バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

7月のコーディネート  江戸友禅と龍村帯で、盛夏のフォーマルを装う

2018.07 29

結婚式といえば、気候の良い春と秋に集中していたものだが、どうやら事情が変わってきたようだ。以前ならば、暑い7、8月に披露宴を行うことは、出席者の負担などを考えると避けた方が無難とされ、よほどのことがない限り、稀であった。

けれども近頃、夏に式を挙げる話をよく耳にする。パーティを請け負う式場やレストランが、夏の披露宴の料金を、春秋の結婚シーズンより安く設定しており、若い二人の負担が少なく済むことも、一つの要因であろう。

そして、式そのものの簡素化、出席者の限定化が、拍車をかけていることは間違いない。現在では、家族と一部の親族、そして本当に親しい友人を招待するだけであり、50人を越えるような披露宴は少ない。ひと昔前まで、結婚は家同士が結びつく儀式と考えられていたが、今や完全に個人と個人が繋がることへと変わった。

今多くの若者は、式や披露宴の計画を当人だけで行い、費用も出来る限り自分達で負担したいと考えている。だから、休暇がとりやすく、その上価格も安い夏を選ぶことが多くなったのだ。家を重視していた時代は、親が資金を工面し、式の段取りも親の意向で決めていたため、自然と春や秋の無難な季節が選ばれていたのである。

 

さて、夏の結婚式は増えたものの、その装いは変わっただろうか。洋装はそれなりの盛夏用の衣装を着用すれば済むが、和装に関しては、夏薄物のフォーマル需要が増えたという話は、ほとんど聞かない。

そもそも参列者は、夏にキモノを着用することを避ける。他の季節ならばまだしも、薄物そのものを持っていない人が多い。さらに、新郎・新婦の母親が、黒留袖を着用する場合でも、冬モノで代用する。無論レンタルの場合も同じで、絽の留袖を置いているような貸衣装屋は少ない。着用の機会が限られた留袖を誂えることなど、冬モノでも躊躇されるのに、ましてや夏に限定される絽を作ることは考え難い。

ということで、第一礼装にあたる夏の黒留袖や色留袖を依頼されることは、本当に少ない。そして需要がほとんど無いのだから、必然的に作る数も極端に少なく、それに従い市場に出回るものも限られている。

そんな厳しい現状の中、専門店と言えども、ほとんど扱う機会のない夏の第一礼装の仕事を、先月請け負った。今日はお客様に、バイク呉服屋がどのような品物を提案し、ふさわしいコーディネートを考えたのか、それをご覧頂くことにしよう。

 

今回の仕事を依頼された方は、現在隣県の静岡にお住まいだが、十年以上前からキモノに用事が出来ると、わざわざ甲府まで相談にやって来られる。ご主人の仕事柄、フォーマルの場に出席されることが多い方なので、これまでも、良質な黒留袖や色留袖を選らんで頂いてきた。

先月初旬、電話で連絡を受けた時の話では、外国のレセプション、しかも元首が出席するため、その場所にふさわしい品物が必要になったとのこと。そこで着用時期を尋ねると、10月だと言う。秋ならば、以前求めて頂いた色留袖と、一緒に合わせた帯があるので、これで十分間に合う。まだ何回も着用されてはいないはずで、今度新しい品物を求めて頂くのは忍びない。

しかし、冬モノでは駄目だと言う。なぜならば、今回訪問する国の気候は、ほぼ一年中夏だからだ。調べてみると、西アジアに属するこの国は砂漠気候で、10月の平均気温は35℃。なるほどこれでは、袷のキモノを使うことは出来ない。

 

国内ならば、よほどの席で無ければ冬モノで代用することが出来るが、海外の、それも厳格なドレスコードが存在するフォーマルな場となれば、やはり季節に準じた薄物で、しかも本格的な仕事がほどこしてある、上質な品物を選ぶ以外には無い。

いくら日本の民族衣装・キモノに対する認識が乏しい外国での着用と言えども、何でも良い訳ではない。むしろ、和装の本当の素晴らしさを知ってもらうためには、「これぞニッポンのキモノ」と胸を張って紹介できる、価値ある品物を身につけて頂く必要がある。大げさかも知れないが、ある意味「国を衣装で背負っている」のだから。

初めて夏のフォーマルを誂えるこの方は、「何を選んで良いのかわからないので、全てをお任せする」と言う。こうなると、バイク呉服屋の責任は重大である。需要が少なく、製作が限られている夏のフォーマルの中で、きちんと職人の手が入っていて、模様も伝統的な古典、しかも薄物特有の涼やかさをも感じられるモノでなくてはならない。今日ご紹介するのは、この厳しい条件を何とかクリア出来たと考えられる一組である。

 

(薄白鼠色地 観世水御所解模様 江戸手描友禅 絽色留袖・菱一)

一国の元首が出席する公式な晩餐会となれば、出席者の衣装は自ずと限定される。和装の場合だと、叙勲や園遊会に際して着用するものに準ずると考えておけば、間違いがないだろう。とすればやはり「色留袖」となり、今回は薄物なので、素材は絽である。

フォーマルでも、絽の訪問着や付下げならば、まだ一般の人にも着用機会があるために、探せばそれなりの品物を見つけることが出来る。しかし、第一礼装の色留袖となると、途端に難しくなる。夏には、色留袖の着装が限定されるほどの、格式の高い場面が少ない。考えてみれば、叙勲や園遊会も、春と秋の気候の良い季節に執り行われている。つまり、絽の色留袖がどうしても必要となるような方は、極めて稀なのである。

 

さて、いかにして品物を探そうかと考えているうちに、以前菱一の社長と交わした何気ない会話を思い出した。絽の振袖や留袖、色留袖などは、極端に需要がが少なく、何時売れるかわからない品物だが、僅かではあるが作り続けている。これは商い以前のことで、モノ作りをするメーカーの矜持、責任において、夏の第一礼装として使う品物を、「売れなくても、作らなければいけないモノ」と認識しているからだ、と話していた。

そして絽の色留袖は、数年前、ある歌舞伎役者が婚礼を夏に行った際に、まとめて引き合いがきたとも聞いていたので、菱一はある程度品物を持っていると、見当が付いた。そこで早速、馬喰町にある店へ出向いてみると、きちんと友禅の仕事をほどこしているものが、三枚だけ見つかった。この品物は、そのうちの一枚である。

 

地色は白さの残る鼠色、いわゆるシルバーグレー。いかにも夏薄物らしい、涼やかさと品の良さを感じる色。模様は、オーソドックスな古典・御所解で、色留袖の格調をより高めている。

この文様は、江戸期の宮中女性に愛用された風景文だが、形式は明確に定義されているものではない。山水に、四季の花々と御所車や折り戸、家屋などの小道具を散りばめた意匠だが、これが御所庭園の景色という訳ではない。文様に御所解の名前を冠せられたのは、御所に住まう女性に愛されたが故のことと、私には思われる。

図案の中にあしらわれている花は、秋の七草(菊・桔梗・萩・楓・薄・撫子・女郎花)を始めとして、沢潟や葵、杜若の姿もある。さながら、夏花総出演の観がある。アクセントになっているのが、短冊に切り取られた模様取り。菱に疋田を組み合わせ、中に小花を散りばめている。

ぼかしを多用しながら、一つ一つの花を丁寧に挿している。もしかすると、この着姿を見た外国の方々には、夏秋に咲くにっぽんの花々の姿が思い描けるかも知れない。

岩の間の所々には、観世流水が見られる。能楽の四座一流(観世・金剛・宝生・金春・喜多)の中の一つ、観世流の宗家が、定文として江戸期より使い始めたものだが、ご覧のようにこの波文様は、渦に巻く波紋を左右横長に広げて図案化している。御所解文様や水辺文様の中で、波を表現する時によく使われ、当然能装束のあしらいにも、数多くその姿を見ることが出来る。

また短冊の中には、雪輪や菊唐草といった文様が見られ、図案の構成に細やかな心使いが見られる。このあたりが、繊細な手描き友禅の良さでもある。

 

さて、このオーソドックスな古典的図案の色留袖を、どのような帯で引き立たせるか。薄物らしい爽やかさを表現すると同時に、レセプションの場にふさわしい華やかな姿が求められるのだが、どうしたものだろうか。

(白地 花葉芳香錦 紗袋帯・龍村美術織物)

最初、帯も日本的で落ち着いた有職文や、波紋などを考えてみたが、どうにも堅苦しくなってしまう。キモノに落ち着きがあるので、帯まで同じ雰囲気にしてしまうと、かえって引き立たず、華やかさにも欠ける。そこで、思い切って「正倉院的」な文様を試すことにした。となれば選ぶ帯メーカーは、龍村を置いて他には無い。

光を受けると、独特な表情を映し出す龍村の帯姿。龍村はこの図案を「花葉芳香錦」と名付けているが、やはりこの花は、何とは特定出来ない、天平の唐花であろう。そして名前の通り、芳しい香りを放つような、美しい姿に織り上がっている。

キモノの地色が白鼠なので、白地の帯を使うと色の差はあまり出ない。けれども、品の良さを保つには、ことさら帯地色にインパクトを持たせる必要はないように思える。そして、ほぼ金糸を主体とする唐花が浮き立つ文様こそが、キモノを引き締め、着姿に華を持たせる。

西アジアのペルシャやエジプト、インド、さらに古代ヨーロッパなどに起源に持つ、様々な正倉院の唐花。シルクロードなど、様々な経路を辿りながらやってきた異国の文様である。今回このお客様が招待を受けて着用する場所は、図らずもそんな西アジアの国の一つであり、なおのこと、この帯には目が止まるのではないだろうか。

 

キモノの上前には、小さい模様が密集しているだけに、帯の唐花文の大胆さが生きてくる。また多彩なキモノ図案の挿し色に対し、帯の配色はかなりシンプル。対照的に組み合わせることで、帯とキモノ双方の個性を消すことなく、着姿に表現出来るだろう。

帯〆には、花芯に配されたローズピンクの色を意識して使ってみたが、あまり強く主張を持たない、ほんのりとした色暈かしのもの。帯揚げも同様で、薄ローズと白の暈かし。意識的に小物を目立たせないコーディネート。(帯〆・龍工房 帯揚げ・加藤萬)

 

バイク呉服屋が提案したこのコーディネートは、依頼されたお客様に受け入れて頂けたものの、果たしてその着姿は、海外でどのように評価されるのだろうか。帰国された際には、ぜひその時のお話を伺わなければならない。

民族衣装として、これほど気高く、美しく、歴史に裏付けられた文様に彩られた品物は、他の国ではそうそう見つからないだろう。そしてこの絽の色留袖にしろ、紗袋帯にしろ、日本の染織技術の粋を集めたものと、胸を張ることが出来るように思える。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

呉服屋の仕事には、「絶対に間違えてはいけない仕事」というものがありますが、今回の依頼は、まさにそれに当たるでしょう。

無論、どんなフォーマルの品物でも、依頼される時には、着用される方と季節と場所を勘案して、一番ふさわしい品物を提案していくことは同じですが、着用する場面の格式が上がれば上がるほど、品物を選択する時の緊張感が高まります。それは万が一にも、選ぶ品物を間違えてしまえば、お客様に恥をかかせてしまうことに繋がるからです。

ですので、このような仕事は、呉服屋としての力量が試されていることに他なりません。評価して頂ければ、信頼は高まりますが、失敗すれば、二度と声を掛けてもらえなくなります。だからこそ、間違える訳にはいかないのです。

難しい依頼は、自分のセンスと品物を見極める目を磨く、絶好の修行の場。そんな依頼を下さるお客様に感謝しつつ、これからも仕事に励みたいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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