バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

8月のコーディネート  黒紋紗で演出する、究極の夏の襲色目

2016.08 28

「なまめかしい」という言葉は、色気があるとか、艶やかという意味で使われることが多い。夏の街には、思い切り薄着で歩く若い女性が溢れているが、いくら肌を露出していても、なまめかしさは感じない。そればかりか、時折品のない印象を受けることもある。

夏のファッションには、見た目の涼やかさを演出する手段として、「シースルー」がある。上に透け感のあるものを付け、下を際立たせるという、重ね着の方法。最近では、スカートやショートパンツの上にシースルースカートを重ねるような若い方を見かけることがあるが、肌を露にする姿より、よほど好感が持てる。

 

古来、「なまめかし」は、上品で優美な若々しい姿を表現する言葉であった。枕草子・84段には「なまめかしきもの」という項があり、この言葉の定義付けがされている。冒頭には、「なまめかしきもの。ほそやかに清げなる、君達の直衣姿」とある。ほっそりとした貴公子の平服姿は、清らかで優美。これを「なまめかし」としている。

なまめかしいのは、人の姿ばかりではなく、柳の萌え出た枝に、青薄紙の手紙が結び付けてあるさまや、御簾の下から几帳の帷子紋様が透けて見え、その紐が風になびくさまなども、例に挙げられている。何れも、優美さを感じる事柄になろうか。

 

近頃の若い女性が表現する、爽やかな透け感のあるシースルーは、言葉本来の意味に近いのかも知れない。あからさまな姿より、下に隠してあるものを透けさせて、浮き上がらせるほうが、品よく涼感を演出する姿としては、効果的である。

さて、夏の薄キモノにも、このシースルーを効果的に使うことで、涼やかさを存分に演出出来る品物がある。こちらは、使いようによっては、古来の「なまめかし」ではなく、現代の「なまめかし」の艶っぽい姿になる。夏も終わりに近づいたので、盛夏らしい着姿をご紹介して、今年の薄物の締めとしたい。

 

(黒地 立枠に撫子紋様 紋紗単衣)

平安女性の宮中装束の一つに、「袿(うちぎ)」がある。名前の通り、内側に着る「内着」なのだが、正装用として何枚も重ねて使う「重ね袿」と、平服用の「小袿(こうちぎ)」とがある。

重ね袿は、色の違う袿を重ねることで個性を出し、女性達は配色の美しさを競っていた。時には、二十枚以上の袿を重ね、着膨れた姿の女性も見受けられたが、武家社会の鎌倉期になると、華美を抑えるために、重ねは五枚限りとされた。

一方の褻のキモノである小袿の場合は、一番上に着用するもの。袿の素材は、表地が斜文様や地紋織の浮織で、裏地が平絹。夏と冬、季節ごとに素材や仕立てに工夫がされていた。冬は綿が入れられ、夏は、生絹(すずし)が使われる。この夏素材は、練りのない絹のことで、極めて薄くて軽い。

小袿の仕立には、表生地と裏地の間に、中陪(なかべ)と呼ばれる絹生地を挟み込む。この生地の色は、表・裏地とは違う色。袖口や裾のふきにも、別の違う色を使い、着姿の彩りを鮮やかにする役割を担っていた。また、中陪を用いない二枚重ねもあった。例えば、表に白い生絹を使い、裏地に真っ赤な蘇芳色を使うことで、着姿が梅色に見えるよう工夫される夏モノのような場合である。

表・裏の二色重ねや、中陪を加えた三色重ねなど、異なる色を重ねて違う色を出す配色のことを「襲色目(かさねいろめ)」という。これは、色を変えるばかりではなく、表地の紋織文様を、より浮き上がらせる役割を果たしている。襲色目は、季節ごとの草花などをイメージして考えられており、この時代に生きた女性達の感性が、装束の色となって表われていた。

 

(黒地 立枠に撫子模様 地紋織紗・菱一)

盛夏に使われる紗生地は、隣り合う二本の経糸の位置を、緯糸一本ごとに左右交差させて点を作り、そこで経糸を重ねて透かした目(もじり目)を作ることで生まれた織物。この生地に、平織で紋様を織り出したものを「紋紗(もんしゃ)」と言う。

キモノに使う紋紗生地は、黒や濃紺など濃地のものがほとんどで、織り出される模様は様々だが、上の品物のような総模様のものと、飛び模様のものとがある。この織生地は、他に、夏の長襦袢地や羽織生地などにも使われている。

 丸巻の反物の状態だと、黒地にしか見えないが、白い長襦袢に見立てた紙の上に置くと、文様がくっきりと浮かび上がる。全体の色の印象も、黒ではなくグレーに変わる。

先ほどお話した、平安装束の「襲色目」による着姿の見せ方と同じ考え方で、この紋紗という品物が作られていることが判ると思う。つまり、下に白長襦袢を使うと想定しているからこそ、この品物が生まれる。裏を返せば、襦袢に白以外の色を使えば、このような見え方には決してならないということだ。

紋紗生地の透け感。襦袢なしにこの生地だけを身に付けたとすれば、素肌が見えてしまうだろう。生地をかざせば、向こう側の景色が見えるほど透けている。

夏の薄物は、多くが薄い地色を使う。薄水色や薄グレー、青磁色など涼しげな色が主流で、濃色はあまり見当たらない。究極の濃地である黒地だが、白と合わせた襲色目として考えると、独特な雰囲気を醸し出す。

このキモノに織り出されているのは、薄物に相応しい撫子の連続模様。他の地色では表現できない、涼やかさがある。「他人に着姿をどのようにみせるか」ということで、平安の昔から考えられてきた「重ね」。それを現代の着姿として再現したものが、紋紗という品物なのだと思う。

仕立て上がった紋紗キモノ。背縫部分に白い紙を敷いて、襦袢を使った姿を想定してみた。全体に粋な雰囲気が感じられる品物、それこそ「なまめかしい着姿」が演出出来るものと言えよう。

さて、この大人の夏姿に、どんな帯を合わせればよいのか、考えてみよう。

 

(山吹色 アザミ模様と浅葱色 蝶模様・櫛手織八寸名古屋帯 いずれも帯屋捨松)

単純な総模様で、粋姿を表現しやすいキモノだが、ここはあえて「なまめかしさ」を強調するのではなく、普通の方でも気軽に着用できる「モダンな着姿」を考えて、帯を選んでみた。

ご覧のような色なので、コーディネートする帯の地色はあまり選ばないだろう。暗く沈んだ色以外ならば、何でも使えそうだ。

 

黒系の沈んだ色と相性の良い黄系帯。図案のアザミは、薄物の中によく使われる夏・秋の植物。捨松らしく、例によって花がかなり図案化されているが、この方が着姿に変化が付けられる。

櫛織は、以前にもご紹介したが、筬で引き寄せた緯糸に櫛を使って打ち込む技法のことで、これを使うことで規則的ではない、少しよろけた波紋のような織となる。人の手の加減一つで、自在な織姿を表現出来るもの。上の帯地をよく見ても、生地面にランダムな織文様が出来ているのが判る。

(サーモンピンク色 ぼかし絽帯揚と同色の夏帯〆 帯揚 加藤萬・帯〆 龍工房)

前の合わせ。横並びになったアザミが面白い模様となって表れる。小物は、花の配色の一つ、サーモンピンクを使ってみた。

 

もう一つは、やはり捨松の櫛織だが、最初の帯よりもっと大胆に模様が付けられているもの。お太鼓全体に広がる大きな蝶。羽根の中には、波文があしらわれている。

蝶の頭上部にある流線型の触角が、蔓のように見え、図案の面白さを広げている。帯地色の爽やかな浅葱色で、紋紗のイメージを変える。遊び心を優先したコーディネート。

(薄橙色 綸子絽帯揚と橙色 斜格子夏帯〆 帯揚 加藤萬・帯〆 龍工房)

先ほどの小物より一回り濃い橙色。帯〆は模様のあるものを使い、少しアクセントを付ける。前部分も、太鼓と同様の大きな蝶模様。

 

重ねを使って夏姿を映し出す紋紗も、合わせる帯次第で、使う人の範囲を広げることが出来る。もし、どうしても「なまめかしさ」を演出したい時には、夏花を一輪すっきりと描いたような、「絽の染帯」でも使えば良いように思う。

いずれにせよ、黒と白を使った襲色目は、究極の大人の夏姿となり、皆様にも一度は試して頂きたい品物である。こんな薄物もあるのか、と覚えておいて頂ければ嬉しい。最後に、コーディネートした品物を、もう一度どうぞ。

 

宮中女性の究極の「透け姿」に、「単袴(ひとえはかま)」というものがあります。これは、盛夏に部屋着として使うものですが、上は、素肌に生絹(すずし)だけなので、遮るモノのない完全なシースルーとなり、上半身全てが生地越しに見えてしまいます。

いかに宮中の貴公子であっても、女人のこんな姿が御簾の向こうに見えようものなら、大変だったのではないでしょうか。もしバイク呉服屋がその場に居たとすれば、御簾を跳ね上げ、几帳を突き破ってでも、突撃してしまうでしょう。間違いなく、「検非違使(けびいし・平安時代の警察官)」に、逮捕・拘留されますね。

透け方に節度が必要なのは、「今も昔も変わらない」ということになりますかね

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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