バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

2月のコーディネート  早春に映える、梅花の個性的な装い

2024.02 27

どんなドラマにも主役と脇役が存在するように、季節を彩る植物にも、それぞれの持ち場があるように思える。野に山に庭に、芽吹き始めた木は、時を経るごとに蕾を持ち、やがて花がほころび始める。春という季節は、否応なく、そして最も強く、自然の営みを感じさせてくれる。花々はまるで、自分が一番輝く場所と、一番美しく見える時を弁えているかのようだ。

桜が春花の主役であることは、誰もが認めるところだろう。この花は春ばかりか、季節を通じて最も日本人に愛される、この国の代表花でもある。誰もが桜を待ち焦がれ、桜が咲くことで、春の訪れを実感する。だから毎年、桜の開花予想が発表され、「桜前線は、今どこに」と話題になる。桜ほど、人々の衆目を集める花は無いのだが、その反面、散ってしまうと、どこか宴が終わる寂しさを覚える。桜と共に、春はピークを過ぎて、あとは次の季節へと下るばかり。毎年、そんな気がしている。

 

もちろん、春を演じる花は桜だけではない。最も早く舞台に登場するのは、椿と水仙。特に椿は日本原産の植物で、春を待つ花として古くから愛でられてきたが、悪霊を払って吉祥をもたらすと考えられ、神事には欠かせない木でもある。古都奈良に春を告げる、東大寺二月堂のお水取(修二会)の際には、十一面観音に椿の造花が捧げられているが、その訳は、修験者がこの花を聖なる木として、崇めてきたからに他ならない。

そして椿と共に、早春のステージを引っ張る花は梅であろう。まだ春の足音も聞こない、厳しい寒さの中で、小さな花を咲かせ始める。芳醇な香りを漂わせ、その匂いにも季節のうつろいが感じ取れる。そもそも梅は、桜が主役となる平安時代以前は、日本の代表花として君臨していた。

そんな経緯もあってだろうか、何となく梅の花姿には、円熟した脇役・ベテラン俳優のような面持ちがあるように思える。桜ほど話題にはならないが、しっかりと季節の中で存在感を示す。そこには、主役として活躍してきた矜持のようなものも伺われる。そこで今月のコーディネートでは、梅をモチーフにしたキモノと帯を使って、早春の装いを考えてみる。古風なイメージを持つ梅だが、出来るだけモダンで可愛い姿になるよう、演出してみたい。

 

(鉄紺色 梅鉢模様・飛柄小紋  芥子色 梅模様・蒔糊手描友禅染帯)

「花と言えば、梅」と古くから親しまれてきた花だけに、文様としても、植物の中ではいち早く取り上げられてきた。その姿は染織品だけではなく、絵画や絵巻物などの工芸品や、室内の調度品など日常使いの品物の中にも、数多く表現されてきた。

その姿は、小さく可愛い紅白の花弁や独特の枝ぶりを写実的に表した文様と、様々に図案化され、いわばデザインとして表現された文様に分けられる。写実の代表は、枝に咲き誇る梅花を描いた「枝梅文」で、図案の代表は五つの丸で花を表現した「梅鉢文」や、花弁をねじって重ね合わせた「ねじ梅文」、さらには花を特有の線で描いた尾形光琳の「光琳梅」などがあり、いずれも現代のキモノや帯の意匠として、頻繁に使われるスタンダードな梅文として認識されている。

 

梅は、松竹梅文や四君子文のように、植物を組み合わせて吉祥を表現する文様の構成員として、その役割を果たすこともあるが、他の植物文に比べれば、単独であしらわれることの多い花文様である。おそらくそれは、梅という花自体の存在感の大きさと、多様に表現されてきたトラッドな文様としての経緯があるからで、今もこのモチーフを個性的に意匠化しようとする作家は、後を絶たない。

今日ご紹介するコーデは、梅鉢という定型化された伝統文様と、現代作家によるモダンな梅花の組み合わせであり、梅というモチーフを通して、新旧の意匠を対比させ、そこに面白さと斬新さを演出してみた。それでは、各々の品物を見ていくことにしよう。

 

(鉄紺色 梅鉢模様 飛柄小紋・千切屋)

梅デザインの定番とも言える「梅鉢(うめばち)文」を、全体に散りばめた意匠。飛び柄の梅ということは、まさに「飛梅小紋」ということになる。飛梅とは、大宰府に左遷された菅原道真公の徳を慕って、一夜のうちに梅の花が都から飛んできたという伝説。

「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて、春な忘れそ」という有名な歌は、最古の和歌集・拾遺集の中に納められているが、道真は、歌人として、また学者として稀有な見識を持ちつつ、朝廷の中で大きな役割を果たした。特に遣唐使廃止の提議は、それまでの国のあり方を大きく変えるとともに、日本独自の文化・国風文化を根付かせる端緒ともなったのである。

903(延喜3)年、大宰府で死を遂げた道真は、その地に社が建立されて、「学問の神様」として祀られることになる。それが、大宰府天満宮である。そして道真を祀る天満宮は、全国に建立されており、いずれも「学業成就」の願いを聞き入れる社として、毎年多くの参拝者を迎えている。丁度今は受験シーズンのさなかであり、梅の咲き誇る境内には、ずらりと合格祈願の絵馬が並んでいるはずだ。

 

道真公を祀る天満宮の神紋モチーフは、やはり梅。だが社ごとに紋は異なり、大宰府は梅花紋、京都の北野天満宮は星梅鉢紋、東京の湯島天神は剣梅鉢紋である。梅鉢文様の基本は、五つの丸を花弁のように配し、中心の蕊に小さな丸が入る形だが、五つの丸と中心の丸を棒状に繋いだものを剣梅鉢、繋ぎのないものを星梅鉢とすみ分けている。

この小紋にあしらわれた梅鉢は、星梅鉢だが、中心から蕊が五方向に枝分れしており、それがねじり梅のようにひねってある。基礎は梅鉢文だが、そこから少しアレンジされた図案になっている。また小紋の中には、梅鉢の他に、小丸や三連繋ぎの花弁が散らされていて、変化のある飛梅の姿が描かれている。

地色はかなり深い鉄紺色で、一見すると黒に近い。寒々しく感じる色だが、中の梅花の色は橙や黄色、明るい若草や白い疋田で表現されており、寒さが続く中にあって、どことなく春の訪れを感じさせる意匠に染め上がっている。また、あちこちに飛ぶ花の姿には、梅の健気さや愛らしさが表れていて、可愛い印象が残る小紋でもある。それでは、梅のほころぶ早春の装いとして、この小紋に相応しい梅花の帯を探してみよう。

 

(芥子色 梅模様 手描き蒔糊友禅 塩瀬染帯・足立昌澄)

最初この帯を見た時、この図案が梅だとは思わなかった。配色は確かに梅色だが、形が五角形。梅を図案化する場合、大概輪郭は丸になるという先入観を、この帯は見事に打ち砕いしてしまっている。普通に考えれば、この切り込みの入った五角は、桔梗の花の形。それを梅として使うのは、かなり思い切った作り手の発想である。

雪が降ったように白く点描されている地は、蒔糊という友禅技法によって表現されたもの。糯米の粉を竹の皮で伸ばし、乾燥させてから砕いたものを、湿らせた布の上に蒔く。そうすると、この帯地のように、霰のような白い点が現れる。特に梅花の周囲は、花を強調するために、かなり白く抜けている。

花の形を拡大してみると、単純な五角形ではなく、菱形の花弁を繋いだもので、花を五枚とする梅花の基本形は外していない。そして、細かな蕊の一本一本を、丁寧に手で描いて色挿しをしている。また配色も、中心にミントグリーンを使っているところなど、何ともモダンで現代的。形も色も、従来の梅文様には無い斬新さを強く感じる。

この帯の作者・足立昌澄(あだちまさずみ)さんは、友禅作家であり、日本工芸会の正会員。これまでに、日本伝統工芸展で何度も入選を重ねている実力者だが、その作品を見ると、モチーフを流線的に描いたものが多い。波や松、竹などを大胆に描き、椿のような花模様は、この梅帯と同様に、輪郭を図案化する。自分の感性で、モチーフの特徴を見つけ、それを意匠化することに長けた作家さんかと思う。

お太鼓を作ってみると、面白い形で五つの梅花が中心に連なる。少し角張った梅花だが、不規則な配置のためか、模様にそれほど固い感じを受けない。そして、蒔糊による白い霰の地模様が、帯に柔らかい印象を持たせている。やはりこれは、作者が春を意識して制作したものと、そのあしらいからも理解出来る。それでは、このモダンな梅花帯と飛梅鉢小紋を組み合わせると、どのような姿になるのか。試すことにしよう。

 

どちらも図案化された梅だけをモチーフにしているが、ご覧のように、その意匠はかなり違う。特に帯の梅図案の個性が際立っており、コーディネートしたところで、着姿からは「梅を重ねるくどさ」を全く感じさせない。そして、深い鉄紺地のキモノが、帯地の蒔糊を使った芥子色によって和らぎ、全体的に優しい雰囲気となる。

キモノは可愛く、帯は優しく。少し古風な梅花でも、図案の工夫次第で、モダンで華やかな装いになる。これなら、早い春の気取らないお出かけ着として、楽しく使えそう。

帯の前姿には、三連の梅花の半分だけが出てくる。そのために、割とあっさりしておとなしい印象を残すが、お太鼓の後姿に華やかさがあるので、前はこれくらいの方が良いように思う。またキモノの鉄紺と帯の芥子色の相性の良さが、画像からも判る。大概芥子系の色は、深い色に上手く馴染んでくれる。

やはり小物には、明るく春らしい色を使いたい。帯〆は帯の芥子地より少し派手な、橙色の横段。帯揚げは、パステル四色のウロコ暈し。(帯〆・龍工房 帯揚げ・加藤萬)

 

今日は、早春を彩る代表花・梅をテーマにして、コーディネートを考えてみた。遠く奈良時代に伝えられ、古人の心を掴んできた花だけに、文様としても意匠としても、数限りなく多様に表現されてきた。もしかすると、植物文の中で最も幅広く描かれたモチーフなのかも知れない。図案の捉え方で、渋い落ち着きのある姿にも、そして可愛く可憐な姿にもなる。

桜は確かに春の主役だが、梅だって負けてはいない。桜とは違う大人の落ち着きがあり、重厚さも伺える。寒さに耐えて、そっとつつましく咲く梅の花。皆様も、早春の装いとして、一度は試して頂きたい文様かと思う。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

桜や梅、椿に牡丹に藤に桐、そして葵。こうして見ると、早春から晩春、初夏にかけて咲く花の多くが、キモノや帯の主役となって、衣装の中で咲き誇っています。それはやはり、秋冬の植物よりも、色や姿で明るい雰囲気を放つ春花の方が、意匠として使いやすく、また図案としての映りも良いからなのでしょう。

もちろん私も、春の花図案はどれも好きで、扱う品物も多いのですが、染織のあしらいから離れ、単純に花の好みとなると、また別です。気になるのは、キモノの文様になるような華やかな花ではなく、ほとんど目立たない、楚々とした野花。土筆やたんぽぽ、レンゲ草、シロツメクサなど、小川の畔や田んぼの畦で、誰に見られるともなく静かに咲いている姿を見ると、つい応援したくなります。

 

花の好みには、その人の性格が表れると言いますが、確かに私は、派手なことが好きではなく、また目立つ人間も好きではありません。そして呉服屋としても、多くの方に店を知って頂くことは、無くても良いと思っています。判っている方だけのために、ひっそりと仕事をする。そう、小さき野花のように、小さき店であり続けたいですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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