バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

12月のコーディネート  天平フォーマルを、華やかに装う

2021.12 21

先月、日本修学旅行協会は、全国の国公私立中学校の3056校を対象として、修学旅行先にどこを選んだのかを調査した。回答があったのは1046校で、実施したのは500校(47.8%)。行先の第1位は京都、2位は奈良と順当だが、3位は意外にも山梨である。

これまで、ベスト10にも入っていなかった山梨が、どうして修学旅行先に選ばれたのか。協会は、まず第一が山梨県内のコロナ感染者の少なさで、同時に自然が豊かで屋外の体験学習を取り入れやすいことを理由としている。大都市に感染が蔓延したことから、東京や大阪を訪れる学校が激減。それが、山梨に目を向けられた大きな要因で、特に中京圏の学校に旅行先として選ばれたようだ。

 

山梨の修学旅行は自然体験型だが、神社仏閣を巡る京都・奈良は、見学中心。中学生にとってどちらが心に残るかは、取り組み次第であろう。ちなみに、中学高校の修学旅行で訪れる場所のベスト4は、1位奈良公園(東大寺)・2位清水寺・3位金閣寺・4位法隆寺。

考えてみれば、この四寺を修学旅行以外で訪ねるということは、あまり無いかも知れない。やはり東大寺や法隆寺は、伽藍をゆっくり巡ることで、万葉の空気感をより感じることが出来る場所。そして隣接する奈良公園内には、奈良国立博物館があり、貴重な天平の品々を見ることが出来る。つまりここは、大人になってからの方が、ずっと楽しめる場所になるのだろう。

きっと中学生や高校生では、よほど歴史に関心が無ければ、何となく見学しただけで終わってしまう。そして寺よりも、公園でシカに煎餅を食わせたことが記憶に残る。このブログで、さも判ったように天平文様の説明をしているバイク呉服屋も、中学校の修学旅行で残った東大寺の印象は、無制限にセンベイを欲しがる鹿の存在だけだった。

 

毎年最後のコーディネートで選ぶのは、フォーマルモノ。昨年は珊瑚色の唐花菱色留袖と、捨松の蜀江文袋帯を使った「天平コーデ」だったが、今年も懲りずに、天平文様を使った品物をご覧頂く。デザイン性豊かな外来模様は、何に用いても飽きることは無い。ということで今回も、唐花好きが高じた組み合わせになるが、どうかお許しを。

 

(灰桜色 唐花籠模様 手描江戸友禅・色留袖  黒地 天平六輪文・袋帯)

正倉院が成立した発端は、聖武天皇の后・光明皇后が天皇の冥福を祈るために、多数の宝物遺愛品を東大寺の廬舎那仏に献納したことに始まる。納めた品物の目録・東大寺献物帳には、六百点以上の宝物が記載され、後にこの帳は「国家珍宝帳」と呼ばれる。

宝物を分類すると、聖武天皇が着用した袈裟や帯などの衣服を始め、元正・聖武両天皇や光明皇后の書跡、琵琶や琴、尺八、横笛、笙などの楽器や碁盤、そして太刀、弓などの武具、鏡や屏風に代表される調度品など、かなり多岐にわたっており、やはりそれは、光明皇后と聖武天皇の宮廷生活を彩った文物が中心になっている。

天皇家の優雅な生活で使われたものは、遠い異国からやってきた美術工芸品と、そこから多大な影響を受けて作られた国産の品々。そこには、華やかに交流した唐の文化と、さらに西方に位置する諸外国の文化を融合した姿がある。それはまさに、8世紀という時点で見られる、東西文化交流の姿そのものと言えよう。

 

インドに起源を持つとされる古代五弦琵琶において、世界で唯一遺されたものが、正倉院の螺鈿紫檀(らでんしたん)五弦琵琶。施された文様は、宝相華。中央の花から左右対称に葉や花を付けた蔓が伸び、そこからまた一つの花を咲かせる。これは、「生命の繋がり」を連想させる文様であり、仏教的な要素を持つ空想の花文。

文様を構成している花は、蓮華、パルメット、ザクロ、牡丹等々。これらは今なお、多くの染織品の意匠の中で使われている。もちろん天平の文様はこれだけではなく、正倉院の収蔵品に見られる装飾の全てが、キモノや帯の図案の原点と言えよう。であるからして、そのデザインの広がりは無限であり、語っても語り尽くせるものではない。

今日ご紹介する天平図案も、そんな中のわずかな一点。文様の中に刻まれた、東西文化の融合した姿を見て頂くことにしよう。

 

(灰桜色小七宝地紋 唐花籠模様 手描江戸友禅・色留袖  大松【菱一扱い】)

第一フォーマルに準ずる色留袖は、重厚で格調高い意匠をあしらうことが多く、どうしても着用する場を選んでしまう。もちろん紋が入っているので、畏まった装いとなるのは当然のことだ。だから同じフォーマルでも、訪問着と比べると使い道が限定され、出番は少なくなる。そのような意味からすると、贅沢なアイテムと言えるが、持っていても箪笥の中に眠り続けているのであれば、何とも勿体ない。

今日ご紹介する色留袖の模様は、画像で見ても判るように、本格的な古典模様の堅苦しさとは対照的に、軽やかで明るく、可愛さも感じられるような意匠。色留袖なので、紋を入れて着用するのが常道とは言うものの、付けずに訪問着として使ったとしても、ほとんど違和感は無いだろう。

着姿の中心となる上前衽と身頃にかけて、籠いっぱいに盛り込まれた花があしらわれている。そして花籠を囲むように、小さな唐花や葉を枝で繋いだリースのような円を描く。後身頃には、上前より少し小さな花籠が二つ。やはりそれを、山型に繋いだ唐草や唐花が囲んでいる。

模様の大部分を占める唐花の配色は、ほとんどが優しいパステル色で挿されている。そのため、柔らかくはんなりした印象が残る。地色も、明るみのある灰色に桜色を混ぜたような、朧気でくぐもった色の気配なので、より上品さが感じられる。

上前に描かれた花籠模様。メインとなっているのが、橙色と黄色で挿された大輪の花だが、一見牡丹のように見えるものの、葉の形が違う。他の小花も特定できるものはなく、デザイン化されている花姿から見れば、これは唐花である。

花籠は普通、この品物の図案に見えるように、竹で編みこんだ形で表現される。そして文様としての格は、籠の大きさや形状と、中に差し込まれている花の種類で違ってくる。例えば大ぶりな牡丹なら豪華になり、疎らに秋草が入れてあれば、楚々とした慎ましい風情になる。この文様は、花籠の内容によって印象を変えることが出来る、実に融通の利く意匠と言えるだろう。

蘂や花弁は、鳥の羽のように濃淡を付けた立体的な姿で刺繍が施される。大羊居や大彦、そしてこの大松と、いわゆる大黒屋一門の江戸友禅のあしらいに共通する縫い姿。

花に用いられている縫い技法・「刺繍(さしぬい)」は、まず一段目は、模様の輪郭線上に針足を揃え、ひと針ずつ長短を付けて内側から刺し込む。そして二段目からは、長短の付いた一段目の糸の間に挿しこむように、これも長短を付けながら縫い進めて、模様全体を縫い詰めていくもの。これにより、模様は立体的かつ写実的に表現できる。日本刺繍として、面を刺す時に用いる代表的な技法。

花の刺繍を見ると、白糸の中に銀糸を刺し込まれていて、それがまた花姿をいっそうリアルに映す。蘂も濃ピンクの繍の中に、僅かに金糸を含ませていて、メイン花の豪華さを浮き上がらせる役割を果たしている。

花籠の中は、柔らかい色を放つ本金箔があしらわれ、小花の輪郭の糸目にも金を使って花弁を際立たせている。模様を細かく見ていくと、一つ一つ丁寧に描かれた「手描き友禅の姿」が自然に浮かび上がる。

一目見て、上質で上品な姿と判る品物には、どんな小さなところにも、手を抜かない施しが見える。この積み重ねこそが友禅の真骨頂であり、それはどんな軽やかな図案であっても、仕事の重厚さはすぐに理解出来る。では手描江戸友禅で、唐花のモダンさと可愛さをあますことなく表現した色留袖には、どのような帯を合わせれば良いか。「天平の模様」を意識しながら、品物を選んでみよう。

 

(黒地 天平唐花六輪文・袋帯  川島織物)

九曜星紋や七曜星紋のように、中央の丸とそれを囲む丸とで構成されている輪の文様。星紋とは違い、完全に丸くはなっておらず、それは唐花の蔓が巻き付いている姿。また周囲の六輪は、蕾状の唐花と空想の鳥を交互にあしらっており、さながらメリーゴーランドのようだ。

おそらく、この文様のモチーフは、正倉院北倉に収納されている双六盤・木画紫檀双六局(もくがしたんすごろくきょく)にあしらわれているデザイン。これは六輪ではないが、唐花から伸びる蔓を輪状に描き、その間に種類の異なる天平の鳥を舞わせている。似ているのは文様だけではなく、唐花や鳥に見られる挿し色。また盤の素材が、黒に近い深い色の紫檀であり、それが帯の黒地とリンクして、なお似た印象を与える。

蛇足だが、正倉院に現存している双六盤は、全部で五点。その盤の側面の木画には、様々な唐花文が描かれていたが、その技法は単純ではなく、花や鳥の嘴など白い部分には象牙を、また黒い花弁があれば黒檀で、そして蔓や鳥の羽に見られる黄色には柘植の木を使い、葉などの緑は緑色に染めた鹿の角を使うなど、今ではとても考えられないほど手の込んだ仕事で、仕上げられている。

正倉院の宝物に見られる装飾文は、その図案の配置方法が幾つかのパターンに分けられる。この帯のように、唐花や唐草あるいは鳥を環状に配置し、しかも、旋回しているように図案に向きを持たせた方式を、「旋回式」と呼ぶ。

唐草の蔓で図案を繋ぎながら、流線的に模様をあしらう。これはこの帯だけでなく、合わせようとしている色留袖にも、花籠の周囲には蔓唐草が環状に配置されている。つまり、キモノと帯どちらも、蔓で繋いで図案を形成していることになる。天平の模様はどれも、模様が孤立することは無く、一定の規則性を持ちながら、全体の意匠を構成していることが見て取れる。これがどの文様にも、豊かなデザイン性を感じる最も大きな要因なのである。

それでは、天平文様の大きな特徴・唐花繋ぎを併せ持つ、このキモノと帯のコーデネートを試すことにしよう。

 

こうして合わせて見ると、どちらも花を繋いでいる「環状模様」であることが、よく判る。似た者同士ながらも、模様が重なることによるくどさは、感じられない。キモノの柔らかい灰桜地色を、帯の黒がうまく抑え込んで、引き立たせているように思える。

唐花繋ぎで模様を囲んでいるキモノなので、割と地空き部分が多い。その分、帯の旋回的な六輪模様が、着姿の中で目立ってくる。色的にも図案的にも、キモノと帯双方の良さをバランスの良く引き出している気がする。

天平デザインのモダンさを生かしたコーディネート。古典の堅苦しさとは異なる、明るく伸びやかな装い。空想の花・唐花の自由な繋がりを、そのまま意匠に生かした組み合わせ。

帯〆の色は迷ったが、帯配色の中に見えるブルー系を考えてみた。明るいパステル調の水色で、グラデーションが付いている浮舟貝の口組紐。立体感のある柔らかい色の帯〆を使うことで、帯の黒地があまりきつく見えなくなる。帯揚げは、金駒繍の小さな渦巻紋を散らした凝った品物(帯〆・龍工房 帯揚げ・加藤萬)

 

今年最後のコーディネートをご覧頂いたが、如何だっただろうか。自分では、品物にも色や模様にも、出来るだけ偏りが無いように、毎月の組み合わせを考えてきたつもりだが、改めて振り返ってみると、相変わらず自分の好みばかりが前に出て、とてもバリエーション豊かに品物をご紹介したとは言えない。

ただ、今年も一年を通して、閉塞感ばかりが社会を取り巻いてきた。昨年に続き、キモノを着用する機会も相当失われたのだが、これでこの先、和の装いが全く消えてしまうことには、決してなりはしないと思う。装いの日が来ることを信じて、バイク呉服屋らしい、明るく優しい雰囲気のコーディネートを、来年もご紹介したいと考えている。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

正倉院宝物に表れる美しい文様を、1200年以上経った今も、その姿のまま見ることが出来るのは、多くの遺物のように、地中から出土したものではなく、通気性、保温性に優れた高床式の校倉造・正倉院で、大切に保管されてきたからなのです。

それはある意味で奇跡的なことであり、その数々のデザインが今なお、現代の染織品の意匠として取り入れられていることに、この国の文化の深みを感じます。そして、こうした歴史に裏打ちされた文様だからこそ、きちんと人の手であしらわれていかなければ、本当の意味での図案の継承にはなりません。

コロナがもう少し落ち着いたら、一度ゆっくり奈良を歩きながら、改めて天平の空気に触れてみたいものです。千年の都・京都も良いのですが、あをによし・奈良の都はまた別の魅力があります。大人になってからの奈良旅、ぜひ皆様も試してみてください。

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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