バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

3月のコーディネート  春告鳥の染帯で、陽春を装う  

2018.03 23

春を告げる鳥と言えば、多くの方が鶯を思い起こすだろう。梅の枝に止まり、「ホーホケキョ」と鳴く姿は、花札の絵柄にも描かれている通り、誰にもお馴染みである。

だが鶯は、春の訪れを呼ぶ鳥には相違ないが、梅枝にはなかなかやってこない。元々この鳥は、花の蜜よりも虫類を主食として好むからだ。そして、鶯の代わりとして花に集まってくるのが、メジロである。

 

鶯とメジロは、似ているようで似ていない。体長は、鶯が15cm前後でほぼ雀と同じくらい、メジロはこれより3cmほど小さい。そして、何より違うのが、羽の色である。鶯の羽は、ご存知のように、暗い緑色の中に僅かに黄色みを帯びた、くすんで渋みのある色。一方のメジロは、明るい萌黄色。同じ緑系の色でも、かなり違いがある。

花に群れる姿として絵になるのは、やはり彩り豊かで見映えの良い、メジロの方であろう。実際にこの鳥は、花蜜を好んで吸い、梅や椿、サクラなど春花の枝に集まってくる。また習性として、花の枝に何羽もずらりと並んで止まることがあり、それが「押し合うほど混雑する=目白押し」の語源になっている。

 

キモノや帯のモチーフとして、様々な鳥達が登場する。その多くが、季節ごとの草木や花と一緒にあしらわれている。梅に鶯は春、千鳥と流水あるいは柳にツバメは初夏、トンボに萩なら秋、というふうに。

美しい四季とともに暮らす我々は、ごく自然に季節のうつろいを感じている。身近に咲く花々や鳥の姿など、さりげない日常の中で、敏感に変化を感じ取るからだ。それは、繊細な感性を持つ日本人だからこそ、なのだろう。

今月のコーディネートでは、そんな季節感に溢れた、春を象徴する花と鳥、サクラとメジロを描いた帯を使って、旬の装いをご紹介することにしよう。

 

前回と前々回の稿では、着姿を桜ひと色に染めて、春を表現するコーディネートをご覧頂いたが、今日は帯の図案にしっかりと旬を映し出した、わかりやすい合わせ方である。ではまず、サクラの枝に止まるメジロ図案の染帯から、話を始めてみよう。

着姿として旬を印象付けるのであれば、これを帯図案の中で表現するのが、手っ取り早いだろう。そして、描く模様もデザイン化されず、写実的な方が、より直接的に季節を想起出来る。ただ織帯ではどうしても、モチーフがある程度図案的になってしまう。その点染帯では、手描きにしろ、型を使うにしろ、リアルな姿を自由に表現出来る。そんな訳で、季節を実感させる演出を考える時には、染帯は欠かせないアイテムとなる。

 

(空色地 サクラ枝に止まるメジロ 水橋さおり 手描き江戸友禅・染名古屋帯)

長い冬を終えた後の、穏やかに広がる春空をイメージした鮮やかな地色。ただそれは、夏の抜ける空色とは違い、柔らかな色合いを意識している。図案は、サクラの枝に仲良く並んで止まる、対のメジロ。夫婦か親子を思わせるように、寄り添って描いている。

サクラとメジロを、糸目友禅で写実的に描いている。少し太めなメジロは、どことなく愛嬌があり、可愛い。頭が明るい萌黄色で、首もとが黄色、体は白い。全体的に、本来のメジロよりも明るいが、リアルさよりも、帯としての雰囲気を優先させた配色になっている。

丁寧に一枚ずつ糸目糊を置いて表現されているサクラ。花芯は金、中心をほんのりとした桜色で暈かす。良く見ると、それぞれの花の色合いが全部違う。手描き友禅ならではの、模様の表情が見て取れる。

メジロを拡大してみた。目の周りが白いのが、大きな特徴。ここで、他の鳥と判別出来る。首回りの黄色暈しが、この鳥をより明るく印象つけている。なお、この帯地には、小市松の織生地を使っていることを、お判り頂けると思う。

 

帯の前模様。片方はメジロで、もう一方がサクラ枝。回し方により、違う模様が前に出てくる。この帯だと、順手がメジロで、逆手がサクラになる。染帯には、このように前柄として全く違う図案を描くことが多い。野球のスイッチヒッターのように、左右どちらからでも手を回して着装出来れば、両方の図案を楽しむことが出来る。

お太鼓の垂れには、ひとひらの花びらが表れるように、工夫されている。

この帯の作者・水橋さおりさんは、まだ40代前半の若手女性作家。現在は、日本工芸会の準会員として活躍している。横浜出身の彼女は、大学で造形学を学んだ後に、染色を学ぶためにテキスタイルデザインの専門学校に入る。そして、自分の感性で友禅を描くことを目標にして、鎌倉市の日本工芸会会員・坂井教人氏の工房・小町苑に入り、江戸手描き友禅の指導を受ける。

10年修行を積んだ後、今から8年前の2010(平成22)年に独立。以後、積極的に工芸展や、美術展に作品を出品しており、入選作も数多い。2014(平成26)年の、第61回・日本伝統工芸展では、「群れ」という題材の訪問着を出品し、奨励賞を受けている。

この作品は深いグレー地色で、両袖と上前、背の片方にモノトーンで羊の連なりを描くという、大変斬新なもの。今日の帯とは、全く違う雰囲気を持っている。彼女は、サンタクロースやハロウィーンのカボチャを題材にした現代的な作品も、数多く手掛けている。

「日常の中で、少しの特別を楽しむ」。そんな着姿を思い描きながら、作品作りをしているそうだ。このメジロとサクラの帯にも、水橋さんのそんな意図が十分伺える。

 

この帯は、ブログの中でも、「度々バイク呉服屋のツボに入る品物」を扱う問屋としてご紹介している、京都の松寿苑から仕入れたもの。家族だけで経営している小さな問屋だが、扱う品物はなかなかのセンスである。

経営者の松本昭さんは、これまでにも数多くの工芸作家の品物を扱ってきた。品川恭子や北村武資の作品など、どこよりも早く扱いを始めた。そのお陰で、この両氏の品物は、20年以上前から店に置くことが出来たのだが、当初この方達の品物が、これほどもてはやされるようになるとは思わなかった。

松本氏の優れたところは、自分の感性で作家を見出すところだろう。そして、向きに合う作品は積極的に手掛けていく。最近では、釜我敏子さんや湯本エリ子さんなど、女性作家が多い。水橋さおりさんも、その一人である。

 

今年の正月明けに、松寿苑を訪ねた時、玄関先に飾ってあったのが、この帯だった。予め訪ねることを告げていたので、バイク呉服屋のツボを見抜いて、この帯を目立つところに置いたのかも知れない。取引先が何を好むのかを見抜くことが出来れば、問屋として一流の証になるだろう。

まんまとその作戦に嵌り、躊躇なく仕入れてしまった。だが、選んだことは、間違いなく正解だった。店先に飾ることもなく、僅か二週間足らずのうちに売れてしまったからだ。こんな時バイク呉服屋は、「自分で自分を褒めたくなる=有森裕子状態」になる。

ということで、すでに店に帯は無いが、ブログの稿でご紹介する予定にしていたので、ふさわしいと思えるキモノをコーディネートしてある。早速それをご覧頂こう。

 

(宍色 スマトラ縞模様 御召着尺・今河織物)

バイク呉服屋は、サクラをイメージすると、どうしてもこの「宍色系」の地色を選んでしまう。少しおぼろげで、たよりなさを感じさせるこの色が、花のイメージを強く呼び起こすのかもしれない。

製作したのは、木屋太ブランドで知られる西陣・今河織物。今でこそ帯メーカーとして良く知られた存在だが、1912(大正元)年に創業した当時(創業者は今河與三吉氏)は、御召の織屋であった。その伝統を引き継ぎ、御召緯糸を使った本格的な着尺を、今も織り続ける。

現在の当主、今河宗一郎さんは、まだ30代の若さ。奥様と共に、古典と現代デザインを融合し、モダンで垢抜けた色彩感覚にあふれるモノ作りに、情熱を傾けている。

宍色地の縞模様の中には、所々に白いグラデーションを付けて織り出されている。この色の抜け方が自然で、反物全体から見ると、菱模様のように見えてくる。宗一郎氏は、このデザインを「スマトラ縞」と名付けているが、彼は度々インドネシアへ行き、各地のバティック工房を訪ね歩いている。

この文様も、バティックの絣デザインを参考にしているのでは、と思わせてくれる。本格的な御召には、左右両方向に3000回転も撚られた強撚糸(御召緯)を使う。今河織物の品物には、この緯糸が250gほど使われており、御召本来の優しくしなやかな風合いを感じることが出来る。

霞が掛かったかのように、地に白く抜ける横段模様が、地の宍色と共に、春らしさを演出しているように思える。では、この春キモノに、先ほどの染帯を合わせてみよう。

 

春霞の中で、サクラ枝に止まるメジロ。着姿から受けるイメージは、今の季節そのものを表現していると思えるのだが、どうだろうか。染帯の模様で、旬を表わそうとする時には、合わせるキモノに過度の主張は必要ない気がする。

この御召も、どちらかと言えば地の色が主体となっていて、合わせる帯次第で、いかようにも雰囲気が変わる。つまりは、使い勝手の良いキモノということだ。

メジロ一羽と、三枚の小さなサクラの花びらだけで描かれた前模様。シンプルだからこそ、なお印象に残る着姿となる。時には、こんな単純さが必要になる。

小物は、メジロの羽色・萌黄色を一段おとなしくしたような、青磁に近い草色を使ってみた。(帯〆・帯揚げともに加藤萬)

前模様にサクラ枝を使う時には、やはりサクラ色系の小物を使う方が、しっくりくる。(帯〆・龍工房、帯揚げ・加藤萬)

 

季節を演出する道具として、個性溢れる染帯は、大変便利なアイテム。春に限らず、季節ごと様々な題材を描いた品物が沢山ある。皆様にはぜひ、こんな帯を使って旬の着姿を体現して頂きたい。

見る者に、季節そのものを感じさせる。こんな演出が出来るのも、和装だからこそ。キモノ姿として何よりも贅沢なことは、やはり時々に応じた品物を自在に使うことなのであろう。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

 

今週は、春分の日の前後になごりの雪が降り、開き始めたサクラの花も、寒さに震えていました。ただ、週末からは、春本番ともいえる暖かさが訪れるとのことで、絶好の花見日和になりそうです。

ぜひ皆様には、サクラを愛でる時に、枝に止まっている鳥も一緒に見つけて欲しいですね。目の周りが白く、羽が萌黄・黄色・白で色分けされていたら、それはメジロです。春告鳥の可愛い姿は、きっと心を和ませることでしょう。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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