バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

モノ作りに隠れた技を覗く(3) 帯・原料糸加工(後編)

2022.07 12

「山口百恵」と聞いて即座に反応できるのは、もう50代以上の方々であろう。夫は俳優の三浦友和、同じく俳優の三浦祐太朗・貴大兄弟の母と言った方が、若い方には理解されやすいかも知れない。日本テレビのオーディション番組・スター誕生に出場したことがきっかけで、芸能界デビューを果たす。森昌子・桜田淳子と共に「花の中3トリオ」と呼ばれ、70年代を代表するアイドルだった。

1980(昭和55)年、21歳で結婚するまで、売り上げたレコードは1100万枚あまり。これは70年代の歌手の中で、最高枚数を記録している。僅か7年余りの芸能生活だったことを考えれば、彼女の人気ぶりの凄さが伺える。引退後は、ほとんどマスコミに登場することがなく、その引き際の鮮やかさが際立つ。そしてそれがまた、山口百恵のカリスマ性を増幅させることに、繋がっているように思える。

 

彼女の数あるヒット曲、その多くを手掛けたのが、阿木燿子・宇崎竜童夫妻だった。1975(昭和50)年、阿木が夫・宇崎率いるダウンタウンブギウギバンドに提供した「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」が、大ヒット。「あんた、あの娘の何なのさ」というフレーズが流行語となったのを、今も思い出す。

「横須賀ストーリー」や「プレイバックPART2」「夢先案内人」「さよならの向こう側」など、イントロを聞くだけで歌が判る。この頃バイク呉服屋は高校生だったが、所属していた新聞部の部室の隣に放送部の部室があり、そこから毎日のようにこれらの歌が流れていた。部室は長屋と呼ばれ、3畳ほどに区切られた部屋が6つ並んでいた。夏は暑く冬は寒い木造の部室で、山口百恵の歌を聞きつつ、毎日原稿に向き合っていた。

 

そんな阿木・宇崎コンビの歌で、最も印象に残るのが「イミテイション・ゴールド」。去年まで付き合っていた彼と比べて、今の彼は見せかけ。「声が違う、年が違う、夢が違う、ほくろが違う」と歌詞は続き、最後に「去年の人と、また比べている」と止めている。本当の相手ではないことを、贋金・イミテイションゴールドに例える。これが、なかなか秀逸なのだ。

さてさて、イミテイションゴールドと言えば、帯の金銀糸にも、ホンモノと贋モノが存在している。今日も前回に続いて、モノ作りの隠れた技・原料糸加工のことを書く。帯材として欠かすことの出来ない金銀糸は、どのような製法で導かれているのか。少し掘り下げて、探ってみることにしよう。

 

手機で織る帯は、本金や本銀、そしてプラチナなどの箔糸を一本ずつ取り込みながら、一越ずつ丁寧に織られていく。(西陣 東千本町・紫紘の機場で)

単純に帯を製織すると言っても、その工程は三十以上あり、そこにはそれぞれその仕事を専門とする職人が存在する。そこで、価値のある品物の基準とは何かを考えて見ると、帯の場合、なかなか難解である。友禅も分業ではあるが、使った生地と、下絵図案の作成・糸目糊置き・地染め・色挿し・その他の加工作業など、それぞれの作業に関わった職人の手間が、品物の価値とリンクする。もちろん価格も、これに準じて決まってくる。

帯は、図案(昔は紋紙、今はPC上のプログラム)は一度作ってしまえば、何本でも織ることが出来るが、その図案によっては、織り方を工夫しなければならず、使う色糸の数も変わってくる。そして、糸の質(撚糸を使うか平糸を使うかなど)によっても、織手間が異なる。その上問題なのは、糸そのものがどのように作られているかだ。つまりは、織工程だけでなく素材の優劣が、品質にも大きく関わることになってくる。

 

価値の高い貴金属(金・銀・プラチナ)で糸が構成されていれば、当然原料の価値は上がり、原料糸を作る手間もそれに応じて掛かってくる。けれども、これが糸色は金や銀になっているものの、本当の貴金属から生まれたものでなく、見せかけの色であれば、当然価値は下がる。だが、織り上がった帯からは、使っている金銀糸の真贋など到底判断出来ない。ただそれでも僅かに、帯に添えてある品質表示を見ると、原料糸の内容をある程度まで読み取ることが出来る。

今日はこれから、ホンモノとニセモノ(まがいと呼ばれている)の金銀糸の作り方を各々紹介し、その手間の違いをご理解頂こう。そしてその後で、表示のどこに真贋を見分けるポイントがあるのか、説明していきたい。

 

様々な色糸と金銀糸が輻輳して、模様を織りなしている。帯の裏を覗いても、使っている金糸がホンモノの金箔糸か、イミテイションゴールドかを判断することは難しい。

「本金」と呼ばれているホンモノの金箔糸の製造は、土台となる和紙の加工から始まる。この和紙は、楮や三椏を原料とする手漉きのもので、古来より箔を載せる材料として使われてきた。工程では、まず糊を塗って紙繊維の目を止めた後に、ヘラで漆を塗りつける。これは、箔の光沢を生む下地作りと、後で接着用に使う漆をしみこみやすくするための作業。この初期の工程を、紙張り・地引きと呼ぶ。

原紙の準備が出来たところで、金箔を貼りつける「押上げ」という仕事に入る。織糸に使う金箔は、約千分の七グラムの純金を、百九ミリ四方に打ち延ばしたもの。この、極めて薄い金箔の端を竹のピンセットで押さえ、箔の角が小さくめくれ上がったところを挟み込んで、和紙原紙のところへ運び、一瞬のうちに貼り付ける。この時、たとえ小さく息を吐いても、箔はクシャクシャになってしまい、台無しになる。これは、箔が紙よりも薄く、それは透けて見えるかとも思えるくらいの薄さだからだ。

この金箔は、原紙の上に一枚ずつ丁寧に押し上げられ、一枚の紙に二十数枚の金箔を貼り付ける。箔同士が重ならないよう、また隙間が開かないように敷き詰める技術は、熟練した腕を持つ職人でなければ難しい。貼り終えた箔は、綿の固まりで静かに全体をなぞり、ムラを伸ばす。ここで、箔の継ぎ目や細かいシワが消える。そして床下の室で、二晩ほど乾燥させたところで、ようやく一枚の金箔紙が出来上がる。

 

納品された、本プラチナの箔糸(紫紘の織場で)

この金箔紙を糸として使うには、細かく裁断することで、可能になる。西陣には、箔の裁断を専門に行う職人も存在し、そこに仕事が持ち込まれる。裁断には、そば切り包丁のようなギロチン刃をセットした機械を使う。これは、上下する刃の下に、台に置いた箔を移動させながら切り落とすもの。その切幅は、1寸の間に60~90本くらいで、一本が約4.9~3.8ミリ程度のサイズになる。

そして細く切り分けられた箔は、行灯と呼ぶ円錐形の枠にのせて、ボビン(糸を巻く筒状の道具)に巻き取られる。これを、芯糸として使うレーヨンや綿に撚り上げる。こうして、本金の箔糸が完成する。以前は撚り工程までも、人の手で行われていたが、現在は機械化されている。

 

前の画像で、裏から織糸を覗いてみた帯の実際の模様表情。もちろん表の織姿からも、金銀糸の真贋は判別できない。この帯の金糸には、本金箔と粉(まがい)・イミテイションゴールドが併用されている。

見せかけの金、いわゆる紛(まがい)の製造に欠かせない、真空蒸着法(しんくうじょうちゃくほう)の開発に着手したのが、1955(昭和30)年頃。当初は、ポリエステルフィルムを輸入品に頼っていたため、普及が遅れていた。しかし国内で開発が進み、密着度が高く堅牢な塗料膜を形成するフィルムが製造されるようになると、飛躍的に金銀糸への利用が増加する。本格的に実用化が始まったのは、1964(昭和39)年頃からである。

真空蒸着とは、高度の真空内で金属、とりわけ高純度のアルミニウムを加熱し、そこで生じた金属蒸気をポリエステルフィルムに当てると、薄い金属の膜が付着する。この直接メッキしたものに色をかける。そして金であれば、鮮やかな金や燻したような金、色を沈ませた金など、用途に応じて様々な色が付けられる。

ポリフィルム紛原料は、機械によって裁断された後、本金箔糸同様にボビンに巻き取って、芯になる糸に撚り付けられる。こうした製造に基づく見せかけの金を、「ソフト粉(まがい)」と言う。なお金のまがいには、別に銀を燻して金色に加工するものがあり、これには本金箔の製造方法と遜色のない高度な技術を必要となる。そこでこれを、「本粉(ほんまがい)」と呼んで区分けしている。

 

上の画像で、表裏の姿を紹介した帯に付く品質の表示(梅垣織物・流水色紙花文)

さてここまで、本金箔糸と紛糸の製造方法の違いについて説明してきたが、先述したように帯面からは原料の金銀糸の内容を見分けることが出来ない。だが、帯に添付されている品質の表示には、真贋を見分けるヒントが隠れている。最後に、このことに触れてみよう。

まずこの表記は、「品質表示法」という法律に則ったもので、それは、予め決められた用語と表示方法で構成されている。しかし、消費者がこの表示を見た時には、帯の素材に対して疑問や不信を抱くのではないかと思われる。そんな誤解を受けかねないほど、判り難い品質表示になっている。だが、今日説明した本金・粉の原料製造の工程を改めて振り返ってみれば、この表示もある程度腑に落ちるように思う。

 

では、この帯の表示を例にとって、原料を考えてみよう。絹が60%、紙やレーヨン、アクリルなどが40%。これでは帯そのものが、紛いモノと捉えられかねない。消費者の多くは、高価な帯ならば当然絹100%と認識しているはずで、4割も化繊や紙が入っていれば、それは単純に怪しいモノと疑われてしまう。

表示された化繊材料のうち、ポリエステルは蒸着させる基礎のフィルム原料、レーヨンやアクリル、綿は、フィルムあるいは本金箔を巻き付けた芯糸の材質。また指定外繊維と記される和紙や紙については、本金箔を貼り付ける土台、あるいは金に着色したフィルムを補強するためのもの。原料の工程が判っていれば、このように類推できる。そして、金属糸風と仕分けられた40%の素材は、帯本体の繊維ではなく、糸原料の製造工程の中で使われていると理解出来る。

 

こちらは、紫紘の袋帯に付いている品質表示。梅垣の帯より、金属糸風の構成原料比率が具体的。ポリエステル10%はフィルム、指定外繊維・紙5%は本金箔を貼り付けた素材、レーヨン5%は撚り上げる時に使う芯糸素材。当然この構成比率は、各々の帯ごとに変わるが、例えば和紙の比率が上がっていれば、それは土台になっている本金箔を多く使っている証となり、その帯の糸質が優れていると判断できる。つまり和紙のパーセンテージは、金銀糸の内容の一つの目安になる。

ただ現実的には、このような表示方法だと本来の品質を消費者に理解され難い。原料を構成する材質に視点を置くのではなく、金属の本質(例えば金箔糸、蒸着糸の構成比率)を表記してあれば、もう少し質への理解は進むはずだ。ただそれでも帯の良し悪しは、決して金銀糸原料の内容だけで決まることは無い。本引箔糸より蒸着糸の方が、軽くてしなやかで保存に優れるとも言われている。この辺りが、帯の価値の見極めとしてとても難しく、そして面白いところでもあろう。

 

フォーマルな帯姿を、鮮やかに演出する金や銀の織姿。それは、様々な工程を経て作られた原料・金銀糸があるからこそ。そしてそこには、糸作りに関わる多くの職人の存在がある。隠れた場所で黙々と仕事に励む人々は、根底から伝統衣裳を支える最も大切な技術者だ。二回にわたり、原料糸の加工について書いてきたが、読まれた皆様には、品物の奥深さやモノづくりの面白さを少しでも感じ取って頂ければ、嬉しい。

 

紛は、ニセモノという意味でなく、広く世の中に金銀の輝きを享受させるための新製品。これは、京都の金銀糸製造の会社や職人を束ねる「京都金銀糸工業協同組合」のHPに掲載されている言葉です。今、紛糸の存在が無ければ帯の製織は難しく、蒸着技術は西陣に決定的な革新をもたらしたとも言えましょう。ですので、この糸のことをまがいとかニセモノと称することには、とても違和感があります。

確かにホンモノの金では無いですが、それは「偽物・いつわりのモノ」ではなく、必要不可欠なモノ。何かもっと良い、他のネーミングは無いでしょうかね。       今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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