バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

6月のコーディネート・1 お江戸日本橋 竺仙の夏姿 コーマ地編

2018.06 15

東京の地下鉄には、聞き覚えのある発車メロディを流す駅が、幾つもある。一昔前までは、構内にけたたましいベルやアラーム音が鳴り響き、乗車を急き立てていたのだが、耳慣れたメロディだと、穏やかな気持ちで発車を待てるような気がする。

発車メロディが導入されたのは、1990年代からだが、使っている歌の多くが、その駅と所縁があるもの。歌詞に地名が入っていたり、駅周辺の風景を歌っているものだが、どれもが馴染みのあるスタンダードな歌で、聞いただけで地名を思い起こす。

例えば、銀座線の浅草駅で使っているメロディは、滝廉太郎作曲の唱歌・花。誰もが知っている「春のうららの隅田川」は、浅草駅の傍を流れている。上野駅は、森山直太朗の「さくら」。これは、桜の名所・上野公園の最寄駅ということか。神田駅のお祭りマンボは、1952(昭和27)年・美空ひばりのヒット曲なので、若い方には馴染みが薄いかもしれない。「ソレソレソレ、お祭りだぁ~」の歌詞は、軽快なメロディとともに、耳に残る。神田でお祭りと言えばもちろん、江戸三大祭りの一つ、神田明神の神田祭のことである。

 

東京の中の東京と言えば、昔も今も日本橋。江戸時代、五街道の起点となったこの橋の界隈は、いち早く商店が立ち並び、近世の文化都市・江戸を代表する繁華街となった。街道から国道へと変わった明治以後も、道の始点であることには変わりはなく、今も国道1号(東海道)・4号(日光・奥州街道)・17号(中仙道)・20号(甲州街道)など、七本の国道の始点として、道路元標が設置されている。

この橋に近い東西線・日本橋駅の発車メロディは、民謡の「お江戸日本橋」。「お江戸日本橋 七つ立ち 初上り 行列揃えて あれわいさのさ」と歌詞が続く歌で、実に18番まである長い歌である。江戸・日本橋から、京都・三条大橋の間にある、東海道の宿場53ヶ所を、全て詞の中に入れ込んでいる。

この民謡の原点は、江戸天保期以降に流行した、端唄(はうた)。長唄の対となる短い端唄は、江戸庶民の間でもてはやされ、いわば当時の流行歌でもあった。

 

今年も、お江戸の夏風情を感じさせる、日本橋小舟町の老舗・竺仙の浴衣を、皆様にご紹介する季節がやって来た。小粋な模様、若い人に着用して欲しい色、夏キモノとして楽しめる贅沢な素材など、その一つ一つが個性的であり、江戸安政年間から続く染屋の力と技術が、品物に凝縮されている。

今回から三回にわたり、小粋でお洒落な竺仙の浴衣を使ったコーディネートを、お目に掛けることにしよう。今年も、素材別に生地を分けながら、話を進めてみる。一回目の今日は、一番シンプルなコーマ地から。

 

(コーマ白地・アヤメ模様  山吹色無地・麻半巾帯)

今年のポスター柄も、昨年同様生地はコーマ白地で、夏花の一つをモチーフにしたもの。ここ数年、このパターンは変えてないが、やはり白地・褐色(紺色)地にひと柄を染め抜いた単色使いの浴衣が、もっともシンプルで美しいと、作り手である竺仙が認めている証拠であろう。

日本橋のたもとで撮った今年のポスター写真。タイトルは、「日本橋夏小町」。こうしてみると、やはり橋を覆っている首都高速の高架が、景観を損ねている気がする。空が見えていれば、もう少し違うアングルから撮影するではないか。

アヤメは、鉄線や萩、桔梗などと並んで、竺仙が最もよく使うスタンダードな模様の一つだが、この浴衣のような、縦に伸びる図案は珍しい。流線的でシャープなアヤメ図案と、地の空いた白場が相まって、爽やかな着姿が演出出来る。帯は、少し巾が広い芥子色の麻半巾だが、アヤメの色にちなんで、紫や群青系でも良いように思う。

 

(コーマ褐色地・団扇に秋草模様  鶸色源氏香模様・博多半巾帯)

大きな団扇の中に、桔梗、女郎花、撫子の秋草を「花の丸」のように描いた面白い図案。団扇をモチーフにすると、粋な姿になるものが多いが、この浴衣も例に洩れず、大人の風情が感じられる。いかにも竺仙らしい、江戸の浴衣だ。

帯も、より粋な雰囲気を醸し出そうと、落ち着いた鶸色・源氏香模様の半巾帯を使ってみた。白や紺地の単色浴衣は、帯で色の変化が付くため、バリエーションに富んだ着姿を、自由に演出することが出来る。この団扇浴衣も、幅広い年代で、楽しむことが出来そうだ。

このような、大きい模様が飛んでいる図案は、浴衣でなければなかなか着用し難い。普通のキモノでは選ばない、大胆な模様を試すことも、浴衣にはあっても良い。

 

(コーマ白地・市松に秋草模様  薄山葵色・木綿八重山ミンサー半巾帯)

生地幅いっぱいに、大きな市松で模様取りをしたところに、萩や菊、女郎花などの秋草を小さく描いている。白紺の市松は否応無く目立つが、添えられている秋草に、女性らしさが見える。このような図案は、反物で見ているよりも、キモノの形にならなければ、その着姿が想像出来ないかも知れない。

薄い山葵色のミンサーを使い、落ち着いた姿になるようにまとめてみた。どうしても、大きい市松が着姿の前に出てしまうので、帯はすっきりした模様を選びたい。無地帯でも良いが、ミンサーの横縞はアクセントになる。

市松の白地部分にほとんど花はなく、紺地のところに白抜きされている。つまり、白場が目立つことになるので、思うよりさっぱりとしている。前の団扇浴衣とはまた違った姿の、実に江戸っぽい粋な浴衣である。

どちらも、色を極力押さえた大人のコーディネート。竺仙の伝統を感じさせる「江戸好み」の姿で、玄人受けする浴衣と言えよう。

 

(コーマ藍地・ススキに揚羽蝶模様  檸檬色ぼかし・麻半巾帯)

目の覚めるような藍地色に白抜きの浴衣は、白や褐色とは違う爽やかさを、見る者に感じさせる。生地いっぱいに大きな蝶が舞い飛ぶ姿は、挿し色が無くても、華やかだ。傍らのススキも、模様を繋げる役目を効果的に果たしている。

帯は、揚羽蝶を意識して、鮮やかなレモン色を使ってみた。単純な無地ではなく、グラデーションが付いていることで、着姿が和らぐ。シンプルだが印象に残るこんな組み合わせは、ぜひ若い方に試して頂きたいと思う。

蝶文は、実際の姿の美しい彩りから、つい色を挿したくなる文様だが、白抜きにしたことで、涼やかさが増している。浴衣の場合、多配色の華やかさよりも、単色のすっきりした姿を求めることが多い。

 

(コーマ藍地・鉄線模様  薔薇色小花菱模様・博多風通紗半巾帯)

毎年竺仙には、鉄線をモチーフにした浴衣が幾つもあるが、この図案は、葉と蔓が絡まるように繋がる、この花本来の姿を表現している。同じ鉄線でも、風車のような花だけを切り取ったシンプルな図案とは、また違う印象を残す。

浴衣の模様が密なので、帯は単色使いの方が良いだろう。首里帯に見られるような、小さな花菱を織り出した紗の半巾帯。珍しい薔薇色だが、紗生地の透け感が涼しさをかきたてる。

この紗半巾帯は、博多・西村織物で織ったものだが、ご覧のようにリバーシブルとして両面使える。このような、表裏に色違いの模様を出す織技法のことを、風通織(ふうつうおり)と言う。これは、表裏に違う色の糸を使って二重の組織とし、文様のところで表と裏の糸が反対になるように織られている。だから、このように表裏違う表情となって、どちらの面を使っても、その帯姿を楽しむことが出来るのだ。

藍の地空き部分が多い蝶模様と、総柄的な鉄線模様。単色の帯にぼかしや織の一工夫が凝らされていることで、変化のある着姿となっている。

 

(コーマ白地・撫子模様  紅色水玉模様 博多半巾帯)

今度はコーマ白地から、若々しい図案の浴衣を二点ご紹介しよう。大きな花弁は挿し色に、小花は輪郭として紅色を使った、華やかで可愛い浴衣。花は、撫子にも菊にも桜のようにも見える。10代の方が、初めて浴衣を誂えるとしたら、こんな品物をすすめてみたい。

花の紅色よりも濃い同色系の帯地色を使うことで、着姿を若々しく表す。帯地紋の水玉も愛らしく、白い一本の縞が帯姿のアクセントになっている。

どのような花でも、花弁だけの図案というものは、可憐さが強調されるように思う。うちの娘たちが高校生くらいであれば、こんな浴衣を着せてみたかった。残念ながら、時すでに遅しである。

 

(コーマ白地・鉄線模様  たんぽぽ色四本縞・博多風通紗半巾帯)

挿し色に水色を使った鉄線。読者の方は、「バイク呉服屋は、どれだけこの花が好きなのか」と呆れているだろうが、夏空に咲き誇る、クレマチスの澄んだ花の色を見ると、やはり夏花の女王だと私は思ってしまう。同じ花でも、先ほどの藍地に白抜きのものとは、まったく印象が変わる。図案のバリエーションの豊富さも、この花ならでは。

黄系の帯は、白・紺・藍と、どのような地色の浴衣とも相性が良い。合わせる帯色に困った時は、黄系にしておくと、まず間違いがない。この紗半巾も、先ほどと同じ風通織で両面使い。四本の縞に、鉄線と同じ水色系の配色があるために、より合わせやすい。

上の撫子模様が高校生向きならば、こちらは少し大人の大学生くらいか。帯次第では、もっと上の世代まで使えるかも知れない。

ひと色だけを使って花を表す浴衣は、多色使いのものより、色のイメージを着姿に残す。だからこそ、若い方に向くものとなるのだろう。夏祭りや花火見物など、夏のイベントにぜひ使って頂きたい。大好きな彼女が、こんな姿でやってきたら、おそらく彼は、「キンチョールを噴霧されたハエ」になること間違いない。つまりは「イチコロ」という訳だ。

 

今日は、浴衣の基本であるコーマ地の品物を見て頂いた。この生地は、江戸の頃より「夕涼み着」として着用された、もっとも浴衣らしい品物と言えよう。

何年も変わらないオーソドックスな図案は、いつの時代にも受け入れられる。そして、それぞれのモチーフには新たなデザインを試み、現代の人の心に届く品物を産み出す。不易流行の言葉を大切にしながら、モノ作りに向かおうとする姿勢を、竺仙の品物からは、伺うことが出来よう。次回は、綿紬素材の浴衣をご紹介することにしたい。

 

地下鉄・銀座駅の発車メロディは、銀座線が、高峰秀子の「銀座カンカン娘(1949・昭和24年)」。日比谷線が、石原裕次郎と牧村旬子のデュエット曲「銀座の恋の物語(1961・昭和36年)」。東京のご当地ソングの中で、新宿と並んで最も多く登場するのが、銀座です。「カンカン娘」も「銀恋」も、同名映画の主題歌であり、銀座を代表する昭和の名曲と言えましょう。

歌の舞台となる場所は、人と人との関わりの中で、情緒やドラマ性を感じさせるところですが、これまでほとんど歌詞に出て来ない、つまりは「歌にはならない場所・駅」というのもあります。そこで、バイク呉服屋は、そんな地下鉄駅にぜひ使って頂きたい「発車メロディ」を考えてみました。

 

まず、丸の内・日比谷・千代田の三線が乗り入れている霞ヶ関駅。ここは言わずと知れた官庁街ですね。頭脳明晰な官僚の皆様方が、毎日乗り降りされています。そこでそんな方々に、昨今の公文書改竄に対する自戒を込めて頂く意味で、中条きよしの「うそ」を、ぜひリクエストしたいと思います。

もう一つ、この霞ヶ関駅の隣駅・国会議事堂前ですが、ここは国権の最高機関であり、唯一の立法府として、国の中枢を担う大切な場所。国民から選ばれた優秀な議員さん達が、日夜を問わず国のために働いています。しかし、時として国民を忘れ、理不尽な振る舞いをする姿も見受けられます。そんな方々に、素直な国民の声を聞いて頂くため、ウクレレ漫談・牧伸二師匠の「やんなっちゃった節」を採用して頂きたいと思います。

よく考えてみれば、地下鉄を使って議事堂に向かう議員さんは少なく、多くの方が高級車ですね。そう考えると発車メロディは、ジュリー・沢田研二の「勝手にしやがれ」の方が、相応しいのかも知れません。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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