バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

10月のコーディネート  オータムパークを、優しいデザインで描く

2016.10 25

先週、仕事を休んで、10年ぶりに北海道・十勝三股へ行ってきた。東大雪の麓の小盆地、人家は僅かに二軒。携帯電話の電波も届かない、世間からは隔絶した場所。

三股のことは、ブログの「むかしたび」の中でも、紹介しているので、詳しくはそちらをお読み頂きたいが、私にとっては、自分を取り戻すことが出来る大切な場所である。

 

日常生活の中で、誰とも話をしない日はない。もちろん呉服屋として仕事をしていれば、人と関わることは当たり前だ。だが、私は、時折無性に「一人」になりたくなる。

時間を忘れ、関わりを忘れ、ただ風の音を聞く。すべての情報を断つことで、心が甦る気がする。三股を初めて訪れたのは、もう35年も前のこと。年齢を重ね、自分を取り巻く環境も変わった。そして、この国の社会も、大きく変化した。だがここには、変わらぬ静寂がある。一日中佇んでいると、全てのことが瑣末に思えてくる。

ここに長く留まると、社会復帰が危うい。私も、もうしばらくは、世間さまとお付き合いしなければいけないので、帰らなくてはならない。だがいつか、プツっと心が切れて、日々の生活を投げ出さないとも限らない。やはりバイク呉服屋は、突然店を閉めかねない、「危ない店」である。皆様も、なるべく近寄らない方が良いかもしれない。

 

さて、そんなひとときの夢から醒めた最初の稿は、色付き始めた秋を、モダンな図案で描いた品物を、ご紹介してみよう。植物を、自分の感性で図案化する、女性作家の優しい模様である。

 

(一越ちりめん 銀杏模様 手描友禅付下げ・黒地 西洋王冠文 袋帯)

今年の秋は、雨ばかり続いた9月に続き、今月も、抜けるような空からの陽射を感じないまま過ぎている。ここ数年感じることは、一番心地よく過ごせる春と秋の時間が少なくなっていること。いきなり寒くなり、いきなり暑くなる。四季が美しい日本も、地球環境の変化から逃れることが出来ず、気候は極端化している。

10月も半ばを過ぎると、各地から、初霜・初氷・初雪の便りが届く。私が先週過ごしていた大雪山周辺では、すでに紅葉は終わりに近く、多くの葉は褐色に変わっていた。気温が7℃を下回ると、葉が色づき始める。都心で見頃となるのは、ひと月ほど先。

 

さて、過ぎ行く秋の色を愛でる代表的な植物と言えば、楓と銀杏であろう。

楓は、キモノや帯の図案となる秋植物の中では、菊と並んで、もっとも良く使われるものだ。そもそも、楓の葉が色付いたものが、紅葉(もみじ)であり、それは、紅葉(こうよう)の代名詞でもある。

楓の葉は、緑から、赤、黄と色を変え、秋の深まりを教えてくれる。こんな季節ごとの色の多様さに加え、葉の形状は写実的に描いても、図案化しても面白いため、文様の中に組み込まれることが多い。

中でも、桜と併用された「桜楓(おうふう)文」などは、春秋に使える意匠として重宝され、赤く色づいたもみじが、川に流されていく風景を描いた「龍田川文」などは、秋を代表する文様である。

 

都会の街路樹として、多く植えられている銀杏は、むしろ楓よりも、葉の色付きが人々に意識されているように思える。緑の葉の一部が、黄色く色づき始めると、秋の気配を感じ、それが濃くなるにつれ、季節が深まる。いつしか褐色に変わり、風に飛ばされて地面に落ちる頃は、街はすでに初冬の佇まいとなる。

だが銀杏は、キモノや帯のモチーフになることが少ない気がする。葉の形状などは、楓に劣らずユニークで、図案化しやすいように思える。ただ、基調になる色が黄色であることや、色の変化が単調なことなどが、意匠として使い難い理由なのかも知れない。

今日ご紹介するものは、銀杏だけをモチーフに取り、それを現代感覚でデザインした、珍しい品物である。どんな雰囲気に仕上がっているのか、見て頂こう。

 

(一越ちりめん 白茶色地 銀杏模様・手描き友禅付下げ 湯本エリ子)

湯本エリ子さんは、京都北部の亀岡市に工房を持つ、友禅作家。独立したのは、1988(昭和63)年なので、すでに30年近いキャリアを積んでいる。先頃、日本工藝会の正会員となったが、これまで日本伝統工芸展などに、多数の入賞作品を持つ。

湯本さんは名古屋市の出身だが、染の世界に入ったのは、父が悉皆屋から仕事を請け負う友禅師だったことが、大きく影響している。小さい頃は、身近にあった友禅の仕事には、あまり興味が持てなかったが、社会人となり外へ働きに出てから、改めて家の仕事を見直し、この道に進もうと決めたと言う。

22歳の時、父のツテを辿って、大正元年生まれの友禅作家・初代山科春宣氏の下へ弟子入りし、友禅の基本を学び始める。山科氏は、日本画を礎としていたために、モチーフを写実的に描いた作品が多かった。

湯本さんの作品には、対象物を抽象化し、デザインとして作り上げたものが多いが、やはりそれはきっちりとした写実が出来た上でのこと。モダンな意匠も、基礎が身についていなければ、模様に力が感じられない。

 

模様の中心、上前の身頃とおくみの柄を合わせたところ。

黄色く色づいた銀杏の葉と実、それに樫の葉とどんぐりが描かれている。湯本さんの特徴でもある、墨色やグレーを基調とした配色。僅かに挿された、銀杏の実の黄色と、どんぐりのピンクとブルーが印象的で、女性らしさが感じられる。

デザイン化された銀杏の葉だが、黄色ではなく、モノトーンの色を使ったところに、彼女のセンスが感じられる。この配色によって、黄色い実が全体の模様の中で、アクセントとなる。

上前の身頃とおくみにまたがる、樫の葉とどんぐり。仕立ての際には、この部分の枝葉をきちんと柄合わせしなければならない。銀杏同様、葉と枝がモノトーン、実だけに明るい色を付けている。

最初の画像で判るように、胸には樫の葉とどんぐり、袖には銀杏。「秋の公園」というより、「オータムパーク」と呼びたくなるような、モダンな意匠。

上前の全体像。先月のコーディネートでご紹介した、加賀友禅・中町博志氏の作品「さざなみ」も、デザイン性に富んだ意匠であったが、中町氏は、一つのモチーフを見た時、心に感じたままを図案として表現している。つまりは、写実画ではなく、抽象画なのだ。どんなものでも、感じ方はその時々で違うから、同じ表現にはならない。

湯本さんは、作品のモチーフを、根気良くスケッチしていくと言う。そして、同じ対象物を何年も描き続け、その中から自分が感じたオリジナルなデザインを作り上げる。やはりそれは、「心の風景をそのまま表現したもの」と見ることが出来よう。

 

さて、こんなモダンで、優しい秋色のキモノに合う帯は、どのように考えれば良いか。早速、コーディネートしてみよう。

(黒地 西洋王冠文 袋帯・梅垣織物)

日本の伝統文様と、西洋の文様とを繋ぐとした、梅垣織物のKaraori・Nouveau(唐織ヌーヴォー)シリーズの一つ。「西洋王冠文」と名付けられたこの文様は、英国の伝統文様をモチーフにして、アレンジされたもの。

9月のコーデイーネートでご紹介した、紫紘の「ウイリアム・モリス」シリーズといい、この梅垣織物のシリーズといい、老舗織屋には、西洋文様を積極的に取り入れる姿勢が見られる。

英国王室に伝わる王冠をモチーフにしたものだが、王冠部分は銀杏の葉のようにも見える。また、王冠を囲んでいる文様は、七宝文に良く似ている。

梅垣織物のブログに、この図案の基になっている英国のデザインが掲載されているが、一つ一つの文様は少し離れていて、この帯のような連続模様にはなっていない。重ねて付けたことで、七宝文のような見え方になっているが、これは、日本の伝統文様と融合させようとして、意図的にこのような図案構成を考えたのだろうか。その辺りは不明だが、西洋文様でありながらも、あまり洋っぽくなく、合わせやすい図案になっている。

この西洋王冠文には、黒地に金、黒地に白という、二種類の配色違いの帯があるが、上の画像は、黒地に白。浮き出ている柄は、地が黒のために、グレーのように見える。拡大画像では、写したときの光の当たり方で金に見えるが、実際はもう少し白っぽい。

では、デザイン性豊かなキモノと、和と洋を混合した帯を組み合わせてみると、どうなるのか試してみよう。

 

キモノの配色が、モノトーンを基調としているために、帯の配色もそれに合わせ、挿し色のない黒白のシンプルなものを考えた。キモノの地色が、柔らかい白茶色なので、黒系の帯は、締まりやすい。ただ、黒地と言っても、この帯には、黒特有のきつさが無く、浮き立つように見える模様の色が、印象に残る。

前の合わせ。銀杏と樫の葉のモノトーンと、帯のモノトーンがリンクしている。キモノも帯も、古典でありながら、現代の感覚を上手く取り込んでいて、見る者には和装特有の堅苦しさを感じさせない。

モダンな着姿とは言っても、そこで表現されている文様に、古典の裏づけが無ければ、納得したものにはならない。以前、デザイナーブランドのキモノが流行したことがあったが、その意匠には、キモノ本来の美しさを見出すことは出来なかった。

 

(薄グレーと水色 絞り模様帯揚げ・加藤萬  水色金通し 平組帯〆・龍工房)

帯に色が無いために、小物の色により印象が変わる。今日は、どんぐりの一つに挿されている水色を使ってみた。これだと、かなり大人しい色の合わせ方になり、雰囲気が優しくなる。秋を意識すれば、銀杏の実の黄色を考えても良いし、もうひとつのどんぐりの色・ピンクを使うと、もっとモダンさが広がるように思える。

モノトーンの帯だからこそ、小物を楽しめる。今日のコーディネートの大きな特徴と言えよう。最後にご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

作家の持つ力は、モチーフを自分の心に投影して、図案や色に表現出来ること。その感性に基づくデザインが美しいと思えなければ、品物を扱うことは出来ません。やはり自分の心に響く品物は、お客様に伝えたくなります。

品物を見る目を養うには、自分の感性を磨くことが大切でしょう。バイク呉服屋が、十勝三股の風景を見つめ続けることも、少しは役に立っているのかも知れません。かなり無理のある「こじつけ」かと思いますが。

皆様のご参考までに、一枚だけ、十勝三股の画像をご覧に入れておきましょう。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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