バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

3月のコーディネート(前編・2) サクラは、にっぽんの良き花

2016.03 15

サクラが天然記念物として、初めて認定を受けたのが、1922(大正11)年10月。前回御紹介した根尾村の淡墨桜を含めて、三本の桜が選ばれている。「日本の三大桜」とは、この三古木である。

この中の一本が、山梨県・北杜市(旧武川村)にある日蓮宗寺院・実相寺の境内に立つ神代桜(じんだいざくら)。バイク呉服屋が店を構える甲府からだと、国道20号線を長野方面に向かい、4,50分ほどで着く。

旧武川村は、韮崎市の西にあたり、山梨の米どころとしても知られている。ここで作られる「武川米」は、高品質で味が良く、県内では「ブランド米」として位置づけられている。南アルプス・甲斐駒ケ岳の麓、美しい田園風景が広がる素朴な村だ。

 

神代桜は、樹齢が1800年とも2000年とも言われ、日本最古の古木。根尾の桜同様、長寿種のエドヒガンザクラで、高さ13m、枝は東西27m・南北30mの大木。神代と名付けてあるように、日本武尊(ヤマトタケル)が東国の蛮族を制圧した際に、この地に立ち寄り、植えられたと伝えられている。

古事記や日本書紀の記述によれば、ヤマトタケルは12代・景行天皇の息子で、ヤマト王権が国内の権力を統一するため、熊襲(九州)や東国に派遣され、敵対勢力を討伐したとされる。具体的な時期は不明だが、おそらく4世紀前後であろう。

実相寺には、神代桜のほかに、30本以上の桜がある。その中には、根尾の淡墨桜と、福島三春町の滝桜の苗木があり、いわば三大桜の揃い踏みとなっている。また、水仙やチューリップの花が10万本も植えられ、春爛漫の風景を満喫することが出来る。

なお、同じ村内(神代桜から車で5分ほど)の、眞原(さねはら)集落に、750mも続くソメイヨシノの桜並木がある。戦後、この地に入植した開拓者により植えられたものだが、200本もの桜が70年の間に育ち、サクラのトンネルを作り出している。神代桜まで来られた方は、ぜひこちらの桜も見て頂きたい。

 

今日は、前回途中になってしまったコーディネートの続きを、ご覧頂こう。春そのものを感じさせる、ピンクの紅花草木染縞紬に合う、桜模様の染帯から、御紹介しよう。

(極薄鶸色地 桜模様 塩瀬染名古屋帯・菱一)

国風・貴族文化が始まった平安時代以降、桜は梅に変わり春を代表する花となる。以来日本人の桜に対する思い入れは深く、季節の代表花というより、国の代表花のようにも位置づけられる。昨年ワールドカップで活躍した、ラクビー・日本代表のジャージに描かれている桜の花を、思い起こされる方も多いだろう。

桜には、沢山の種類がある。それと同様にキモノや帯の上で描かれる図案も多様だ。桜だけがモチーフにされるものや、文様の中に組み込まれるもの、さらに枝や花びらだけを切り取って図案にするものなど、その形は数限りない。

また、山桜・八重桜・枝垂桜と、それぞれの花の種類の特徴を生かした模様付けもなされている。振袖・留袖・訪問着のようなフォーマルモノから、小紋や染帯などのカジュアルモノに至るまで、桜ほど幅広く使われている花はないだろう。

 

染帯は、織帯よりも模様を柔らかく見せてくれる。桜の花びらだけを切り取って図案にしているこの帯も、優しい配色のせいもあって、はんなりとした姿になっている。

画像では白地にしか見えないと思われるが、地色には白と見間違うほど、ごく薄い鶸色が引かれている。一枚の大きな花びらと小花、二つの蕾、そして二枚の花散しで模様が構成されている。

主模様の大花は、輪郭に金の箔を使い、中はピンク色の型疋田。小花は白い胡粉、二つの蕾は、紅色でぼかされている。この帯に、柔らかい印象が残るのは、ピンク色の疋田による。もしここが疋田以外の模様付けであったら、かなり帯姿が変わるだろう。

色の使い方次第で、より確かな季節感を表現出来るということを、この帯が教えてくれる。では、紅花紬と合わせてみよう。

 

キモノが単純な縞模様なので、なおさら、桜の花びらが目に止まる。キモノの図案が密集しているため、太鼓と前にしか模様のない「太鼓腹の帯」を使うことで、着姿をすっきりと見せることが出来るだろう。

コーディネートを考える時、どちらかが抽象的な模様であれば、どちらかを写実的な図案にしたい。例えば、今日の合わせとは逆で、キモノに総柄小紋を使うような時には、無地感覚の帯や波、格子、縞などの抽象的な模様の帯を使うことが多い。

この合わせで、キーポイントになるのは、やはり花びらにあしらわれているピンクの疋田。紅花のピンク縞より少し淡く、その上疋田独特の柔らかい色の映り方で、全体をはんなりさせている。このふんわりした配色の帯だからこそ、大胆な縞模様を生かすことが出来るように思う。

 

では、前の合わせをご覧頂こう。

上の画像で判るように、この帯の前模様は異なっている。片方には花があり、片方は花びらだけが描かれている。先頃、このブログで名古屋帯についてお話したが、その中でも少し触れているように、太鼓腹の帯には、前部分の模様に、違う図案を使っているものがよく見られる。染帯には特に多いかも知れない。

このような場合、締める時の手の使い方で、出てくる模様が異なる。この帯では、花のある模様の方が、順手(一般的な手の廻し方・右から左)で、花びらだけの方が逆手。野球のスイッチヒッターのように、左右どちらにも手を回して締めることが出来れば、どちらの模様も自由に使うことが出来る。

大概の場合、順手の方に華やかな模様が付けられている(この桜の帯もそうなっている)が、着姿を見た時に、必ずしもそれが正解という訳でもないように思える。模様が少ない方を出すことで、かえってお洒落に見えることもある。

 

小物を合わせながら、双方の模様を比較してみよう。

帯揚げは、サーモンピンクのちりめん生地に、桜の刺繍をあしらったもの。帯〆は、花びらの色より少しだけ濃い、ピンクとクリームの二色使い。キモノの紅花色、帯の桜の配色、さらに小物の色と、すべて桜系統の色の濃淡だけでまとめてみた。少し、統一しすぎて面白みがないと思われるが、桜をより印象付けるということで、お許し頂こう。

 

帯揚げは同じだが、帯〆は強い紅色に金糸を絡めたもの。控えめな花びらだけの前模様に、少しインパクトを与えることにより、引き締まった姿になる。前は花びらだけでも、太鼓には花が出ているので、着姿としてすっきり見える。バイク呉服屋には、こちらの方が格好良く映る。

 

(帯揚げ・加藤萬  帯〆・左右二本が龍工房 真ん中は野沢組紐舗)

帯揚げの色がかなり強いピンクに写っているが、光の当たり方で、このような画像になってしまった。本来の色は、上の画像のようなサーモンピンクである。

今日の小物使いは、ピンクや赤の系統ばかりだったが、柔らかい鶸色などを使うと、また違った印象になるだろう。色をリンクさせるだけでは、ありきたりな着姿になってしまうことは否めない。今日は、桜を意識しすぎた感がある。

最後に、今日コーディネートした品物を、もう一度どうぞ。

 

色と図案で、思い切り桜を感じさせるようなコーディネートは、如何だっただろうか。桜の花のいのちは、長くても二週間ほどだが、咲く姿を待ち望む今頃から、ぜひ使って頂きたいように思う。後編のサクラ合わせでは、今日のようにリアルな模様の品物ではなく、さりげない桜を選んでみたい。

 

三大桜の最後の一本は、福島県・三春町の三春滝桜。樹齢は約1000年で、高さ12m、枝は東西22m、南北18メートル。

この桜は、根尾の淡墨桜や武川の神代桜と少し異なり、「ベニシダレサクラ」という品種です。花が枝垂れた姿で、四方に伸びた枝から、下へと流れます。三春の桜も、花が滝のように流れ落ちる姿から、その名前が付いたようです。

キモノの模様にもよく見られる「枝垂れ桜」は、この桜の姿が一番近いように思えます。三春もそうですが、福島県の郡山周辺には、ベニシダレの古木が多く見られます。しかし原発事故により、以前より花見客が減ったとも聞きます。

昨年の神代桜の開花は3月29日、三春滝桜と根尾淡墨桜は4月3日。今年は、いつになるのでしょうか。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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