バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

夏の手入れは、お早めに  薄物着用後に、目立つ汚れはどこか

2016.09 02

長時間電車に乗っていたり、車で遠方の仕事に出掛けたりすると、体調が悪くなる。おそらく、冷房が効いた車内と灼熱の外気との温度差に、体が順応しないからだろう。

一方、バイクで仕事をしている時は、割と快適だ。もちろん、照りつける陽射しは強烈で、暑い。疾走している時は、風を切るので、それほど暑さを感じないが、信号で止まった瞬間にドッと汗が吹き出す。

けれども、汗を出すだけ出すと、かえって心地良くもなる。水分補給を欠かせないのは当然だが、沢山飲んで沢山汗を発散させると、代謝が良くなり、少々のことではバテないような気がする。そして、夕方少し気温が下がっただけで、涼しさが感じられる。冷気の中に居続けたら、こういう感覚は持てないだろう。

 

体質により、汗が出やすい人と、そうでない人がいる。バイク呉服屋のように、外へ発散される方が対処しやすいが、熱が内側にこもる人は、大変だろう。

うちのお客様にも、夏キモノを着るのは良いが、体中に熱がまとわり付くようで、不快になるという方がいる。下の襦袢に、麻や海島綿などの通気性や吸湿性の良いモノを使っていても、人それぞれが持つ体質までは、変える事ができない。この辺りにも、薄物を着る難しさがある。

 

9月に入ると、そんな薄物を使った方々からの、手入れの依頼が増えてくる。店には、すでに何人もの方から預った品物が、沢山置かれている。今から私が、一枚一枚点検し汚れを確認した後、しみぬき、汗洗い、ヤケ直し、丸洗いと、それぞれの職人の所へ品物を回して、手が入れられていく。

早めに品物に手を入れておいて、来夏にはまた、安心して薄物を楽しみたいという、お客様の気持ちがあるからこそ、直しを依頼される。

そこで今日は、預った品物の中で見つけた汚れを、ご紹介しよう。皆様が品物を仕舞う前に、注意して見ておく箇所がどこなのか、少し参考にして頂ければと思う。

 

(黄変色した汗じみ 生成色麻絣・胸部分)

夏の汚れで、もっとも注意しなければならないのは、汗によるしみ。上の品物のように、はっきりと輪状になった黄色い変色は、わかりやすい。これはしみが付いてから、少し時間が経過した状態。

汗じみが厄介なのは、着用後汗ぬきのために2,3日吊るしておくと、生地が乾き、表面上では、しみが付いたようには見えない。けれどもそのまま箪笥に納め、翌年の夏前に出してみると、上のような汚れとなって表れることがある。

つまり、汗は一旦乾いてもその成分が生地に残り、しみの原因になり得るということだ。汗は、水分だけではなく、様々な体の分泌物や、外気の汚れを含んでいるためと考えられる。

 

(同じキモノの黄変しみ・袖口部分)

汗をかく箇所というのは、人それぞれに違う。多いのは、熱がこもりやすい帯の下や、胸や脇。上の画像のように、袖口やみやつ口などに汚れが付くこともある。うちのお客様の中に、背中に汗をかくという人がいるが、そんな人の品物を預った時には、お太鼓の位置辺りの汚れに、注意しなければならない。

黄色く変色した汗のしみは、丸洗いをしただけでは、取れないことが多い。先日も、汗で変色した小千谷の麻襦袢を預ったのだが、まず変色した部分をしみぬきした後、全体を丸洗いした。そうしないと、完全にきれいにはならなかった。

 

(生地の擦れ 黒紋紗・後身頃帯の下部分)

キモノに帯地が当たる部分の生地が、擦れて白くなっている。きっちり帯巾の通りに、スレが残っているのがわかる。

このキモノは黒紋紗だが、赤い裏が張ってあるために、こんな色に見える。黒地のものには、このようなスレが付くことがよくある。冬モノの黒留袖や喪服類などでも、スレを生じることがあり、特に羽二重系の生地の場合は、注意が必要である。

以前は、喪服生地に羽二重を使ったものが多かったので、擦れを起こした品物の手直しを預ることがよくあったが、最近は一越系の生地に変わったこともあり、少なくなった。ただ、この品物のように夏モノの紗や、絽の喪服でも、スレが起こることがあり、黒地のモノを着用された時は、一応帯の下も気をつけて見て頂きたい。

 

(キモノ染料の色落ち 白地絽染名古屋帯・太鼓上部)

キモノ生地と帯地が触れる部分で、不具合が起こるというのは、先のスレと同じだが、今度はキモノの染料が帯に落ち、汚れとなって表れたケース。

白系の帯は、汚れが付きやすいことで、敬遠される方もいらっしゃるが、薄物に合わせる帯地としては、白系のものが多い。やはり、涼やかで清潔感のある白地は使いたくなる。けれども、汗による熱などが原因で、色落ちすることがある。もちろん、キモノの色が全て色落ちするということはなく、このような例は、あまり多くないが、リスクがあることは知っておいて頂いても良いだろう。

(染料落ちを拡大したところ)

太鼓の上部、キモノと接触するところに赤紫の汚れが、横一直線に付いている。おそらく、着用したキモノの地色は、紫系だったと想像出来る。キモノの染料は、加工の段階で「蒸し」をすることにより、色が生地に定着しているのだが、これが、汗やその他の外的要因により、落ちることがある。また、藍染料を使った品物の場合などは、「藍が枯れる」までに時間がかかり、色落ちしやすい。

一般に化学染料を使っているものは、色が落ち難く、藍のような天然染料を使った品物には、色落ちのリスクが高い。薄物に限らず、品物に対しては、パールトン加工あるいは、スコッチガード加工などの、「防水加工」がほどこされることが多いが、この加工をしておけば、全てにおいて安心ということではない。

お客様の中には、「パールトンやガード加工がしてあるから、もう汚れは安心」という方がおられるが、それは「水に濡れて、生地が駄目になる」というリスクは回避出来るが、「しみ汚れが全く付かない」ということではない。

先日、リオ・オリンピックの閉会式で、東京都の小池百合子知事が、雨の中、オリンピック旗を受け取った。大胆な鶴文様の色留袖と、金引箔の帯は、それこそ「知事の勝負服」であったが、おそらくキモノには、雨に備えて、防水加工がほどこされていたと思われる。かなりの降り方だったので、その後どのように手入れをされたのか心配にはなるが、あのような場合には、パールトン・ガード加工が果たす役割は大きいと思う。(帯地に関しては、どうされていたのだろうか、少し気になる)

 

(化粧汚れと色ヤケ 藤色単衣紬小紋・衿部分)

衿に付くファンデーションの汚れは、もっともポピュラーなしみ。薄物に限らず、冬モノでも同じように付く。けれども、薄物の汚れには冬モノよりも、汗の要素を含んでいることがあり、注意がより必要となる。

衿汚れの程度は、着用する人によって様々であるが、ファンデーションそのものの汚れに加えて、体から出る油分による汚れもある。長い間汚れを放置して、地色が変色していくのは、この油分によるところが大きいと考えられる。たとえ、生地に防水がしてあるとしても、水気のしみは防ぐが、油分を含むしみを完全に防ぐことは出来ない。

(化粧汚れ 藤色付下げ袷・衿部分)

少し黒ずんだように付いた、衿の化粧汚れ。汚れは、衿のツボから5寸くらい下がったところに付くことが多い。上前だけではなく、下前にも付くので、衿の全体を見ておく必要がある。

昔ならば、予めベンジンなどを用意しておいて、自分で衿汚れの始末くらいやってしまう方も多かったが、キモノを扱い慣れていない今の人には、厄介だ。フォーマルモノは、使う機会が限られているので、面倒でも着用ごとに、衿の汚れはチェックされておかれた方が良いだろう。

小まめに手入れに出せば、費用もあまり掛からない。汚れを気にせず、次の機会に着用するための「安心料」と考えて欲しい。また、カジュアルモノでは、何回か着用した後、シーズンが終わる時に手を入れれば良いだろう。薄物では、丁度今の時期になる。

 

さて、夏モノとしてもっとも着用されるのが、木綿の浴衣や麻の小千谷縮。これは、家庭で簡単に手を入れることが出来るので、ぜひ試して頂きたい。

洗剤は、漂白剤の入っていない中性洗剤を使い、冷水を使って押し洗いをする。生地を揉むと擦れて色が落ちることもあるので、出来るだけ静かに洗う。これを水でよくゆすいで、ネットに入れて軽く脱水をかける。直射日光を避け、日陰干しする。乾ききったところで、あて布を使いながらアイロンをかけて、シワを伸ばし、形を整える。

注意したいのは、生乾きで熱を当てないこと。洗う時も、ぬるま湯ではなく、必ず冷水。先ほど、汗によって、帯にキモノ地色が色落ちした例を挙げたが、基本的に、染料は熱に弱いということを、皆様に知っておいて頂きたい。

麻の小千谷縮も同様に、中性洗剤で手洗いした後、水洗い・脱水。その後、陰干ししておけば良い。アイロンは、縮独特のシボが伸びてしまうので、極力軽く当てる程度にして欲しい。シワが気になる時は、霧を吹くと自然に伸ばすことが出来る。但し、仕立てをする前に、予め生地に水を通して、地を詰める必要がある。地詰めがされていないものは、洗った時に生地が縮んでしまい、寸法が違ってきてしまう。(2014.8.8の稿に、この小千谷縮の水通しの重要性について書いてあるので、参考にされたい)。

 

薄物は、着用期間が短く、箪笥で出番を待っている時間が長い。次のシーズンを安心して迎えるためにも、しみや汚れの確認をぜひ行って頂きたい。良い状態で、長く品物を使うためには、何よりも大切なことだ。

ご自分でなされるのが煩わしいならば、信頼出来る店に依頼されると、良いだろう。呉服屋にとって、品物に手を入れることは、仕事の基本。快く引き受けて、当然である。

 

先日、あるお客様から、小千谷縮の手入れを依頼されましたが、不思議なことに、その品物には「防水加工」がされていました。

自分で水洗いして、手入れが出来るものなのに、わざわざ水をはじく加工をする意味がどれほどあるのか、疑問に思いました。持ってこられた方も、「自分で洗いたい」という希望があったので、なおのことです。仕立前に水通しをして地詰めしてあれば、急な雨に濡れても、極端に生地は縮みません。

すでに防水してあるような生地を、自分で洗うことが出来るのか否か、職人と相談しなければなりません。防水加工は、キモノを守る有効な手段の一つではありますが、全ての品物にとってそれが必要かというと、違うように思います。

「品物をどのように加工するか」ということは、後々の使い勝手にも影響することとなり、よく考える必要があります。作り方や使い方、さらに手の入れ方は千差万別であり、それぞれの品物に応じた仕事が求められます。

我々の扱う品物は、本当に「一筋縄」では行かないものばかりですね。

 

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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