バイク呉服屋の忙しい日々

その他

令和元年・亥年の終わりにあたり

2019.12 28

昨日、ようやく暮れの大掃除が終わった。店の床面積は約20坪なので、店舗としてはさほど広くないが、念を入れてきれいにするとなれば、やはり手が掛かる。通りに面したウインドに始まり、ショーケースや鏡など、ガラスをきれいに磨き上げることだけでも、労力を要する。

ディスプレイに欠かせない衣桁や撞木を拭き、棚の汚れも丁寧に落とす。そして反物に巻いてある白い紙も、古くなったものは変える。同時に巻き方が整っていないものは、改めて巻き直し、値札が折れているものは、新しく付け直す。こうした小さなことをきちんと整えることで、新しい年を迎える心構えが出来てくる。商いをする者にとっては、やはり年の暮れは一つの区切りである。

 

掃除とともに、年末の慣行になっているのが年賀状書き。今年仕事を請け負ったお客様をはじめとして、取引先や職人の方々に出す枚数は、150枚程度。これとは別に、プライベイトの年賀状も作るが、こちらは夫婦合わせて90枚くらい。レイアウトから宛名印刷まで、すべてPCで済ませることが出来るので、かなり楽になったが、友人たちには何か一言書き添えなければならないので、少し時間が必要だ。

新年の挨拶としては欠かせない年賀状だが、近頃雲行きが怪しい。昨年の年賀はがきの発行枚数は、約23億4千万枚。最も発行枚数が多かったのが、平成4年の44億6千万枚なので、この15年で48%も落ち込んでいる。年賀状を出さなくなった大きな理由は、やはりPCやスマホの普及により、メールを送れるようになったこと。またLINEなどを使えば、一斉に送信ができ、手間も省ける。朝日新聞の世論調査によれば、18歳から29歳の若者は、半数以上が年賀状を出していない。

また、省略すると言えば、おせち料理。作らずに、重箱ごと買って済ます家が増えた。多くの家では、まだ元日には欠かせないと認識しているものの、作る時間が取れない。これは働く女性が増えたり、親と同居する家庭が少なくなったことが理由として挙げられよう。いずれにせよ、時代の流れの中で、古い慣習は形骸化するか、消えていく。これは良い悪いではなく、社会の変容に伴う事象なので、どうにも止めようがない。

 

こうした、年中行事や慣習に対する人々の意識の変容は、そっくり和装にも当てはまる。例えば、振袖や留袖などのフォーマルモノは、多くの人がレンタルで済ませているが、必要な時だけに簡単に着用出来れば、それで良いからだ。手の掛かることは全部お任せで、形になればそれで十分とする。効率を重視する世の流れからすれば、致し方あるまい。

だが、僅かながらも、きちんと場を弁えて、自分らしい装いを考えようとする方がいる。そして当然のことながら、品物の質にも意識を持つ。また同時に、季節に相応しい色や意匠も考える。つまりそれは、和装の本質を見極めようとしていることになる。

和装の世界は奥が深く、キリがない。お客様からはよくこんな声を伺うが、染織ほど日本の文化が凝縮されているものは無く、そう簡単にはいかない。判ったようなことを書いているバイク呉服屋本人も、ほんの少しだけ知識を持っている程度であろう。

ブログでは、和装に関わる様々なことを書いてきたつもりだが、日本文化という大きな構えの中で見れば、それは触りでしかない。浅学の私には難しいことだが、来年も出来る限り、自分の言葉で皆様に情報をお伝えしたいと思う。

今日は亥年最後の稿なので、イノシシ(獅子)の文様をご紹介して、締めとしよう。

 

(有栖川手猪文様・龍村美術織物  名刺入れ)

動物をモチーフにした織物といえば、真っ先に龍村の裂地が思い浮かぶ。龍村では、法隆寺裂・正倉院裂の上代裂や平安期の有職文、さらには室町期の名物裂など、日本に伝来した様々な裂地を復元している。

初代・龍村平蔵は、数々の新しい織技法を開発したが、その過程では古典的な染織品の研究がどうしても必要であった。何故、古代の染織品があれほど高度な技術を駆使して作られているのか。これを研究し解明することが、新たな技術開発の基礎になり、どうしても欠かせないと考えたからである。

正倉院に収納されている宝物の文様は多種多様で、幾何学文・天象文・自然文・植物文・動物文・空想的動物文・人物文・生活器物文などに分類される。

正倉院・中倉には、十二支彩絵布幕という、十二支の中の四つを描いた布製の幕が収蔵されいるが、その中の一つに猪を描いた図案がある。この時代、猪は動物文として、すでに図案のモチーフになっていたことが判る。

上の文様を見ると、猪は井桁状に組んだ襷文・有栖川文の中に置かれている。この文様は、室町期の日明貿易により輸入された織物・名物裂にみられる。有栖川文は、二色以上の色糸で文様を織り出した色彩豊かな錦織が特徴。図案は直線で表現され、中に動物を織り込んだものが多い。よく見かけるのが、鹿や馬だが、猪は珍しい。

龍村の説明書によれば、有栖川錦の特徴を生かしながら、そこに東大寺献納御物の彫飾をアレンジした猪文を配したとあるので、どうやらこの文様は、正倉院文と名物裂を融合した上で、アレンジしたものと見ることが出来る。

 

(獅嚙文長斑文・龍村美術織物  光波帯)

イノシシ科の猪とネコ科の獅子では、種族からして全く別モノだが、同じ「シシ」繋がりとして、文様をご紹介することにしよう。文様のモチーフとして登場する獅子は、「ライオン」ではなく架空の動物。神社の入口には、相対して建っている一対の狛犬があるが、よく見ると一方に角があり、一方にはない。この角のない方が獅子である。今は、双方を総称して狛犬と呼んでいるが、この犬もまた架空の動物。どちらも寺社の神を護る神・守護神として大陸から伝来した。

一見して、怪獣の顔のように見える不気味な獅子の図案だが、この裂は天平期の舞楽装束として用いられたもの。原典の織組織は、中国・漢代の頃から織られていた経錦(たてにしき)だが、この技法では使う経糸の数に限りがある。一見多色使いに見えるが、各々の縞の色糸は三色だけ。なおこの文様の装束は、752(天平勝宝4)年の東大寺大仏開眼会に用いられた。

 

(四天王獅猟文・龍村美術織物  光波帯)

復元裂をモチーフとした龍村の帯の中でも、この四天王獅猟文(してんのうしりょうもん)は、代表的な文様。上代裂の復元を志した龍村平蔵が、古代の織物における至高品と位置付けていたもの。平蔵は、大正末から昭和初年にかけて、新しい機を開発した上で、経糸と緯糸を一本ずつ拾い読みしながら織り進めるという苦労を経て、この文様の復元に成功した。

この裂が伝わった法隆寺では、昭和12年から14年にかけて、本堂・夢殿の解体修理を行ったが、その際に、本尊の救世観音(ぐぜかんのん)像を安置する厨子を新調するのに伴って、新しい戸帳(厨子の扉前に付ける布)を作ることになった。平蔵は、この戸帳の製作を依頼されたが、そこで用いたものが、復元に成功していたこの四天王獅猟文錦である。

新しい戸帳製作に当たっては、色の復元も試みられ、完成した品物では、伝来した当初の色彩が甦っている。昭和15年の4月に納められた四天王獅猟文錦の戸帳は今も、夢殿の厨子の前で観音像に彩を与えている。ということで、この文様は、龍村平蔵にとっては特別なものであり、だからこそ「復元裂の代表」として位置づけられるのだ。

四天王獅噛文・光波帯の前姿(着用しているのは、バイク呉服屋の女房)

鎧をまとった王が、疾走する馬の上から獅子を射る姿。この図案の原点は、紀元前3世紀頃に中東を支配していた古代イラン王朝・パルティア朝における遊牧民の戦の姿(パルティアンショット)であり、これは王の権威を象徴するものでもあった。

やがてこの模様は、シルクロードを通ってペルシャから唐へと伝わり、そこでアレンジが加えられた後、7世紀頃に法隆寺へ伝来した。画像ではわかり難いが、帯図案の馬の腹には、「山」と「吉」の漢字が見える。それは、この文様がペルシャから伝わった後、唐で手を加えて製作したものであることを物語る、何よりの証拠と言えよう。

 

正倉院の宝物にあしらわれている動物文は、孔雀・鸚鵡(おうむ)・鴛鴦(おしどり)・鶏・雁・鴨・雉・小鳥・獅子・虎・駱駝(らくだ)・羊・トナカイ・象・犀・猿・鹿・狐・蝶などがあり、そしてまた、実在しない空想の動植物文として、麒麟・四神聖獣・十二支・鳳凰・花喰鳥・天馬・龍・宝相華・唐草・聖樹がある。

龍村の帯に限らず、正倉院に伝来した文様のモチーフは、今もキモノや帯の意匠の中に、数多く息づいている。それを一つずつ探っていくと、その時代の史実や文化と深く関わっていることが判り、調べても調べても終わらない。

こうした文様の面白さも含めて、来年も、皆様に興味を持って読んで頂けるテーマを見つけながら、出来る限り判りやすく、書き進めていきたい。

 

今年は約30万人の方に、このブログを訪ねて頂きました。内容が、どれだけ皆様のお役に立てたのかは判りませんが、とにかく、つたない稿をこれだけの方々にお読み頂いたことは大変有難く、深く感謝申し上げます。来年も、これまで同様に、呉服屋に関わることを淡々と書こうと思いますので、どうぞ引き続きよろしくお願い致します。

最後に、このブログを読んでご来店頂いたお客様、またお邪魔をさせて頂いたお客様、そしてメールで励ましの言葉を頂いた方々など、今年関わりを下さったすべての方々にお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。

なお、来年の営業は1月7日(火曜日)からとなります。そのため、年末年始に頂いたメールの御返事は少し遅れますので、何卒ご了承下さい。次のブログの更新は、年明けの7日を予定しています。

今年も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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