハキなどの補正を行う。だから、私の仕事は、まず最初にお客様から預った品物の状態を確認し、それを東京や京都の職人へ送り、店に戻ってきたら、地元の和裁士に仕事を依頼するという手順を踏む。つまり品物は、私の所で二度交差する。

 

呉服の世界は、モノ作りだけでなく、直しや加工の仕事も分業化しているため、依頼された内容ごとに仕事の進め方が変わる。例えば、お客様からの依頼が多い「裄を広げて直すこと」を考えても、複数の職人の手が必要となる。

この仕事はまず、肩付けと袖付けの部分を解き、どれだけ縫込みが入っているか確認するところから始まる。そこで、寸法通りに広がることが判ると、スジ消し職人に送り、もとの縫い跡を消してもらう。この時、縫いスジに汚れがあったり、中に入っていた生地と表に出ていた生地で、色の違いがあれば、スジ消し職人から補正職人に品物を廻し、しみぬきや色ハキ、地直しをしなければならない。

こうして、一通りの仕事を終えて、生地がフラットになった状態で、品物が店に戻ってくる。今度はこれを、お客様から求められた寸法に直す。どのくらい広げるか、私が和裁士に伝えなければならない。そして、袷の場合は、表地は縫込みがあるが、裏地が余計に入っていないこともよくある。こんな時は、裏をそっくり取り替えるのではなく、ハギを入れて直す。外からは見えない裏地なので、こうした修復が可能になる。

 

このように、一見単純な裄直しでも、解き、スジ消し、しみぬき補正、寸法直しと、異なる直しの技術が含まれている。依頼する呉服屋は、職人それぞれの仕事を理解し、どのようにすれば、最も良い状態で品物をお客様に戻すことが出来るか、そして、費用負担の少ない方法は何かを探る。

悉皆は、「手間は掛かるが、利は少ない」と弁えるべき仕事ながらも、呉服屋としての力量が試される大変重要な仕事である。そして、この仕事への向き合い方一つで、その呉服屋の姿勢が決まるとも言えるだろう。だからこそ、若い人には、「直し」から仕事を教えなければならないのだ。

 

この日の仕事は、洗張りをして戻ってきた品物の状態を確認し、裏地を準備した上、依頼されたお客様の寸法を付記して、和裁士に手渡す準備をすること。洗張職人の加藤くんが、一度に10点もの品物を仕上げてきたので、全部目を通すのにも、かなり時間が掛かる。

洗張り出来た品物は、紬のキモノ、絞り羽織、小紋、お召しと様々で、キモノは裏地をそのまま使うもの、八掛だけを変えるもの、洗張りの状態を見てから裏を考えるものがあり、キモノからコート、羽織へとアイテムを変えて仕立てるものもある。それぞれの品物で施し方が異なる上、依頼者も違うので、寸法も異なる。

それぞれの品物で状態に違いがあり、洗張りでどの程度修復できたか、確認する必要がある。中には、解いてみて初めて気がつくヤケや変色があり、職人からの伝票には、仕立てへ廻す際の注意点も記されている。

これは、今回洗張りに回した大島紬に私が付けた伝票。職人の加藤くんが、赤ペンで注意書きをして戻してきた。袖や衿にスレと変色があり、洗張りで落とせず、しみぬき補正でも直らない。だから仕立てる時には、この部分の生地は、表裏ひっくり返すようにと書いてある。両面が使える紬だと、汚れが落としきれない場合には、こうした工夫で修復されるケースがある。

私は、洗張り職人からの指摘を受けて、和裁士に仕立て方における留意点を伝える。この紬に限らず、洗張りやしみぬきで修復できない時には、本衿と掛け衿を切り替えたり、上前と下前を付け替えたりして、着姿から何とか汚れを隠す工夫を試みる。キモノの構造が単純だからこそ、仕立ての融通が利く。

 

キモノから雨コートへと直す品物に対して、肩すべりとして使う羽裏地を選ぶ。羽織や道行、雨コートを仕立てる際には、それぞれ裏地が必要となる。裏の長さは、単衣にするか袷にするかで変わり、また丈の長さでも変わる。

肩すべり(肩だけに裏地を張ること)だけの単衣コートでは、裏地は5尺5寸程度、それが総裏を張る袷では、単衣の倍以上1丈2~3尺が必要となる。羽織も長い丈では、コート同様に1丈3尺ほど裏を付ける。

最近こそ、羽裏は一枚分ずつカットしてあるものを使うが、以前は疋で仕入れていた。疋(ひき)とは長さの単位のことで、6丈モノを指す。6丈という長さは、キモノ2枚分にあたり、男モノならばこれでキモノと羽織両方を作ることが出来る。袷のコート、あるいは羽織で使う裏地の長さを、1丈2、3尺とすると、1疋で4枚程度の裏を取ることが出来る。

日常着として羽織を使っていた昭和の頃ならともかく、需要が少なくなった現代では、頻繁に裏地を必要とはしていない。だから、何時使うかもわからない羽裏を疋で仕入れるようなことはせず、一枚分ずつ入れるようになってしまったのである。

 

疋で仕入れた羽裏の残りは、箱に入れて保管してある。反物の棚の下には、こうした裏地や帯芯、シンモス、晒など、仕立の際に必要な生地を置くスペースがある。

 

洗張りした矢絣お召しのキモノを羽織に直すために、羽裏を選んで寸法を測る。お客様からは、羽裏は任されることが多いので、着用する方の雰囲気や年齢を考えながら、相応しいものを自分で選ぶ。

この時、少しでも直し代金を節約するために、箱の中に残っている使いかけの疋モノ裏地で、何とか間に合うように心掛ける。疋モノの場合、1尺単位の値段になっているので、使う分の価格をきっちりと出すことが出来るからだ。例えば、1尺700円の裏なら、1丈2尺で8400円。これは、一枚分カットされている裏より、かなり安い。

これは羽裏だけでなく、キモノの胴裏でも同じで、呉服屋がお客様の寸法に合わせて、その都度裏を裁つ暇を惜しまなければ、効率的に裏地を使い廻すことが出来る。しかも、お客様に無駄な出費をさせることもなくなる。「寸法に応じた裏裁ちを覚えること」は、昔の呉服屋では基本だった。だから、尺差しと鋏の正しい使い方を、若いうちにたたき込まれるのだ。

こうして、キモノから羽織やコートへと再生される品物は、それぞれに付ける羽裏が決まる。依頼された方の姿を思い浮かべながらの作業なので、思うように事は運ばないが、一つ一つの手順を丁寧に踏むことが、直しの仕事では大切となる。お客様は、「思い入れがある品物」だからこそ、再生を望む訳であり、その気持ちに答えるためには、真摯に品物に向き合う他は無い。

 

無造作にダンボール箱に詰めてある古い仕立伝票。私がこれまでに使った伝票は、36冊。1冊が100ページなので、この35年間に3600枚以上のキモノを扱い、誂えたことになる。

裏地の準備が整ったところで、一点ずつ寸法を伝票に書き込む。初めて仕事を依頼される方の寸法は、予めお聞きしてあり、常連の方の寸法は、すぐに見つかる。時間が掛かるのは、数年ぶりに仕事を依頼された方の寸法で、これは古い仕立伝票を持ち出して、探さなくてはならない。

うちでは、仕立てを依頼されたお客様それぞれの寸法が、昭和46年頃から残っている。もちろんその頃にはまだ、私は呉服屋になっていないので、先代の父が受けた仕事である。なので例えば、うちで誂えたお母さんの振袖を20年後に娘さんに直す場合、当時の寸法を、伝票上で探すことが出来る。だから、品物を持ってこなくとも、二人の体格を比較し、寸法直しがどの程度必要なのかを判断することが出来る。しかしこの作業は、伝票を一枚ずつ手繰ることになるので、やはり手間が掛かる。

 

品物が汚れないように白い紙を巻き、上に寸法伝票を付けて、和裁士が受け取りに来るのを待つ。

うちの仕事を引き受けている三人の和裁士には、それぞれが得意とする仕事、苦手な仕事がある。コートや羽織を上手に工夫して縫える職人、子どもモノを得意とする職人、ぐししつけをきれいに施す職人。単純に仕立依頼をするのではなく、それぞれの職人が持つ個性と技術を見極めた上で、それに見合う品物を渡す。お客様からは見えることはないが、呉服屋はこうした工夫をして、少しでも着心地の良い品物を誂える努力をしなければならない。

 

今日は、普段お客様が見ることは少ない、悉皆の現場で為される仕事について、お話してきた。新しい品物を求めて頂くことを表の仕事とするならば、今日のような再生の仕事は、陰に当たるのかも知れない。

しかし、呉服屋の仕事としてはどちらも同じように大切であり、特に直しの仕事には、職人達の経験に基づいた工夫と智恵が、どうしても必要になる。もちろん、消費者と直接向き合う呉服屋自身が、悉皆の難しさを弁えていなければ、きちんとした形にはならない。

バイク呉服屋が若い頃、苦労して覚えた裁ちや寸法取りは、今も仕事の中心にある。

 

「読み、書き、そろばん」は、全ての学びの基礎になると、言われています。この土台がしっかり整っていなければ、やはり次のステップには進めません。

文章を読んで内容を理解する力、語彙を理解して正しく書く力、基本的な四則計算が出来る力。この力が欠けていると、どんな仕事をしても上手くはいかないでしょう。それほど、この三つが大事なのです。

呉服屋の仕事においても、基礎として、どうしても身につけて置かなければならないことがあります。それが今日お話した、尺ざしの使い方や寸法取り、裏地裁ちだと思います。これを疎かにしていたら、いかにその店で上質な品物を扱っていたとしても、いずれどこかで、仕事の不具合が生じてしまうような気がします。

私自身も、経験の上にあぐらをかき、慢心することのないよう、この先も仕事に当たりたいと思います。「曲がった裁ちは、恥ずかしい」と怒られたことを、忘れずに。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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