バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

昭和の加賀友禅(8) 井波勝男・市松取り花車模様 加賀友禅振袖

2019.12 11

昨日、新しいパソコン・Windows10を導入した。何故なら、来年の1月には、Microsoft社がWindows7のサポートを終了するからだ。私としては、現在使っているWindows7でも、全く不自由はないのだが、やはりセキュリティ対策に不安があれば、使い難い。

前回、XPから7に変えたのは、確か5年ほど前だったかと思うが、自分の意思に関わらず、供給する側の都合で新しい機種を導入するのは、あまり面白くない。古いバージョンをサポートすることは、ある程度限界があることも理解出来るが、ユーザーとしては、もう少し何とかならないかと思う。

同じモノを長く使えないのは、何もパソコンに限ったことではなく、あらゆる商品で、その傾向が窺える。特に電化製品などは、壊れてしまって修理を依頼しても、すでに部品が無いと断られることが多い。そして、直すよりも新しいモノを買う方が安く済む場合もある。企業としては、消費者にいつまでも同じモノを使われたら困るのだろうが、それはあくまでも、「売る側の論理」であり、ユーザー目線に立つ姿勢に欠けていると言わざるを得ない。そしてこれは、「使い捨て」を助長することにも繋がるだろう。

 

呉服屋が扱うキモノや帯は、これと真逆である。たとえ10年、20年以上前に誂えた品物でも、使えないものなどほとんどない。母や祖母の品物を直すことなど当たり前で、世代を超えて着用することに、何の躊躇いもない。

汚れやカビがあれば、きれいに直し、寸法が合わなければ、仕立て替える。そして、手直しをする際には、仕事ごとに請け負う職人がいる。例えば、汚れがある場合には、しみぬき補正、丸洗い、色ハキを専門とする職人。また本格的に仕立て直す場合には、洗張り職人やすじ消し職人。紋を変えようとするならば、紋章上絵師。もちろん、縫い手である和裁士の力も必要である。

そしてキモノは、構造的に見ても、長く使うことが前提になっている。仕立ての際に入れる袖付、肩付、袖下の縫込み。そして、身頃に入る「中上げ」。こうした工夫は、着用する人が変わった時に、たとえ大きい人でも寸法を出せるようにするための準備。つまりは、最初から品物を受け継ぐ人がいることが、予め想定されているのである。

 

だから呉服屋が、お客様から古い品物の手直しを依頼された際には、親身になって相談に応じるのは、当たり前のこと。それは当然為すべきことであり、仕事の基本なのだ。

そして、持ち込まれた昔の品物の中には、今となってはほとんど見ることができない、手を尽くした技を詰め込んだものがある。こうした商品の価値は、下がるどころか、今や大変な貴重品になっている。今日は、そんな作り手の息遣いが聞こえる品物がまた、店に里帰りしてきたので、これを皆様にご覧頂くことにしよう。

 

(市松取り花車模様 加賀友禅振袖・井波勝男 1985年頃 甲府市・U様所有)

祖父や父の代で、うちの店を贔屓にしていたのは、商家や旧家の方が多かった。昔こうした家々では、伝統や格式を何よりも重んじていたので、どうしても品物には一定の水準以上の質が必要であった。そして、このお客様方には必ず、選んだ品物を長く着用する意識があった。

特に、家の節目で着用するフォーマルモノ、黒留袖や色留袖、振袖のような第一礼装の品々にはその意識が強く、買い求める際には必ず、代を繋いで着用することを考えられた。今、うちの店に良質な品物が里帰りしてくるのは、こんな事情があるからだ。

今日ご紹介する振袖も、うちと半世紀以上にわたり、長くお付き合いを頂いている、ある商家のお嬢さんに求めて頂いた逸品。今から40年ほど前に扱った加賀友禅の振袖だが、今年そのお嬢さんの娘さんが着用するにあたり、寸法直しのために店に戻ってきた。この方は東京へ嫁がれたが、品物は実家のお母さまが管理されていた。

このお母さまは、自分の娘に女の子が生まれた時から、この振袖を着用する日を待っていたと話される。つまりこの振袖は、「代を繋いで着用すること」を、娘さんが嫁いだ日から想定していたことになる。だから品物の管理も行き届いており、シミ汚れどころか、シワひとつない状態で、大切に仕舞われていた。

では、この昭和の加賀友禅がどのような品物か、早速ご紹介しよう。

 

模様の中心となる上前身頃から後身頃にかけて、四季の花々を満載した御所車を描いている。咲き誇る色とりどりの花が、着姿として華麗に映る。

この意匠の原型になっているのは、御所車文様。これは、平安貴族が外出するときに使った牛に曳かせる車。貴族たちはそれぞれ、自分の車の装飾にこだわりを持ち、工夫を凝らしていた。この美しい車の姿が、貴族の優美さを象徴するものとして、文様化されたのである。

この御所車文は、車輪だけを描いた片輪車文や源氏車文に発展し、また、車に花籠を乗せた花車文にもなった。この振袖は、典型的な花車文だが、こうして画像の上から見ても、意匠全体からは優美な貴族的雰囲気が窺える。

御所車は単独で図案になることは無く、花や他の器物と一緒に、風景文の中に置かれている。車文は、平安後期からすでに見られるが、室町以降、特に桃山期になると、文様として豪壮華麗な能衣装の中に数多くあしらわれ、中でも「茶地百合御所車文様縫箔(東京・国立博物館蔵)」は、金箔で地に立枠文を付け、そこに大きな百合と小さな御所車を点在させたユニークな図案で、この時代の意匠を特徴的に表す衣装の一つになっている。

王朝的で、豪華華麗な雰囲気を醸し出す御所車文は、江戸から明治、そして現代に続くまで、優美な古典文様として、多くの礼装品の中に用いられてきた。さらに、御所車に乗せた花々の文様・花車文になると、なお華やかさが強調され、より豊かな表情となって品物に表れる。

 

この振袖の特徴として挙げられるのは、模様の中心となる身頃から上、肩や袖の地色がクリームとピンクの市松模様になっているところ。上の画像で判るように、二つの色を互い違いに組み合わせ、クリーム色には様々な四季の花が、柔らかいピンク色には井桁に組んだ七宝花菱文があしらわれている。

二つの柔らかい色を使い、地色に変化を持たせる。ピンクが入ることで、振袖全体に明るさが増し、可愛く見える。こうした工夫が、図案の優美さをより印象付けている。

 

御所車に乗せた四季の花々。中心になるのは、やはり牡丹。豪華さにおいては、他の花に追随を許さないこの花は、中国で「百花の王」と呼ばれている。写実的な加賀友禅の意匠として、使われる花の代表格でもある。

もう一つが、菊。こちらは秋の代表花。花弁を幾重にも付けた大輪の「厚物」の姿で描かれている。このように牡丹と菊を置くことで、しっかりと春秋を意識している。

ぼかしを入れた大牡丹と大菊。どちらの葉にも、虫喰いのあしらいが見える。

 

車輪がほとんど隠れるほど、山のように積まれた花だが、わずかに覗く車輪と車軸が、花車文様であることを示している。

車輪を拡大してみると、地面に当たる車輪と車軸、そして真ん中の軸受まで丁寧に描いていることが判る。軸や軸受けは、糸目を生かした筋で描いているため、微妙にぶれている。また、車輪には七宝花菱文が見えるが、全体から見ればほとんど隠れてしまう場所にも、凝った文様を置く。こうしたところで、作品に手を抜かない作家の姿勢が理解できる。

こちらは、後身頃に付いている御所車の引手。車輪から前方に二本伸びている木を轅(ながえ)と呼び、その端にある牛の頭が入るところを、軛(くびき)と呼ぶ。この図案では、轅に桜のような花文がはいり、そこには紐が結わえてある。紐は、軛に薬玉の飾り紐のように美しく結ばれ、それが不規則に伸びている。些細なあしらいだが、この紐は花車の優美さを強調する、重要な役割を果たしている。

薬玉の飾り紐のような結び目と房。糸に見立てた房の筋は、糸目。模様の細部を見れば見るほどに、仕事の精緻さが見て取れる。友禅は、こうした細やかな作家の心配りが、大きな魅力の一つであり、それこそが品物の価値を高めている。

 

振袖の前合わせ。こうして見ると、上前身頃の華やかさが目立つ。しかし、クリームとピンクの二色で市松取りされた地色は、極めて上品な雰囲気を持ち、全体からは柔らかな印象を受ける。この花車文の振袖は、豪華さと品の良さを両立させた、いかにも加賀友禅らしい写実性豊かな逸品と位置付けることが出来るだろう。

作者・井波勝男の落款は、草書体の「勝」。落款は二つあるが、登録されているのは、上の方。

この振袖を制作した井波勝男という作家について調べてみたが、どうもよくわからない。加賀染振興協会のHPには、物故した作家を含めた落款が掲載されているが、ここに井波勝男の名前はない。だが、1978(昭和53)年に、同協会が初めて発行した「加賀友禅落款名鑑」には、きちんと登録があり、画像と同じ落款が掲載されている。

その後で発行された技術者名簿には、その名前が見えないので、すでに物故されている方と思われるが、どなたに師事したのか、また弟子がいるか否かについても判然としない。このブログを読まれた方で、この作家の仔細についてご存じの方がいらっしゃれば、ぜひご教示願いたい。

 

今日は、優しい色に溢れた花車文様の振袖をご覧頂いたが、今となっては、このような品物にはなかなかお目にかからない。作家は、自分が写生したモチーフを基にして図案を考案するが、この品物は、そこに古典的な「御所車」を組み入れることで、華麗さが一層強調されているように思う。

こうした品物は、いくら時代が移ろうとも、決して色褪せることはない。それどころか、むしろ輝きは増すばかりで、次の代へとまた引き継がれるべき品物である。加賀友禅の技を尽くした、こんな素晴らしい振袖を着用されるお嬢さんは、何と幸せな方かと思う。

最後にもう一度、この美しい振袖をご覧頂くことにしよう。

 

キモノや帯の価格は、どれだけ人が手を掛けたかという、手間そのものとリンクしています。消費者にとって呉服の価格は判り難く、値段に見合うほど品物に価値があるか否かを判断することは、そう簡単ではありません。

けれども、本当に価値のある品物とは、時代を超えて着用できるもの。どの時代の誰が見ても、美しさを実感出来るものではないでしょうか。手描き友禅の模様の表情となって表れる、糸目。その筋一本一本には、作家の魂が込められています。そしてまた、それぞれの図案に挿されたひと色ひと色にも、個性が光っています。

描かれた模様をじっくり見て、作り手の仕事を理解することこそが、質を見極めることに繋がります。このブログが、皆様の知識を深めて頂くことに少しでも役立てるとしたら、私にとってそれは、何よりも嬉しいことです。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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