バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

7月のコーディネート  唐花で、夏のフォーマルを軽やかに着こなす 

2023.07 26

「打てば、響く」とは、反応が早いこと、もしくは、結果がすぐに表れることを意味する慣用句だが、今話題のチャットGPTは、まさにそれに相応しい存在なのだろう。人が発するあらゆる問いに対し、それまで蓄積されたデータに基づいて、素早く反応し、最良の答えを出す。しかも、その回答は機械的ではなく、あたかも文才のある人が書いたような、洗練された文章で作成される。

簡単に言えば、人が日常的に使っている自然な言葉を、機械で処理できる技術を持っているのが、チャットGPTである。だから、質問を自然に理解して、違和感のない文章で回答できるのも当然のことだ。最適な答えを最短で、しかもそれを理路整然とした自然な言葉で答えてくれるとなれば、こんな便利なモノは無い。搭載されている人口知能・AIは、どんな内容の質問も受け付けてくれるので、これ一つあれば、人は物事を調べるとか考えることから解放される。

 

けれども教育の現場では、困る事態も想定される。「自分で考えること」や「自分で書くこと」がないがしろにされることや、AIの回答が必ずしも正しいとは限らないことなど、便利な反面、併せ持つ弊害も数多く指摘されている。これまでも、調べることはPCで簡単に出来ていたが、それどころでは無い。聞きたいことにピンポイントで答えてくれて、しかもそれが自分の手で書いたような、模範解答的な文章まで示してくれるのだから、もうこの便利さは異次元と言っても良い。

しかし、効率よく課題が解決できれば、それで良いとはとても思えない。どんなことでも、自分の力で調べ、自分の力で文章にして回答する。この、「自分で苦労する」ことが何より大切で、過程が全て省略されて、「答えだけは合っている」というのであれば、学習の経験値は全く上がらないと思うのだが、きっと私は古い人間なのだろう。「苦労しても、答えが違っていたら、何にもならないよ」と言われてしまえばそれまでだが、失敗や遠回りこそが、人を成長させるのではないか。だがタイパな現代では、そんな時間が「無駄」と捉えられつつある。

 

バイク呉服屋はこのブログを、様々な書籍や論文を参考にしながら、自分の頭だけを使って書いている。能力に劣る者が、アナログ極まりない方法によって書きなぐっている文章なので、その読み難さは極まりない。けれども、情報を読み手に伝えたい気持ちだけは、ずっと変わらずに持ち続けている。そんな私の心持ちを汲み取るように、毎日多くの方に読んで頂いているのは、本当に有難いことだ。

今月最後の稿なので、今日はコーデーネートのお話。私の大好きなモチーフ・唐花文様を使い、夏のフォーマルな装いとして仕上げた一組をご覧頂こう。なおこれは、コロナ禍以前の4年前にお求め頂いた品物で、先日このお客様からは、この夏ようやく装う機会を得たとのお話を頂いた。それでは、始めることにしよう。

 

(クリーム色 窓枠唐花模様・友禅絽訪問着  露草色 唐花模様・絽綴れ帯)

文様のことでも、染織技法のことでも、ブログにその内容を書き連ねる時には、各々参考にしている書籍や資料がある。ほとんどは、東京へ出張した際に神保町の古書街を歩いて、すこしずつ買い入れたもの。専門的な資料になればなるほど、値段が張って、簡単には購入できない。そんな中で、唐花文様のことを紹介する時、いつも参考にしている本がある。それが、浦野理一著・日本染織総華の「唐草編」と「唐草・印花布編」。

ご存じの方も多いと思われるが、浦野理一は染織品の蒐集家として知られ、集めた古代から近世までの品物を分析研究して、数々の染織品を考案製作した。彼の考えた作品は、諏訪や鎌倉に置いた染織研究所の職人の手で作られ、その品物は、紬や型絵染、友禅染など広範囲にわたった。特にこの唐花や唐草の図案は、小紋や型染帯のモチーフとして数多くあしらわれている。この本は、唐花の歴史や時代ごとに変わるデザインを様々な資料で示しながら、文様についての丁寧な記述がなされている。

唐花・唐草文様は、飛鳥時代、仏教と共に伝来した空想的な花文様である。パルメットやアカンサス、ロータスなど原型とされる植物は数々あるが、これがエジプトからギリシャ、インド、中国と伝来するにつれ、各地の文化が融合して文様に変化が起こる。そして文様は、時代を経るにつれても変わっていく。考えてみれば、唐花文ほど多様に、そして自由にデザインされている文様も少ない。

ということで、今日はこれから、唐花をモチーフにした夏のフォーマルコーディネートをご覧頂く。架空の花なので、他の植物文に見られるような旬が無い。従ってどの季節でも、またいかなる種類の染織品にも、自在にあしらうことが出来る。

 

(クリーム色 窓枠に唐花模様 手描き友禅 絽訪問着・菱一)

フォーマルの装いと言っても、装う方の立場や着用する場所・場面によって、選ぶ品物の雰囲気が違ってくる。そしてあしらう模様が四季共通の唐花でも、そこは夏の装いなので、やはり涼し気にみえる地色や模様配置を考える必要がある。ということでこの絽訪問着は、品の良さと薄物らしい爽やかさを念頭に置きつつ、堅苦しくなりすぎない着姿をコンセプトとして、選んで頂いた品物である。

地色は、わずかに黄色を感じる乳脂の色・クリーム色。下に白い襦袢を着用すると、この色がより浮かび上がる。白っぽい色ではあるが、割と色の主張がある。図案は唐花模様らしく、上前から下前へ向かって蔓を繋いで描いている。これが二通りあるだけで、その所々には鳥かご、あるいは窓枠のような図案があり、それがアクセントになっている。全体的に見れば、訪問着としては、あっさりとした模様あしらいになっている。

上前の衽から後身頃にかけて、小枝に見立てた蔓でつながる小さな唐花。花そのものはそれほど大きくなく、蔓の間に描かれた窓枠図案の方が目立つ。地のクリーム色とパステル主体の模様色が相まって、キモノは優しい雰囲気に包まれている。そして可愛くデザインされた唐花が、確かにフォーマルの硬さを和らげる役割を果たしている。

図案を大きくすると、唐花一つ一つの花姿の違いがよく判る。丁寧に糸目を引いた手描き友禅なので、模様そのものに人の手による柔らかみと深みがある。そして暈しを駆使した色挿し、さらに箔置きや刺縫など、様々なあしらいの工夫が見える。窓枠のように見える半円形の図案は、どことなく欧風的な雰囲気を醸し出す。以前紹介した南蛮文様の黒留袖にも、こんな形で模様が切り取られていた。

唐草の原点モチーフの一つ、アカンサス(葉アザミ)を刺繍であしらう。輪郭は、線を表現する駒繍を使い、花芯部は面を表現する基本的な技法・繍切りで立体的な花姿に仕上げている。

桔梗の花弁を思い起こさせる花姿。製作者の遊び心なのか、モダンな唐草の中にここだけ和花が紛れ込んでいる感じ。輪郭は橙と銀糸の繍切り、蘂には金糸のまつい繍を使う。パステル調の挿し色と同調するように、刺繍の糸色も工夫されている。

窓枠の中心に置かれているのは、向日葵のように放射状に花弁が広がる円形花。これをロゼットと言い、ロータス(蓮)を原型とするオリエント特有の花。メソポタミアやエジプトの神殿建築の柱装飾によく見られる図案。太陽にも見立てられるロゼットは、唐花文様の中に見られる特徴的な花。訪問着では、この小さな花にも刺繍が使われ、花の周囲には切箔が細かく散りばめられている。

こうして模様を一つずつ拡大すると、丁寧な施しが良く判るが、単純にキモノを広げただけでは、この品物がどのように制作されているのか、その価値が判り難いだろう。けれども手を尽くされた品物というのは、模様全体から醸し出される雰囲気が違うように思われる。この訪問着は決して仰々しくはない。けれども品の良さや質の確かさは、あしらわれた意匠から、十分に伝わってくる。

それでは、目立たないようでいても、そのモダンさが際立つ唐花模様・絽訪問着を、より夏らしく、そしてキモノの雰囲気を壊さずに合わせられる帯を、探すことにしよう。

 

(薄露草色 唐花六弁花模様 紋絽綴れ八寸帯)

夏のフォーマル帯となると、紗袋帯か絽綴れ帯が思い浮かぶが、今回は紋図を使って模様を起こし、ジャガード機を用いて手織をした紋絽の綴れ帯を選んでみた。一重太鼓で軽やかに締めることのできる絽綴れは、名古屋帯でありながらフォーマル帯として使う。帯姿からはっきり絽の目が判るので、見た目にも涼やかな夏帯だ。

この絽綴れの地色は、露草の色を薄くして沈めたような淡い青紫。薄色だが、キモノの地色がクリームなので、合わせるとそれなりにコントラストは付く。そしてモチーフは、絽の訪問着と同様に唐花。つまりこのキモノと帯は双方ともに、唐花文という括りの中に入る意匠である。

お太鼓の中心となる花は、ザクロに似た四弁唐花を周囲に六輪配し、真ん中に花菱形の六弁唐花を置く。これは、花に花を入り組ませて繋ぎ合わせた、ある種宝相華的な文様とも考えられよう。同じ唐草モチーフでも、キモノ図案とはかなり様相が異なるので、合わせても、同系図案コーデのくどさは、ほとんど出てこないように思う。

お太鼓を作ると、かなり華やかな帯姿が現れる。メインの六弁花だけでなく、取り巻きの唐花も結構目立つ。ただ帯地色は淡く、模様配色もパステル主体で、色の優しさはキモノの挿し色とリンクする。先ほど、キモノ図案の窓枠模様の中で「円形花=ロゼット」のことに触れたが、この花図案も、「太陽を模した花」のように見える。

それでは、唐花という同じ出自の文様をモチーフに使った、絽訪問着と絽綴れ帯のコーディネートが果たしてどうなるのか、ご覧頂こう。

 

蔓を繋いだキモノの唐花と、太陽のようにどっしりとした帯の唐花。同じ唐花でも、かなり対照的な文様姿。それだけに、きちんと着姿が決まる。ただし色合いはキモノも帯も淡く、全体的に優しい仕上がり。薄色主体なので、涼やかさは演出出来ているように思う。そしてやはり、唐花特有のモダンさで、フォーマルモノにありがちな着姿の硬さが消えている。

帯の前姿は、小さなロゼッタが二つ。お太鼓よりも、かなりあっさりとした模様付けなので、すっきりとした着姿に見える。前と後で帯図案の印象が違うと、見る人からは、かなりメリハリの付いた姿に感じとれる。

帯〆は、少しだけ濃い紅藤色を使って、淡さの目立つ着姿にポイントを付けてみた。逆に帯揚げは、あまり目立たせないように、薄紫の暈しを合わせた。(高麗組帯〆・龍工房 暈し絽帯揚げ・加藤萬)

 

今日は、空想な花・唐花を使って夏らしく装えるコーディネートをご紹介してきた。この花文様の特徴は、何と言っても豊かなデザイン性を発揮できるところと、四季の縛りが無いので、一年を通していつでも使えるところ。今日の品物は、優しく、可愛く、夏らしく、そして軽やかな着姿をテーマとして選んだものだ。この三年、薄物のフォーマルを装う場はほぼ失われてきたが、今回ようやく着用の機会を得られたようで、私としてはホッとしている。やはり呉服屋にとって一番の願いは、着て頂けることである。

それでは、最後にもう一度、今日の品物をご覧頂こう。

 

高校生の頃、一つの英単語を辞書で引くとき、ついでに両隣の単語も覚えるように、と言われたことがあります。こうすると、単語力が付いて、自然に英語の力が上がるということなのでしょう。アナログな学習方法しか無かった、昭和ならではのエピソードですね。しかし、手を使ったからこそ、深い知見が得られるということも、昔はありました。調べモノをすると、時間を費やして、ついつい余計なところまで資料や本を読んでしまうが、結局それが知識となり、忘れた頃に役に立つという経験です。

この幾つもの唐花図案は、本文の中で紹介した浦野理一の本の中で、掲載されているものです。これは、江戸時代までの装束において、文様として表現されてきた唐花の図案を、その出自となった植物に照らし合わせてまとめています。こうした分類は、すでに江戸の元禄・文化年間に、当時の学術研究者の手によってなされていました。(「装束図式」とか「装束」という名前で、刊行されている) おそらく浦野理一は、このような資料を丁寧に発掘して、新たな唐花文様の意匠化に臨んだのでしょう。

飛鳥時代に端を発する唐花ですから、そのあしらいは時代ごとに変わり、それこそ図案は千差万別かと思います。これを網羅して分類することなど、ほぼ不可能に近いのですが、先人の研究に思いを抱きながら、一つ一つ模様を辿っていく試みは、丁寧に薄皮を剥くような、長い時間をかけた努力を必要とするはずです。それは無駄を無駄と思わない、遠回りを良しとする研究姿勢の賜物と言えるでしょう。

何事も効率が最優先される現代の方法では、辿りつかないことも、まだ沢山あるような気がします。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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