バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

5月のコーディネート  イラスト的な象の染帯を、試してみる

2018.05 21

クロネコといえば宅急便、ライオンといえば歯磨き粉、ブルドッグといえばソース、金の鳥といえば蚊取線香。特定の動物や鳥で、消費者に特定の商品を思い起こさせるというのは、それだけそのイメージが浸透している証拠と言えるだろう。このように企業が、トレードマークや商標として、「特定のイキモノ」を採用することは、よくある。

 

イメージキャラクターになっている動物には、それぞれの会社ごとに意味がある。例えば、宅配便大手のヤマト運輸は、何故「黒猫」なのか。そのヒントは、親の黒猫が子猫を咥えて運んでいる姿を描いた、独特のブランド・マークの中にある。

このマークは、ヤマト運輸創業者の小倉康臣が、アメリカの運送会社・アライド・ヴァン・ラインズ社で採用されていた「白猫」のトレードマークを見て、これを気に入り、ラインズ社の許可を得た上で、猫を自社のマークにも取り入れようと決め、デザインを担当社員に任せたもの。1957(昭和32)年のことである。

デザインの担当者は、何かヒントを得ようと、自分の娘に猫の絵を描かせたところ、黒く塗りつぶした猫=黒猫を描いた。彼は、その姿にピンと来るものがあったため、クロネコを使おうと決めた。そしてデザインには、親猫が子猫を咥えて運ぶ姿を取り入れた。そこには、子どもを大切にする気持ちが表れていて、それは「荷物を運ぶ」ことでも、思いは同じという意味が込められている。

今や無くてはならぬ、宅急便のクロネコ。そのシンボルの誕生には、こんな面白いエピソードが隠れている。もし、担当社員の娘さんが、猫の色を白やブチに描いていたら、今頃「シロネコ」や「ブチネコ」がキャラクターとなって、宅配トラックの側面に描かれていたかも知れない。

 

商品や会社のイメージとして、数多く使われている動物や鳥達。無論、キモノや帯のモチーフとしても古くから愛用され、文様化したものも多い。そして、それぞれの動物には、図案として用いられる意味があり、また時代ごとにもその意匠は変化している。

今月のコーディネートでは、そんな動物文の中でも、あまり見かけることのない、「象」をモチーフにした品物を使って、組み合わせを考えることにしよう。

 

(ミモザ色 象に小花模様 紬九寸染名古屋帯・トキワ商事)

「好む品物が、顔や雰囲気と全く一致していない」とは、バイク呉服屋の奥さんの話すところ。それほど、私はかなりの「可愛いモノ好き」である。地色も、パステル調の、明るくて柔らかく、優しい色目の品物を好んで仕入れる。特に、染モノの小紋や染名古屋帯、付下げでは、それが顕著だ。

それはおそらく、東映ヤクザ映画に出てくる「悪顔」の極道者が、自室(組事務所)に優しいパステル色のスケッチ画を飾るようなものかもしれない。「梅宮辰夫や菅原文太」と、「いわさきちひろ」とは、普通に考えれば、やはり相容れないだろう。梅宮・菅原とくれば、花札の猪鹿蝶や鯉の滝登り、そして龍が目を剥く姿がもっともふさわしい。もしも、その背中の刺青に、「ちひろの絵に出てくるような小さな女の子」が描かれていたとしたら、それは即座に、「コントのネタ」になってしまう。

 

人が好む色や模様は様々で、もちろん自分の容姿・風貌とは全く関係がない。むしろ、相反することの方が多いようにも思える。おそらくそれは、「自分が持っていない雰囲気へのあこがれ」があるからなのだろう。だからもしかしたら、鶴田浩二や松方弘樹の部屋では、薄ピンクの小花模様のカーテンが、微風にそよいでいるかも知れないのだ。

バイク呉服屋の「可愛いモノ好き」は、自分の好みもさることながら、やはり女性の着姿が、優しく、可愛く、上品なものであって欲しいという、願望の表れとも言える。そしてカジュアルな装いでは、その姿がより個性的なものであって欲しい、とも思っている。だから、ありきたりの図案よりも、ちょっと目立つデザインの方を選んでしまうのだ。このイラスト的な象の染帯も、そんな意味で私のツボに入った品物である。

 

地色の鮮やかな黄色は、アカシア科の常緑樹・ミモザの小さな可憐な花の色に近い。フランス南部・プロヴァンス地方では、ミモザの花はその明るさから太陽がイメージされ、女性シンボルの花として、古くから愛されてきた。だからこの黄色は、日本の伝統色ではなく、どちらかと言えばヨーロッパ的な色合いに思える。そして、この鮮やかさが、帯のデザインともよく合っている。

その上図案は、「イラスト的」である。イラストレーションとは、文字で表現できないものを、絵で装飾して表すこと。古くは、2万年前の旧石器時代にクロマニヨン人の手で描かれた、ラスコー洞窟(フランス西部)の牛の壁画や、アルタミラ洞窟(スペイン北部)の猪やトナカイの動物壁画に遡って、見ることが出来る。

 

イラストは、読者に小説の内容を想起させるために、挿絵として使ったり、表紙を飾ることもよくある。また、事典の中で物事を視覚で判りやすく説明するときにも、使われている。その意味では、子ども向けの絵本は、イラストレーションの集合体とも見ることが出来よう。描かれる絵は、写実的ではなく、図案化して描かれることが多い。もしかしたら、キモノや帯で図案化されている模様も、大まかな意味では、イラストの範疇に入ってしまうのかも知れない。

けれども、この帯のデザインは、通常の品物で描かれている図案とは異なり、よりイラスト的に感じる。それは、キモノや帯のモチーフとして、あまり登場することがない動物・象を使っていることや、何とは特定出来ない花の描き方が、通常とは異なり、より簡略された姿でデザイン化されていることが、大きな要因であろう。

 

帯の前姿に描かれている象。キモノや帯の図案として、よく使われている動物と言えば、兎や鹿、獅子、馬などが思い浮かぶ。

花の下で首をかしげる兎の図案は、花兎=角倉文様として、桃山期の豪商・角倉了似が好んだ名物裂の一つに数えられ、また襷文様の中に座る鹿は、やはり名物裂の一つ、有栖川錦のモチーフにもなっている。獅子は、法隆寺や正倉院に伝来する狩猟文・四騎獅子狩文錦や緑地狩猟文錦の中で主役を演じ、馬は、日本伝統の玩具・春駒として、玩具文の中で活躍している。

 

こうしてみると、象が主役の文様は少ないが、正倉院・北倉の収納品に「象木﨟纈屏風(ぞうきろうけちのびょうぶ)」というものがある。これは、大きな樹木の下に佇む象の姿を描いたもので、同様の構図で「羊」を描いた「羊木﨟纈屏風(ひつじきろうけちのびょうぶ)」と対をなしている。

この、大きな樹木の下に特定の動物を配するという図案は、ササン朝ペルシャに端を発する「樹下動物文」の流れを汲むもので、その図案には、動物に命の恵みをもたらす聖なる木という意味が込められている。この文様に登場する動物は、象や羊のほかに、鹿や獅子がいるが、いずれも古来より畏れや信仰の対象にされるなど、特別な意味を持った動物達である。

では、パステル色に染まった愛らしい象のイラスト帯には、どんなキモノを合わせたらより楽しい着姿になるのか、考えてみよう。

 

(縹色 ミティフム・水雲模様 琉球絣・田本和美)

これまで5月のコーディネートでは、藍色系のキモノばかり取り上げてきたが、今年もその例に洩れずに、この色の絣になってしまった。単衣にも向きそうな色となると、おのずと限定される気がするが、単にバイク呉服屋の好みの色ということになるのだろう。

ただ、ミモザ色のような鮮やかな黄色は、藍や濃紺など青系の色との相性が特に良いように思う。このミモザ色に限らず、芥子や山吹色、黄梔子色などの黄系の帯は、ほとんどのキモノ地色に対応でき、それなりの主張を果たす。「合わせる色に困ったら、黄色系」というのが、いつも念頭にある。

絣で表現されている二つの模様。画像の上側にあるのが、ウシィ・ヌ・ヤマ・ヌ・ウディで、「農耕の時に使用する牛に付ける型の腕」という意味を持つ。琉球絣の文様には、生活に密着している器物をモチーフにするものが幾つもあるが、これもその一つ。下側は、お馴染みのミティ・フム=水雲模様。鳥文様・トゥイグアーと並んで、もっともポピュラーな絣模様の一つ。

縹色(はなだいろ)を基調にした配色は、沖縄の海や空の色を思い起こさせる爽やかな色。袷・単衣どちらに使っても良い雰囲気だが、縦に縞が入り、その中に絣を配している。そのため、全体で見ると模様がやや密になっている印象があり、帯にはインパクトのある図案で、しかもすっきりとまとまるものが、良いように感じられる。

では、この琉球絣とイラスト象の染帯を、コーディネートしてみよう。

 

帯図案の配色は、白・水色・薄グレーのパステル系三色だけで、極めてシンプル。特に、模様の中心となる象の姿を白く抜いているために、優しい印象を残している。また、帯の模様は密ではなく、地の空いた配置になっているために、ミモザの黄地色が前に出て、それが密な琉球絣模様を、上手く抑えている。

キモノの色が、藍系だけの単色的なもので、表現している図案も単純な絣の繰り返しだけに、インパクトのあるミモザ色と柔らかなパステル図案を兼ね備えているこの帯が、より効果的と思えるのだが、如何だろうか。

前姿の象は、お太鼓の象よりも控えめに、小さくあしらわれている。松ぼっくりに似た実や花の姿は、とてもイラスト的で、何をモチーフにしているのか、よく判らない。

帯上げには、縦に群青と薄ピンクで染め分けた、どちらかと言えば洋服感覚に近い色使いのものを使ってみた。帯〆は、すっきりとした白地だが、短冊形に水色と濃紺の織目が付いている個性的なもの。夏モノにも兼用出来る。この組み合わせだと、やはり帯〆にはシンプルさが求められるだろう。(帯上げ・今河織物 帯〆・龍工房)

 

今日は、イラスト的な象の染帯を使って、より遊び心のある着姿を考えてみた。カジュアルな街着としてキモノを楽しむのであれば、どんな色でも、どんな模様でも、またそれがどんなあしらい方をしていても、全く自由であり、全てが着用する方それぞれの、センスに任されている。

皆様も、ちょっと冒険かと思えるような色や模様も、ぜひ試して頂きたい。「思う存分に自分の個性が発揮出来る」というのも、キモノだからこそである。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

象を商標にした会社と言えば、やはり「象印マホービン」が思い出されます。実は、この会社が象をイメージキャラクターとして選んだ理由には、ライバル会社の存在がありました。

その会社は「タイガー魔法瓶」。魔法瓶の製造はタイガーの方が古く、今から100年も前の、1918(大正7)年にすでに始まっています。この会社が、なぜタイガーなのかと言うと、創業者・菊池武範が寅年生まれだったことと、当時魔法瓶には壊れやすいイメージがあり、それを払拭するために、強い虎を選んだというのが理由でした。実際、創業から5年後に起こった関東大震災でも、タイガー社製の魔法瓶は壊れなかったという逸話もあります。

象印は戦前、魔法瓶の内瓶だけを製造していた会社で、本格的な魔法瓶の製造・販売に乗り出したのは、戦後の1948(昭和23)年のこと。当時の社名は協和製作所という、何とも堅いものでした。魔法瓶製造では後発の協和製作所では、先を行くタイガー社に追いつきたいという願いを込めて、社名変更を決意。そして強い虎に対抗出来るのは、象しかないとの思いで、「象印」と名付けたのです。

商品名や社名に付けられた動物達。その意味を調べてみると、面白い逸話があちこちに散りばめられています。今後、どんな会社が、どんな動物をモチーフに使うのか、興味深いですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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